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第百十八話 発表パーティーその三



「はぁ……ざまあねえよ」



 ジョシュア・レイセフトが去った折。

 アークスは床に向かって、己の不甲斐なさに対して口汚く悪態をついた。



 心臓は早鐘を打っており。

 両足は、情けなく震えていた。

 どうやら思った以上に、あの男の圧力が心に響いたらしい。

 戦場に出たときも、こうはならなかった。

 黒豹騎に囲まれたときも、こうはならなかった。

 驚異的な存在(バルグ・グルバ)に遭遇したとき、という例外はあるが、そのときも怯えがここまで身体に現れることはなかったはずだ。

 つまりそれだけ、幼いころに怒鳴られたことや、殴られた記憶は、根強いものだということだろう。



 援護してくれたルイーズが、声を掛けてくる。



「あんたも、親は怖いかい」


「怖くはないと思っていましたし、いまもそう思っています。ですが、こうして身体に表れるということは、怖かったということなのでしょう」


「いやいや、いい反抗っぷりだったよ。きちんと様になってたじゃないか」


「そうでしょうか……」



 毅然と立ち向かえたのかは、甚だ疑問だ。

 自分のことを別視点から観測できるのなら話は別だが、自分の目からは自得していない弱みを見ることはできないのだ。



 いまの自分には、あの男の人生を追いかけたという土台もある。

 これまでの戦いの経験という後押しもある。

 だがそれでも、あの男と相対するにはまだ足りなかったような気がした。



 自分の情けなさに奥歯を噛み締めていると、ルイーズが呆れたような息を吐く。



「あのねぇ、あんた自分の歳を考えたことあるかい? むしろその年頃であれだけ力のある親に反抗できたんだ。なかなかの度胸じゃないか」



 その言葉に、応えることはできなかった。

 褒められることの嬉しさよりも、今回は情けなさの方が上回ったからだ。



「あれが、あんたを廃嫡した親か」


「ええ」


「ここから見てる分にはまともそうに見えるが――あんたはどう見る?」



 ルイーズはそう言って、右後方に付き従っていた地方領主に訊ねる。



「性格のことはわかりませんが、やはり、東部軍家の古参というのは伊達ではありませんね。圧力も相応のものでしょう。私たちにはギリス帝国という大敵がありますが、向こうは常に異民族と戦っていると聞きます。凄みは確かにあったかと」


