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第百八話 雲耀突



 今朝の夢の続きに、埋没する。



「――未来がわかる相手倒すにはどうすればいいかって? そりゃお前の言う、『わかる』っていうのがどういうものなのかで変わるな。匂いなのか、感覚的なひらめきなのか、文章に依るものなのか、目に見えるものなのかだ」



「文章で知るんなら、そう難しくはないかもな。入ってくる情報は、相手の動きを文章に書き起こしたものだ。それを一度脳内でイメージするっていう再変換を行わなけりゃならない。結果はわかっても細かい動きはわからないから、戦いに用いる感覚としては欠陥がある」



「匂いや感覚でここに来るっていうのがわかる連中は、その感覚を頼りにして相手の剣をかわしたり、その軌道を逆手に取って仕掛けたりすることができるだろう。あらかじめ動かれるなら、その感覚を感じ取ったタイミングと、感じ取ったあとの行動が実行されるまでの間の時間を、可能な限り詰めなきゃならない。感じ取っても、動きが追いつかなければ意味はないからな」



「結果が見えるのであれば、相手の目では捉え切れない動きをすればいい。人間の視覚なんぞ曖昧なものだ。繋がりがはっきりしないと脳が勝手に辻褄合わせをしちまうくらい適当だからな。結果がわかっても過程がわからなければ、隙があるのかどうかもわからないし、対応策も作れない」



「は? 結局全部同じだぁ? 凌駕できないなら、いずれにせよその力を使わせないってのに行き着くだろ? あとは相手の視界を奪うか、視ている未来に干渉して、それを曖昧にするくらいさ。そんなことできるもんかって話だ」



