百四話 喜ぶ者ばかりではなく
――ジョシュア・レイセフトがその話を聞いたのは、自領がある東部で、異民族の鎮圧を終えたあとのことだった。
ナダールでの戦が終わる少し前。
王国東部を脅かす異民族、氾族が東部貴族の領内へと侵入し、近隣の村々で略奪や暴行などを行った。
貴族はすぐに私兵と徴収兵からなる討伐隊を送るも、氾族兵の神出鬼没な戦い振りに思うような結果は得られず。逆に討伐隊に損害を出してしまうまでに至ってしまった。
討伐に手を焼いた貴族は、東部軍家の筆頭であるクレメリア家に援軍を要請。ジョシュアはパースの指示を受け、500の兵を率いて氾族を襲撃し、これを撃退した。
そして戦後処理も落ち着き、数日ののちには王都へ戻る帰路に付くというところで。
ジョシュアと同じく、パースの補佐に付く三子爵の内の一人、レーバン・マイヤーが取り次ぎのために訊ねてきた。
「これはこれはジョシュア殿、このたびはおめでとうございます」
称賛の中におもねりが三割。手は商人が見せるような揉み手を駆使しながら、マイヤー子爵が近づいてくる。
妙な笑顔を貼り付けて祝福してくる彼に、ジョシュアは顔をしかめた。
「レーバン殿。めでたいとは……一体なんのことだろうか? 私に心当たりはないのだが」
そう、ジョシュアはこれまで幾度も氾族の討伐を行っている。
氾族の間でジョシュアと言えば、『銀火』と呼ばれるほど恐れられ、そして憎まれるほどだ。
小規模な戦いに勝利したからといって、『めでたい』などと称賛を受ける筋合いはない。
しかし、マイヤー子爵は追従の笑顔を崩さない。
「ご冗談を。お身内の戦場での活躍はまさに軍家の誉れ。謙遜することもありますまい」
「身内? 活躍? レーバン殿、私は本当に心当たりがないのだ。一体なんの話をされているのだ?」
「これは……まことにございますかな?」
困惑の表情を向けるマイヤー子爵に、ジョシュアは「ああ」と言って頷くと、彼は今度こそ驚いたような顔を見せる。
「王都でご子息が国王陛下より直接勲章を賜ったと伺いました」
「陛下から勲章を? それはどういう……」
「私もそれほど詳しいわけではありませんが、なんでもポルク・ナダール討伐に参加し、首級を挙げたと聞いております」
「……いや、やはりなにかの間違いでは? あの無能が首級を挙げるなど、まして勲章をいただくなどあり得ないことだ」
当然、ジョシュアは頑として信じようとしない。むしろ、マイヤー子爵に担がれているのではないかと、そんな疑いさえ抱くほどだ。
怪訝そうな表情を崩さないジョシュアに、マイヤー子爵はさらに信憑性のある情報を内にする。
「このことはパース閣下もご存じのはずです。論功式典のときは閣下もその場にいたと聞き及んでおりますから」
「…………」
当然、その言葉を聞いたジョシュアは呆然とするほかない。
パースが保証するとなれば、その疑いも揺らぐというもの。
一方でマイヤー子爵は何を勘違いしたのか。また顔に喜色を取り戻す。
「いや、ジョシュア殿も、ご子息のことを無能だ廃嫡だと言うものですから、私もすっかり騙されてしまいましたよ。わずか十二という幼さで首級を上げ、叙勲。そのうえ国王陛下ならびに王太子殿下の覚えめでたいとは……いやはやさすがは王国でも有数の歴史のある名家ですな」
「あ、ああ…………」
ジョシュアの口から出てくるのは生返事ばかり。
――あの無能が叙勲など、何かの間違いだ。
――きっと他の誰かと間違っているのだ。
――そうだ。そうに違いない。
そんな言葉が、ジョシュアの頭の中に浮かんでは消えていく。
まるで自分に言い聞かせるかのように。
マイヤー子爵のしつこい追従が終わるまで、ジョシュアが上の空だったのは、言うまでもない。
●
ジョシュア・レイセフトがマイヤー子爵からアークス叙勲の話を聞いてから二週間ほどあと。
ジョシュアはこの日、王都にあるパース・クレメリアの屋敷を訪れていた。
来訪の理由は無論のこと、氾族鎮圧の顛末をパースに報告するためだ。
執事の一人に案内され、パースのいる執務室に向かう途中、廊下の先から一人の男が歩いてくる。
それは、薄茶色の髪を持った青年だ。
細身で、背もジョシュアよりも低く、文官と言われれば頷いてしまうような体格だ。
しかし、その身に宿す武威のおかげか、見た目の小柄さとは裏腹に大きく見える。
