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第百九話 ギルドで報告



 この日アークスは魔導師ギルドギルド長、ゴッドワルド・ジルヴェスターへの定期的な報告のため、魔導師ギルドに向かっていた。



 道中は王都の目抜き通りにて。

 魔導師ギルドに向かう道すがら、ひどい話が聞こえてくる。



「いい? 泣き止まないと、こわいこわい金剛の魔導師が夜おうちにやってくるのよ」



 見れば、母親らしき人物が、泣きじゃくっている幼い子供をなだめすかしていた。

 なかなか泣き止まない子供に、親がお化けや妖怪の話を聞かせるタイプのものだ。

 今回のはなんというか、子供のころに読んだケドガキの話を思い出す。



 ……しかも子供はこれでぴったりと泣き止むのだから始末に悪い。

 母親は「それが嫌だったらいい子にしてましょうね」と言ってにこにこ顔。



 おそらくギルド長がこの話を聞けば、しょんぼりしちゃうのではないか。

 顔は怖いが、結構繊細な部分もあるのだ。鬼の目にも涙よろしくなることは想像するに難くない。

 というか、ギルド長も、ガスタークスには及ばないだろうがこの国の英雄だ。そんな人間を、同じ国の人間がそんな風に言っていいのだろうか。いやまあ確かに市井では、好評悪評あることないこと風聞が立つものだが、その点、甚だ疑問である。



 ともあれ、魔導師ギルドでは、ゴッドワルドと老秘書のバルギウスが出迎えてくれた。

 長官とその秘書がわざわざ出向いてくれるなど、VIP待遇が過ぎているような気もするが、魔力計のことは国の最重要案件であるため、こうして立ち会わなければならないのだろう。



 これも毎度のことなので、手早く挨拶を終えた折、ふとバルギウスが口を開く。



「ああー、ギルド長の顔は今日も怖いなぁー。アークスくんの心の声」


「ば、ば、ば、バルギウスさん!? ちょっとなにを!?」


「……バルギウス、お前な」



 突然心の声を代弁もとい、そんな冗談を口にしたバルギウス。正直こちらは図星だったので慌ててしまう。

 一方でギルド長はと言えば、バルギウスにじとっとした半眼を向けていた。



 そんなギルド長に、バルギウスはしれっとした態度のまま。



「いえいえ、そんな気がしましたので。もしかしたら最近どこかであの歌でも聴いたのではないかなと」



 ギク。



「あの歌? バルギウス、あの歌とはなんだ?」


「いえ、なんでもありません。ギルド長を恨む人間はどこにでもいるということですよ」


「ああ……」



 ギルド長は、それだけで納得してしまった。

 ギルド長ゴッドワルドは現在、国定魔導師筆頭という地位にいるのだ。国外は当然として、国内でも散々恨みを買っていることだろう。そして先ほどの歌はそんな人間が作ったささやかな攻撃ということだ。

 なんとも陰湿である。



「心中お察しします」


「うむ。まあ、怖がられないよりはマシだろうな……」


「そうですね。侮る方もいないでしょう」


「元気をお出しになってください。奥様も閣下のお顔が好きだといつもおっしゃっているではありませんか」


「……話を振ったのはお前だぞ? バルギウス」


「はて? そうでしたかな?」



 ジト目を向ける主人と、とぼける従者。なんとなく、いつもどこかで見ているような光景のように思えて仕方がないのは、気のせいなのか。

 それもそうだが、ギルド長、奥さんいたのか。いや、この立場でいない確率の方が低いだろうが。

 そんなことを考えていると、



「アークス君。また心の声は必要ですかな?」


「ひ、必要ないです! 大丈夫です間に合ってますから!」



 全力でご遠慮すると、バルギウスは笑い出す。

 周りをおちょくり続ける老執事の相手に苦慮する中、ギルド長の怖い顔(普段の表情)を見ると、こちらの気持ちにこたえるように頷いてくれた。

 なんというか、若干ギルド長と通じ合えた気がする。



 ともあれ、今日魔導師ギルドを訪れたのは、ギルド長に作業などの現状を報告するためだ。

 現在、作業所で何をしているのか。作業をどんな風に改善したのか。などのことを作業所を回りながら、詳しく説明するのである。



「しかし、作業所の分割か」


「はい。ただ漫然と作業所を設けていては、技術が丸ごと盗まれてしまう可能性がありますのでこうしました。詳細について報告書の方に記載してあります」



 当然、技術の漏洩、盗難には細心の注意を払っている。

 基本的には、仕上げの工程を行う場所以外、何を作っているのか知らせていない。そして、他の工房が何をしているのか伏せられているか、別の物を作っているということにしている。