 ……そんな話をしたあとの老爺は、随分と業腹そうな顔をしていた。

 まさか本当にそんな相手に苦汁を舐めさせられたわけでもないだろうに。

 なのにもかかわらず、老爺は真剣にこちらの話に耳を傾け、具体的な方策を示してくれた。

 荒唐無稽な話だ。だが、結局は老爺の言ったことがすべてなのかもしれない。

 未来が視える相手には、未来を視せないか、たとえ視えたとしても、対応できないように追い詰めるか、その後の動きを挫くような行動を取ればいいのだと。



 さて、あの男と話をしていたあの老爺は、あのあと一体なんと言っていたか……。



 ――小細工を弄してもどうにもならないなら、己の最強の剣で迎え撃て。やるならそれしかないだろ。



 最強の剣。

 そう、最強の剣だ。

 あの老爺はあのときだけ、そんなわけのわからないことを口にした。

 以前から「剣にそんなものはない」「必殺技なんて空想だ」と言っていたのにもかかわらず、あのときだけは真実確かにそう言ったのだ。



 剣術とは型の反復と経験の積み重ねであり。

 絶対に相手を倒せるような剣などありはしない。

 読み合いの中のわずかな隙に、地味で華のない一振りを、相手の肉に滑り込ませるものが剣技であって。

 豪快なものは、一切ないのだと。



 そう言った。

 あの老爺は確かにそう言っていたのだ。

 にもかかわらず、彼はその話に反することを口にした。

 ならばあの老爺は、もとからその最強がなんなのかを知っていたのだろう。



 ……剣の技など、基本的に突くか薙ぐか、真っ向から斬り落とすかのいずれしかない。

 突き詰めてしまえば、いかに相手の意識の隙間を突いて、剣を先に繰り出し、絶命まで持って行けるかどうか、その点にのみ集約する。

 正々堂々立ち会っても、相手の隙を突くのだから不意打ちだ。

 それが応酬の末に生まれた隙や、泥仕合の果てに行き着いたものでないのなら。

 先手必勝とは究極のところ、見事な不意打ちに終着するのである。



 逆抜きの不意打ちならばまだしものこと、

 剣撃に於いて物を言うのは、腕力と速度だし、それを十全に活かすには真っ直ぐ振り抜くということに尽きる。

 そこに小細工を混ぜ込んだ分だけ遅くなっていくならばどうあっても、必殺は『突く』『薙ぐ』『斬り落とす』の三つに限定されなければならないはずだ。

 それを踏まえて、いまの自分にあるものは、かんなれを利用した片手突きか。いや――



 やはり、真っ向からの斬り落としだろう。

 真っ向からの斬り落としはあの男の国の剣術の基本だ。

 剣を持てば、真っ先にそれが教えられるし、みなそれを練習する。

 腋を締め、しっかりと腕を伸ばし、手の内には力を入れず、刀を振る瞬間に茶巾を絞るように力を込める。

 切り落としたあとは刀が地面と限りなく平行になるように止め。

 それを、一日千回、二千回と続けなければならない。

 だからこそ、真っ向からの斬り落としは、剣技の中で最も強いのだと。



(左腕が使えないのが痛いけど、どちらかといえばこっちの方がいいのかもな――)



 自分が使える技などそう多くはない。

 むしろ技と呼べる領域にあるものはごくわずかだ。

 ならば、真っ向からの斬り落としに訴えるのも当然の帰着だと言えよう。

 あの極限の集中を得られたいまだからこそ、この技にも意味がある。



 ふとそこで、あの老爺が時折見せた構えを思い出した。

 刀を持ち上げ、柄を顔の右隣に引き寄せる。

 右手はしっかりと柄を握り、左腕はできるだけ力を抜いて前腕部に引きつけ、柄にはほぼ添えるだけ。

 左肘はぴったりと胸にくっつけて、やはり力を抜いたまま。



 ……振り下ろし時に左腕の力を剣に乗せられないため、威力は落ちるだろうが。

 刀と腕を一体として、切っ先は天へ。

 あとは切っ先が相手に届く位置まで踏み出して、振りかぶり、真っ向に斬り落とすだけだ。

 五感を制御すると、先ほどのように遅れがやってくる。



 相打ち上等。


 敗北前提。


 勝利度外視。



 これで、相手の剣撃ごと叩き斬る。

 ただ――それのみ。



 そんな中、視界の端にパースの姿が写った。

 道場の入り口で、一緒に来た誰かと何やら話している様子。五感を制御しているため、会話の内容は判然としない。



「……ほう」



 こちらの構えを見たパースが、そんな言葉をこぼすのとほぼ同時だった。

 シャーロットが大きく後ろへ飛び退いた。

 何かに気付き、焦ったのか。剣を握る手に力が込められるのがわかる。

 文章の線はこれで消えただろう。文字の羅列だけでは、細かい部分がわからない。

 あとは匂いかひらめきか、視覚によるもののいずれかである。



 しかし、先ほどシャーロットは「何が見えているのか」と言う言葉に強く反応した。

 ならば、視覚の線が最も濃厚だろう。

 そして、視覚で捉えるならば、まず未来しかない。



 ――そう、シャーロット・クレメリアには、確かに未来が見えている。



 それが一寸先なのか二寸先なのかはわからない。だが、これまでの彼女の正確な回避は、未来を視覚的に獲得することによって成立していることは違えようもない事実だろう。

 常に使っていられるわけではないのか、時折後手に回っていたことはあったが、しかしここぞというときの決定的な場面では確実に見えていたように思う。



 構えをそのままにして、考えを改める。

 すると、シャーロットの表情が固くなった。

 真っ向からの斬り落としから、かんなれによる片手突きに思考を変えたからだ。

 考えが変われば、未来が変わる。そしてその未来を見ていれば、この変化も当然というわけだ。その思考の変化だけで彼女の見ている未来が変わるのなら、やはり一寸か二寸先。長期のスパンであれば、考えを改めた先の未来も見えているため、意味はないが、どうやら曖昧な部分もあるらしい。



 だが、こちらが不利なのには変わりない。

 たとえるなら、イカサマありきのババ抜きだろう。手札は常に相手に見られている状況にある。伏せられたカードは常にめくられており、何度場所を入れ替えても、あらゆる応手を講じられる。