所作は洗練され、体幹が整っているのか歩く姿も堂に入ったもの。
身にまとう威風も、武官貴族に相応しい貫禄を備えている。
歳の割にそれほど達者なのは、王国式細剣術宗家の跡取りであるためか。
彼の名は、イアン・クレメリア。パース・クレメリアの長男であり、シャーロットの兄。次代のクレメリア家の当主となるべき青年である。
ジョシュアはイアンに略式の礼を執ると、彼は穏やかそうな表情で声をかけてくる。
薄い口元から響く、穏やかなテノールの声位。
「これはレイセフト子爵」
「イアン様。ご無沙汰しております。暑さ厳しくなる時節ではありますが、ご機嫌いかがでございましょうか」
「清祥に過ごさせてもらっています。こうして穏やかに眠ることができるのも、ひとえに子爵の働きあってのもの。感謝していますよ」
そんな時節の挨拶を交えたやり取りを終えると、イアンは労いの言葉をかけてくる。
「子爵。このたびの異民族の討伐の任、ご苦労でした」
「はは。痛み入ります」
ジョシュアは堅苦しい態度を保ったまま、頭を下げる。
イアンに対しひたすらかしこまるばかりだが、イアンはいずれクレメリア家を継ぐ者だ。ジョシュアを含む東部貴族たちの上に立つ者であるため、イアンが幼少のみぎりから、こうして畏まった態度を取っている。
片やイアンの方も、言葉使いは丁寧なものの、相対する態度は上位者のそれと変わりない。
「子爵にとっては、物足りない戦だったのでは?」
「は。異民族など所詮、秩序を持たない烏合の衆。統率の取れた軍の前には、恐るるに足りません。……五連将が出てくれば、そうも言ってはいられませんが」
「ふむ。山怪、四つ辻、一目、ひだる、座頭」
イアンが奇妙な呼び名を口にする。
これらは俗に、氾族五連将と呼ばれる者たちのことだ。蛮行悪行を尽くす異民族も、ひとたび彼らが頭となれば、一流の軍隊に匹敵する集団へと変貌する。
「最近では連中も不気味なほどに大人しくしております」
「伝え聞く軍法でも、何かよからぬ企てを進めているときは静かだと聞きますね」
「は。イアン様も、討伐の任に着いたときはお気をつけを」
「ええ。肝に銘じておきます」
イアンは頷くと、別れの挨拶を口にしてその場をあとにした。
立ち話を終えたジョシュアは、再び執事に先導されながら、パースの執務室に向かう。
やがて部屋の中に立ち入ると、執務机の奥にはパースの姿が。
いまは書類に目を通しており、将軍職の実務を行っているようだ。
ジョシュアはパースの前に歩み寄ると、頭を下げる。
「閣下。このたびの氾族鎮圧の件で、ご報告に上がりました」
「受けよう」
「は。閣下の命に従い、魔導師部隊を率いて点在する氾族の部隊を撃退して参りました」
「うむ。よくやった……というほどの戦いでもないか」
「はい。手応えなどあってないようなものでした」
「では、このたびの氾族の働き、何かの策の仕込みだったということはないか?」
「いえ、さほど手強くもなく、不審な動きもありませんでした。おそらくはいつものように族内の不満の解消策の一環なのだと思われます」
「迷惑な話だ。自分たちの領域で勝手にやってくれればいいものを」
「まったくです。あのような蛮族など、いずれ滅ぼさねばなりますまい」
ジョシュアの物言いはなかなかに過激だが、それはパースを含む東部貴族たちの総意でもある。
それだけ、氾族というのは王国の人間にとって不気味なものなのだ。
彼らが山岳地で使う妖術もそうだが、殺し、奪い、犯すだけでなく、人の命を弄ぶような行為を儀式的に行う。
その惨状はひどいものだ。彼らが村々を襲ったあとは、まるで悪魔の所業と言っても過言ではないような、むごたらしい光景を見せつけられる。
クレメリア家が東部筆頭となってから、族滅せんと動いてはいるが、いまだ成功には至っていない。
「男爵領の状況については?」
「中でも男爵領にある三つの村落が、大きな被害を受けていました」
「……そうか。男爵にはよく慰撫するようにと伝えおく。ご苦労だった」
「閣下の命なれば、この身の犠牲も厭わぬ所存」
ジョシュアはそう言って、軽く頭を下げる。
これで鎮圧の報告は終わったが、ジョシュアが執務室を辞することはない。
そう、ここから先が、ジョシュアにとって重要な話だからだ。
