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第百三十五話 授業はちゃんと聞きましょう

前回短かったorアークスくん出なかったので……




 魔法に巻物(スクロール)利用することを思い付いてから、はや数週間のときが経っていた。



 夢中になるものがあるとき、時間の流れは早いとはよく言ったもの。最近では屋敷、魔導師ギルドの工房、魔法院を行ったり来たりする生活を送っている。

 折角モノになりそうな技術を思いついたものの、アークスを待っていたのは停滞だ。

 この期間の間に、いくつか巻物を使うための方法を考え付いたのだが、そのどれもがうまく行かない結果に終わっている。



 巻物(スクロール)が発熱して持てないのであればと、魔力を通すチューブを作り、巻物(スクロール)に繋げる。チューブが破裂して失敗。


 熱伝導率の悪い物質を巻物(スクロール)の間に挟む。魔力が通らずこれも失敗。



 改善策を思い付きはするものの、それを試行しては失敗、試行しては失敗の繰り返しだった。

 そんな風に、巻物(スクロール)の利用法を見つける作業は思うように進まず、次のステップへ移行できない。折角いい案を思いついたのに、それをうまく利用できない。そんなもどかしさが募るばかりだった。



 最近では魔法院の講義中も、頭の半分では巻物のことを考えている始末。

 いまはジョアンナ講師が教鞭を執っている。生徒たちに講義をするのを、ぼけっと眺めながら、声を右にから左に聞き流していた。



「魔法で特に重要なのは、紀言書に描かれたお話です」



 講義内容は、紀言書歴史学だ。



 これには、


 第一~第六までの『紀言史概論』


 『紀言書演習』


 『紀言史学特講』


 などがある。



「ジョアンナ講師。でもそれ、お伽話ですよね」


「ええ。ですが、おとぎ話も魔法にかかわる重要な要素です。みなさんもこれは並行して勉強するようにしてくださいね」



 ジョアンナ講師はそう言うが、生徒の中の反応は芳しくない。

 それどころか小声で「いまさらおとぎ話とか物語かよ……」とボヤいている者までいる。

 こちらは幼いころから紀言書に触れているので、この辺りの話もまったく常識的なことなのだが、魔法を覚えたての人間にとっては、おとぎ話が呪文に直接影響するとは結びつかないらしい。



 それも当然だろう。紀言書とは【魔法文字(アーツグリフ)】【古代アーツ語】に通じることで、初めて読むことができるものだ。まさか本屋の本棚に無造作に収められている物語が、紀言書に記載のあるものだとは思わない。



 そもそも大半の人間は、魔法の呪文はテキストに書かれたものを唱えればいいとさえ思っている節がある。



 ……紀言書に書かれている話は実際に起こったことだが、内容の受け取り方は人によって様々だ。

 【魔導師たちの挽歌】は機械を思わせる技術が書かれているため、この世界の人間には荒唐無稽な話として受け止められていることも多く、【大星章】もその時代のことを記したものであるため、扱いは似たようなもの。

 しかし、同時期の【世紀末の魔王】は魔王たちが残した爪痕が各地に存在するため、魔王の存在やそれらと戦ったといわれる勇者の存在は事実だと認識されている。

 【天地開闢碌】は言わずもがなだ。紀言書に描かれる土地があることもそうだが、王国ではこれらの記述をもとにした大魔法を使う人間が三人もいるため、事実は証明されているようなもの。

 【クラキの予言書】はその名の通り予言書であり、これから実際に起こることだと言われている。解読は進んでいないが。特に氏族など小さなコミュニティの中では、世代に渡って口伝されており、堅く信じられているという。

 【精霊年代】は双精霊や妖精の存在がそれを事実だということを示しており、内容も特に民間で寓話やおとぎ話として広く知られている。



『魔人のお話』


『赤い空と魔物のお話』


『空を漂うお城のお話』



 あの男の世界では空想で一蹴されるようなものが、こちらの世界ではさながら歴史のように語られる。


 魔人の話は、精霊たちと悪魔、魔人の戦いを描いたものだ。

 物語では三聖の内の一人、アスティアが魔人となった男を倒した話が記されている。


 赤い空と魔物の話は、この世界に魔物が生まれるようになったいわれが描かれる。

 悪魔が、呪いの言葉を呟くと空がたちまち赤くなり、空にできたひび割れから魔物が飛び出してきたというものだ。


 空を漂う城の話は出典が特殊であり【魔導師たちの挽歌】の時代にかかわる【世紀末の魔王】の部分に描かれている。技術的なものも相俟って、空を飛ぶ島にある王国を思わせる。



