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第百七話 シャーロットの剣技




 目の前に立つのは、東部筆頭伯爵家令嬢、シャーロット・クレメリア。

 楽しみにしていた対戦にやっと臨めるためか、気を強く昂らせている。



 いまは練習着に身を包み、胸当てなどの防具を着用。

 サラサラとした長髪はなるべく邪魔にならないよう簡単にまとめられており、細くしなやかな指先は薄手の籠手によって守られている。

 髪も肌も、まったく深窓のご令嬢といった美しさ。

 いまこの場にいる誰も彼もが、その優美な立ち姿に見とれている。



 剣道場にひとたび立てば、熱気溢れる場を爽やかにさせる一服の清涼剤となるか。

 否。これは剣士の猟欲を刺激するような劇薬だろう。

 身にまとう剣士の武威が、それを静かに主張している。



 斬意は、さながら程度の低い静電気。

 露出した皮膚が、まるで針を刺しているかのようなチクチクとしたかゆみに嬲られる。

 他方、壁際でそれを眺めるのは、クレメリア家の長兄であるイアン・クレメリアだ。

 伝統貴族の衣装に身を包み、佇立する姿は落ち着いたもの。

 剣は持っていないが、一見して隙は見て取れない。

 やはり、彼もかなりの実力者なのだろう。

 目の前で相対せんとするシャーロットよりも、視線が鋭いように感じられる。



 やがて先ほど試合をした青年が審判役に入り、シャーロットとお互い前に出る。

 見ると、彼女の木剣は、他の者が持っているものよりも柄が長めに取られていることに気付いた。

 それが何を狙ってのものなのかは断ずることはできないが。

 シャーロットは半身になって切っ先を突き出す、細剣術の基本的な構えを取る。



 今日この道場に来てから、幾度も目にした構えだが、ただ他の道場生たちと違うのは、切っ先をゆらゆらと揺らしていることだろう。

 古武術にも、切っ先をひとところにとどめず、似たような動きをさせるものがあるというが、それと似たような意味があるのか。



 真実はわからないが、それはさておき。

 審判役が『始め』と口にした直後、シャーロットが先に動く。

 読み合いの間はなし。

 彼女は大きく前に踏み出して、まずは挨拶代わりの直接的な突きを放った。



「シッ――」



 対して、こちらは弾かれるように横に飛び退いて、それをかわす。

 先ほど相手をした道場生たちとは比べものにならないほど鋭い突きが、左の肩口をかすめていった。



 ……クレイブやノアに相手をしてもらっているため、鋭い突きは見慣れているが、彼女の突きもかなりのものだ。

 すぐに引き手と共に踏み込もうとするが、シャーロットはそれにすぐさま反応し、素早く後ろに下がって間合いを離した。



「…………」


「…………」



 容易には反撃させてもらえないらしい。

 ならばと、今度はこちらから攻めかかる。

 踏み出して、声を発さず打ち込むが、木刀はシャーロットに当たらない。

 間を置かず連続で打ちかかるが、これも危なげなく回避された。



(当たらない……)