「私から閣下にお訊ねしたい儀がございます」
「なんだろうか?」
パースが聞き返すと、ジョシュアは苦虫を噛み潰したような顔を見せながら言う。
「では……東部から戻る前、レーバン殿からアークスが国王陛下より勲章を賜ったと聞きました。それに関して閣下もご存じだということで、こうしてお伺いした次第。あれが勲章を賜ったとは事実なのですか?」
「ふむ、お前は知らなかったのか? ナダールの反乱で叙勲に見合う手柄を上げたそうだ」
パースは事情を知っているが、惚けたもの。
おくびにも出さないパースに、ジョシュアは小さく首肯すると、もう一歩近づいて訊ねる。
「閣下。あの無能が勲章をもらったなどと、何かの間違いでは?」
「いや、事実だ。論功式典にも呼ばれ、そこで叙勲された」
「そんなはずは! あれは魔力の少ない無能者です! 勲章をいただくほどの活躍などできるわけがありません!」
ジョシュアが感情的になる中、ふいにパースのまなざしが鋭くなる。
「ジョシュア。勲章の下賜は陛下のご判断によって決まったのだ。それに異を唱えるのは王国貴族としてあるまじきもの。そうではないか?」
「い、いえ、いまの発言に王家を批判するという意図はまったく……」
自分の発言が王家への批判になりかねないということに気付かされたジョシュアは、昂っていた語気を落とす。
勲章の下賜は国王シンルの裁量で決まるため、それに異を唱えるということは国王シルンに文句を言うことと同じなのだ。
「私も話を聞いただけだが、アークスが西部の戦で活躍したのは紛れもない事実だ。ポルク・ナダールの謀反にいち早く気づき、殿下の危機をお救いしたあと、殿下に臨まれてお側に仕え、そのまま参陣。戦場では、帝国軍の魔導師部隊を壊滅させ、ナダール家の従士長を討ち取る活躍を見せた。陛下もそれを認めたうえで、功第三等とし、白銀十字勲章を与えられたのだ」
「なっ、白銀ですと……!?」
「そうだ」
「ですが! 従士長一人討ち取っただけで、十字勲章を与えられるなど……」
そんなことは、まずあり得ない。
王国では叙勲、叙爵はかなり功績を挙げなければ与えられないもので、手柄への褒賞のほとんどが金銭や感状で済ませられる。その基準で考えると、武官一人討ち取っただけで勲章を与えられるというのはまったく理屈に合わないのだ。
「実際の手柄はそれだけではない。本来ならばアークスは、黄金十字勲章を与えられていてもおかしくない活躍をしているのだ。そちらの発表は政治的な判断で見送られたがな」
「ば、馬鹿な……本当にそんなことが」
「そうだ」
アークスが叙勲されたと知ったジョシュアの驚きは、相当なものだ。
ジョシュアはアークスのことを無能と思っていたし、疑いもしなかった。
魔導師軍家の家柄にあって、その基準よりも大幅に低い魔力量しかない落伍者が、まさか『戦場』で『活躍』するなど、それこそ青天の霹靂だった。
パースはいまだ呆然から立ち返らないジョシュアに対し、踏み込んだ言葉を放つ。
「ジョシュア。お前はいつまで目を背けるつもりなのだ」
「っ、閣下、目を背けるとはどういうことでしょうか?」
「無論、アークスのことだ」
「……お言葉ですが、私はあれから目を背けた覚えはありません。いえ、あれが無能と知れたあの日から、私の目には入らなくなったのです」
そう非情にも言い切るジョシュアに、パースは小さなため息をこぼす。
「あれだけ才も豊かで利発な子など、貴族家であろうとそうそうおらぬだろう。それを無能などというのはいくらなんでも無理がある」
「いいえ閣下! あれに才などございません! あれには魔導師に最も必要な才がないのです! 魔導師が必要とする魔力という才能が! 魔導師ではない閣下には理解できぬものかと存じますが、魔導師の優劣は魔力の量によって決まるのです!」
「ジョシュアよ。お前はなぜそこまで魔力の量にこだわる? お前の兄は、お前よりも魔力の量が少ないではないか。にもかかわらず、ああして国定魔導師となった。そこに魔力の量が関係あったのか?」
「……私と兄上ならば、誤差の範囲と言えるでしょう。無論、兄上が国定魔導師になられたのは、兄上のたゆまぬ努力があったからです」
ジョシュアはそう言って、大きく首を横に振った。
「ですが、あれは違います。貴族家の魔導師としては、あまりに魔力が少なすぎるのです」