「そうだね。で、あんたのことになるとああいう風になるわけだ」


「それだけ、魔力を重視しているということなのでしょう」


「魔力が少ないのは恥ってことか。あたしからすればそこらの魔導師とどっこいどっこいって気がするけど、魔導師の家のことはほんとわからんものだね……」


「王国は魔法技術に重きを置く国ですから、一に魔力、二に魔力。魔力がないとお話にならないということなのでしょうね」



 そうだ。自分の魔力は、魔導師系の貴族の中ではかなり低い方に分類されるが、市井の魔導師の平均値とはそう大きく変わらない量なのだ。

 むしろ魔導師系の貴族たちの方が、魔力が多すぎるとさえ言える。

 非魔導師系の家系は魔法や魔力のことには疎いため、こうして不思議に映るのだ。



 ともあれ、援護をしてくれたルイーズに改めて謝意を示す。



「ルイーズ閣下、助けていただき感謝いたします」



 そう言って頭を下げると、ルイーズは改めて、「久しぶりだね」と言ってくる。その言葉に「ご無沙汰しております」と返し、お互い簡単な挨拶を終えたあと。



「陛下に、あんたのこと見に行ってやってくれって言われてね」


「陛下がですか?」


「あんたのことだ。何かしら巻き込まれるかもしれないだろうから、溶鉄殿が離れられない間は頼むってね」


「それは……」



 ありがたいことだ。大概は物騒なことを言い、厳しいところも多いが、論功式典や少し前のギルドでの会議などなんだかんだ目を掛けてくれる。



「ですが、なぜ閣下に?」


「他の国定魔導師たちを付けると勘繰る奴も出てくるだろう? その点あたしなら、ナダールの戦で一緒だった伝手があるから、こうして話に来るのも自然だろうってね」


「そうだったのですね。重ねて感謝申し上げます」



 ルイーズに謝意を示したあと。



「今日は、ディートは来ていないのですか?」



 そう言ってきょろきょろするが、目的の姿は見えず。



「今回ディートは留守番さ。王都に来る前にちょっと試験を出してね、それに合格できなかったんだよ」


「試験、ですか?」


「あの子も来年には、魔法院に留学だ。あんたならそこまで聞けばわかるだろ?」


「あー、えー、その……立ち振る舞いのなどの所作が、基準を満たせなかったと」


「そうそう、そういうことさ。お菓子がかかっていたから、死ぬ気でやってたんだけどね。まあいかんせん時間が足りなかった。それに関しては普段からきちんとしてなかったあの子が悪いんだけどさ」



 さすがにやる気だけでは、日常的な継続を覆すことはできないらしい。

 書類仕事で死んでいたディートのことだ。もっと気を遣わなければならない所作や立ち振る舞いのお稽古になると、あのときと似たようなことになるのは想像するに難くない。

 以前のように、魂魄を口から漏らしている姿が目に浮かぶというものだ。



 だが、



(ディートくらいの歳なら少しヤンチャだな程度で済みそうなものだけどな……)



 ラスティネル家はその辺り、結構厳しいのかもしれない。

 それにしたって、普段の奔放さを見るにどうにも辻褄が合わないような気もするが。

 疑問はあるが、それはそうと、だ。



「お菓子、ですか? なにかディートの好きなものでも?」


「だってあんたんところに寄れば、なんだかんだお菓子を用意してくれるだろ?」


「……まあ出しますけど、もしかして出汁に使ったんですか?」


「ああ、使わせてもらったよ。ご褒美がある方が、やる気も上がるってもんだろう? それもこれも、ラスティネル領のためさ」



 ルイーズは悪びれる様子もなく、豪快に笑う。

 そして、狙いを定めるような視線を、テーブルへと向けた。



「で、あそこにあるのはやっぱりあれかい?」


「はい、ソーマ酒です。ある程度製法が形になったので、正式に献上しました」


「そうかい。どう扱うかに関しても話は落ち着いたわけだ」


「一応、販売に関しては制限がかかりました」


「当然だろうね。むしろこっちとしては取り分が確保されてありがたいが……」


「は?」


「いや、なんでも。で? お召し上がりになった陛下は、なんて言ってたんだい?」


「……なんでこんなうまい物があるのにいままで黙ってたんだって怒られました」



 それは、クレイブと一緒に持って行ったときの話。

 四阿のある庭園で献上したところ、最初は気にもしていなかったのに、飲んだ瞬間態度が一変。「これだけなのか」とか「どれだけ用意できる」などとしきりに訊かれることになった。

 そのあとは、怒られたというよりはつらつら文句を言われたというのが正しいだろう。

 その様子がどことなく仲間外れにされた子供のようだったとは、口が裂けても言えないが。

 そのときの様子を話すと、ルイーズは愉快そうに腹を抱えて笑った。



「はははは!! だろうねぇ!」


「あと、伯父上にも嫌味をぶつけてましたね。むしろ知ってた伯父上の方がくどくど言われてた気がします」


「溶鉄殿と陛下は親友だからね」



 今回の主役は魔力計だが、ソーマ酒も地味にとてつもない人気を誇っている。

 貴賓たちが給仕に「もっとないのか」「どこで作っているのか」と問い詰めているほどだ。

 王家の許可がなければ販売はできないため、ここでは周知しないようにしている。

 これに関しては今後領地でも貰わない限りは、増産体制を整えることは難しいだろう。

 それこそソーマの森でも作らないことにはお話にもならない。

 当面は、クレイブが陛下から嫌味を言われる対象になるだろうが、定期的にソーマ酒を飲めるのだからその辺りは我慢してもらいたい。



 そんなクレイブと言えば、つい今しがた終わった魔力計の説明だろう。

 比較する対象をことあるごとに突き出して、まるでビジネスマンやプレゼンターのような話ぶりだ。普段の豪快なクレイブからはあまり想像できない。いや、魔力計の開発時も、計画や報告を重んじたりしているため、決して想像できない姿ではないはずなのだが。こういう姿を見るのが初めてだからだろうか。



