百三十話 魔法院での決闘その一
アークスのもとに果たし状が届けられてから数日後。
この日、予定通りクローディアとの決闘が行われる運びとなった。
場所は魔法院内にある訓練場だ。講義で使われない時間をあらかじめ確保していたらしい。根回しのいいことだ。
天候は晴れ。青空には白雲が漂い、穏やかな光が差し込む。
訓練場はいつも手入れされており、起伏のない均された土色の地面には石ころ一つ落ちていない。
そんな訓練場内はいま、魔法院の生徒たちが見物とばかりにひしめき合っている。
一年、二年、三年、四年。在籍する学年にかかわらず、すでにかなりの数が集まっており、学び舎の窓にも生徒の姿が窺えるほど。
以前シャーロットが名物と化しているというようなことを言っていた。
すでにいる生徒たちにとっては、ある種恒例イベントのような意識なのかもしれない。
やがて取り巻きを引き連れて現れたのは、クローディア・サイファイスだ。
シニヨンに結った金色の髪は春の陽光を浴びてラメを織り込んだ糸のように輝き、顔にはブルーカラーの宝石が二つ。スマートな鼻筋。顎のラインは均整が取れており、顔立ちは見事に整っている。
白の制服の上には、仕立ての良さそうなカーディガンを一枚。
彼女の口から飛び出す言葉も、その見た目からわかる通りお嬢様言葉だ。こういったタイプによくおまけで付いてくる特有の高笑いが聞こえてきそうだが、高慢さよりも落ち着いた自信の方が勝っているため、鼻に付く感じはしない。
その立ち振る舞いから、魔法院の女帝と呼ばれているという。
目の前に立ったクローディアが、不敵な笑みを浮かべる。
「逃げずに来たことは褒めてあげましょう」
「ソレハドウモアリガトウゴザイマス」
「まるで心がこもっていないですわね。もう少し抑揚をつける努力をしたらどうです?」
「これでも私なりに誠心誠意尽くしたつもりです。お気に召さなかったようであれば謝罪いたします」
笑顔を維持しながらも内心でケッと吐き捨てつつ、心にもないことを口にする。
正直なところ、こちらはかなり腹が立っていた。
正規の手段で合格したのに、なぜかそれとは関係ないところで院を去る窮地に立たされているのだ。しかも、それが個人の一存である。到底納得できるものではない。
ふと、クローディアが口を開く。
「確かエイミ様を伝手に、仲裁の打診があったと伺いましたよ」
「え?」
「……やはり心当たりはないようですわね」
当然だ。自分に彼女への伝手はないし、そもそもそんなことをするならば別のルートを使っている。
当のエイミ・ゼイレと言えば、ケインに寄り添って観客の最前列にいた。
クローディアと共に彼女の方に視線を向けると、
「えっと、はい。ケインさまから頼まれたので」
エイミ・ゼイレはどことなく戸惑った様子。
そんなエイミにまず「お骨折りいただきありがとうございます」と感謝の念を伝え、ケインの方を向いた。
「ケイン。そんなことしてくれたのか?」
「……いや、ちょっとした気まぐれだよ」
視線を逸らしつつそんなことを言うが、この前いろいろ助言? してくれたこともある。
「なんか気を遣わせたみたいだな。借りにしておくよ」
「別に、そういう気があってやったわけじゃないんだ。エイミ様に僕のわがままを聞いていただいただけだから」
結局それは助けようとしてくれたということではないのか。
そのあと何度訊ねても、ケインは照れ臭いのかしきりに妙な否定をするばかり。
教室内では、歯に布着せぬ忠告をされたが、こうして骨を折ってくれる辺り、やっぱりなんだかんだいい奴なのだ。いや、もともとそういう風に気配りはできる人間で、ルシエルが言った通り、自分のときだけ不器用になるだけなのだろう。ライバル視さえしていなければ、もっと素直な人間なのかもしれない。
…………なんかちょっとめんどくさいような感じもするが。
「アークス」
「ルシエル。応援に来てくれたのか」
「あー、いや、ええと……」
「いや、なんでもない。いまのは聞かなかったことにしてくれ」
