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第百二十七話 魔法院の女帝



 魔法院にて。



 いまアークスの隣には、伯爵家令嬢、シャーロット・クレメリアが付き添っている。

 この日アークスは、シャーロットに魔法院の案内をしてもらっている最中だった。

 登院初日にも魔法院の案内と称され建物内部や敷地を歩きに歩かされたが、細部まで詳しくというわけではなかったし、設備を使用するには当たっては生徒間のルールも存在する。



 そのためこの日、先輩である彼女に改めて案内してもらうということになったのだ。

 スウを探してもここ最近にはその姿を見ず、どこかに雲隠れといった有様。

 リーシャも誘ったのだが、彼女は他の貴族の子女と話すことがあるというので辞退した。



 というわけで、いまは二人で中庭のある回廊を歩いていた。

 ミルクティーカラーの長髪をお嬢様結びにした少女。所作はしとやかで優雅を貫き、まるで紀言書に語られる【窓際に腰掛ける美女(ジャクリーン)】がそのまま飛び出してきたかのよう。背もすらりとしており、魔法院の制服を良く着こなしている。武家の人間として剣術を嗜むが、その反面女性的な丸みにも富んでおり、最近ではそれが良く目立ってきたという印象だ。

 特に母性的な部分の主張が激しさは、抜きんでているだろう。

 背丈はいまだ自分よりも高く、彼女と並ぶまでもう少し時間を要する言ったところ。



「シャーロットも、魔法の講義に顔を出すんだな」


「ええ。非魔導師生でも、受講は必須だから」



 非魔導師生とはそのまま、魔法院に通う、魔導師ではない生徒たちのことを指す。

 彼ら彼女らは基本的に非魔導師系の軍家貴族の子弟に多く、魔導師生たちと同じように魔法に関する講義を受けるようだ。

 軍家貴族の子弟というのは、将来戦に赴く可能性も高く、それにあたって自軍に魔導師を抱えることや、敵魔導師と直接戦うこともある。そのため、たとえ魔導師でなくとも、ここで魔法に対する知識をある程度学ぶことはある意味暗黙の了解にもなっていた。



 シャーロットもその内の一人。この世界では才覚があれば女性でも戦場に立つため、クレメリア家では通わせることにしたのだろう。

 これも教養の範囲内……ということもあり得るが。



「確か体術とかの講義もあるって聞いたけど?」


「ええ。そちらの講師陣もいい腕の方が揃っているわ」


「へぇ……」



 シャーロットがそう言うのなら、間違いないだろう。魔力がなくなったあとも戦い続けられるよう、体術や剣術は受講してもいいかもしれない。



 そんな風に、魔法院の説明を受けながら回廊を歩いていると、噴水を挟んで向こう側に変わった集団がいるのが目に付いた。

 ひとかたまりを成すのは十人にも満たないが、どうやらみな一人の少女に追随しているらしい。

 その少女の身なりの良さは、かなりのもの。

 おそらく周りの者は、彼女の取り巻きなのだろうと思われる。



 中心にいるのは、輝くような金髪をシニヨンヘアーにした少女だ。シャーロットのように楚々とした所作をベースとしながらも、上級貴族のお嬢様特有の落ち着き払った雰囲気が端々からにじみ出ている。

 成長期真っ盛りなのか、出ているところは出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいるといった体形。そのせいか、白の制服にある程度改造を施しているらしい。