 クレイブや魔力計のことを見ていたせいか、ルイーズに思考を読まれてしまったらしい。



「しかし、魔力計ねぇ。あんたもまたとんでもないものを作ったもんだよ」


「ルイーズ閣下、一体なんのことでしょう」


「おや? まだしらばっくれるのかい? もうわかりきったことだと思うけどねぇ」



 ルイーズはにやにやと視線を向けてくる。銀を求めに行ったこともあり、彼女に関しては、他の貴族よりも推測する材料が多い。それに、以前の祝賀会で感付いているような旨を匂わせていたこともある。



「……勘弁してください。公式にはまだ製作者の発表はしないということになっているんです」


「ははは。ま、どこに聞き耳立ててる奴がいるかわからないからね。あたしも迂闊なことは言わないでおくよ。で、公爵家の当主たちと挨拶は?」


「先ほど、ブレンダン・ロマリウス閣下、コリドー・ゼイレ閣下と済ませました。サイファイス家のご当主であるエグバード・サイファイス閣下は、諸事情で出られないとのことでご挨拶はできませんでしたが」


「魔法院の爺様はもう結構な歳だからねぇ。さすがに夜になると眠くもなるか」



 ルイーズはそんな冗談を口にして、地方領主を焦らせている。



「あと、アルグシアのご当主がいらっしゃらないようなのですが」



 訊ねると、ルイーズはいつものことだというように。



「ああ、あそこの当主はこういう会には出ないんだよ」


「そうなのですか」



 スウとは仲良くしているため、会えるのであれば一度挨拶しておきたかったのだが。



「かく言うあたしも一度として見たことがないんだ。不思議な家だよねぇあそこもさ」



 ルイーズはそんなことを言ってケラケラと笑っている。十君主とも呼ばれる大領主が会ったことがないというのは疑問を通り越しておかしい話だが、一体どういうことなのか。



 顔をしかめて唸っていると、ルイーズが俗っぽい笑みを近付けてくる。



「なんだい? 仲のいいお姫様がいないから、寂しいのかい?」


「そ、そういうわけではなくてですね!」


「ははは! 別に隠さなくてもいいじゃないか! 仲がいいのは間違いないんだからさ!」


「うぐっ……」



 だが、彼女を探していたのは確かに事実だ。こういった場は緊張と切り離せないため、気安さを求めてどうしても話慣れている人間を探したくなってしまうもの。

 やはり今日は来ていないのかなと再度周りを見回すが、やはりそれらしい姿はない。

 クレイブの説明が終わったためか、招待された貴賓がちらほらと目に付き始める。



「ほう? メイファ・ダルネーネスか」


「確かそれは、北部連合の」



 その名前は、アークスも耳にしたことがある。

 二十代手前でという若さで、北部連合の盟主の座に就いた才媛だ。

 前盟主の跡を継いだあと、血の粛清を敷き、その地位を盤石のものにしたと言われている。

 いまは国王シンルに挨拶に赴き、何かを話している様子。

 黒のドレスの上に軍服の上着を羽織った女。波打つダークブロンドを持ち、肌は新雪のような白さだが、決して不健康そうには見えない色艶とハリがある。年のころは二十歳を超えた程度だろうか。ところどころにまだ少女の面影が垣間見えるが、見た目や年齢にそぐわない怜悧な威厳に満ちている。