「……悪い」
ルシエルはバツの悪そうに目を伏せる。彼は男爵家の末っ子という立場なのだ。後ろ盾もないため、下手にここでこちらを応援しているということを表明すると目を付けられる恐れがある。配慮が足りなかった。
そのあとは、
「兄様。勝利をお祈りしております」
「リーシャ、ありがとう」
リーシャとはそんなやり取りをかわし。
「アークスくん」
「シャーロット様」
シャーロットとはアイコンタクト。
「アークスさん、頑張ってくださいねー」
「はいはい。ありがとうありがとう」
「あー! 私のときだけなんか適当じゃないですかー!?」
セツラは適当にあしらった。
そんな話をしていると、ふいに観客の人垣が割れる。
何事かと思ったのもつかの間、そこから現れたのはスウだった。
優雅な足取りで観客たちの前に出ると、クローディアが彼女の方を向いた。
「あら、スウシーア様もご観覧にいらっしゃったのですか?」
「ええ。クローディア様がアークス君に倒されるところを是非この目で見ておきたかったものですから」
両者笑顔の裏で暗闘かと思いきや、スウさん登場早々笑顔で爆弾をぶん投げてきた。
擲弾兵もかくやというほどのマシマシな殺意が窺える。
クローディアが片側の口角を引きつらせるのを見て、さすがに堪らず口を挟んだ。
「おいこら、ハードル上げるな」
「えー、でも楽勝でしょ?」
「どこからそんな楽勝なんて言葉が出てくるんだよ」
「アークスと私が何年の付き合いだと思ってるの? ほらあれ、帝国の魔導師部隊全滅させた魔法でも使ったら?」
「あんなもん使ったら観客ごと殺しちまうわ!」
そんな突っ込みを入れると、スウはふふふ、とお上品に笑う。
あんな対策会議をぶち上げたくせに、本当にいい面の皮である。
やがて、審判役の生徒が前に出る。クローディアの取り巻きの一人だそうだが、クローディアが勝つと考えていると思われるため、こちらが不利な判定などそうそうしないだろう。
もしそんな意図があっても、こちらにはスウがいる。
おかしな判定をすれば彼女が援護してくれるはずだ。
理想を言うなら判定に持ち込ませずに、完全勝利をもぎ取るべきだろう。ぐうの音も出ないほどの勝利を掴めば、今後何か言ってくることもないはず。
「降参するなら、いまのうちですわ」
「そんなことしたら魔法院から去らなければならなくなります」
「大勢の前で恥をかかせないよう、私なりに配慮をしたつもりですが?」
「ありがたいことです。感動の涙でも流しましょうか?」
「軽口を叩く余裕があることは褒めて差し上げましょう」
クローディアはそう言うと、不敵に笑う。
「身の程を教えて差し上げますわ」
「白銀十字勲章にかけて、負けられません」
決闘前の会話が終わると、審判役の生徒が前に出てくる。
「――では、両者位置に」
審判役の生徒はそう言うと、ルールの確認に入る。
「今回は魔法のみの試合です。ですので、肉体的な攻撃は認められません。そして、攻性魔法は殺傷力の低いものを利用すること。勝敗は一方が負けを認めるか、もしくは魔法によって戦闘継続が困難な状態になった方が負けです。よろしいですね?」
クローディアと共に頷く。
間の距離は、ざっと見10メートル程度。
お互い態勢を取ると、審判役が声を上げた。
「では、始め!」
決闘が始まった。
クローディアは手の甲で口元を隠しており、すぐさま詠唱に取り掛かる。
《…………風……金打ち………………叩き………………………………………………》
時折聞こえる言葉から察するに、おそらく風の魔法だろう。
単語や成語、リズムから考えて、テキストにあるポピュラーな【風吼槌】に間違いない。単語の追加や、変更もなさそうだ。
まずは小手調べということか。
こちらは以前のように【太刀風一輪】を撃ち込みたいところだが、あれは殺傷性が高すぎる。もしこんなところで使用すれば、公爵令嬢の輪切りというスプラッターが再現されてしまうことだろう。周りへの被害も否めない。