 取り巻きと話しながら穏やかな笑みを浮かべている。



 すると、シャーロットが警戒を促すように、注意点をささやく。



「アークス君も覚えておいた方がいいわ。あれが、魔法院を牛耳る女帝よ」


「じょ、女帝?」


「ええ。サイファイス公爵家長女、クローディア・サイファイス様」



 サイファイス公爵家は四公の内の一つ。スウの家と同格だ。

 発表パーティーでは終ぞお目にかかることができなかった家の一つでもある。

 先ほどシャーロットは彼女のことを【女帝】と評したが、取り巻きたちに振りまいている笑みからは、そんな言葉に追随するような傲岸さなどまったく想像がつかない。



「見たところ、おしとやかそうなお嬢様にしか見えないけどな」


「見た目はそうね。見た目は」


「シャーロットみたいに?」


「ええ…………って、それ、どういう意味かしら?」


「いえ、別に他意はナイデスヨ。――ひょ、ほっぺはやめへくれっ、やめへっ、ふぎっ」


「あら? 柔らかいわ。スウシーア様がお気に入りにするのもわかるわね」



 ちょっとした軽口の代償に、頬っぺたの肉を十分堪能されたあと。



「……アークス君は、サイファイス家は王国でなんの役目を与えられているか、知っていて?」


「ん? ああ。確か、代々魔法院の院長を務めているんだったよな?」


「ええ。もともとは敷地で魔法を教えていた私塾が始まりだったけど。現在は紆余曲折を経て現在の国が管理する形になったと言われているわ。けど」


「権力はいまだ絶大、と」


「そう。だから次期当主である彼女も、魔法院の運営にかかわったり、取り巻きたちを引き連れてああして見回ったりしているの」



 要するに、生徒会長みたいなものなのだろう。

 その後の彼女の話を聞くに、どうやらクローディアは講師と生徒の橋渡し的な役目も担っているのだとか。いち生徒にもかかわらず権力を持っていると聞いて一瞬怪訝に思ったが、別に好き放題振る舞っているわけではないらしい。



「私たち、非魔導師生のことも何かと気にかけてくれるし、卒業したらそのまま魔法院に居着くんじゃないかしらね」


「尊敬されてるんだな」


「うん……大抵はそうね」


「というと? 何か難ありなのか?」


「別に無体を働いているわけではないから。ただ……」


「ただ?」


「一度でも彼女に逆らうと、自分に従わせて取り巻きにするのよ」


「うん……うん? なんだそれ?」


「だからよく他の生徒に勝負を吹っ掛けて、騒ぎになってることがあるわ。いまじゃクローディア様の決闘騒ぎは魔法院の新しい名物みたいなものよ」


「いやすっごい無体っぽく聞こえるんだが……要するに、敵対している奴を取り込みにかかってるんだな? ナチュラルに政治してるとはさすが貴族」


「……アークス君も貴族でしょ?」


「って言っても廃嫡されてるものですから」


「あなたは時々貴族らしくないことを言うわね。どうしてかしら」


「ほんとどうしてなんでしょうね」



 そんな風にのらりくらりとはぐらかすと、胡乱な視線が向けられた。

 自分の存在自体胡乱なものなのだから、こちらは苦笑するしかないのだが。

 ともかく。



「でも、だからあんなにわらわら取り巻きがいるのか」


「そうみたいね。見たところ嫌々じゃなさそう……っていうより、自ら進んでみたいなところも強いみたいだけど」


「相手が公爵家だからなぁ。他の貴族家にとってはいいことしかないだろうなぁ」



 彼女の覚えがいいだけでも儲けものだ。もし彼女が次の院長になれば、魔法院に就職することだって夢ではないのだから。



「アークス君もあの取り巻きの中に入りたい?」


「遠慮します。上級貴族のお知り合いはもうお腹いっぱいですので」


「そんなこと言って、偉くなったらそういうお知り合いもどんどん増えるんじゃない?」


「死ぬほどめんどくさそう」



 シャーロットとそんな話をしていると、ふと彼女が何かに気付いた。



「あら? こっちに来るようね」


「ええ!? いまの話聞いたばかりで心の準備ができてない!」



 一団の足がこちらを向いていることで、うろたえてわたわた。

 クローディアは方今転換など知らぬというように、真っ直ぐこちらに向かっている。

 何か用があるのか。いや、おそらくお目当てはシャーロットだろう。

 家格に差はあるが、同じ上級貴族の子女であるため、挨拶をしに来たのだと思われる。

 学園内であるため、礼は最小限でよく、跪かなくても構わない。



 クローディアの口から、お嬢様言葉が飛び出した。



「ごきげんようシャーロットさん。本日はお日柄もよろしいようで」


「ご機嫌麗しゅうございます。クローディア様。本日も院内の見回りですか?」


「ええ、新入生も入ってきましたし、良い機会ですので様子を見ておこうと思いまして。こうして院内の状況を把握しておくのも、わたくしの務めですから」



 クローディアは落ち着いた様子で応対している。

 先ほど聞いたような気性の荒さはまったく感じられない。

 黙っていなくても、おしとやかな貴族の令嬢としか思えないが、どういうことなのか。



「あら、そちらのお可愛らしい方は……?」


(ふぐぅっ!!)