 下請けの下請けに作業を回したり、違うメーカーに発注したりして規格が合わないなんてことにはならないので、その点は安心だ。

 これで、一つの工房で何をしているか知られたり、たとえ職人が引き抜きにあったりしても、全容は掴めないというわけだ。



 あとは、錬魔銀の原料である銀や魔法銀の入手が容易になったとか。



 錬魔銀の封入に関して、工夫を行っただとか。



 バイメタルを試験的に作成し、もっと高感度の魔力計の製作に乗り出したとか。



 魔力計に関してはそんな報告だけだ。

 構造が単純であるため、技術を格段に向上させるなどのことはなかなか難しい。



 ギルド長、バルギウスと三人で作業所を回っている中、二つ目の作業所を出た折、一人の女性が顔を見せる。

 純白のドレスとそれと同色のつばの広いドレスハットをかぶった魔導師。

 恵雨の魔導師、ミュラー・クイントだった。


 年のころは二十後半かそれより上か。手も足も細く、肌は磁器のような白さを見せる。

 ドレスハットにはヴェールが付いているため、目元ははっきりとせず。

 口元が、いつも穏やかに結ばれているという印象だ。

 彼女がギルド長やバルギウスと挨拶を終えたあと、礼を執る。



「クイント卿。ご無沙汰しております」


「今日はアークスさんがいらっしゃるとお聞きして、こうしてまかり越した次第です」


「わざわざ申し訳ございません」


「いえ。私の方こそ急に押しかけてしまい申し訳ありません。それと、腕の具合の方はいかがでしょう?」


「はい。こちらは以前よりも動かせるようになったので、順調に良くなっていると思います。これもクイント卿や魔導医の方々のおかげです」


「王太子殿下のご下命もありますし、私にとってもアークスさんには恩がありますので、お気になさらず。お身体の方、お労りくださいませ」


「お気遣い痛み入ります」



 そんな話をしながらミュラーとお互い、ぺこぺこと頭を下げ合う。彼女と会って話をすると大体こうだ。ミュラーの方はもともとの気質から、自分は男の人生の追体験の弊害、という感じで、お辞儀合戦がエンドレスで行われる。まるで名刺交換後の挨拶さながら。

 ギルド長が咳払いするまで、「こちらこそ」「いえいえこちらこそ」「いえいえいえ……」と言い合っていた。



「クイント卿、その後、魔力計は役立っているでしょうか?」


「はい。おかげで習得が難しい医療魔法を使える魔導師がさらに増えました。みな使い方にも慣れてきましたので、魔力計の恩恵が本格的なものになってきているかと思います」


「それは良かった」


「いえ、いまも優先権を頂いていることを含め、重ね重ねお礼申し上げます」



 魔力計の医療部門への供給は、軍と同じくらいに優先している。今後は魔法院にも一定の数が供給されるようになるだろうが、医療部門への供給体制が崩れることはないだろう。

 そんな話のあと、ギルド長に訊ねる。



(医療の方にはそれほど貢献しているのですか?)


(ああ。医療魔導師は常に人手不足だからな。特に高位の術は習得が難しいから、使える者はそれこそ昼夜問わず働かねばならないことも多い。あれが導入された折、高位の術師はこれで若い術師にも仕事の振り分けができると言って、それこそ涙を流して喜んだと聞いているぞ)


(そこまで)


(仕事が詰まれば休むことはできないし、家族との時間を作ることも難しくなる。負担が緩和されれば、みな嬉しいだろう)