ならば、どうするか。
クローディアの魔法行使に伴い、風が独特な音を奏で始める。
その音が徐々に強まっていく中――
《――乱れろ荒れろ、風のごたごた。天空の大渦。山に居座る波濤。積み重なった雲の中。空の旅行にご注意を》
――【風吼槌】
――【混乱気流】
使用したのは、風を操る魔法に対する魔法だ。クローディアが使った【風吼槌】にわずか遅れて行使されたそれの影響で、魔法で圧縮された風はまるで乱気流でも起こったかのように荒れ狂い散り散りになる。自身のもとに届くころには春の爽やかな風となって吹き抜けた。
周囲の観客たちがざわざわとざわめく。
「クローディア様の魔法が失敗したぞ!?」
「いや違う! アークス・レイセフトの魔法の効果だ!」
「魔法の効果って一体どうやって……」
「っていうかいまの、クローディア様の呪文を聞いてから使ったのか?」
クローディアも驚いたように目を見開いている。
「ま、魔法に直接干渉する魔法ですって……?」
クローディアは先ほどの魔法が相当意外だったらしい。
まるで彼女の方が【風吼槌】で殴られたような顔をしている。
こういった魔法はすぐに思いつきそうなものだが、そうでもないのか。
クローディアが呆気に取られているのを好機と見て、詠唱を開始する。
《――拍手は一つ。打ち手も一人。衝撃はそこに。小さく敵打つ鳴る柏手――【拍手の衝撃】》
「ち、《――我が身を案じよ。かたちと変じよ。守りの盾よこの身を守れ――【守護防盾】》」
その場で手のひらと手のひらを強く合わせ、柏手を打つ。
すると、手を起点にして衝撃と風圧が巻き起こった。
一方でクローディアがその場で手をかざすと、彼女の前方に淡い光をまとった半透明の盾が現れる。
クローディアはかざした手をすぐさま移動させ、位置を調整。こちらの魔法を受け止めた。
衝撃が通った様子もない。
こうして防がれたのは、魔力の量や威力でなく、早さの方を意識したためだろう。
クローディアの守りを破るには、もう少し威力の高い魔法を撃つべきか。
クローディアは余裕を見せる素振りなのか、カーディガンを軽快に翻した。
「なるほど。魔法院に足を踏み入れるだけの実力はあるようですね」
「ご理解いただけたのであれば、これ以上戦う必要はないかと存じますが」
「お黙りなさい。足る程度で調子に乗らない。貴族の子弟であればこのくらいこなせて当然です」
「……そうですか」
「行きますわ」
クローディアはそう言うと、再び詠唱に取り掛かる。
今回は魔法のみで接近戦がないせいか、もどかしさを感じてしまう。
いま動けば……と。いま動いていいのなら倒せるのだ。
だが、魔法で倒さなければならないルールがあるため、そうもいかない。
いかに早く詠唱するか。
いかに相手の守りを突破するか。
ここに、込める魔力の量と呪文の長短による駆け引きを意識しなければならない。
そのうえ、非殺傷の魔法限定だ。戦いの最中に考えなければならないことがかなり多い。
お互い動いて距離感を測りながら、詠唱。
《――汚れた水。混ざり物の水。小さな石くれ。泥のかたまり。流したぬかるみは下流を乱す。押し流せ濁流――【濁った流水】》
《――天の采配。流れを割って道を成す。ささいな不可思議。白亜の杖は水面を分かつ――【水面を割る杖】》
地面に突き立った杖が濁流を割り、
《――うぐいす鳴く。一匹なれば典雅でも、多すぎれば耳には悪し。厳しさ伴う風をまといし、春告げ鳥のさえずりを聞け――【春告鳥の騒乱】》
《――打て。叩け。殴れ。空に満ちるものは寄り集まって塊となし、手を模って痛打せよ。打ちのめす腕は彼方まで、その力は此方の如く。凪いでもやまぬ風の打擲――【風の鉄拳】》
次いで風と風がぶつかる。
外套が風で煽られて裾が浮き上がり、小さな砂粒がお互いの身体を打つ。
わずかにこちらの魔法の発動が早かったため、衝突した場所がクローディアの方へと偏った。
ならば、余波をかわすため回避行動を取るか。
いや、クローディアは多少の余波を受けるつもりでその場に立ったまま。
