第百二十二話 魔法院入学試験その一
魔法院の入学に際して、最初に立ちはだかる関門が入学試験だ。
とは言っても、その手続きはさほど煩雑なものではない。事前に推薦状を提出したあと、魔法院の敷地内で行われる筆記試験に合格すればいいだけという単純なもの。
試験についてもしっかりと勉強していれば合格できる難度であり、ある程度【魔法文字】の読み書きと、魔法に関する一般的な知識、そして紀言書の内容さえ把握していれば問題なく対応できるという。
推薦状は、すでにクレイブから貰っているためこれに関しては問題なし。
あとは試験の前に、魔法院を卒業した先輩たちにいろいろとお伺いを立てたのだが。
「アークスさまなら問題ないでしょう」
「むしろ行かなくてもいいくらいに使えるからな。キヒヒッ」
とのこと。
魔法は普通に使えるし、魔法に関連する知識の学習もおろそかにした覚えはない。
紀言書は読める部分も読めない部分も頭の中に入っていつでも書き起こすことが可能だ。
正直、試験に関する事前知識を入れれば入れるほど、落ちる気が全くしなくなると言ったところ。
「あとは、あれだ。実技試験だな」
「ん? 試験に実技なんてあるのか?」
「ええ。基本的に、『魔法は魔法院で習う』ものとされているので、入学時点で魔法が使えなくても構いませんし、挑戦は任意です。ですが、どちらも良い成績を残せれば、魔法院では優秀な生徒として扱われます」
「へえ。だけどそれ、勉強してる人間は有利になるだろ。ずるくね?」
「そうすることで、特に貴族は庶民に対して体面を保てます」
「考えてもみろよ。優秀な庶民がいれば、お貴族様は面白くないだろ?」
「……あー、なるほどなぁ。カズィの場合はやっぱ嫌がらせとかあったのか」
「些細なモンだがな。逆に勧誘も多かったぜ? 引き入れたいってヤツがしつこくてな。そっちの方がうんざりするくらいだったぜ。キヒヒッ」
だそうだ。
平民出身では初めて、魔法院を主席で卒業。
しかも、ノアの話を聞く限りでは、次席にぶっちぎりの差を付けたという。
となれば、やっかみも勧誘も同じくらいあったのだろう。
「魔法院は四年制で、各地から呼ばれた平民は寮で生活をします。アークスさまはこの屋敷がありますので、寮とは無縁でしょう」
「そうだな。普通に通える距離だし」
そんな話をする中、カズィがノアに訊ねる。
「そういや、お前はどうしてたんだ?」
「私もカズィさんと同じで寮ですよ。もともと地方に住んでいましたので」
「お前も変わってるよな。貴族サマって感じもすれば、叩き上げって感じもするしよ」
「私にもいろいろあるのですよ。苦労は人それぞれです」
二人はそんな話をしている。
どうやら、ノアはもともと王都住みではなかったたらしい。王国の貴族は、家族を一律王都に住まわせるというわけではなく、業務によっては家族と共に地方に住むこともあるため、そういった家系だったということだろう。
両方に家を持っていないということは、家は男爵位、もしくは勲爵位だったのかもしれない。
ノアは北部の出身だと聞いているが、それ以上詳しいことは知らない。
今度その辺のことも聞いてみるべきか。
「試験と言えば、認定魔導師試験の方も覚えておいた方がよろしいでしょうね」
「あー、そういやそんな試験もあったなぁ」
そう、王国には、国定魔導師国家試験と認定魔導師試験の二つの試験が存在する。
国定魔導師国家試験は国定魔導師になるためのものだが、認定魔導師試験は、魔導師としての一定の実力を持つという証明を得る試験であり、関連する職業に就くために要求される資格でもある。
これによってモグリの魔導師を振るい落とし、就労する魔導師の質の底上げにもつながる。
国家試験を受ける前に、まず認定魔導師試験を受けるのが一般的だ。
「これに関しては魔法院の在籍期間中に取得なさった方がいいかもしれませんね」
「ノアも持ってるんだよな?」
「ええ。私は在籍中、三年目に取得しています。最近ではカズィさんも再取得しましたよ」
「一応貴族の家で働くわけだし、取り直しておいた方がいいと思ってな」
「真面目だなぁ」
「もともとの気質がそうなのでは?」
「別にあんなもん真面目にしてなくても簡単に取れるっての。ド基礎さえしっかりしてりゃ落ちることもねえって」
カズィは手をひらひらさせて、なんてことはないと言う。
「ま、お前なら気楽にできるだろ。国王陛下に謁見するよりはよっぽど楽だ」
「そうだな。突然斬首とか、頭を開いてみたいとか言われることもないからな。ははは……」
乾いた笑いを見せると、ノアもカズィもどこか憐れむような視線を向けてくる。
「なんだ。まあ、お前も大変だよな」
「アークスさまには成り上がりたいという目標がありますから、その『大変』からは逃れられないでしょう。それに、大変な目に遭いたくなければ大人しくしていればいいのです。アークスさまの性質上、困難なことではありますが」
「侯爵邸にカチ込みかけるわ、旅に出れば戦争に巻き込まれるわだもんな」
「まだ十代に入ったばかりなのに、濃厚な人生ですね。本当に恐れ入ります」
主人いじりになると好き放題言い出す従者たちを半眼でにらみつけたあと。
「それじゃ、行ってくるよ」
そう言い残して、アークスは魔法院へと向かったのだった。
●
魔法院の試験日は複数設定されている。
これは、試験における講師の負担や、期日に外せない予定がある者などの事情を考慮してのものだ。トラブルなどがあったときの場合は別に予備日が設定されているため、かなり融通が利いている。