 あの男の世界でも、腕のいい医者という職業は多忙だった。スケジュールは分刻み、秒刻み、いったいいつ寝ているのかというくらいに動き回っていると報道されていた。

 ともあれ、それもあるのだろう。腕を直してもらうため、魔導師ギルド併設の医院を訪れると、いつも魔導医たちが物凄くいい待遇をしてくれるのだ。



 ふと、バルギウスが外の方を向く。



「魔力計が正式に発表されれば、魔導師ギルドにアークス君の銅像が作られるかもしれませんなぁ。具体的にはあの辺りに」


「あら! それはいいですね! 医療部門はみな賛成してくれると思いますよ?」


「いえいえいえそういうのは恐れ多いと言いますか……」


「アークス。お前の功績はそれだけ大きいものだということを自覚しておけ。基本的に功績を挙げれば銅像が作られるのだ…………いかついのがな」


「は、はい」



 ギルド長は、どこか恨み節が混じったような言葉をこぼす。

 先ほどギルド長が言った通り、ギルドにはギルド長のいかつい銅像が置かれているし、王城のエントランスにはガスタークスの銅像がある。

 他にはいまここにいる、ミュラー・クイントの銅像だろう。医療部門で大きな功績を上げ、多くの人間を救ったことから、若いながらに銅像が作られていた。



「お前も辱めにあうがいい」


「そうですわね。ふふふ」



 …………どことなく暗い微笑みを浮かべる二人の国定魔導師。

 この二人も、いまの自分と同じ気分を味わっていたのかもしれない。



 そんな中、敷地の一画に設けてもらった製作所に移る。

 ここは、魔力計以外の物品を開発するための場所で、研究費、開発費は魔導師ギルド持ちとなる。

 ここでは、ある程度好きなことをさせてもらっていた。

 これも、魔力計の開発のおかげだ。とてつもない実績を上げたため、例外的にこういったことも許されている。むしろこうして好きなことをさせてもらえているのは、もっと何か作ってくれ、という意味合いもあるのだろうと思われるが。



「アークス。あの箱はなんだ?」


「あれは水を生成する装置です」


「水を?」


「はい。あれ一つで一日大体10~20リットル程度でしょうか。放置しておけば溜まる仕組みになっています」


「それほど作れるのか。どうなっているのだ?」


「原理は簡単です。箱の中に周囲を冷やす刻印を施した金属体を入れ、結露を利用して水を集めています。あれがあれば井戸を掘れない場所でも安定して水を得ることができるかと」


「ほほう、それは便利ですね」


「ただ制限もあります。空気中の水分を集めるので、乾燥した地域では利用できません」



 説明をしながら箱を開けると、すでにある程度の量の水が溜まっていた。

 溜めておくための瓶を取り出して、三人に見せる。



「ほう、綺麗なものだな」


「ええ。複数のフィルターを通しているので、飲んで健康を害することありません」


「ふぃる……」


「本来はろ過をして細かいゴミや汚れを取る膜のことなのですが……これは各種浄化の刻印化や炭、砂などで代用しています。これが実用化できるようになれば、多少なり水問題に寄与できるかと」


「多少……? 多少なのか? いやそもそも水を浄化するというのが……」



 ギルド長はおかしな顔をして唸っている。

 ということは、あまり良い評価は得られなかったか。

 これは良くない。これでは今後の予算に触る。ひいては開発が縮小されかねない。



「えっと、あとは瞬間湯沸かし器に、輝煌ガラスから着想を得た殺菌用の紫外線発生装置、防毒マスク。酸素発生装置と電子レンジは難しいのでこちらはまだ研究途中です」


「…………」



 何故かギルド長は難しい顔をして黙り込んでしまった。

 そんな彼に、なにか言おうとしたが、やっぱりやめた。

 なんか悪いことを隠そうと言い訳を積み重ねる子供になった気がしたからだ。



 一方でミュラーが他の品を見ながら訊ねてくる。



「湯沸かし器に防毒マスク………この殺菌用の、というのは?」


「紫外線発生装置は、食中毒や水中毒などの病気があると思いますが、それの原因の一部を除去する装置です。主に熱湯消毒との併用か、熱湯に浸けることができないものに対して使用するものですね」



 どうやらミュラーはいろいろと興味があるらしい。

 瞬間湯沸かし器はお茶をお手軽に飲むためだし。

 紫外線発生装置は食品の衛生に。

 防毒マスクはそれっぽいが、意図して作ったわけではない。

 しかし、よくよく考えれば確かに医療用に利用できるものが多い傾向にある。



「ふむ? 輝煌ガラスにしては光っていないが? しかもカバーをかけているのか?」


「スイッチ式です。このボタンを押すと、内部の文字盤が持ち上がって刻印同士が繋がり、性能が発揮されます。当然、ただはめ込むだけではありませんが……カバーをかけているのは直接当たると有害だからです」