 だが、たとえあの瞳に、自分が喉元に切っ先を突きつけたビジョンがすでに見えていたのだとしても、この一手が最善だということは違えようもないはずなのだ。



 たとえ見えていようとも、それを止める能力がなければ、結果は変わらないのだから。

 そんなことを考える中、ふと剣のやり取りをしているんだなと感じた。

 彼女との手合わせでは、これまでこうした手の内の読み合いや潮合がなかったからだろう。



 こちらから動き出す。足裏を床にこすりつけるように足を動かし、シャーロットの間合いへ。いまはまだ先が見えていないのか。こちらの動きに応じるような素振りはない。

 シャーロットに打ちかかるように木刀を出して、応じる木剣に木刀を当てずに、そのまますり抜け、彼女の後方へと抜けていく。



 そこから剣道場の壁際ぎりぎりまで移動したあと反転し、シャーロットに向かって走り込んだ。



 上半身の動きを抑えたまま、一歩。



(けん)



 歩調を調整しながら、また一歩。



(けん)



 加速の最中、ひと飛びで最後の一歩。



(ぱ――)



 そして自身が生み出した移動術『かんなれ』へと移行する。

 この歩法は突発的な超加速によって、相手の目前に現出すると共に、相手の攻撃防御のタイミングを大きく狂わせるものだ。

 打つべくは、速度、威力共に兼ね備えた右片手一本突き。

 そう、これはデュッセイアに奇襲された折に、黒豹騎の心臓を縫い止めた一刀だ。

 これで、技は成った。あとは一身を矢となして、相手に向かって()けるのみ。

 シャーロットには、逃げるように身をかわすしか手はないはず。

 この太刀を受けるのであれば、精密な剣捌きを要求される。



 ……しかしシャーロットは、回避には転じなかった。

 シャーロットののど元に木刀を突きつけた瞬間、目の前には同じように剣を突き出した彼女の姿があった。

 突く場所は寸分の狂いなく喉元、カウンターを決めるような格好となっていた。

 シャーロットはかわさず、払いのけもせず、勝ちを度外視して相打ちに持って行った。



 ただ、負けないようにするために。



「どうやら決着のようだね」



 お互い切っ先を突き付けあってまもなく。

 イアンの言葉を聞いた審判役が、遅ればせて声を上げる。



「そ、そこまで!」



 審判役の言葉が剣道場に響くと、緊張がほどかれたように一気に空気が弛緩する。

 周りも戦いに魅せられて、息を止めていたのか。

 そこかしこから、ぜいぜいと呼吸の音が聞こえてくる。



 ともあれ、



「……そう来ますか」


「これしかないと思ったわ。途中で加速の軌道を変えられるのなら、逃げたら負けるのは確実だったもの」



 そう言うということは、やはり彼女には未来が見えていたのだろう。軌道を変えると言ったということは、複数の未来まで見えていたのかも知れない。

 以前、スウのことをとんでもないと言ったが、もしかすればシャーロットの持つこの力こそ、とんでもないように思えた。



 だが――



「これで倒せないとか自信なくす……」



 これも毎度のことだろう。ちょっと強くなったと思ったら、それより強い誰かによって叩き潰される。

 魔法然り、剣術然りである。



「恐ろしい技ね。魔法も使わずにそんな動きができるなんて」



 ふと見れば、シャーロットは寒気を払いのけるように一、二度身震いした。

 ならば、少しはその肝胆寒からしめることができたのか。



「……ちょっと疲れました」



 大きく息を吐いて、その場に座り込む。