「北部連合は、王国とは同盟関係にあるのでしたか」


「形式上は一応ね」


「というと?」


「連合は色んな国王や領主の集まりだからね。一枚岩じゃないのさ。帝国寄り、王国寄り、さらに北のイシュトリア寄りと、中身を見れば結構バラツキがある」



 その手の話は、よくあることだ。

 メイファの政策もあって、ギリス帝国の侵略政策に対抗するため、王国との同盟関係を強く推していると聞いているが。



「メイファ本人は王国寄りだが……王国が同盟関係に足るものでなくなれば、すぐに切るだろうさ。まあ、こんなものが発表された以上、そんなのはありえなくなったろうがね」



 彼女の言う通りだろう。これから王国の発展に期待して、もっと結びつきを強くしたがるはずだ。

 メイファは話を早々に切り上げて、シンルのもとを辞した。



「意外に話が短いね。ということは、すでに裏では話を済ませてるのか」



 他の来賓が挨拶に相応の時間をかけていたところを見るに、すでに交渉は済ませていると見るべきだろう。



 次にルイーズが目を向けたのは、とてつもない大男だ。

 アークスも会場に現れた当初から、その男のことは気になっていた。

 会場にちらほらいる背丈が高い者たちよりも、さらに首一つ、いや、二つは高い。

 まるで巨人でも現れたかのような印象を受ける。

 いまは魔力計の説明を終えたクレイブのもとで、何やらを話をしているらしい。

 大男は気安そうにしているが、クレイブは丁寧な応対をしつつも、どこか困っているようにも見える。



「あれは、バルバロス・ザン・グランドーン。南は海洋国家グランシェルの国王だ」


「グランシェル……というと敵国なのでは? なぜこのような場に招かれているのでしょう?」


「あそことはちょっと事情が特殊でね、国王同士の関係は悪くはないのさ。それに、敵国って言っても色々あるだろう? ギリス帝国みたいに完全に敵対しているところなら話は別だけどさ。いまは戦いたくないとか、今後の平和的な関係を模索したいところってのもある。ギリス帝国と結託して攻め込まれたら困るだろう?」



 確かにそうだ。グランシェルにギリス帝国と同時に攻め込まれたら、防衛は困難だろう。友好関係を保とうとしているのは、それを回避するための外交手段の一環ということだ。



「それがなぜ伯父上に」


「溶鉄殿も諸国を巡ったおかげで顔が広いっていうからね。たぶん、その縁なんじゃないか? で、それを利用して、魔力計の交渉の窓口にしようと考えている」


「なるほど、他の同盟国と違って魔力計を融通してもらえないから」


「……単に一方的な世間話をしに来ただけっても考えられるけどね。ほら、片手にソーマ酒の酒瓶持ってるし、どちらかっていうと酒がうまいなんて話をしてるようにしか見えないね」


「…………」



 この場で一国の王がそんな能天気な考えでいられるかとも思うが、酒瓶片手に豪快な笑い声をあげている姿は紛うことなく酔っ払いのおっさんだ。実はその予想は正しいのかもしれない。

 視線をシンルの方に戻すと、中華風の装束と和装がごっちゃになったような衣装をまとった一団がいるのが見えた。



「あれは佰連邦(バイリャンバン)の士大夫だ」



 以前の論功式典でも、佰連邦の人間は招かれていた。

 彼の国の来賓は国王シンルとも友好的らしく、挨拶を終えたあとの会話は他の貴賓たちに比べても長いようにも思う。



 次いで、セイランに挨拶し、そのすぐ近くにいた二人にも近づく。

 派手に着飾った女性と、自分と同い年くらいの子供だ。

 こちらも、近衛たちが周りを固めている。ということは王族なのか。

 子供の方はセイランほど顔を隠してはいないため、近寄れば輪郭はわかりそうだ。



「閣下、あちらの方々は?」


「ああ、あの方はセイラン殿下の弟君と、第一夫人だよ」


「夫人と弟君……殿下にはご兄弟がいらっしゃったのですね」


「弟君は正当な後継じゃないからね。知らないのも無理はないさ。表舞台にも出さないし、政務にも携わらせないから、夫人と一緒に奥に引っ込んでる。見たことがある人間は少ないだろうね。かく言うあたしも、お目にかかったのは今日が初めてだよ」


「そこまでしているのですか?」


「王国はもともと、王族の子供を隠すのもそうだけど、弟君に関してはそういった場から徹底して遠ざけてるんだよ。王太子は両殿下が生まれる前に決め打ちしているからっていうのもあるんだけどね」