「スイッチとは、これのことか?」



 ギルド長がボタンを押すと、殺菌ライトが点灯する。



「……なるほど、この考えは面白いな。輝煌ガラスはもちろん、他のものにも応用できるぞ」


「こちらの高所に取り付けているものはひもを引っ張って点灯させます。他にも、離れた場所の切り替えなども研究中です」


「ふむ……」



 どうやらギルド長にはスイッチ式の方が受けたようだ。

 様々なスイッチ方式を試しては、興味深げに眺めている。

 輝煌ガラスは常に光りっぱなしであるため、暗くする際は箱をかぶせるか、遮光の布を掛けなければならない。それが嫌なので、家ではすでにひもスイッチ、プルスイッチ方式を採用している。



「とても興味深いです。特にこちらの水をろ過する機構と湯沸かし器が気になります。これらについては一度ご相談したく」


「はい。ではあとで日取りの調整を致します」



 基本的にこれでパトロンゲットである。魔力計のときから大体こんな感じだ。こうして技術の融通をする代わりに、予算を融通してもらったり、材料の入手に便宜を図ってもらったり、ときには技術交換なども行ったりするのだ。

 特にミュラーからは、開発予算やソーマの株などをいろいろお世話になっている。



「……これほど、刻印の勉強を疎かにしていたのが本当に悔やまれますね」


「お前の場合は仕方あるまい。なに、こういうことは専門家に任せればいいのだ」



 そんな話をするということは、医療魔法の研究で忙しかったためだろうか。

 ともあれ、次に三人に見せたのは、万年筆もどきだった。



「あと他に形になったものと言えば、これですね。魔法は関係ありませんが、記録を残すのに作りました」


「ペンか?」


「はい。これはカートリッジ式の万年筆です。インクがなくなった場合、こうして中身を取り替えるだけで、使うことができます」



 この世界では、筆記に関してはいちいちインクに付けて……というのがほとんどだ。しかし、これがあればどこでもメモを取れる。ボールペンの方が使いやすいが、それは再現が難しすぎた。



「インク壺なしで使えるのか」


「ええ。これでいつでもどこでも気軽にメモを取れます。当然普通のインクのように使用期限は存在しますが……」



 そんな話をしていると、ふいにバルギウスが詰め寄ってくる。



「アークス君。こんなものが形になっているのならどうして教えてくれなかったのですかな?」


「へ? い、いえ、報告のときにお伝えすればいいかなと」


「これについては出し惜しみしていると事務方で暴動が起きますよ? お気を付けを」


「そ、そうですね…………あ、バルギウスさんもおひとつどうぞ」


「ありがとうございます。これで今回の記録も捗るでしょうな」


「よ、よろしくお願いします」



 万年筆をゲットしたことで、バルギウスはほくほく顔である。

 そんなバルギウスに、やっぱりギルド長は半眼を向けるわけだが。



 ともあれ各所への移動の際は、ミュラーが「こちらですよ」「足元にお気を付けを」と、まるで子供を相手にするかのように接してくる。



 …………いやまあ確かに子供であるし、左手があれだから仕方ないのだが。



 一通りの紹介も終わり、通り抜けのため演習場に出た折、メルクリーア・ストリングとフレデリック・ベンジャミンが、複数人の魔導師の前で何やら言い合っているのが見えた。

 相変わらず仲が良いのか悪いのか、あーだこーだ言い合いをしながら、毒を吐き合っている。それを、真ん中に入って仲裁しようと頑張っているメガネの優しそうな青年も、国定魔導師なのだろうか。


