第百二十八話 多分に考えられたことではありますが
教室内で、次の講義の時間まで待機していた折のこと。
同じ教室にいる誰かを、もてはやし、誉めそやす声が聞こえてくる。
いまアークスの視線の先にいるのはケイン・ラズラエルだ。
ラズラエル家の長男で、この前の魔力量の計測では、仮数値17000という数値を叩き出したほどの天才だ。
彼が教室に来ると、自然と周りに人が集まってくる。
豊富な魔力量や魔法の才があるため、それが自信に繋がり、ともすれば立ち振る舞いにも表れる。
その様子が、他者には魅力的に感じられるのだろう。
そのうえ人当たりもいいとくれば、申し分なし。
周りには加速度的に人が集まっていく。
それに一役買っているのが、婚約者の存在だろう。いま彼の隣に寄り添っているのは、公爵家の末娘で、名前をエイミ・ゼイレ。
子爵家と公爵家という差があり、家格はまったく合わないが、その辺りの問題は当主が権力でごり押ししたと言われている。
それだけ、ゼイレ家当主はケインの将来に期待を寄せているということだろう。
良きにつけ悪しきにつけ、彼の周りには人が集まる。当然、生徒だけでなく講師もそうだ。
魔法院の講師に、石秋会出身の人間が多いということもあるのだろう。
成績優秀、魔力量も豊富、コネクションも有り。しかもイケメンだ。
少し眺めているだけで、エスカレーターに乗っている情景が、容易く思い浮かぶというもの。
未来が約束された人間とは、ああいう者のことを言うのかもしれない。
もちろんそれらは彼の努力あってこそのものだろうが、恵まれているのは間違いないだろう。
……もし自分に魔力があれば、彼ほどではないかもしれないが、ああやってちやほやされていたのかもしれない。
「ほえー」
ともあれこちらはそんな声を出しながら、ぼうっと遠巻きに見るばかり……とか暢気なことは言っていられない。
ケインがこちらに歩いてくる。
「次の時間に実技の講義があるけど、君は取っているかい?」
「ああ、実践第二だろ? 出るつもりだよ」
「そうか。もし魔法の実技があったら、そのときはよろしく」
ケインが見せたのは、挑むような真面目な表情だ。彼を取り巻いていた生徒たちにはにこやかに、爽やかに接していたため、ふとした意外さを感じてしまう。
自分のことを気にしているのか、少し前から何かにつけこんな風にちょいちょい一言残していくようになった。
魔導師系の軍家で子爵家の子息、という共通点があるからなのか。
こちらとしても、こういうのは負けん気が刺激されるため張り合いがあっていいし、別に悪感情を抱かれているわけではないので、仲良くもなれるかもしれないとは考えている。
ケインがもとの場所に戻ると、席の周りは再び喧騒に包まれる。
あからさまなヨイショも交じっているが、ケインもそういったものには慣れているのか、愛想笑いで受け流していた。
そんな中、彼の婚約者のエイミが嬉しそうな表情を見せた。
そして、蜜を溶かしたようなその声でとんでもない事実をぶちまける。
「――ケイン様はセイラン殿下の従者になるかもしれないのです」
その言葉に、教室内が騒然となった。
教室内の視線はすべてケインに注がれ。
みな驚いたように目を丸くさせている。
一方でケインは、ただひたすら焦るばかりだ。
「や、やめてください。エイミ様。その話はまだ決まったわけではないのですから」
「え? お父様はケイン様なら確実だとおっしゃられていましたが……」
「そ、それは……」
ケインはオフレコらしい情報を出されたせいで、ひどく狼狽している。
エイミの方も、ただケインのすごさを周りに聞かせたかっただけなのだろう。
口にした話は限りなくアウトに近い情報だったが。
話を聞いていた一人が、興味津々でケインに訊ねる。
すると、彼は照れ臭そうな調子で答えた。
「前に、ちょっとした推薦を受けて、さ」
本当の話だと認めると、再び驚きの声が上がる。
殿下の近侍になるのだ。騒ぎが大きくなるのも当然だろう。