 クローディアの発した何気ない言葉が、心臓にぐさりと刺さる。

 時に舌は世のあらゆる刀剣よりも鋭い切れ味を誇ると言うが、いまのはまさにそれが発揮された状況だろう。形のない衝撃にぐらりと身体を揺らすも、踏みとどまって礼を執り、シャーロットが紹介してくれるのを待つ。



「こちらは私のこ……友人のアークス・レイセフトです」


「アークス・レイセフトと申します」


「クローディア・サイファイスですわ。レイセフトとは、確か同じ東部の」


「はい。そのこともありまして、こうして案内をしていたのです」



 ふいに取り巻きの一人が、書類をめくり、書かれた情報を読み上げる。



「アークス・レイセフト。魔導師生で、入学試験の主席ですが、魔力量は二千にも満たないですね」


「二千以下……貴族であるにもかかわらず、随分と低いのですね」



 読み上げた内容を聞いて、クローディアは顔をしかめる。

 初対面でそれを指摘するのはいきなりだが、相手は国内の貴族の最上位級に位置している。軽々に反論するわけにもいかない。



「確かに私の魔力は微々たるものではございますが、ここで多くを学び、今後に活かしたいと思います」


「アークスと言いましたね? 魔法院に通う者は質の高い者でなければなりません。そうではなくて?」


「……は」


「魔法院は、王国でも最高峰の学府。誰でも分別なく迎え入れては、その権威も堕落しましょう。魔法院の名が国内外に轟いている以上は、その名誉は守られなければなりません」



 嫌な流れだ。このあとに何を言われるのか、容易に想像がつく。



「私も、クローディア様のおっしゃる通りかと存じます」


「そうお思いでしたら、魔法院から去りなさい。魔導に携わる貴族の一員であるにもかかわらず、魔力が低いなど話になりません。あなたは魔法院に相応しくありません」



 やはりそんな話になるか。話の流れで、すでに予想はできていた。

 シャーロットがくちばしを挟み込む。



「クローディア様。お言葉ですが、いくらなんでもそれは言い過ぎかと存じます。確かに彼の魔力は低い方だと存じますが、入学試験で主席を取ったという事実は評価して然るべきではないでしょうか」


「入学試験の結果は、今後の勉強次第でいくらでも覆ります。それにシャーロットさん? これは彼が貴族であるからこそのものなのです。上に立つ者が劣るものでは、恥を晒しましょう。魔力が軍家貴族の平均以下では、周りに示しがつきません」



 ……ある意味これは、魔力計が出回った弊害でもある。魔力の量が数値化されはっきりしたせいで、差が明確になったのだ。

 というか個人情報の暴露はやめろと言いたい。というかどうやってそんな情報手に入れたのか、管理ガバガバすぎる。今度メルクリーアとの打ち合わせがあったとき、懸念点として報告しなければならないか。


 しかし、まずい流れだ。

 と、思ったそのときだ。



「ただ、その代わりと言ってはなんですが。今後のことは私が面倒を見てあげましょう。魔法院の試験に合格したということは相応の力があるということ。難しい役目も務まることでしょう」


「へ……?」


「ですから……そうですね。見習いからにはなりますが、院の事務や高級な役所の係員などいかがでして? もし望むなら、サイファイス家で雇っても構いませんよ。そちらは別途試験が必要ですが」