 そう簡単には当たってはくれないか。

 クレイブやノアを相手にするときとほぼ同じだ。

 むしろシャーロットの方が危なげない動きのように思える。

 そう感じる理由は、回避行動に移るタイミングが違うからだろう。

 遅きに逸することもなく、早すぎることもない。

 移り変わる頃合いがまったく完璧すぎるのだ。

 フェイント後に当てる実の剣も、読まれてまるで当たらない。

 これが宗家の人間の実力ということだろう。

 日々のたゆまぬ鍛錬で身についた経験の賜物。

 もしくは自分のように尋常ではない集中力でも身についているのか。

 そのどちらかはわからないが、焦って下手に打ち込めば、手痛い反撃を食らうことになるのは想像するに難くない。



 わずかな応酬のあと。

 シャーロットの突きに木刀を当てていなすと、素早い引き戻しのあと、さらに突きが襲ってくる。連続突きだ。

 木刀を身体に引きつけつつ、身体の動きを最小限にしてこれを受け流す。

 激しい攻撃のせいで、反撃に転じることができない。

 素早い突きの連続を凌ぎきって息をつかんとしたその刹那、再びの突きが襲う。

 呼吸を途切れさせたと思わせてからの実の剣。

 それに対し、右足を下げ、中段に構えた木刀を右側に倒すように回転させ、突きを巻き込んで右外に払い落とした。

 そして即座に首を狙って斬り上げるが、剣撃は空を切る。



 直後、彼女の前に踏み出して、眼前で両腕を広げるように身体を開く。

 隙を晒した形だが――当然シャーロットは驚き、その隙に対して反射的に対応してしまう。

 剣士は技や型を反復によって肉体に覚え込ませるため、どうしても反射に頼ることが多い。

 しかも、咄嗟の動きは己がよく取る動きになるため、攻めもまた、単調なものになりがちだ。



 シャーロットの攻めは突きに偏る。その予測通り、晒した胸に突き込まれる切っ先。こちらは彼女の「しまった」という表情を見ると同時に、右手に持った木刀で木剣の突きを左に打ち払い、返す刃で胴を薙いだ。



「せい!」



 声を発しての打ち込みが、彼女を襲う間際のこと。

 シャーロットは打ち払われた一撃に逆らうことなく、そのまま旋回しつつ間合いから離脱。それはおろかそのままの勢いで回転する。

 これはこのままこちらの右こめかみを叩きに掛かかる算段か。



 後ろに下がって回避するか――

 視界の端に剣影が写ったその直後、背中が嫌な予感に襲われる。

 その予感が警鐘となって現れたのは、あの男の人生を追ったときに、老爺と手合わせをしたためだろう。

 これを紙一重でかわしてはいけない。

 そんな経験を思い出し、咄嗟に間合いから離れるのではなく、身を投げ出すように低くして横薙ぎから逃れる。



 一度板張りの床に手を突いて、四つん這いの獣が飛びすさるように横合いへ。

 しかしてシャーロットの右手は、本来ある鍔元ではなく、木剣の柄尻にあった。



「あら、かわされちゃった」



 あのまま後ろに下がっていれば、それで決まっていただろう。



 ……柄を持ち手から横滑りさせることによって剣撃の領域を延ばす技術は、様々な流派にあるという。特に杖術など長物を扱う流派には、ポピュラーとさえ言っていいほど基本的な技術だ。

 剣術にあるそれは、ほとんどがその応用だとされている。



 シャーロットは悪戯を見られた子供のように、稚気の感じられる笑みを見せる。

 流派によっては必殺を期するこの技も、彼女にとってはお遊びのようなものだったのか。

 だが、ともすれば柄がすっぽ抜けて飛んでいくような難しい技を、こうしてこともなげにこなすというのは、恐ろしい限りである。



 表情は――楽しそう、だ。

 技をかわされれば怒りもするはずだが、そんな気配はまったくなく。

 口角が、笑みでほんのわずかに持ち上がっている。

 こういう者は往々にして、遊んだり、試したりするのだ。

 先ほど自分が内なる誰かにけしかけられそうになったように。

 ふいに、シャーロットの左手が動く。



 目隠しのように出された左手を木刀で払おうと動くと――目下に動き。

 反射的に首を横にずらすと、下から上へ木剣が伸びてくる。



(枝葉刺し……!?)



 間近から聞こえる風切り音。

 肌に直に伝わる空気が切り裂かれた感触。

 それらに肌が一気に粟立つ。

 起こりも挙動も、ほぼ見えないような一撃だった。

 先ほど道場生も使ったが、本来これは隠し技のように使うもの。

 ノアに何度も使われたため、今回は上手く回避することができた。

 仰け反ったまま、すぐに後ろに下がる。

 一方でシャーロットは、ひと飛びで大きく移動。

 彼女はフットワークが軽い。常にぴょんぴょん飛び跳ねているような気さえ起こる。しかも一足で飛ぶ距離も長いときた。



 これはシャーロットの動きに合わせるのは得策ではない。

 同じ土俵に立てばまず間違いなく負けるだろう。追い掛ければ、動きが遅れたその瞬間に、一本取られてしまう。

 ならばここは、どっしりと構えて、剣を捌くべきだ。

 堅実に。堅実に。翻弄されてはいけない。追いかけてもいけない。少しでも引き込まれれば、その時点で串刺しだ。そう考えて動くべきだ。



(……突きや斬りは正面の全方向から飛んでくる)