「お生まれになる前、ですか?」


「ああ。王家の権威のためさ」



 ルイーズの言葉で、ピンと来る。その話は、以前にセイランから打ち明けられている。



「【神子】、でしたか」


「……ほう、どうして知ってる」



 ルイーズの片目が細まった。



「以前に、殿下からそう伺いました。詳しいところまで踏み込んだものではありませんでしたが、殿下は王国の新たな権威を生み出すための存在であると」


「殿下はそこまであんたを買っているのか。なるほど。そりゃあ、あんたも殿下のためにとまで言い出すわけだね」


「では、殿下の母君もあちらの?」


「いや、セイラン殿下は第二夫人のお子だ。つまり異母兄弟ってことだね」


「……うわ」



 そんな言葉を聞いて、ついつい引きつった声を上げてしまう。

 ルイーズはこちらの内意を正確に把握したのか。



「おやおや、それは下衆の勘繰りってやつだよ? 不敬だ」


「あ、いや、その」


「そんなことを考える気持ちはわかるよ。どこの王族も後継争いからは逃れられないからね。でも、そこはあんたが心配するようなことじゃない。陛下も上手くやってるさ」


「そうですね」



 再び視線を会場の方に彷徨わせると、会場の一角に人だかりが見えた。

 諸侯たちの交流も、再開したのだろう。

 それにしても、かなりの人の集まりようだ。

 見たところロンディエル家が占有する場所でもないようだが。



「閣下、あれはどこのお家の集まりでしょうか?」


「さてねぇ。王国内の貴族のようだけど、見覚えはないね。どうだい?」



 ルイーズはそう言いつつ、従えた地方領主に訊ねるような視線を向ける。



「あの中心にいるのはおそらく、南部のラズラエル家のご当主かと」


「ほう? あの?」


「閣下、ご存じなのですか?」


「ああ。なんでも嫡男がかなりの魔法の才に秀でているって有名なお家だよ。こっちにも伝わってくるくらいでね、ほら、傍らにあんたと同じくらいの茶色髪の子供が見えるだろ?」


「えっと、彼ですか」



 ルイーズの言った通り、集団の中心には、茶色の髪を持った貴族男性と同色の髪を持った少年がいる。服装は伝統的な衣装ではなく、自分と同じようにジャケットと長ズボン。見た目も爽やかそうで、愛想も上手なのだろう。周囲の者に好かれやすそうな笑顔を見せている。



「名前は確かケイン・ラズラエル。勇者の再来なんて言われてたはずだね」


「勇者……ここで言うのは、魔王と戦ったという者たちのことでしたか」


「そうさ。紀言書でも、勇者と魔王の戦いは正当な英雄譚だからね。飛び抜けた才を持つ者が現れたら、勇者になぞらえたくなるんだろうさ」


「でも、三聖のようだとは言いませんね」


「さすがにそっちは恐れ多くてできないんだろうさ。なんせ世には当時を知ってる妖精様がいらっしゃるんだ。ご気分を害されてしまう可能性があるからね」


「ああ……」



 この世界には、以前アークスが夢で会ったチェインよろしく、おとぎ話に語られる妖精というものが、実際に存在する。アークスもまだ見たことはないが、一人一人に役目があるため、いまもあちらこちらで見かけることがあるらしい。



 それはそうと、人だかりの方。

 いまも多くの貴族がひっきりなしにラズラエルの当主に挨拶に赴き、ケインにも挨拶をしている。大抵こういったパーティーでは、主役もしくは公侯伯と言った上級貴族のもとに人が集まる傾向にあるため、なかなかに珍しい光景だ。

 魔力量も多く、魔法の才に秀でていれば、将来の展望も明るい。

 上も目を掛けるし、下も寄ってくるのも自然ということだろう。



「すごいですね」


「本来ならあんたも、ああいったことになるはずなんだがねぇ」


「それは発表のときまで取っておきます」



 やがて、豪奢な衣装をまとった小柄な中年男性が、ケインのもとに現れる。彼が姿を見せるとラズラエル家の当主を含む周りのほとんどの貴族が礼を執るが、中年男性は偉ぶる様子もなく、にこやかに接している。