 どうやらあの集まりは、実質彼が進行しているらしい。



「あれは?」


「国定魔導師選別のための試験だ」


「ではあれが国定魔導師国家試験の……」


「はい。その一次実技ですね」



 魔導師ギルドには何度か訪れているのが、こうして試験に立ち会ったのは初めてだ。

 国定魔導師国家試験。ライノール王国内では、最難関とされる資格試験と言われている。

 一回の筆記試験、面接、一次実技があり、それを潜り抜けると最後に国王の前で最後の実技が行われるという。



 魔導師が的の前に出る。やがて周囲に【魔法文字(アーツグリフ)】が浮かび上がる。

 どうやら魔導師が呪文を唱えたらしい。

 すぐに魔法陣が構築され、その中心から大きな炎の矢が複数飛び出した。

 炎の矢は、すべての的を過たず焼き払い、演習場の一角を業火に包む。

 しばらくして、魔導師が自信満々といった顔で三人の国定魔導師たちに熱心に訴えかける。



「いまの魔法は、従来のものよりも、炎の矢が十本も増えています!」



 そのほかにも、ここはああだ。ここはこうした。など、

 しかし、国定魔導師は事務的に作業を進めていくのみだ。訴えに取り合っていては、不公平が生じるからなのか。それとも取り合うほどの内容ではなかったからか。



 やがて次の魔導師の番になり、突風を巻き起こした。



「この魔法は、国軍で使用されるものよりも、威力が大幅に上がっています」



 この魔導師も、初手の魔導師を習って、国定魔導師に訴えかける。だが、反応は同じだ。

 その後も魔導師たちは各種魔法を使用するが、みな従来の魔法を改良したものや、威力を向上させた魔法を使っているのみにとどまった。



 それを見ていたこちらの反応はと言えば――



「うーん。なんかあんまりって感じだなぁ……」



 当然のように、残念な気分である。

 あの場にいる全員が全員、魔力量も多く、行使する魔法も他とは頭一つ抜けている。

 彼らが実力のある魔導師たちだということは、疑うべくもない。



 しかし、どうも普通の域を出ないというか、驚きもそうだが、なんとなく華がないのだ。

 すでにクレイブやノア、カズィ、セイランなどの魔法を見ているためだろう。

 いまさらただ威力が上がったり、性能が改良されたりという程度では、いまいち新鮮味に欠ける。

 それに、国定魔導師はもっと豪快でもっととんでもないものという印象があるため、どうしても力不足に思えてしまうのだ。



 すると、ギルド長が同意するように頷く。



「ああ。お前の言う通りだ。今年も国定魔導師を輩出することは叶わないだろう」


「そうなのですか……」


「国定魔導師とは、飛び抜けたものでなければいけませんからね。その辺りの観察眼は、もっと幼いころから国定魔導師を見ていらっしゃるアークスさんの方が鋭いでしょう」



 国定魔導師というものは戦場の勝敗を左右するほどの実力者だ。

 むしろそうそう出るようなものではないのだろう。

 面白いものが見られるかと期待したが、さすがにそう簡単にはいかないようだった。





 ……アークスが報告の補完のため、バルギウスと作業所に戻って行った折のこと。



 彼らの背を見送ったゴッドワルドが、取り出した葉巻に火をつける。

 やがて、思うところがあるとでも言うように、煙を天に向かって噴き出した。



「……今年の試験生は、魔力の量も筆記の成績も良いのだがな」


「あくまで例年通り、ということでしょう。この世代で届きそうな人間は国定魔導師を望みませんでしたからね」



 ミュラーは、陽光を避けるように、ドレスハットを目深にかぶる。

 メッシュのヴェールから試験場を見詰める緑色のその目は、柔和な物言いに反して、やけに鋭いものだった。



 そう、国定魔導師のことに関しては、彼女の言う通りだ。

 近年では、渇水の魔導師ことアリシア・ロッテルベルを最後に、国定魔導師が出ていない。

 しかし、だからといって有能な者がいなかったというわけでもないのだ。


 例を挙げるなら、現在アークスの従者をしているノア・イングヴェインだろう。

 アリシアよりも上の世代だが、魔法院時代はその講師、それも国定魔導師であるメルクリーアが試験への推薦状を出すほどの成績を修めていたという。

 しかし彼はその推薦を固辞して、クレイブへ「部下にして欲しい」と直談判したという経緯を持つ。その後は秘書兼副官としての地位を築いたのだから、その才に間違いはないと言えるだろう。



「アークスの従者をしているカズィ・グアリもなかなかのものだ」


「禁鎖……でしたね。魔力計のときもそうでしたが、彼が魔法院の魔導師生時代にも、一度戦場で見ています。助性魔法を巧みに操る使い手という印象でしたね。メルクリーアさんやカシームさんもよく話していましたから、覚えています」