 そのうえ足捌きは変幻自在ときた。足首にベアリングの玉でも入っているかのように、とにかく柔らかでしなやかなのだ。

 これも細剣術の技……宗家の技なのだろう。

 というかあんな足運びして足首ぐねらんのか。

 正直なところ意味不明。

 この世界の人間は頭も身体もおかしいことこの上ない。



 しかも、こちらが剣撃を繰り出しても、一向に当たる気配がない。

 受けられることはまずなく、ひょいひょいと回避されてしまうのだ。

 まるで剣の軌道があらかじめわかっているような、そんな気さえ起こる不可解な挙動。

 自身のどういう機微が読まれて、先の動きが察知されているのか。

 彼女と打ち合うには、まずはそれを見つけ出すべきだろう。



 そう考えて、集中に入った、そのときだ。

 突然、シャーロットの視線に射貫かれる。



「ぐっ!?」



 矢のような武威に貫かれ、思わず呻いてしまったその瞬間。

 強烈な一突きが急襲する。

 胴体狙いの一撃。

 慌てて木刀を前に出しつつ、慌てて下がる。

 しかし突きにかかる強力なひねりによって、苦し紛れに出した木刀は弾かれるように逸らされた。

 遅ればせた後退も、紙一重で叶ったかと思ったが、切っ先が腹部に届いた。



「うぐっ……」


「いっぽ――」


「いいえ、浅いわ」



 シャーロットは審判役の判定に対し、きっぱりと断言する。

 浅い。確かに、浅かったのかもしれない。

 たとえ真剣だったとしても、切っ先からわずかな部分が肉を貫く程度のものだったろう。

 シャーロットは、剣を眼前に立てるように構えている。



 毛穴からぶわりと冷や汗が噴き出した。

 あの集中力を会得していなければ、いまので決着は着いていたはずだ。

 いまのはそれほどの武威と突きだった。

 道場生たちの声が聞こえてくる。



「お嬢様にかなうものか」


「よく保った方だ」



 どこから上がるのも、そんな言葉ばかり。

 確かに、彼らがそう言うのも頷ける。

 打たれた場所は、ジンジンとした熱を持っていた。『火一閃(バーンスラスト)』、突き刺された場所が燃えるかのような感覚を得るという細剣術の技だが、まさか打突を浅く受けただけでもこうなるとは、修練の厳しさが窺える。