 話が急転した。

 追い出す話から突然、就職先の斡旋話になっている。

 むしろ、安定した今後を望むなら、そっちの方が格段に条件がいいまであるくらいだ。

 一瞬何を言われていたのか忘れてしまうくらいには好条件ではないか。

 取り巻きたちも、「さすがはクローディア様」「見事な采配です」などと言っている。

 一方でこちらは、シャーロットと共にぽかんとしきり。



 ……つまりこれは、単に気に入らないから追い出そうというのではなく、適材適所に振り分けようという彼女なりの考えなのだろう。

 おかしなところでリーダーシップめいたものを発揮されたわけだが。

 それはそれで困る。



「ひとかたならぬお申し出なれど、私には身に過ぎたもの。お断りさせていただきたく存じます」


「……わたくしの提案を断ると?」


「はい。今後も魔法院で、よりよい学びを受けたいと思っております」



 そう、これは断固として譲れない。国定魔導師を目指す以上、魔法院の卒業というアドバンテージは捨てられないからだ。

 そうでなくても魔力量が低いという大きなハンデがあるのだ。放り捨てることはできない。



「アークス・レイセフト。私はいましがた、相応しくないと言ったばかりですが、理解できなかったのでしょうか?」


「いえ。ですが魔力量の差は学ぶことにより覆すことができると存じます」



 クローディアは眉間にしわを寄せる。まるで聞き分けの良くない子供を相手にしているかのような態度だ。

 これは困った。ひどく困った。

 シャーロットが再度、抗議を入れる。



「クローディア様。クローディア様も同じ魔法院の生徒。いち生徒に退学を勧告するのはいささか過分なのではと存じますが」


「私にはサイファイス家の次期当主として。魔法院の名誉を、ひいては王国の名誉を守るために動かなければなりません。これもその一環です」


「それは、そうかもしれませんが……」



 シャーロットがいくら伯爵家令嬢でも、さすがに公爵家の令嬢には強くは言い出せない。

 まさか、彼女の一声で本当に辞めさせられるとは思わないが、相手は公爵家の人間だ。家は並々ならぬ権力を持っているため、絶対にありえないということはない。

 さてどうやって切り抜けようか、そんなことを考えていた折。



「――あら? これはクローディア様ではありませんか?」



 困った状況の中、ふいにそんな声がかかる。

 清楚という言葉が似つかわしい語調で、シャーロットやクローディアの言葉遣いと比しても遜色ない。

 しかし、その声音は随分と聞き覚えがあった。

 振り向くとそこには――



「これは、スウシーア様」



 スウシーア……スウだ。

 よく櫛が通された長い黒髪にはシニヨンが二つと髪飾りが添えられ、どこか中華風を思わせる髪型。

 手入れが行き届いた健康的な色味の肌。長いまつ毛に、翡翠の輝きが散った瑠璃の瞳。普段は快活さにぱっちりと開かれ、時にはひどく剣呑に細まるそれは、いまは伏せられたまま。

 身体つきの女らしさも、シャーロットに負けず劣らずだ。

 最近はいろいろと目に毒で、ついつい意識してしまうほど。

 白の制服に身を包み、腰元には本白檀製の雅な扇子が差し込まれている。



 だが、いまはなんというか、いつもと全然違う。やたらと物静かそうで、楚々としており、猫を三枚重ねで被っているのかと思うくらいに別人だ。一瞬、幻覚でも見ているかと目をこすって、幻惑系統の助性魔法が使われていないかどうか確認したほど。一瞬頭上に見えた猫のぬいぐるみ三兄弟もいまはまぼろし。いつも見る彼女とあまりにかい離しているせいで、胡乱なまなざしが止められない。

 めまいがする。

 ぐるぐる。



「皆さんお揃いで一体どうしたのかしら? あら? シャーロットさんもいらっしゃったのですね」


「スウシーア様。ごきげん麗しゅうございます」


「ええ、ごきげんよう。随分と剣呑そうにしていましたけど、一体なんのお話をしていたのかしら?」



 やわらかな笑顔を見せ、お嬢様言葉で会話している。

 いや、自分との会話が特殊な事例なだけであって、魔法院で彼女と知り合った者にとってはこれが普通なのだろう。



「そこにいるアークス・レイセフトに関して、話をしていたのですわ」


「あら、彼がどうかされたのですか?」


「なんでも、魔力の量が軍家貴族の平均以下だと。それで、この魔法院には相応しくないと、そう申したのです」


「もしや彼に自主的に退学しろとでもおっしゃったのですか? それはあまりに行き過ぎたことではありませんか?」


「ここは栄えある魔法院です。ここで学ぶ者は、一定の実力を有する必要があります」



 すると、スウはクローディアにさも心配そうなまなざしを向ける。

 その憐憫の情に気付いたのか、クローディアは片眉を持ち上げた。



「……スウシーア様、なにか?」


「クローディア様。最近は根を詰めすぎなのではありませんか? どうやらひどくお疲れのご様子」


「スウシーア様。私はいささかの疲労もございません」


「そうでしょうか? 普段は細やかなことにも気がつくクローディア様が、いまは随分と目端が利いていないのではないでしょうか?」


「……何をおっしゃりたいのでしょう? 教えていただけませんこと?」


「そうでしょう。彼の、特に左胸辺りにはまったく目が行き届いていないのでは?」


「左胸? ――っ!?」



 自身の胸元を見たクローディアが、顔に驚愕を張り付ける。

 そう、いま自分の左胸には、国王シンルから下賜された勲章が銀色に輝いているのだから。

 スウは落ち着いた声音から一転して、声に鋭さを含ませる。



「クローディア様。軍家に連なる貴族の子弟であるなら、勲章の種類も知っていなければならないはず。その銀の輝きが一体どいうものなのか、クローディア様も存じ上げているなら――そうですね。やはりお疲れなのでしょう」