魔法院は、魔導師ギルドとも近いため、これまでも生徒の往来をちょくちょく見かけていた。学生服を身にまとい、鞄を持って歩く姿は、どこからどう見てもあの男の世界の学生そのもの。
あの男の国の学生の制服制度は、西洋の様式を取り入れたことから始まったというが、もちろんここでは独自の理由があるらしい。
なんでも魔法院の制服制度は、もともと私塾だった頃の名残なのだそうだ。魔法院は設立当時から、国内最高峰の私塾として初代院長が他の私塾との差別化を図り、権威付けを行うため、この制度を取り入れたらしい。
確かに、見た目が違えば周囲にもわかりやすく受け入れられるだろうし、生徒たちも誇りや矜持を持つようになるだろう。
現在、王国の衣服事情は過渡期にあり、伝統貴族の衣装や、ジャケットなどが入り混じっているという状況にある。伝統を重んじる家系であれば伝統的な衣装を、しゃれっ気が強く新しもの好きであればジャケットなどを。特に新興貴族などはジャケットを着用する者が多い傾向にある。
魔法院では最先端を取り入れているようで、近年では以前までの法衣のような制服から、ジャケット、ブレザーをもとにした制服へと移行していた。
色は白を基調としており、男子はスラックス、女子はスカート。
デザインは、あの男の世界の学生服とそう大きくは変わらない。
(あれ着ると、白一色みたいに見えそうだなぁ)
そんなことを考えながら、くせっ毛を指で摘まむ。
銀髪であるため、白地が強い服を着ると、なんだか印象が薄い感じになってしまいそうだ。
いつもはこのまま魔導師ギルドへ向かうのだが、今日はその前を通り過ぎる。
門の前にいる顔見知りの守衛に簡単な挨拶をして先に進むと、やがて魔法院の入り口が見えてきた。
出迎えたのは、巨大な黒格子の門だ。観音開きで、いまは試験に挑む者たちを迎え入れるために、その口を大きく開け放っている。
脇には生徒が立っており、中に入ろうとする者に対してしきりに呼びかけていた。
……どうやら、会場がどこにあるのか案内をしているらしい。
アークスはその案内に従って、試験の会場へ。
会場には教室を用いており、試験中は監督官役の講師が見回りをするようだ。
試験を受ける者は各教室へ振り分けされて、そこでペーパーテストを受けるという。
形式は男の世界の試験方式とそう変わらない。
席に着き、講師から案内を受けると、やがて用紙が配られる。
一通り目を通したが、基礎的な問題ばかりだ。
魔法に関する一般的な知識を求めるものが多く。
複雑な現象や、由来やいわれなどには踏み込まず。
あっても、基本的な魔法に限り、虫食い部分に単語を当てはめるといった程度のものになっている。
――問う。【魔法文字】で書かれた最古の書物はなにか。
「紀言書」
――問う。前問の書物に分類されるものを、年代の古い順からすべて答えよ。
「天地開闢碌、精霊年代、クラキの予言書、大星章、魔導師たちの挽歌、世紀末の魔王の六つ」
――問う。詠唱を完遂できなかった場合、失敗することをなんと言うか。事例を複数述べよ。
「詠唱不全。詠唱中に正しい魔力を供給できなかった。間違った単語や成語を組み込んだ。舌を噛んでトチった」
――問う。魔法の行使後に発生する残滓は何か。
「呪詛」
――問う。前問の答えが及ぼす影響はなにか。また、それを取り払うにはどうすればよいか。
「呪詛は澱を作ると、やがて魔物の出現に影響する。この呪詛を取り払うには、呪詛を散らす呪文を行使するか、呪詛の澱ができないよう場を整える必要がある。基本的に呪詛を消し去ることは不可能とされている」
――問う。スソノカミの脅威について述べよ。
「……である。あとは、スソノカミはその本体もそうだが、周辺から【呪詛】を招き寄せるため、魔物嵐を発生させることがある……こんなところかな」
――問う。魔王の名前を答えよ。
「オーム、クータスタ、ガンザルディ、サマディーヤ」
――問う。魔導師ラデオンの残した有名な言葉を答えよ。
「言葉に始まり、言葉に終わる」
そんな風に用紙を埋めていくと、やがて魔法院の試験で最大の難問と言われるものにぶち当たる。
「紀言書の記述か」
そう、紀言書の内容の穴埋めだ。この試験では、これが一番の難問だろう。どれだけ紀言書を読み込んでいるか、読み解けているかで結果が大きく左右される。
試験を受ける者の記憶力もそうだが、下手な解説書を下地にしているとそれだけでアウトになる可能性すらあるのだ。
古代中国の科挙と呼ばれる試験は、大量の書を丸暗記しないといけなかったというが、それに比べれば簡単な方だろう。
瞬間記憶能力やカメラアイなどと呼ばれるような力を持つ自分にとっては、なんの苦にもならないことではあるが。
その後も問題は続いたが、特段悩むような内容はなかった。
その一方で、周囲からはうめき声やうんうんという唸り声も聞こえてくる。
問題が難しくて悩んでいるのか。いや、行われているのは筆記試験なのだからそれ一択だろう。
「めんどくせぇ……穴埋めとか解読とかほんとめんどくせぇ」
「くっ、疼く……疼くぞ……我の左目が疼きよるわ」
「私の筋肉魔法さえ使えればこのような問題如き障害にもならないというのに……」
……若干おかしな連中もいたような気がしないでもないが。
左目が疼くなら病院に行ってこい。
そもそも筋肉魔法とは何なのか。用紙を破り捨てるつもりなのか。
ともあれ、筆記試験は大方の予想通り、つつがなく終わった。
次は実技試験だ。
再び案内に従い、会場となる訓練場へと向かった。