 何度も集中したせいだろう。どっと疲労が押し寄せてきた。

 イアンが近づいてくる。



「まさかシャルと相打ちとは」


「いえ、単に作戦が図に当たっただけです」


「そうかな。それにしては作戦なんてものはなかったように思うけどね」



 だろう。単純に技のみの応酬だったのだ。戦術にはめるような戦いではなかった。



「アークス君。君の剣術はどこのものなのかな? 僕も剣術にはさまざま触れているけど、まるで見たことがない」


「ええっと、私の剣術は書物にあったものを個人的に練習したものでして」



 男の人生の追体験で……とは言えないので、そんなでまかせを口にする。



「ところどころ細剣術の影が見えたけど、根っこは違うね。つまり君の剣はその書物に書いてあった剣を元にしているということか」


「はい」


「でも、よくそんなものを扱おうなんて思ったね? その剣技が通用するかどうかもわからないのに」


「書物に残されるほどの技術ということは、まず間違いないだろうなと考えました」


「ふむ……シャル、さっき彼が何をしたのかわかったかい?」


「片手突きを放っただけです。閃光のようになって、という言葉が付くでしょうが」


「どうやってその動きをしたかは?」


「まるでわかりません。切っ先を合わせるので精一杯でしたから」



 イアンが視線を向けてくる。あわよくば口にするかと思っての動きだろう。



「気づいたらできるようになっていまいした」


「そうだとしたら、とてつもない才能だね。左手の完治もそうだが、次は是非とも手合わせ願いたいな」


「は。またいずれ道場を訪れたときは、お願いします」



 イアンとのやり取りを終えると、剣道場の入り口からパースが歩いてくる。

 こちらはそのまま、頭を下げた。



「閣下。このような格好で応対に臨む由、どうかご容赦いただきたく」


「うむ。息子と娘のわがままに付き合わせて悪かった」


「いえ、剣以外のことも含め、私としても良い経験ができたと思っております」


「アークス。お前の剣、見せてもらった」


「細剣術の道場にもかかわらず、お見苦しいものをお見せしました」


「いちいちへりくだらなければならないのも面倒なものだな」


「ははっ」



 堅苦しい雰囲気を緩和してくれるパースの気遣いに感謝しつつ、また頭を下げる。



「アークス。お前の剣は捨て身の剣なのだな」


「……はい」


「溶鉄殿の剣は、そういったものではなかったと記憶しているが」


「閣下のおっしゃる通りです。私も伯父上の戦い方は、生き残ることを前提にしたものと理解しておりますし、私も、戦いは生き残らなければならないもの、とそう考えております」


「ふむ」


「そのうえで、剣とは。これをひとたび握り、立ち会いに回れば、身を捨てつつ活を見出すものと、そう考えております」



 そう、おそらくあの男の剣は、そういった理念のもとにある。ならば、自分があの男の剣術を使う限り、戦い方はこうやって捨て身に近いものとなるのだろう。



 ともあれ、



「正直なところを言うと私は魔導師なので、そういった生き方はできないなと思っているのですが」


「それは先ほどの気迫とは矛盾しているな。最後は、いや、その前の剣には、鬼気迫るものがあった。それに、バルグ・グルバと相対したときの話とも合致している。身を捨てつつ、活を見出す、か。恐れを抱いてもなお立ち向かうようにできているのは、武門の子としては完成されている。いや、それも以前からだったな……」