「白銀、十字勲章……」


「ここにいるアークス・レイセフトは恐れ多くも王太子殿下の初陣に随行し、供回りとして多大な活躍をなされた方です。勲章も国王陛下御自ら下賜されました。それを王家の臣足る我らが、国王陛下を差し置いて無才だなんだと言うのはいかがなものでしょう。そして、いまだ子弟でしかない我らは、それを論ずるに値するでしょうか?」



 スウの連弩さながらの指摘に対し、クローディアは一瞬表情を固くさせるも、すぐに平静を取り戻す。



「っ、この者に一定の実力があるのはわたくしも認めましょう。ですが、ここは魔法の才を育み伸ばす学びの園。魔導師生が魔力に乏しいのは外聞が悪いと思いませんこと?」


「この勲章は陛下が彼の魔法の腕も評価してお贈りになったものと聞き及んでおりますが?」


「ですからわたくしは魔力の量を言って」


「クローディア様。私は常々、魔導師が魔力の量だけで、その優劣を論じられるものではないと思っています。論じられるべきは、言葉に関して知識。識格ではないでしょうか?」


「……一理ありますが、魔導師の華はやはり魔力の多さだと考えますわ」



 するとスウは、腰に差していた扇子を抜いて、ぱっと開く。

 そしてそれを使って、これ見よがしに嘲りの笑顔を隠しながら。



「あら、さすがはクローディア様。魔力量が院内で二位だけありますね」


「……っ」



 クローディアの顔に、はっきりと苛立ちの色が現れる。

 スウはおそらく魔法院一の魔力量を誇るだろう。しかも、二年では断トツの成績を修め、文句なしの首席。魔法院で最強の生徒が誰かという話になれば、彼女の名前が真っ先に挙がるのは間違いないはずだ。



「魔導師が最も尊ばなければならないのは、魔力量か識格か。いち生徒でしかない私とクローディア様がそれを論じても不毛でしょう――ですので、そこのあなた」


「は、え? わ、私でしょうか?」


「ええ。すぐにストリング講師を呼んできてくださらない?」


「す、ストリング閣下を、ですか?」


「我らで論じるのが適切でないのなら、判断していただくに足る方にお越し頂いた方が建設的でしょう。ああ、クローディア様がストリング講師では不相応とおっしゃるのでしたら、院長閣下をお呼びしても構いませんよ? ここ魔法院の長であり、クローディア様のお爺さまでありますね。きっとよいご判断をいただけると思います」