――セイラン殿下の従者にまでなるなんて。
――出世も思いのままだ。
――さすがは勇傑の生まれ変わりなんて言われるだけあるぜ。
周りの人間がさらに、ケインを褒め称える。
他方、従者の話が伝わったのだろう。これまで遠巻きだった者たちも、さすがにセイランの従者という言葉は聞き逃せなかったのか。彼にすり寄ろうとするような素振りを見せる者も出てきた。
(そう言えば、あれからそういった話はないな)
自分も以前にセイランから「これからもよろしく頼む」と言われたことがあるが、この前呼び出されたときにそんな話はされなかった。
(まあ従者に限った話じゃないしな。なんか他の仕事回されるとか、別のことなんだろ)
あのとき、セイランの側で戦ったので、たぶんそういったものになるのかなと勝手に漠然とした想像を抱いていたのだが、よくよく考えれば、そうでないことも十分にあり得るのだ。
事務作業や、自分の場合は魔法に関しての相談のみ……というのはあり得る話。
ケインは先ほど推薦と言っていたが、近侍となるには偉い人間の後押しや、他の軍家を納得させるという政治的なことも必要になるはずだ。自分にはそう言ったコネが少ないため、むしろ難しいだろう。
ケインの場合はおそらく、エイミ・ゼイレの父であるコリドー・ゼイレ公爵が推薦したのだと思われる。
なるほど抜け目ないことだ。以前のパーティーで抱いた印象とほぼ同じだ。
ともあれ、
「すげーな」
「そうだなー」
隣の生徒と、ケインのことを他人事のように眺める。
同調したのは、アルカン男爵家のルシエルだ。
この前の講義のときに、ケインとオーレルの関係を教えてくれた生徒である。
黒髪に青のメッシュが入った少年で、目じりが垂れ下がり、どことなく疲労感を匂わせる風貌。なんとなくだが、あの男の友人の一人だったアンニュイなバンドマンを思わせる見た目をしている。
彼とは教室分けも同じであり、講義も大体同じものを取っているため、こうして自然と会話することが多くなっていた。
身分も男爵家の子弟であるため、大体(だいぶ大雑把に見てだが)似たような家格。
なので、こうやってのんべんだらりと気軽に話しかけることができる。
ふとルシエルが机の上に顎を乗せて、だらしない格好を取る。
「どうしたらあんな風に人生上手くいくんだろうな?」
「さあなぁ」
「俺もアイツみたいにもっと楽したいよ」
「ケインも別に楽してるってわけじゃないんじゃないか? 努力してるから、ああして周りに人が寄ってきて、いろんな話も持ちかけられるんだろ?」
「ケインは石秋会のときから、周りがチヤホヤしてる印象だからなぁ」
「そうなのか?」
「そうそう。そうなんだよ」
「まあ確かに、そういった特に何もしてないのに不思議と人が集まってくる人間はいるよな」
「だろ? ケインはそんな奴なんだよ」
「いやケインはきちんと結果出してるだろ……」
ケインの話は置いといて、あの男の人生でも、そう言った人間を見たことがある。特に大きな結果を残したわけでもないのに矢鱈目ったら人が寄ってきて、褒め称える者が絶えない人間というものは存在するのだ。
隣の芝生は青く見えると言えばそれまでだが。
やはりそれは、人当たりの良さと要領の良さ、積極性が関係しているのだろう。
見えない努力もしているはずだ。
「それで、公爵にお目通りしたとか、婚約者ができたとか、果てはさっき言ってた殿下の従者だぜ? そっちはすげー面倒くさいだろうけど」
だろう。王宮勤めともなれば、気を遣うことが格段に増える。ことあるごとに「休みたい」だとか「寝たい」だとか言っているルシエルには、随分と相性の悪い仕事だろう。
「そういや、ルシエルはどうして魔法院に?」
「俺? 俺はほら、文官貴族の末っ子だし? 自分で食い扶持稼げるようにならなきゃいけないんだよ。魔法は親父が石秋会の貴族にコネがあったからそっちに通わせてもらって使えるようになったんだ」
「じゃあ基本的には認定試験に合格するのが目標……ってところか」