 あの貴族男性は、アークスも先ほど会ったばかりだ。



「コリドー・ゼイレ閣下ですね」


「さっき挨拶を済ませたって言ってたね」


「はい。先ほどはお一人のようでしたが……」



 どうやらいまは、少女を一人伴っているようだ。年齢は自分やケインと同じくらいで、まるでこれからお見合いに出席するかのように、花のように着飾っている。



「あれは末のご息女でしょう。彼と引き合わせたのでは?」



 なるほど、両者を引き合わせるのに利用するのは、発表パーティーはいい機会なのかもしれない。

 地方領主がそんな風に推し量っている間も、ラズラエル家のもとには人が途絶えない。

 才能を言えばリーシャもそれに該当するはずだが、それがないのはレイセフト家が質実剛健を旨としており、ジョシュアもその信条に忠実で、不必要に社交性を求めないためだ。ラズラエル家当主のあの話ぶりと喧伝ぶりも相まって、こうして差が浮き彫りになったということだろう。



 ふいに、ざわめきが聞こえてくる。

 ラズラエル家の人だかりなどまるでなかったかのように、人々の視線がそちらに集まる。

 驚きの入り交じった声に引かれて、ルイーズたちと共に騒ぎの方を向くと。



「ほう? 珍しい人間が来たじゃないか」



 ルイーズがそんなことを口にした。



「珍しい?」


「あんたの背丈じゃ厳しいかもしれないけど、ほら、もっと奥を見てみなよ」



 軽くぴょんぴょんと飛び跳ねていると、やがて人垣が割れて、そこから特徴的な衣装を身にまとった者たちが現れる。


 アークスはそのうちの一人に、見覚えがあった。

 それは、先頭を歩く長い勝色の髪を持った女だ。

 以前、家に続く路地で待ち伏せしていた、アーシュラと名乗った女である。



「あ、あのルイーズ閣下? あの方々は?」


「ヒオウガ族だ。あたしらは西方だから関りなんてほとんどないけど、衣装が特徴的だからね。知ってるよ」



 知らないふりをして訊ねると、彼女はそう言って教えてくれた。

 そして、視線を落としてニヤついたような表情を見せる。



「なんだ、気になるのかい?」


「ちょっと、いろいろと」


「あれだけの美人だからねぇ。あんたの年頃なら気にもなるか」


「いえ、そういう意味では……」


「ははは。隠すなって。男の目を引くのは間違いないんだからさ」



 弱ったようにしていると、頭をうりうりしてくる気安い大領主さま。彼女の言う通り、アーシュラは多くの男の視線を引き付けている。貴族たちだけでなく来賓までも、彼女の容貌に釘付けだ。



「確か、いまはどこかと争っていると聞きましたが……」



 以前まではヒオウガ族の話など気にしていなかったが、自分の話になると気付きやすくなるもの。それもあって調べたのだが、いまはちょうど他国と小競り合いをしているということだ。

 それに関しては、地方領主が答えてくれた。



「確かいまは東北部にあるドネアス王国と争ってるはずだよ」


「ドネアスですか?」


「魔法技術に秀でた国さ。国力も技術力は王国ほどじゃないんだけど。歴史があるからとかいって周辺国に対してやたらと態度が大きいらしい。それもあって、最近だと図々しくもヒオウガ族が住んでる土地の領有権を主張し始めたっていう話だ」


「ああ……国家間の争いの理由第一位の」


「はは、そうだね。確かに大義名分として持ち出しやすいのは領土問題だ」



 なるほど、やはりこの前話に聞いた通り、住んでいる土地のことで苦労しているらしい。



「ですが、そのドネアスがライノールと同じ魔法技術に力を入れているということは」


「そうだね。今回のことでもっと敵視されるんじゃないかな?」


「では、こうしてヒオウガ族が挨拶に来たのは、それもあって」


「案外それもあるのかもしれないね。王国に歩み寄れば、向こうへのけん制にもなる。王国の後ろ盾があると邪推させておいて対象を分散させる狙いもあるというのは十分考えられると思うよ」


「したたかですね」


「だからこそ、これまで滅びず、維持させることができてきたということなんだと思うよ」



 ルイーズたちとそんな話をしている最中、ふとアーシュラがこちらを見た気がした。



 このまま接触されたらどう対応しようかとも思ったが、その辺は向こうも汲んでくれているらしい。今回の発表パーティーでは一度も接触されることはなかった。




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