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第百二十一話 仮面の影



 玉座の間を辞したジエーロが、宮殿内を闊歩する。

 まるで自分の城を歩く王のように堂々と、しかし不遜にまみれた礼を欠く態度で。



 登城のために着飾ってはいたものの、やはりその面貌はよく目立つ。

 宮殿に勤める者は、その場違いな凶相を目の当たりにして驚き、隅でひそひそと陰口を叩いていた。



 だが、ジエーロがそれを気にすることはない。

 彼にとって、小雀共が何をしようが話そうが、痛痒にもならないからだ。



 ――いずれ誰も彼もが、己にひれ伏すときが来る。



 そんな未来を思い浮かべてゆがむ口元は、やはり凶悪という言葉に尽きた。



 ジエーロは宮殿を出たあと、ドネアス王都にある宿に入った。

 そこは、ドネアスで最も豪華だと謳われる宿だ。六階建て、部屋数五十室という、他国でもそうそうお目にかかれないような規模の大きいもの。

 ジエーロは一度フロントに寄ったあと、刻印技術を用いて作られた原始的な昇降機に乗り込み、迷わず最上階のスイートへと向かう。



 フェザークッションのソファにはすでに、一人の女が腰を掛けていた。

 ローブを身にまとい、顔には白仮面を付けた女。

 顔の上半分は仮面で覆われており、定かなのは口元だけ。表情の変化も、薄ら笑い程度であるため、容易には判じ得ない。



 ジエーロが部屋の中ほどまで来ると、仮面の女アリュアスはゆっくりと身体の向きを変えた。



「――陛下への奏上はうまくいきましたか?」



 訊ねた口もとには、やはり薄ら笑いが浮かんでいる。

 その笑みは愉悦からくるものなのか、それとも嘲弄からくるものなのか。

 そんな彼女に対し、ジエーロは怒りを表すことはない。

 余裕のある涼しげな表情を浮かべて答える。



「ああ、問題ないよ。予定通り。すべて予定通りだとも」


「ということは、陛下はこの件の全権をジエーロ殿にお任せになられたということですね?」


「ああ、君の言う通りだ。ただ、ご許可をいただく代わりに、いささか気分を害したようだがね」



 ジエーロはそう言うと、王への謁見を振り返る。

 許可を出したときのルジャーノの顔は、渋々、不承不承といった言葉が似つかわしいほど、に嫌々だった。

 それもこれも、獅子のかかわりを匂わせてからだ。

 確かにルジャーノが危惧した通り、他国の協力は自国の毒になり得る事柄だろう。

 だが、自ら利害を天秤にかけることもできず、宰相の後押しがあってやっと頷くなど、王として判断力に掛けているとしか思えなかった。



「陛下の不興を買うのは、今後の活動に支障が出るのではありませんか?」


「いやいや、私にとっては痛くも痒くもないことだよ。ライノールに入り込めればこちらのものだ。それに、どうせどんな策を奏上しても、あの短気な王の癇癪(かんしゃく)は免れん。それほどまでに怒りたいなら、勝手に怒らせておけばいいのだよ。あとは宰相が適当にご機嫌取りをしてくれるさ」



 ジエーロはテーブルを挟んで反対側、アリュアスの対面に腰を下ろした。

 大ぶりのパイプを手に持って、落ち着きなく掌を叩く。

 そして、腹立たしいと言うように振り返るのは、やはり謁見の間でのこと。



「まったくもって愚かな王だ。終止私が、獅子にそそのかされていると疑ってかかっていたよ。今回のことはすべて私がお膳立てしたにもかかわらずね」


「あの方の名前を匂わせれば、ルジャーノ陛下がお疑いになるのも当然でしょう」


「だから愚かだというのだよ。あのような愚鈍な王が権力を握っていては、この国も先が知れているとういものだ」


「それだけ陛下は、あの方のことを脅威に思っているのでは?」



 ジエーロは片目をわずかに吊り上げる。

 そして、すぐに表情を元に戻して、笑顔を作った。



「アリュアス殿は随分と獅子のことを持ち上げるのだな。やはり自分の協力者だからかな?」


「ええ。これまでも、あの方にはよくしていただいています」


「素直な疑問なのだが、彼は本当に有能なのかね? 先だっての戦では、あまり良い結果を残せなかったと聞いたが?」


「帝国にとっては、でしょう。あの方のおかげで、私にとっては予想以上の収穫を得ることができましたから」



 アリュアスはそう言って、薄ら笑いを浮かべる。

 ジエーロもその奥にどんな感情が隠されているのかを読み取ることはできなかった。



「あの方のことですから、このたびの作戦に何か仕掛けているかもしれませんよ?」


「忠告として受け取っておこう。だが、私にとっては王国潜入の手助けをしてくれる協力者に過ぎん。なに、現地には私が直に赴くのだ。その場にいない者がどうこうできるはずもない」