乱れた髪を直しもせずに、すぐに詠唱を開始する。
《――火の侵入。猛火には届かず。這いつくばって地面を舐めるのみ。敵なる者の足元を鮮やかに彩り脅かせよ赤! ――【燎原の赤】》
《――雨は短く。雨粒小さく。雨脚疾く。突き立つようにきらりとするどい。驟雨の如く降り注げ。――【夕立小太刀】》
炎が足元を、烈火の勢いで伝ってくる。炎が舌を巻くようにくるくると回転しながら走る様は、さながら地面に広がった油の上を炎が駆けているかのよう。
それに対してこちらは、泡消火でなく水消火を選ぶ。
呪文が成立した直後、自分の頭の上を中心にして吹き付けるように撒布される水分。
だが思った以上に火力が強いのか、この程度では消火しきれない。
たちまち周囲が背の低い炎に包まれると同時に、熱量に負けた水分が蒸発し、辺りに蒸気の靄が立ち込める。
蒸し風呂さながら。いや、熱水の上に置かれた蒸籠のただ中と言ったところだろう。
ならば、
《――水気よ増えろ。増えて増えて見えなくなるまで。少ないよりも多い方がずっといい》
詠唱する声をわざと大きくして、聞こえよがしに呪文を唱えた。
「なにを――?」
当然、それを聞いたクローディアは困惑する。
水を追加して消火するわけでもなく、場の水分を増やすだけの魔法。それを、水がなくなった状態で使うことに得心がいかなかったのだろう。
しかも大声で詠唱したため、これが攻性魔法でなく防性魔法でもなく、ただの助性魔法だということを把握してしまった。クローディアは無意識のうちに猶予があると察することになったため、ここで彼女に隙が出来た。
見極めに迷ったのだろう。
追い打ちの詠唱もしてこない。
こちらはそれを尻目に地面に伏せる。
熱いがもう少しの辛抱だ。
直後、前方でどんっと小規模の爆発が起こった。
砕けた波濤のような水しぶきが周囲に拡散し、一気に押し寄せてくる。
まるで嵐の日の波打ち際だ。消波ブロックにぶつかって砕けた荒波が波の花に変じたかのよう。
即座に立ち上がると、やがて霧が晴れる。クローディアは……健在だ。
あの状況でうまく防いだとはさすが公爵家の令嬢である。
「けほっ……妙なことを」
「これで終わって欲しかったんですけどね……」
小さな水蒸気爆発を起こしただけでは昏倒もしないか。多少痛手は受けたようだが、熱気にむせているだけだ。この世界の人間はおしなべて頑丈である。
《――高貴なるべし。風雅なるべし。気高き風は無礼を決して許さない――【高貴なる風の音よ】》
《――構造変化。構造修正。蜂の巣亀の背繰り返し模様。力を散らせ。堅牢なる甲を壁に――【平面充填防壁】》
透き通った高音を伴った風が、こちらの生み出した障壁にぶつかる。
この魔法に取り入れたのはハニカム構造だ。以前に帝国軍の魔導師部隊が使った魔法、確かアリュアスと名乗った白仮面が【第一種防壁陣改陣】と言ったものを参考にしたものだ。
魔力効率はかなりいいが――
クローディアが再度の呪文詠唱。
《――一点集中。一気貫通。壁を貫き、縦を貫き、敵を貫き、黒穴一つ。敵の守りが手堅いならば、突破口は自らの手で開けるのみ。研ぎ澄ませたその身によって、盾を穿て――【盾錐通し】》
持続魔法との組み合わせだ。先に撃った魔法の効果が続いている間に、すかさず次の魔法を撃ち込まれた。
「――ぐっ!?」
「その程度の守りでわたくしの魔法は防げません!」
ハニカム構造がいくら頑丈だとは言っても、結局は魔力効率を求めた物でしかない。
こうして溢れるほどの魔力で力押しをされると、さすがに弱くなる。
魔法の選別や込める魔力の量を見誤った。
防壁にひび割れが入り、強い圧力を感じる。
風が届く前に慌てて飛び退くがそれも一足遅く、【高貴なる風の音よ】の風圧が全身を叩いた。
「くっ……」
……さすがに力比べになると分が悪いか。
多量の魔力が込められた魔法を、少ない量の魔力で工夫を以てしのぐ。
強力な魔法で相手の魔法を圧倒できない以上、短い呪文で隙を突く戦法しか取れない。