 そうだろう。ガストン侯爵のときも、夢中で立ち向かったのだ。ある意味あの頃から、そういった覚悟は決まっていたのかもしれない。



「――ディンバーグ殿は、どう思われるかな?」



 そんな風に、パースが答えを求めたその先には、執事服を着た老爺がいた。

 先ほど横目に見えた連れだろう。背丈は160センチから170センチの間。頭は白髪のせいでグレイに見え、片眼鏡をかけており、腰には細剣を差している。

 細身で、所作も整ったもの。一動作一動作に気品が見て取れる。

 一見して、小奇麗な老執事という印象だ。あの男の国の読み物に出てくる老執事の鋳型に、そのままぴったり当てはめたような、見た目からしてそんな風貌と雰囲気がある。



 彼の姿が見えた瞬間、道場の空気がさらに引き締まるように感じた。

 全員が、彼のことを緊張の面持ちで見詰めている。



 それはイアンやシャーロットも例外ではない。



「は。閣下のおっしゃる通りでしょうな。私にもそういった風に見受けられました」



 パースのもとに、落ち着き払った声が返される。

 ふと、シャーロットが緊張した面持ちで老執事に挨拶をした。



「カルダート殿。ご無沙汰しております」


「これはこれはシャーロット様。このような老体にご丁寧な対応、痛み入ります」


「いいえ、カルダート殿のような名人に敬意を払うのは当然のことと存じていますわ」



 名人、ということはこの老執事、かなりの使い手なのか。あまりそちらの方面に詳しくはないためわからないが、シャーロットやイアンの緊張を見るに間違いないだろう。



 ふと、カルダートと呼ばれた老執事が、こちらを向く。



「銀の髪に赤い瞳……もしやとは存じますが」


「アークス・レイセフトと申します」


「……やはり、あなたが。ご挨拶が遅れました。カルダート・ディンバーグと申します」


「やはり、とは?」


「アークス様のお噂はいろいろと伺っております。良いのも悪いのも両方含めてではありますが」


「お恥ずかしい限りです」


「いえいえ、話に聞いた通りの方でした。以前から、びっくり箱のような方だと聞いておりましたので」


「は、はぁ……」



 この老執事は一体誰からそんなたとえを聞いたのか。自分のことをそんな風に評する人間はそう多くはないだろうが、彼と関係のありそうな知り合いなど自分の周りにいただろうか。



 ひとまずシャーロットに内緒話を持ち掛ける。



(シャーロット様、あの人は一体?)


(カルダート殿は、私のおじい様から王国式細剣術の皆伝をいただいた方よ。実力はお父様にもひけを取らないと聞いているわ)


(そんなにすごいのか)


(ええ。何度か手合わせしてもらったことがあるけど、私程度じゃ手も足も出なかったわ)



 ということは、自身も彼女と同程度かそれ以下の力量であるため、同じように手も足も出ないだろう。

 シャーロットがカルダートに訊ねる。



「カルダート殿、本日はどういった用向きで道場にいらっしゃったのでしょう。お見受けする限りでは稽古をつけていただくような風にも思えませんが」



「今日こうして道場を訪れたのは、アークス様がいらっしゃると閣下よりお伺いしたからにございます」


「え?」


「はい。アークス様、今日は面白いものを見させていただきました。近いうちに、お屋敷の方にもご挨拶に伺わせていただきます」



 カルダートはそんなことを言って、丁寧にお辞儀をしたのだった。




 ●




 剣道場でパースとカルダートに挨拶をしたあと。

 アークスはシャーロットと二人で剣道場の外に出ていた。

 いまは敷地内にあるスツールを模して置かれた石の上に腰掛けて、張り詰めた空気から解放された実感を味わいつつ、腕を上げて背を伸ばす。



 腰を下ろしてすぐ、シャーロットが神妙そうな表情で切り出した。



「アークスくん。私に何が見えるのか、あなたにはわかったのね」


「……やっぱりシャーロットには未来が見えているんだな」


「未来……というよりは、機先ね。確定した未来ではなくて、一番高い可能性よ」


「機先か……なるほど」



 こちらの予想が当たったことを認めた彼女に、そう言葉を返す。

 確かにそう言われればそうかもしれない。確定した未来が見えているのならば、結果を変えることはできないのだから、機先――物事の起こりが見えていると言っているのだろう。



「それにしても、戦っていただけなのによくそんなことがわかったわね?」


「五感以外で何かを感じ取っているっていうのは、間違いなかった。それで、目で他の何かを見ているなら、軌道か映像か……そうなると、いずれにせよ未来が見えているということになるからな」


