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第十二話 事件が終わって自己紹介



 今度こそ人攫いの男を縛り上げたあと、少女とともに王都を見回る衛士に引き渡した。

 他に仲間もいたが、まもなくそちらも捕まったらしい。裏通りでささやかな聴取が終わったあとに、捕縛の知らせを受けることになった。



 いまは少女とともに裏通りから出て、王都の中央広場に場所を移している。

 中央と言っても、王都の中心は王城であるため、中心というよりは南東寄り。

 広場からは東、西、南に延びる道が敷かれていて、王都を移動するときは必ずと言っていいほどここを通る。地面は石畳で真っ平に舗装され、中央の花時計が彩りを成し、広場の賑やかしに一役買うのは屋台や露店。大抵は目につく場所を大道芸人や絵描きが占有しており、娯楽を求める平民や下級貴族が詰めかけている。




 ……男の世界の中世ヨーロッパというと、ドレスをまとい、日傘をさした貴婦人や、レースをあしらったキルト製の上着を身につけた貴族男子など、装飾華美な格好が思い浮かぶ。



 しかし、意外にもこの世界は男の世界で通用するような見栄えのいいコートやジャケット、ブラウスやストールが流通しているため、あまり違和感を覚えない。

 平民貴族にかかわらず、女性は外出時にストールを掛け、貴族男子にはロングジャケットを着込むのが流行っているのだという。



 ……ぱっと見の文明は進んでいないようには見えるが、透明な板ガラス、紡績、建築などなど、男の世界の中世西洋では括り切れない技術力がいくつも垣間見える。

 こんな風に、文化様式がやたらとちぐはぐなのは、魔法、ひいては刻印の存在と、数千年前に一度、高度な文明が存在していたという理由があるからなのかもしれない。



 外れの花壇に腰かけて、一息ついたのち、少女が話しかけて来る。



「改めてありがとう。私はスウ」


「ああ、ぼくはアークス・レイセフト」



 自己紹介をすると、ふいにスウと名乗った少女は考え込むような素振りを見せる。

 そして、小首を傾げつつ、



「レイセフトって、貴族の? だよね?」


「ま、まあね」


「ふーん。アークスって、いいとこのお坊ちゃんなんだ。へー」



 スウはそんなことを言いながら、珍しいものでも見るような目で眺めてくる。

 そのうえ、



「……っていうかつっつくなし」


「ほっぺたぷにぷにだね。やわらかーい。むにゅー」



 頬をつっつくことはおろか、今度はつまみ始める始末。確かにまあこの年齢だと男や女に限らず身体は柔らかいだろうが……ともあれ、しばらく頬っぺたを堪能したスウは、何を思いついたのか。



「あー、貴族ってことは、こんなことしたらただじゃ済まないぞーとか言っちゃうの?」


「言わないよそんなこと」


「でも貴族なんでしょ? ほら、あれ! 身体で払えーとか言うんじゃない?」


「…………」



 突然何を言い出すのかこの少女は。



「……あのさ、それ、意味わかって言ってる?」


「えっと、身体で払うんでしょ? だから、内臓とか、身体の一部を切り取って……」


「臓器売買やめろや」



 物騒なことを言い始めたスウに、思わずそんなツッコミを入れる。



「まあ貴族だけど、一応だから、気にしなくていいよ」


「そうなの? じゃあよろしくね!」



 スウはそう言って、気安げに手を掴んでくる。

 それがまた、恥ずかしいような、照れくさいような。現状ろくに友達もいないため、歳の近い子と知り合うのは新鮮だった。



(それにしても……)



 この少女は一体何者なのか。

 家名は名乗らなかったが、いいとこの出という可能性もある。

 判断材料は、その身綺麗さだ。

 よく櫛が通ったサラサラの黒髪、手入れが行き届いた肌、そして目立たない部分にもきちんとあてがわれた装飾品。



 首に巻き付けるタイプの外套は王国では主流となっているが、子供用に誂えた厚手の外套は、貴族の子弟がお忍びで外出するときによく使われるものでもある。



 もしかすれば、スウも貴族の子弟か、そうでなければ商家の令嬢か。こちらが気を遣わないといけない相手ということも考えられる。



 そもそもそんな人間がなぜ街を自由に歩き回っているのかという疑問もあるが――



「それでそれで! さっきの魔法、初めて見たけど、あれなに!?」



 スウが半ば興奮気味に身を乗り出して聞いてくる。



「さっきの魔法はぼくが作った呪文だよ」


「アークスは呪文自分で作れるんだ! すごい!」


「い、いや、それほどでもないって」


「ううん、それほどでもあるよ! 私も自分で作ってみたけど、結局あんな感じだったし。それにアークスはあの呪文の悪いところ指摘できたでしょ? すごいよ!」



 すごいすごいと急にべた褒めをされたため、ついつい照れ臭くなってしまう。

 だが彼女が最後に使おうとした魔法も、ただならぬ雰囲気があったように思えたが――



「でもあんな魔法珍しいね。普通攻性魔法って言ったら火とか水とか風とか、自然のものを利用するのに」


「あ―」



 確かに、既存の攻性魔法というのは、彼女の言う通り、火、水、風、岩などの自然を利用するものが殊の外多い。自然現象=災害=強力という図式が成立しているため、攻性魔法に使いやすいというイメージが根付いているのだろうが。



 もちろん他の現象に関して詳しくないということや、イメージのボキャブラリーが少ないということも挙がる。



 その点アークスは男の記憶があるため、先ほど使ったような魔法もきっちりイメージできるのだが。



「あれってどういうイメージなの? ゴミばっかり引っ張って来て」


「あれはゴミを回収する人と、がらくたの収集家をくっつけたイメージかな? ゴミだってたくさん集まればかなり重くなるから。攻撃だからって火とか水とか無理に使わなくても、人を倒せる威力は出るし…………結局倒せてなかったんだけどさ」


「たぶん、集める量が少なかったからだよね。あの辺りあまりゴミが落ちてなかったし。でもそういう考え方、おもしろいね」



 スウはそう言って、うんうんと神妙な様子で頷いている。

 なにか感化されるものがあったのか。



「他には何かあるの?」


「ええっと、ほかには……そうだなぁ」



 そんな風に、スウと魔法談義に花を咲かせていたら、いつの間にか夕方になっていた。





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