 ともあれジョアンナ講師は、これら昔話やおとぎ話がいかに重要かを説いている。

 内容に関しては、それらの重要性を生徒に叩き込むことに終始しており、どうやらもっと講義が進まないと、おとぎ話の内容にまでは踏み込まないらしい。

 これからの講義のための、準備というところだ。聞きたい話をするまで、まだまだかかりそうだ。



 それをこれ幸いと思い、紙にペンを走らせる。自分でも不真面目だなとは思うが、時間を効率的に使うのもまた必要なことだ。

 そんな言い訳をしつつ、紙に書くのはこれまでの整理。

 内容はもちろん、巻物(スクロール)についてのことだ。



 最終目標は巻物(スクロール)を使って、魔法行使に消費する魔力や時間を節約すること。



 現在の目的は、その巻物(スクロール)を利用するためのなんらかの方法を作り出すこと。



 ……基本的に巻物に書く【魔法文字(アーツグリフ)】や魔法陣は、見て覚えてから書き写す。しかし、魔力を多く必要とする魔法は前提として使えないため、使用時に発生する【魔法文字(アーツグリフ)】や魔法陣を観測することができない。そのため、近い系列の必要魔力の少ない魔法や、その魔法の前段階の魔法を行使してから、必要な情報を求めるという手法を取っている。



 文章(テキストコード)も特にひねりはなく、意外と単純な構成だ。文法を整えて、何をして何を起こすのかをしっかりと明記すればいい。あとはそこから、魔法陣の形状や構成を、傾向をもとに導き出す。手間や時間はかかるが、そう言ったやり方でできるという手応えはすでに感じ取っているため、これはこのまま進めても大丈夫だろう。



 残りの問題は、巻物(スクロール)にどう魔力を注ぎ続けるかだ。

 そのまま放出すれば空気によって減衰するし、たとえ指向性を持たせてもある程度の放散は免れない。それでは本末転倒だ。魔力を節約するために、魔力をロスしている。

 魔力を伝達する伝導体を利用することまでは考えた。巻物と自分の間に魔法銀をかませることだ。チューブを作って巻物(スクロール)から距離を取る実験をしたが、なぜかチューブは破裂した。これには改善が必要だろう。

 そのうえ、熱の逃げ場に関しても考えなければならないし、あとは携行性も重要だ。持ち運びに難儀するようなものであれば、実用に堪えない。そのため、邪魔ったるいチューブの使用はあまり適さないことになる。



(うーん……)



 考えが上手くまとまらず、ペンを置く。



玻璃(ガラス)の山を登るには、鋼の靴が必要だ、か……」



 それは、この世界のことわざの一つだ。

 怠け者の男が金儲けのために、ガラス山から沢山のガラスを持ってこようと思いつく。

 しかし、男がガラス山を登ろうとしても、すぐに足は血だらけになってしまった。

 男はガラス山に登るために鉄の靴を買うことを思い付くが、鉄の靴は目玉が飛び出るほどの値段であるため、容易には手に入らない。

 結局男は、鉄の靴を買うために汗みずくになって働くことになってしまったという。

 ガラスでできた山を登って富を得るには、鋼鉄の靴を履かなければならない。

 巨額の利益を得るには、それ相応の準備や出費が必要であるということ。

 簡単には手に入らないということだ。



「なにをしてらっしゃるんですか?」


「魔力を物体に流したときに発生する熱量の計算をしているんです」


「熱ですか。それは一体どういったときに発生するのですか?」


「物体に魔力を流してもあまり熱は発生しません。ですがとある条件を満たすと膨大な熱を発生させるので、それに関しての答えを出そうとしてるんです」


「それはすごいですね。熱を数字にして割り出すのは難しいのでは?」


「熱と言っても熱量ですので。そこからまた計算したり関数を使ったりして割り出していくんです」


「具体的にはどんな式を?」


「魔力が流れるときの力を圧力とし、未知数の文字Fを。魔力が流れる量を魔力とし、未知数の文字Mを。魔力の流れにくさを抵抗とし未知数の文字Rを。流し続ける時間をtとして、ジュール熱を代用してQを持ってきます。計算式はQ=RM^tにして、そこから答えを導き出します」


「なるほど。よくわかりました」



 話をしていると、そんな答えが返ってくる。

 この説明で何がよくわかったのか。


 …………そういえば、そもそも自分は、一体誰と話していたのだろう。

 顔を上げると、ジョアンナ講師がよよよとすすり泣くような素振りを見せた。



「アークス生徒、私の授業は面白くないんですね。そうなんですね……」


「す、すすす、すみません! すみません!」



 そんなこんなで、ジョアンナ講師に平謝りである。



 授業はきちんと聞きましょう。




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