 細剣術の剣士がよく使う技であり、これを腕や肩、足に当てられると、剣閃や動きが鈍ってしまう。

 約一名、切っ先さえ潰していればどこに受けてもへいっちゃらな国定魔導師とかいう怪物もいるのだが。



 シャーロットが微笑みかけてくる。



「すごいわ。あの剣から逃れるなんて」


「いえ、真剣だったらいまので終わっていました」


「そうかもしれないわね。でも、ここは道場よ。道場は道場の形式で戦うのが決まり。『もし』とか、『だったら』とかはないわ。木剣なら木剣で、木剣の流儀で倒してこそよ」


「私もそう思います」


「ええ――じゃ、これはどう?」


「え――?」



 シャーロットが突進と共に突きを繰り出してくる。

 こちらはすぐに回避に転じるが、その突きが、フェンシングの剣のように曲がった軌道を描いた。



「――くっ!?」



 目の端に映った影の軌道から反射的に逃れるように、身をよじる。

 隙を作ってしまった――そう思った直後、前方から再び強烈な突きが襲いかかってきた。

 これが当たれば決まってしまう。

 瞬間、身体を木板の床に寝転ばせる。

 そのまま身体を丸めて背腰の力を用いて身体を独楽(コマ)のように回し、足下を浚うかの如く木刀を振るった。



 苦し紛れに振ったそれ。

 地面すれすれを水平に薙いでくる斬撃を、シャーロットは危なげなく飛び退いてかわし。

 こちらは体勢を崩した状態から、今度は尻と下腿を滑らせて、すぐに腰を軽く浮かせた居合い腰のような状態へと持って行く。



 木刀はまるで居合いをするかのように左手で支え、右手は柄に添えたまま。

 シャーロットが追撃に入った折、足腰のバネを利用して飛び上がると同時に、鞘から抜き付けるように剣を振るう――そのつもりだった。

 だが、予期されたような追い打ちは来なかった。



 シャーロットはまるでこちらのカウンターを見越しているかのように、その場に留まって動かない。

 こちらは体勢を崩したばかり。どこからどう見ても、勝ちに行ける好機だったはずだ。

 にもかかわらず、何もしてこない。先ほどと同じだ。こちらが何をするのかわかっているかのよう。

 そもそも彼女と戦い初めてから、互いに潮合を読み合うことさえしていないのだ。

 これはいよいよもっておかしくなってきた。



 ともあれ、審判役はどうしていいかわからない様子。

 細剣術ではここまで体勢が崩れれば、負けと取られるのが常だ。

 しかし、シャーロットは構えたまま、何も言わない。

 審判役は構えを解かないシャーロットを窺ったまま。



 こちらは警戒を崩さずに、ゆっくりと立ち上がる。



「シャル……その技を見せるのはあまり感心しないな」


「いいでしょう? イアンお兄様。ここはクレメリアの道場です。いるのはお身内ばかり。それに、技は使わなければ腐ります」


「まったく……」



 イアンは技を見せるのを嫌ったか、軽いため息を吐く。

 彼でも、剣を持ったシャーロットは止められないらしい。



「いくわ」



 その言葉に、無言で頷く。

 やはり、先ほどのように、木剣の切っ先が曲がってくる。

 確かに、フェンシングにはそういった技術があると聞く。

 剣のしなりを利用して、正面の相手を裏側から突く技だ。

 だが、木剣はしならない。なのにもかかわらず、これだ。



 なら――錯覚しかない。



 木剣がしなるようになる技術があれば話は別だが、あらかじめ素材に何か施してない以上は、そんなことができるはずもない。

 ならば、こちらの五感に何かしらの小細工を仕掛けているしか答えはないのだ。



 ――人間の視覚なんて曖昧なモンだ。すぐに自分の都合のいいように処理しちまう。いいか? 俺たちがいま目で見ているものは、連続したものじゃねぇ。ときたま途切れる欠陥を、脳が映像を用意することで誤魔化して、置き換えているモンがそれなんだ。