「そんなのわかるもの?」


「顔色を変えたのがまずかったな。あれで何かあるっていうのは」


「だからって、そんな荒唐無稽な答えにたどり着くもの? 未来が見えるなんて普通考えないと思うけど?」


「そうかな? この世界には天稟っていう、才能以上の特別な能力を持っている人間がいるから、そういったこともあるんじゃないかってね」


「確かにそうね。私も、世にはさまざまな天稟があるって聞いたことがあるし」



 シャーロットは得心がいったというような顔を見せる。

 そしてすぐ、不思議そうな顔を見せ、



「それにしても『この世界』って、アークスくんったら、まるで別の世界でも見たことがあるみたいな物言いね」


「え、いや、それはなんていうか、この世全体のことを指す言葉が使いたくて言ったまでで! 強い奴とか権力を持ってる奴ってのはみんなこれを持ってるとか言われてるし!」


「そうね。あなたの言う通りだと思うわ。でも、それにしても、突飛じゃないかしら?」


「えっと、その、前に心眼がうんたらっていう話を見聞きしたことがあってさ」


「シンガン?」


「そう。五感で感じ取れないものを感じ取る力のことさ。世の中には、そういう力を持っている人間がいるって」


「紀言書の話かしら」


「まあそんなところだよ」



 本当はあの男の人生で、なのだが。そんな話をしてもしょうがない。

 そんなことを考える中、シャーロットが遠慮がちにこちらを窺う。

 その瞳には、どこか不安そうな色が浮かんでいた。



「ねえアークス君。この力ってズルいと思う?」


「ズルい?」


「ええ。機先……未来を、誰も見られないものを見てるんだから、それは剣の実力とは違うんじゃないかしらと思って」


「いいや。俺はそうは思わない。それもれっきとした才能だと思うよ」


「そう?」


「持って生まれた力なのにズルって言ったってしょうがないじゃないか。そんなこと言ったら身体の大きさや、男や女ってことだけでもズルになるって。それに、シャーロットの力をズルって言ったら、俺はとんでもないズルをしてることになるし」


「あなたが?」


「ああ。俺のズルは正直、異常だと思う。それに、それがズルになるんなら、ズルしているヤツなんかこの世に一杯いるぞ? スウなんかその親玉みたいなもんだし、帝国のバルグ・グルバなんてもう頭おかしい。さっき言った天稟ってやつだ。だから、気にする必要はないと思うよ」


「……そうね。そうかも知れないわね」


「それに、そういうのはそのうち気にならなくなると思う。だってどうしても負けそうになったときは、それを使わないなんて選択肢はないだろ?」


「確かに、きっと使ってしまうわ」



 そんな話に落ち着いたが、正直なところを言うと、



「……ま、俺もズルいとは思うんだけどさ」


「ちょっとなにそれ!? あなたさっき才能だって言ったじゃない!?」


「いや、やっぱズルいよ。未来が見えるとかさ、ありえないって」


「アークスくんだって自分のズルを教えてくれないじゃない。それはズルいんじゃないの?」


「シャーロットのと比べたら、俺のなんてまだかわいい方だ」


「それはアークス君の主観です。それにアークス君は魔導師でしょう? なのになんでそんなに剣術もできるの? そっちの方がズルいわ」


「ズルくない。俺が魔法を使えるのも剣術が使えるのも鍛錬の賜物だし」


「あら、そんな風に言うの? まるで私が真面目に鍛錬してないみたいじゃない」


「それは被害妄想ですー。そんな他意はありませんー」



 そんな言い合いをして、お互いふくれっ面でにらみ合う。

 やがて二人とも、にらめっこに堪えられなくなり、噴き出してしまった。



「ふふふふふ」


「ははははは」



 ひとしきり笑い合ったあと、お互い目の端に浮いた涙を拭う。



「なんていうか、アークス君と初めて本音で話せたような気がするわ」


「そうだよな。シャーロットとこんな話をするのは初めてだ」



 シャーロットと話す機会はこれまでそう多くはなかったため、そう感じてしまうのだろう。

 なんとなくだが、彼女とは前以上に仲良くなれたような気がした。




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