「そうそう。魔法で食っていけるだけで儲けものだからな。親父はそう思ってないみたいだけどさ……はぁ」
ルシエルは聞こえよがしにため息を吐く。
これはなんとなくだが、政略結婚に使われることを不安に思っているように感じられる。
不自由な結婚は貴族の宿命のようなものだ。お互いに好印象であれば問題はないだろうが、そうでなければ家の中に氷河期が到来することになる。遅れた春を迎えて氷解すればそれ以上のことはないが、大抵は永久凍土に封じ込められてどうにもならなくなる印象しかない。
「アークスは?」
「俺は一応偉くはなりたいな」
「やっぱ、溶鉄の魔導師様みたいに国定魔導師とか目指してんの?」
「ああ、まず目下の目標は国家試験だな。障害は多いだろうけど」
「向上心あるなぁ」
ルシエルは再びケインに視線を向ける。
「それにしても、ケインがああしていちいち突っかかってくるの、珍しいよな」
「そうなのか?」
「ああ、他人とは分け隔てなく仲良くしてるけど、ああして敵意……っていうの? 見せることなんていままで見たことなかったからな。それだけ主席をかっさらわれたのが悔しかったってことなのかもな」
「あれは実技試験が【鬼火舞】だったからってのもあると思う。これが【石鋭剣】や火の魔法でも【遊泳火】だったら結果は違ってたと思うぞ?」
「そうかぁ?」
「ケインも火の魔法よりは南部の魔法の方が得意だろ? それに、石秋会って岩石とか物質操作に偏ってるって言うし。だろ?」
「まあ確かに石秋会の講師は偏ってるよ。重けりゃ強いとかふざけたこと真顔で言い出すしな。南部の魔法は王国の土台を作ったんだとか、妙に自信に溢れてるし。正直面倒くさい。んで、それが魔法院の講師にも一定数いるんだから。あと、魔力測定のときにお前にクドクド嫌味言ってた講師も南部の奴。石秋会って言ってたからわかると思うけど」
「はー、やめて欲しいわー」
そんなことを言って、ルシエル同様机の上に顎を乗せてだらしない格好を取る。
努力は惜しまないし、それにまつわる苦労は甘んじて受けるが、無駄に疲れるトラブルだけは本当に勘弁してほしい。
「でも、魔法が違うだけで。そもそもお前は【鬼火舞】とか使い慣れてんのか?」
「全然。試しに使ったときに一度か二度くらいかな。威力も弱いし実戦じゃ使えたもんじゃないから」
「じ、実戦基準かよ」
「だって伯父上とかあれくらいの火球なんて裏拳でぶっ飛ばすんだぜ? で、なにぬるい魔法なんざ使ってるんだっ! て怒るんだ」
「いやいくら国定魔導師様だからっておかしいだろ」
「おかしいおかしい。あの人、火の魔法効きにくいっていうかやたら耐性あるんだよな。ほんとマジでおかしい」
「国定魔導師様と模擬戦してるのか」
「いや、あれは模擬戦って段階じゃないよ。従者共々蹴散らされてるっていうのが正しい。イジメだイジメ」
自ら望んでそのイジメしてもらっているようなものなのだが。
本気を出すと本当に手が付けられない。ノアやカズィ共々マジで逃げ惑うしかなくなるのだ。蜘蛛の子を散らしたようにという形容が本当に似つかわしいくらいである。
「んで、ケインの話な。仲良くしようとは思ってるけど、好敵手として扱いたいって感じもあるし。そのせいでこう、接し方がすげード下手くそな感じになってるんだろうな。普段はあんな感じじゃないし」
「そうなのか?」
「ケイン、友達作りはすげー上手いぜ? 初手からどんな相手にも友好的で、そのうえ空気読むのも上手いからな。だから、お前にあんな風に突っかかる……っていうの? 俺もあんなの初めて見たよ」
「へえ、これまでいなかったのか……」
「そうそう、これまであいつにそう思わせる相手がいなかったからってことだ。接し方が落ち着くまで当分あんな感じだと思うぜ? 大変だろうが頑張れ」
「敵意向けられるわけじゃないなら俺はいいよ」
ケインならば、知らないうちに恨まれるということもなさそうだ。
そもそも会話ができる相手ならばおかしなこともない。