こちらも呪文の作製には自信はあるが、相手であるクローディアは魔法院の三年であり、国内でも有数の魔導師系の家系の跡取りだ。舐めてかかれば足元を掬われる。むしろ魔力勝負に持ち込まれればこちらに勝ち目はない。
クローディアの顔に、勝ち誇った笑みが戻る。
「先ほどは驚かされましたが、やはり魔力が少ないのは魔導師として不利ですわね。このまま押し切って差し上げましょう」
クローディアは魔力が少ないということをことさらに強調しつつ、また魔法を使用する。
一方でこちらは――いまは様子見に走るしかない。魔力が大量にあるならクローディアに合わせて魔法を使用することも可能だが、下手に無駄撃ちはできない。
魔法で防御することはせず、移動で魔法をかわす。これは反則には取られない。
「ふん。小賢しいですわね」
クローディアはそう言うと、詠唱を開始する。
《――不都合な真実。真夏の陽炎。水面の月。昼間の篝火。金はその価値を貶め、石くれに堕つるべし。かがやきよここに褪せよ……》
これまでとは随分と毛色の変わった呪文だ。
妙な単語と成語を取り集めたものであり、これまでに比べて長いものらしい。
なにかある。このまま使わせてマズい。
呪文詠唱が続いている間に、こちらも呪文を行使する。
《――小さな虫の歌劇団。学徒の強敵。終わらぬ耳鳴り――【耳の虫は取りにくい】》
《――小石を投げろ。どんどん投げろ。石ころは小粒でもなかなか痛い――【小天狗礫】》
弱い魔法を連続で使って些細な邪魔をするが、クローディアは動じない。頭の中で繰り返される音楽には意を介さず、小石は顔を腕で覆って凌ぐ。
やがて、呪文が成立した。
――【抑圧】
ふいに、クローディアの美しい金色の髪が色あせたように輝きを失う。
直後、スウの声が飛んでくる。
「アークス! それはサイファイス家の魔法だよ!」
「これが……」
対策会議で話題に上った例の魔法か。先に行使したということは、相手が使った魔法に使用するものではないようだが。
「これであなたはもう無力に成り下がりました」
「それはやってみなくてはわかりません」
すぐに呪文を唱え、魔法を使う。
火を生み出して、クローディアのもとへ飛ばすが。
「……な」
だが、普段通りの威力が出ていない。どころか、クローディアのもとに届くまでには効果は大きく減衰して、当たっても充溢した魔力に跳ね返されてしまうほど。
(直接作用するのか? それとも範囲内の魔法にか?)
この魔法がどういったものなのか判然としない。
範囲ならば魔法陣が領域を区切るなどの効果が表れるためわかりやすい。
しかし、クローディアが使った魔法はそれらのものとは違うらしい。
範囲を指定する。魔法自体に掛ける。と言うよりは、まるで――
(もっと別のものに掛けているような気が……)
よくわからないが、なんにせよこれが難儀な魔法であることに変わりない。
クローディアが魔法を使った。
それに対しこちらも魔法で障壁を作るが、色味が目に見えて薄れているのがわかる。
障壁が壊れる直前、地面を強く蹴って後ろに飛び、距離を取った。
(やっぱり相手の魔法に干渉するのか? いや、でも……)
一定空間内で使用された魔法。相手の魔法への抵抗を無視して呪いのようにかかるものなのであれば、
それに、先ほど自身が【混乱気流】を使ったとき、クローディアは魔法に直接干渉する魔法に驚いていた。あれが演技でないのなら、いま考えたものとは別のものと見るべきだ。
……こちらが戸惑っている一方で、クローディアは絶対的な自信があるのか、不敵に佇んだまま。何もしてこない。いわゆる舐めプだ。ひどく腹立たしい話だが、魔法の撃ち合いである以上こうなっては向こうに分がある。
「こちらもそろそろ行きますわ」
クローディアが魔法を使うが、そちらは効果を弱めるという魔法の影響を受けたようにも見えない。
それを、どうにかこうにか動いてかわす。
(そもそもなんで向こうは魔法の効果が落ちないんだ……?)