 とは、老爺の言葉だ。

 あの男とお遊びで立ち会ったとき、打ち合いの最中にさながらマジックのように竹刀を消してしまった。

 おそらくはこれも、それに類するものだ。「彼女の剣が」変化しているのではなく「自分の目」が、彼女の剣の実体を捉え切れていないのだ。



 大きく距離を取りながら、回避に徹し、よく観察する。

 すると時折、手の内が広く緩められ、木剣が小刻みに揺れているのが見えた。



「――あ」



 それでようやくピンと来た。



 鉛筆だ。

 あの男が小学生のころ、学校の教室で友達と集まっていたとき見せられたものが、閃光のように蘇る。

 鉛筆を曲げる遊びがある。

 鉛筆の中心を指で摘まんで転がしたり、端を掴んで揺らしたりすることで、まるで曲がっているかのように見せるものだ。

 鉛筆は一点で支えられているため、端が上下にたわみ、それが連続的に起こるせいで、鉛筆が曲がっていると目が錯覚する。

 要するに原理はそれと同じなのだ。緩めた手の内で小刻みに振っているため、剣が左右にたわみ、まるでフェンシングの剣のように切っ先が湾曲した軌道を見せたというわけだ。



 切っ先をゆらゆらさせているのはそれの前段階であり。

 剣の柄が他の道場生のものよりも長めに取られているのは、振れ幅を大きくするためのものだろう。

 しかし、錯覚を起こさせるものでしかないため、実際にはフェンシングの剣のようにはならず、切っ先は届いてこない。

 ゆえに、曲がってくる切っ先にいくら警戒しても意味はない。そのはずだ。

 だが、反応がよいと、ついつい反射的に回避行動を取ってしまう。



 彼女のこの剣は、それを狙ってのものに違いない。

 術理がわかっていても、身体が勝手に動いてしまうため、感覚で剣を振るう者にとってはどうしてもやりにくくなってしまう。

 先ほど体を開いて隙を晒した自分が言えるクチではないが、いやらしい剣だ。



 手の内がわかれば、対処のしようはある。

 身体が反応してしまわないよう我慢して。

 逆に、緩んだ手を狙ってしたたかに木剣を叩いた。



「っ――!?」



 うまく行った。しかしシャーロットは木剣を取り落とさなかった。剣が当たる寸前で、握りを強くしたのだろう。

 これも、ぎりぎり察知されてしまったのか。

 足首の強さもそうだが、握力の方もかなり強い。



「……これにも対応できるのね」


「術理がわかれば、惑わされません」



 そう言うと、反応したのはイアンだった。



「――いまの術理を見抜いたのかい?」



 イアンが見せたのは、驚きと訝しみだ。



「偶然ですが」


「確かに、動きはそれらしかったね。あと、それについて口外は」


「承知しております」



 と、答えたあとに、ふといいことを思いつく。



「ですが、また先ほどのようなことがあれば、口が軽くなってしまうかもしれませんね」


「む……?」


「従者によく指摘されるのですが、私は結構うっかりしているそうなので、思い出してつい錯覚がどうとか……と言ってしまうこともあり得ない話ではありませんね」


「君は私を脅すつもりかい?」


「いえ、そんなつもりはまったく。いまのは自分の至らなさを口にしたまででございます。それに、この程度のことが細剣術を脅かすこともないでしょう。技の術理の一つ二つ明かしたところで、御家の細剣術が揺るぐことはないと存じます」


「なるほど。それで、本音は何かな」


「私も今後はレイセフト家から関係を絶つ身。なるべくこうして自衛をしないといけないのです」


「いいだろう。私も気を付けておこう」



 イアンの笑顔に、笑顔を返す。正直腹の探り合いは苦手だが、ちょっとは意趣返しのようなものはしてやりたい。

 ともあれ、だ。



「シャーロット様、お待たせして申し訳ありません」


「構わないわ。私も面白いものが見れたもの」


「シャル……」


「あら、私の反対を撥ね付けたのはイアンお兄様ですよ?」



 そう言って退けるシャーロットに、イアンはもやもやとした顔を見せる。

 そんなやり取りを見ていると、彼女はこれを狙っていたため、あの技を使い続けたのか。そんな風にも思えてしまう。



 ともあれ、シャーロットの言うとおり、今回はこれが見られただけでもよしとするべきだろう。

 やり込めるようなことになってしまっては、今後いい付き合いもできなくなってしまう。



 不用意に打てば、読まれる。

 ならばと、相手を正面に取る踏み込みから、身体を横向きにするような踏み込みに変え、切っ先が届く距離をさらに延ばす。

 ずっと正面で向かっていたため、これには戸惑いを抱くはず。



(これなら、どうだ――)



 踏み込もうとする瞬間、集中に埋没する。

 そこに、この先読みの絡繰りがあると断じて。

 周囲の動きが、遅くなる

 そんな中で、シャーロットが回避に動き出した。

 こちらが踏み込むその前に。



「な――」



 木刀はかわされた。

 しかし、驚きはかわされたことに対してではない。

 こちらの起こりが表れるその前に、彼女が動き出したことへだ。

 追撃もしないまま、すぐに後ろへ飛んだ。



 すると、シャーロットが微笑む。そして「面白い手ね」「当たっていたかもしれないわ」などと口にする。

 だが、そんな言葉は頭に入ってこない。

 いま自身の胸中を占めるのは、先ほど彼女が見せた動きについてだ。



 ……あり得ない。

 こちらは先ほどの集中の中にいた。

 当然その状態では、シャーロットの動きも遅々としていた。

 身体能力や反応でこれをかわすのなら、あの集中の中にあっても彼女の動きはもっと早くなければならないはずなのだ。

 にもかかわらず、シャーロットは遅々とした動きそのままにかわした。


 

 こちらが踏み込む前に、回避行動をとって。



 そんなことができるわけがないのに。

 ならば、その正体は絡繰りは、一体なんなのか。

 なんとなくだが、そう言葉をこぼした。



「シャーロット様。あなたには何が見えているのですか?」


「――!?」



 シャーロットの表情が、目に見えて変化する。

 もしかすれば、もしかすればだ。彼女には、あの老爺が心眼という、目に見えない何らかの情報を察知できる力があるのかもしれない。



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