だが、時折、本当に時折だが、彼が周りの取り巻きたちに薄暗い視線を向けていることがある。深い深い井戸の底でも覗いているような、空虚な瞳だ。あれだけは、どういうことなのか不思議に思うが。
ルシエルとそんな話をしている中、ふいに教室の入り口から声がかかる。
「アークス・レイセフトはいますか?」
見えると、教室の入り口に一人の生徒が立っていた。
見覚えがある顔だ。確か、クローディアの取り巻きの一人だったはず。
すぐに席を立って、対応に向かう。
「アークス・レイセフトは俺です。なんでしょうか?」
「クローディア様から――」
すごい聞きたくない名前が飛び出してきた。
「これを預かっています」
「これを?」
生徒から手渡されたものを見る。
それは、一通の手紙だった。
口頭ではなく、わざわざ手紙に書いて取り巻き経由で直に渡す。
ものすごく嫌な予感がするが、だからと言って見ないわけにはいかないだろう。
手紙には綺麗な文字で、丁寧な文章が綴られていた。
やけに堅苦しい文章が書き連ねられているが、要約するとこうだ。
――私と魔法で勝負をしなさい。私が勝ったらあなたは退学です。
メッセンジャーの役割を負った生徒に、困ったような視線を向ける。
「……こんな一方的な勝負受けたくないんですけど」
「断るのは勝手ですが、意味はないかと」
「まあ、そうだよなぁ……」
こちらが断わろうとすれば、向こうは断れないよう権限を使うだろうし、もしかすれば勲章をもらっているのに勝負から逃げたなどと吹聴されることもあり得る。
こんなもの、こうして出された時点で強制だ。
そんな勝負などしたくはないが、しなければしなかったで困ったことになる。
生徒に「了解しました」と返事をしてもと居た席に戻り、何かあったのか訊いてくるルシエルに手紙を見せた。
「大変だな。普通にしてても面倒が舞い込んでくるのか」
「世の中おかしい。ほんとおかしい。世界は俺になんの恨みがあるっていうんだ」
銀を買い付けに行けば戦争に巻き込まれ、戦争が終われば双精霊から紀言書の中身を変えろなどという意味不明なミッションを与えられる。この前はそれに関連してヒオウガなんたらというヤバそうな爆弾まで現れた。魔力が少ないのだから、みんな頼むから考慮して欲しい。なるべく穏やかに過ごさせてくれと叫びたかった。
大きな大きなため息を吐いていると、どこからともなく鬱陶しい声が聞こえてくる。
「あれあれー? アークスさん、もしかしてそれ、恋文ってヤツですかー?」
「にしては熱烈過ぎてちょっと辛いわ。ほら、見てみろよ」
「ふむふむ。うわー……熱烈というか暑苦しいといいますか。その、ご愁傷様です」
セツラに手紙を見せると、彼女はやがて億劫そうな表情を見せる。
鬱陶しいがデフォの彼女でさえもドン引きするほどだ。
次いで、リーシャがてくてくと歩いてきた。
「兄様、どうかしたのですか?」
「どうかしたもなにもない。ほら、リーシャもこれ見てみろよ」
「お預かりします…………えっと、これは、その、なんと言いますか」
「横暴だよなぁ。いかにも古式ゆかしい権力者の理不尽が煮詰まってるって感じがするだろ? 責任感もここまで行くと迷惑だよ。あの人絶対友達少ないわ」
「あ、あはは……」
「……アークスさんって、ときどき口が悪いですよね」
セツラからそんな突っ込みが入るが、それはどうでもいいこと。
そんなちょっとした騒ぎを聞きつけたのか、またケインが近づいてくる。
「どうしたんだい?」
「リーシャ。ケインにもそれ、見せてやってくれ」
そう言うと、リーシャはケインに手紙を手渡す。
「これは……」
「まあ、そういうことだよ」
「決闘って言っても、これは相手が悪いと思うよ? なんでもいいから謝罪した方がいいんじゃないかい?」
「あー、なるほど」
とりあえずなんでもいいから謝っておけということか。
確かに普通ならば、立ち回りとしては選択肢となり得るだろう。
だが、
「でもそれで魔法院に残っていいって言われるわけでもなさそうだし」