特に効果がかかる対象を決めていないのなら、向こうの魔法の威力も低下するはず。しかし、こちらは弱くなって向こうはそのままという、まるでチートでも使われているような状況だ。
クローディアの魔法に対し、こちらも防御の魔法を使用する。
先ほどよりも呪文が長く、込める魔力の量も多い。
しかし、
「うぐっ……」
魔法が弱まる効果が思いのほか強い。
使われた魔法も強烈なものだ。非殺傷性ではあるが、まともに当たれば一撃で昏倒するだろう。威力の減衰や相殺をうまく計算しているようだ。
クローディアは一撃当てたことで調子を良くしたのか挑発めいた言葉を投げかけてくる。
「あらあらどうしたのですか? 逃げてばかりでは、わたくしは倒せませんよ?」
「これもクローディア様を倒すための準備ですよ」
「本当でしょうか? もし嘘でしたら、勲章を下賜された陛下の面目を潰すことにもなりかねませんよ」
「くっ――」
ともあれ、クローディアの挑発について。
彼女のいまの言葉も、魔力が多いから言える言葉だろう。
こちらだってできるならそうしたいが、魔力が少ない時点でそんなのは土台無理な話。
クローディアはすぐに次の詠唱に取りかかる。しかも、これも多くの魔力を消費する呪文のようだ。体内に保有する魔力量はおそらくリーシャよりも多いだろう。もしかすれば、ケインに迫る勢いかもしれない。
クローディアの魔力が、圧力となってのしかかる。まるでジェットコースターに乗ったときを彷彿とさせるような、内臓にGがかかった嫌な感覚を覚える。
強い。これが公爵家の跡取りというものなのだろう。
自信に満ち溢れた佇まい。
他者を圧倒できる魔力量。
強者の影が窺える。
(このっ、さっきから好き放題言いやがって……殺傷性の高い魔法ぶち込むぞこんちくしょうが)
威力のある【矮爆】を使えば、それこそ一撃で決まる公算が高い。
だが、問題はどれほど減衰するのかわからないことだ。
減衰してほぼ効果を成さないまでに落ちるのか、それとも威力が高い分ちょうど良くなるのか。
もし威力を読み誤れば、この場にいる公爵令嬢が一人、バラバラになってしまう恐れがある。
【黒の弾丸】
【飛蝗旋風】
【矮爆】
【絶息の魔手】
【共鳴殺】
【天威光】
これらは、自身の奥の手と言える魔術だ。少ない魔力で、対象を確殺できる。
使い勝手はいいのだが、あまりに殺傷性が高いため、こういった状況では途端に使いづらくなる。
……やはり、下手な魔法は撃ち込めない。魔法の威力が減衰する以上、無駄撃ちになりかねないからだ。かといって防御に徹するとそれも魔力を消費してしまうからよろしくない。
いまのところは相手の呪文を読んでその傾向を掴み、逃げるしかないのだ。
そうすれば、必ず攻略の糸口が見えてくるはず。
残りの問題はサイファイス家の魔法だろう。
相手の魔法の効力を下げる。防御魔法ではないため打ち破ることもできないし、何に対して効果を及ぼしているか判然としないため、効果を覆すのも難しい。
しかも、なぜかどんな魔法に対しても効果を発揮するときた。
(だけど、勝ち目がないわけじゃない)
そう、魔力が多いということは確かに強力だが、自分を倒すには相手も魔法を使わなければならないという点もある。突くべき場所がないわけではない。
「そろそろ終わりと行きましょう」
こちらが距離を大きく取った折、クローディアが詠唱を始める。
そろそろ苛立ってきたらしい。
効果の大きい、範囲の広い魔法だ。これで仕留めるつもりなのだろう。魔法の威力が低減することがなければ、この隙に呪文の短い魔法を撃ち込むところなのだが、いま使ってもクローディアのもとまで届かない可能性すらある。
……これは普通の動きではかわせない。なら仕方がない。
集中、そして『かんなれ』を下地にした移動術に移行する。
自身の速度域が変化。自分以外のものが急激に遅滞化する。
当然、クローディアはこちらの動きの変化には気付けない。
その状態ですぐさま駆け出し、クローディアの後ろへと回り込んだ。
普通はここで当て身でもすれば勝ちなのだろうが。この決闘がそういったルールでないことがもどかしいところか。この集中やかんなれを使っているときは魔法の行使ができないというのも、今後改善すべき課題だろう。
「――あら?」
クローディアは自分が先ほどまで居た場所やその周りを見回している。
早過ぎる移動のせいで、姿を見失ってしまったらしい。
少し遅れてから、外野から取り巻きの一人が叫んだ。
「く、クローディア様! 後ろです!」
「え?」
クローディアはきょろきょろと見回しつつ、後ろを向いた。
そして、どことなく焦りを額に表して、こちらに訊ねる。
「……一体なにをしたのです?」
「それは秘密です」
そこに、スウがすかさず口を挟んだ。
「あらあらクローディア様? いまのが実戦ならあなたは死んでいましたよ?」
「っ、これはルールを設けた試合ですわ!」
「あらそうですね。失念していました」
スウもそのくらいわかっているだろうに。チクチク嫌み攻撃とはなかなかやる。
悪い気が溜まるいい援護だ。
ちょっと卑怯な気もするが、それくらい構わないだろう。
スウにお礼の目くばせをすると、彼女は機嫌良さそうに微笑んだ。
失格から始める成り上がり魔導師道! 書籍版四巻が発売されましたー