「っ、その段には及びませんわ」


「そうですね。きっと院長閣下は、問題ないとおっしゃっていただけるでしょうから」



 当然だ。試験で合格したのにもかかわらず、やっぱりダメでしたなんて手のひら返しをしたら、それこそ魔法院の権威が地の底まで堕するというもの。



「シャーロットさんも、そうお思いになりません?」


「はい。スウシーア様。私もアークス君の魔法に助けられたことがありますので、その才は存じ上げていますわ」


「でしょう。彼の友人として、次の勲章を得るのが楽しみでなりません」



 突然、そんな台詞がぶちこまれる。

 こちらの関知しないところで、ハードルを上げられてしまった。



 というか、この口調のやり取りを聞いていると背中に虫でも這っているような感覚がする。きっつい。ちょうきっつい。悲鳴をひたすら我慢している自分を誰かほめて欲しい。

 いますぐここから逃げ出したい。なりふり構わず逃げ出したい。リーシャ助けて。そう本気で叫びたかった。



 一方でクローディアは反論できず、奥歯を噛み締めている。

 そんな彼女に、スウは優しい微笑みを向けた。



「クローディア様。私は彼を庇っているだけではないのですよ? クローディア様のことも案じているのです」


「っ、いまさらではなくて? 聞こえましたが?」


「あら、そう聞こえてしまったのなら、申し訳ありません。以後気を付けましょう」



 スウは素直に謝罪する。本当にやり口が上手いとしか言いようがない。



「……わかりましたわ。ここは引きましょう。ですが、武官貴族の魔導師にとって、魔力量は絶対のもの。わたくしは認めたわけではありません」


「それについても、いずれクローディア様と論ずることができる機会を楽しみにしています」



 スウの笑顔の追撃に、クローディアの肩が強張る。もし同格でなければ、このまま飛び掛かってしまいそうな勢いだ。

 ……当然そんなことをしたら、返り討ち確定だろうが。



 こちらに向けられたクローディアの視線が怖い。どうやら、いまので完全に目を付けられてしまったらしい。

 クローディアは静かに「ごきげんよう」と言葉を残し、取り巻きたちと共にその場から去っていった。

 クローディアが見えなくなった折、ほうっと胸を撫でおろす。



「にしても怖ぇ会話」



 スウが舞台に上がってからは、最初から最後まで彼女が会話の主導権を握っていた。

 しかも正論の嫌みまでチクチク織り交ぜての、口撃だ。

 険悪ムードで背筋が凍る。ブリザードを超えてもはや氷河時代の幕開けのように思えたほどだ。

 すると、スウはいつも通りの調子で、



「上流の会話なんてこんなものだよ? 笑顔の皮を被って、嫌みの言い合いなんだから。もっと化かし合いに長けた人間だっていっぱいいるしね」


「スウシーア様、勉強になります」


「ううん。さっきは援護ありがとう」



 スウとシャーロットはそう言って、笑顔を見せ合う。

 そんなやり取りを見ていると、少しは心が落ち着いた。

 それもそうだが、気になることがある。



「でもどうして、クローディア様はあんなことを言い出したんだろうな?」



 いくら代々院長を務める家系の者とはいえ、自主退学の勧告まで行うのは横暴に過ぎる。

 ルールに則った入学なのにもかかわらず、なぜ魔法院の権威にまで言及することになったかは疑問だった。

 すると、シャーロットが答える。



「私もよくわからないけど、クローディア様、最近なんだか焦っているように感じられるわね」


「そうなのか?」


「私の見た限りではあるけれど。スウシーア様はどうお考えになりますか?」


「私はそれほど会うわけじゃないから、細かなところはわからないかな。でも、最近は意欲的に動いているとは思うよ?」


「ふむふむ」


「ある程度は予想できるけどね。ご両親はすでにお隠れになっていて、院長閣下はもうご高齢。そうなると、跡取りであるクローディア様には重圧がかかる……周りからの期待で一層頑張らなくちゃって思ってるんだと思うよ」



 スウはそこで一度区切って、



「空回りしてるわけじゃないのが救いかな。それだけやることはきっちりしてるってことだけど」


「仕事ができて、ちゃんとしてる分、今回の件は特に厄介ってことか」


「そうだね。これっきりにはならないと思うよ」


「うへぇ」


「アークスくん、お気の毒様ね……」



 まったくだった。どうしてこんな風に厄介事ばかりが飛び込んでくるのかと思う。

 飛び込んでくるなら、幸運か開発に関するひらめきか、あとはお金だけにして欲しい。

 ともあれ、



「スウ、助かったよ。ありがとう」


「別にお礼なんていいよ。毎日私にプリンを献上してくれれば」


「こんなときにもふっかけてくるとかホント抜け目ないよな」



 満面の笑みで繰り出される彼女の言葉に、半ば呆れていると、ふとシャーロットに訊ねられる。



「アークスくん、プリンってなにかしら?」


「ん? ああ、この前作ったお菓子のことだよ」



 シャーロットにプリンの説明をすると、なぜかスウがむくれ始める。



「……むっ。どうして私のときは隠そうとしたのに、シャーロットさんのときは素直に言うのかな?」


「え? そりゃ……」



 答えに詰まっていると、すかさずシャーロットが笑顔を見せ、くっついてくる。



「スウシーア様。それだけアークス君が私を信頼してくれているということではないかと。ね? アークスくん。そうよね?」


「え、いや、まあ、信頼しているのは間違いないけど」



 間違いないが、なぜいまそれを強調してくるのか。



「……ふーん。そっか。そうなんだ。ふーん」



 スウの表情が、にわかに険しくなる。

 だが、それはこちらを責めるものではなく、シャーロットの方に向けられていた。

 スウとシャーロットの視線がカチ合う。

 二人の後ろから、ゴゴゴゴゴゴゴゴという地響きが聞こえてきそうだ。

 正直な話さっきよりも危険になった気がしないでもなかった。

 どうしてお菓子の話だけでこんなことになってしまうのか。


 かくなるうえは、だ。



「あ! そうだ! 俺はこのあと大事な講義があるんだった……じゃ!」


「アークス~?」


「アークス君?」


「う、うわぁあああああああああ!!」



 笑顔で迫ってくる二人が、やけに怖かったのは言うまでもない。





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