「どうしてもって誠意を見せるとかさ。向こうだって話をすればわかってくれるはずだ」
「話してわかってくれるような相手なら、こうして武力に走ることもないと思うんだが……」
「うーん。確かにそうかもしれないけど、相手は公爵家のご令嬢で、魔力も多い。魔法のみの勝負じゃ君に勝ち目はないよ」
「それはやってみないとわからない。不利なことは不利だけどさ」
「確かに君は技術も知識もあると僕も思う。けど、魔力の多さは覆せないことだ」
そんな風に、断言される。ケインも、魔力に重きを置いている人間なのかもしれない。
彼の取り巻きたちも、口々に「無理だ」「不可能だ」「恥をかくだけだ」だのと言ってくる。
「よく考えた方がいい。こんなことで君がいなくなったら僕も拍子抜けだよ」
「忠告どうも。どうにか切り抜けられるよう考えてみる」
両手を上げて、そう答える。
魔力の量=魔導師としての力、という図式に凝り固まってはいるが、これも彼なりのお節介なのだろう。ルシエルも言っていたが、こうして拍子抜けと言うあたりは認められているらしいことは窺える。
そんな中、教室によく知る人物が顔を出す。
スウだ。
「アークスー、なんか面白いことになったんだってー?」
「はぁ!? 俺もいま知ったばっかりなのになんで知ってるんだ!? 時系列的におかしくね!?」
「私には教えてくれる親切な人がいるって知ってるでしょ?」
「こんなことでラウゼイ閣下を駆り出すなよ! いい加減可哀そうと思えよ!」
飛び行ってくるほど元気のよい登場をしたスウに、そう突っ込みを入れる。
そんな中、エイミ・ゼイレが前に出て、スウに向かって挨拶を行う。
同じ公爵令嬢でも格はスウの方が高いらしく、スウに対して静かに礼を執り、スウもまた朗らかに応対した。
ほんとこの辺りのパワーバランスはよくわからない。
対して自分は、そんな高貴な人間が礼を執っているにも関わらず、いつもの調子である。
それを周りがよく思うはずがない。「アルグシアのお姫様にタメ口利いてるぞ」「どういうことだ」そんな風に、ひどくざわつき始める。
「…………えーっと、敬語とか使う?」
「別にいいよ。今更でしょ」
「それはそれで、礼儀的なものがさ」
「むしろ私だけにしかタメ口じゃないんだから、礼儀知らずには思われないんじゃない?」
「う……」
「ほら、これが普通なんだからみんなも騒がない――それとも私の不興を買いたいの?」
最後だけ、やたらと声が低く聞こえたのは気のせいではないだろう。「社会的に死にたいヤツから前に出ろ」的な脅し文句で、教室内の気温がまるで氷点下にまで落ち込んだように一斉に静まった。
魔法を使わずブリザードを操る少女。本当に恐ろしいことこの上ない。
誰だって公爵家を敵に回したくはない。しかも、アルグシア家はその筆頭とも呼べるお家柄。つまり、王家に睨まれるのにも等しいということだ。というか貴族社会だから洒落にならんマジで死ぬ。自動で累にも及ぶからみんな目を背けて黙るしかない。
正直なところ。
「貴族って怖ぇ」
「アークスも貴族でしょ。何言ってるのかな」
「ではスウシーア様のその絶大な権力で今回のことはどうにかならないでしょうか?」
「できなくはないけど」
「できなくないのかい! ……いや、ないけどなに?」
「やらない方がいいかなって」
「どうして?」
「そっちの方が面白そうだし」
「いやいやいや、助けてくれよ」
「私が助けなくても大丈夫だよ。ほら、これから対策会議しようよ」
「いや、俺これから講義に出るんだけど」
「別に出なくても大丈夫大丈夫。そっちの方が楽しいよ」
「俺の不遇を楽しむ気満々かいっ!」
スウが腕を掴んで引っ張る。こうなったら自分の力では逃れられない。
それは、自分よりも彼女の方が力が強いからだ。なぜだ。
「あ、リーシャもおいで」
「はい! お供致します!」
新入生をそそのかして公然とサボりをしようとする公爵家のお姫さま。
そんな彼女に連れられて、次の講義は欠席することになってしまった。