 両者とも魔法院を首席で、それも歴代でも抜群の成績で卒業している。

 しかし、そんな実力者など、そうそういるはずもない。



「期待するなら、やはりもっと下の世代になるだろうな」


「院長様のお孫様は、魔力量も豊富と聞きます」


「クローディア嬢だな」


「その辺り、院長様はなんとおっしゃっているのか、ギルド長はお聞きなっているのでしょうか?」


「いや、閣下は昔からあの性格だからな。多くは語らん」


「そうですか……」


「だが、他にも名前は挙がってきている」


「そうなのですか?」


「どうやら四公の中で熱心に推している者がいるらしくてな」


「でしたら、ゼイレ公辺りでしょうか。あの方は向上心の塊と聞きます。それで、その推されている者というのは?」


「南部の貴族家の子息だ。世代の中でも飛び抜けた才を発揮しているらしい」


「ああ、はい、私も噂は聞いています。すでに石秋会でも、年長を差し置いて飛び抜けた成績なのだとか」


「うむ」



 そんな話をする中、ゴッドワルドは、アークスとバルギウスが消えていった建物へ振り返る。



「ミュラー。もし……もしだ。アークス・レイセフトが国家試験を通ったとして、国定魔導師になれると思うか?」


「私は……やはり難しいのではないかと思われます」


「そうだな。私もそう思う」


「ギルド長のお見立てもそうでしたか」



 両者は、なんとも言えない、遣る瀬無いというような息を吐いた。



「彼の魔力計の開発は偉大です。その功績は誰もが認めるものでしょう。素晴らしい知識をお持ちで、国定魔導師に相応しいと思われます。ですが」


「アークスを国定魔導師に選べば、他の魔導師軍家が黙っていないだろうな」



 魔力計の開発に、帝国魔導師部隊を全滅に追い込んだ魔法。そのうえ、様々な刻印具の開発能力だ。それらを見せつけてなお、今後の展望が未知数なのだ。実力は、申し分ないと言えるだろう。

 それにアークスが国定魔導師の席を望むのであれば、王家の強い後押しがある。

 だがそれでも、二人が難しいと断じるのには、理由があった。



「惜しむらくは魔力量か……」


「はい。他の家も、そこを突いてくると思われます」



 そう、魔力量という巨大なアドバンテージに欠けているというのは、いまだ魔力量という過去の基準を信奉する魔導師軍家が多いこの現状では、致命的な部分と言えた。

 当然、国定魔導師である二人は、魔力量に対して重きを置いているわけではないが。



「ミュラー、お前もアークスの魔法は見ただろう?」


「はい【輪転する魔導連弾(スピニングバレル)】ですね。粗削りで、まだまだ改善の余地はあるでしょうが、久しぶりに怖い攻性魔法を見たという気になりました」


「アークスの魔法は大体あんなものだ。あれの奥の手など、わずかな詠唱で【火閃槍】を超える威力を出せるもっとも破壊的なものだった」


「陛下の前で披露したら、頭の中を見てみたいと言い出しそうですね」


「それはもう魔力計の時点で言ったそうだぞ。そのうち本当に頭を開きかねんな」


「うふふふ、それは恐ろしい」



 そんな話を肴にして、冗談を言い合う二人。談笑するも、すぐに表情を引き締めて、



「ですがもし、彼がそれを克服できるなにかを持てば」


「我らは、アークスを国定魔導師として迎えることができる、か」


「ふふふ。ギルド長、それでは彼を国定魔導師に相応しいとお認めになっているということでは?」


「無論、魔導師の質は魔力の量で測れるものではない。重要なのは知識と力だ。魔力はあっても知識がなければ、国定魔導師には決してなれぬのだからな」


「おっしゃる通りでしょう」


「次代の国王陛下を支えるため、その悲願は是非とも叶えて欲しいものだ」


「できるとお考えになりますか? 絶対に不可能だと言われてきたものですよ?」


「どうしてだろうな、アークスならばできそうな気がする」


「それは、私たちが知らないことを知っているから……でしょうか。あの知識の泉の正体は一体なんなのでしょうね」


「さあな。だが、その知識が今後の王国の、大きくかかわるのは、間違いないだろう」



 ゴッドワルドは、説明の補完を終えて建物から出てきたアークスに、期待の目を向けるのだった。




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