「さすがはジエーロ殿ですね。私も頼もしく思います」


「ふはははは。だろう」



 ジエーロは機嫌よく高笑いを上げると、やがてその笑いを止めて、アリュアスに手に持ったパイプを差し向ける。


「アリュアス殿。君も獅子の協力者などではなく、私の協力者にならないかね? 策がなった暁には、私は途方もない力を得ることが叶うだろう。私の下にいれば、君もその恩恵に与れる」


「考えておきましょう」


「考えるまでもないことだと思うがね」



 ジエーロは、アリュアスの律義さに、食傷気味に顔をゆがめる。

 しかしすぐにもとの機嫌のいい表情を見せて、パイプ火をつけた。

 それが自分を大物に見せる演技なのかは、わからないが。



 ふいにジエーロは、アリュアスの視線がとある一点に注がれていることに気が付いた。



「これが気になるかね?」


「変わったものでしたので」



 アリュアスが注目したのは、ジエーロの腕に巻かれた装飾品だった。

 銀色のリストに円盤がくっついた奇妙な一品である。



「これはドネアスにあった遺構を調べた際に見つけたものでね。魔導師たちの挽歌の時代の骨董品らしい。いや、なかなか便利でね。これのおかげで仕事がしやすくなった」


「古い時代のものですか。興味があります」


「悪いが譲ることはできないよ」


「ふふ、そうですか。それは残念です」


「それで、アリュアス殿。銀の明星の協力者は君だけなのかね?」


「いえ、潜入に当たって、事前に一人を王国に潜り込ませています」


「その者は使えるのか? 足手まといになるような者を連れて来られては、こちらも困るのだが」


「問題はないでしょう。私が直々に手ほどきを致しましたので、この作戦を遂行するに足るものと思います」


「ふむ、そうか。ならばいい」



 ふいに、部屋の扉がノックされる。

 アリュアスが返事をすると、やがて役人のような格好をした人間が複数人、部屋の中に入ってきた。



 そのうちの一人が、ジエーロに声を掛ける。



「失礼、ジエーロ殿、先に到着していたか」


「おお。君たちも来たか。アリュアス殿、紹介しよう。今回、我らと共にライノールへ潜入する者たちだ」


「アリュアスと申します。以後、お見知りおきを」


「ジエーロ殿。こちらの方が?」


「そうだ。帝国とつながりのある、銀の明星のアリュアス殿だ」



 アリュアスが会釈をすると、諜報員は「よろしく頼む」と軽い挨拶をする。



「なるほど、これだけの数を用意していただけるとは、頼もしい限りです」


「そうとも。彼らもライノールでは私のために働いてくれるだろう」


「ジエーロ殿。あなたのためではない。ドネアスのためだ」


「そうだったかね? まあ、いずれにせよ私の言葉に従うのだ。本質は変わらんだろう」



 諜報員の指摘に対して、ジエーロはどこ吹く風という様子だ。

 一方で諜報員は、今回の作戦の懸念点を口にする。



「本当にジエーロ殿の言うような怪物が、ライノールにいるのか?」


「間違いないよ。ライノールには怪物。いや、魔人と呼ばれるものが確かに存在する」


「魔人? なんだそれは?」


「魔人は魔人だよ。君たちは強大な力を持つ存在とだけ覚えておけばいい。それが解き放たれれば、ライノールには未曽有の危機が訪れることになる」



 ジエーロの顔に自信が満ちていたからか、諜報員はそれ以上追及することはなかった。

 次いで、アリュアスが口を開く。



「それと、ジエーロ殿。精霊や悪魔にかかわるものならば、教団の動きにも注意しておかなければいけないでしょう」


「教団か。ライノールにあるものとは関わり合いがないはずだがね」


「自分たちに関係があると認定すれば、彼らは遠慮なくくちばしを挟んできます」


「双精霊や妖精たちに見向きもされぬ狂信者共など、恐るるに足らぬと思うが」


「それゆえですよ。信心というものは何よりも怖いものです。自分たちの信仰のためなら命を捨てることすら厭わず、守るべきものにさえ牙を剥くこともある」


「覚えておこう。だが、たとえ何が現れようと、魔人さえ解き放てばどうとでもなることだ。私にすべて任せておきたまえ。なに、すべてうまくいくさ」



 ジエーロはそう言って、機嫌を良くしたような高笑いを上げる。

 諜報員たちがその様子を醒めた目で見据えていたのを、アリュアスの瞳は見逃さなかった。



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