「だが、そのうえでアークスは十字勲章に相応しい手柄を上げた」
「そんなものはたまたまです。いずれ必ずあれの目の前に立ちはだかるでしょう。眩しいほどの才を持つ者や、途方もない魔力を有した者たちが」
ふと、ジョシュアの紅瞳が暗い輝きを帯びる。
「……閣下。閣下は私が初めて国定魔導師を見たときのお気持ちをおわかりになりますか? 決して勝てない絶対的な差があると見せつけられ、打ち据えられるのです。持たざる者は、持ちうる者には決して勝てないということをまざまざと見せつけられたあの気持ちが」
「お前の言葉にも一理ある。だがそれは、本人の努力で覆せるものではないか? たとえ生まれの才や天稟があろうとも、その差は別の技術や知識で埋められるのではないか?」
「閣下、それは才能ある者の繰り言なのです。魔法の才は、持たざる者には残酷なほど大きく影響します。ゆえに才能の乏しい者は、魔力の量でその差を詰めるしかないのです。魔力さえあれば、魔力にものを言わせて大きな魔法を扱うことも可能になる」
「その価値観を息子に押し付けて未来を奪うのはどうなのだ?」
「いいえ。いいえ。あれにもとより未来などございません。魔力の少ない魔導師に輝かしい未来は決して望めないのです。今後あれが世に出たとき、必ず魔力の多い者に打ち据えられる」
ジョシュアはそう言って、さらに続ける。
「おそらくはあれも、これから魔法院に入ろうとするでしょう。そのときに、確実に思い知ることになる。私がそうであったように」
「ジョシュア……」
仄暗い感状をむき出しにする彼に、パースは声をかけられなかった。
……ジョシュアも、凡百というわけではない。レイセフト家の伝統を正当に受け継ぎ、魔導師として、武官貴族として、確かな才覚を発揮している。
神出鬼没で正当な軍略の通用しない氾族を、これまで幾度も討伐しているのがその証拠だ。突発的に任ぜられた下手な征伐の将よりも、将才は高いとさえ考えている。
だからこそ、パースも彼を手元に置いておくのであり、信頼しているのだ。
それゆえパースは説得を試みたつもりだが、やはりというべきか、ジョシュアは聞く耳を持たない。
「そう、だからこそ。魔力の少ない貴族は、叩き潰されるべきなのです。そうでなければいけない。そうでなければ――」
ジョシュアは感情の昂りが落ち着くまで、そうしてぶつぶつと繰り返していたのだった。
●
ジョシュアが出て行ったあとの執務室に現れたのは、先ほど廊下でジョシュアとすれ違ったイアンだった。
「父上。子爵とは一体なんのお話を? 報告にしては、子爵も随分と声を荒らげていた様子でしたが、何か東部で問題でもありましたか?」
「いや、東部はいつも通りだ。氾族以外に大きな問題はない」
「では?」
「そなたも知っていよう。アークス・レイセフトのことだ」
パースがそう言うと、イアンはなるほどと言うように手を叩く。
「ああ、彼ですか。西部の戦でもかなりの活躍だったと聞いています」
「うむ」
イアンも、アークスのことは知っているし、当然置かれた境遇や人となりなどは聞いている。魔力が少ないということだけで無能と蔑まれ、廃嫡された少年だと。
ジョシュアも、見限った息子がまさか戦場で大きな活躍をしたとなれば。
「そうですか。子爵も心中穏やかではないということですか」
「己の血を分けた息子だろうに、どうしてあれほど頑なになってしまうのか……」
「私も理解に苦しみます。魔力が少なくても、道はいくらでもあるはず。なぜそこまで、毛嫌いしてしまうのか……」
ジョシュアの頑なな態度を思い出し、パースは眉をひそめる。
室内の空気が消沈してしまったため、イアンが話題の変更を試みた。
「そういえば父上。アークス・レイセフトが近々本部の道場に顔を出すとか」
「ああ。シャルが手合わせしてみたいと言ってな」
「ふふ。それはつまり、負かしてみたいということでしょうかね?」
悪戯っぽい笑みを作るイアンに対し、パースは苦笑を見せる。
「いや、純粋に手合わせしたいからだろう。ガストン侯爵に捕まった時点では、シャルと同等の剣の腕前を持っていたようだからな」
「私も一度会ってみたいと思っていましたが……父上も彼の実力にはご興味が?」
「私も、アークスの実力については話のみだからな。それにいずれアークスは殿下の近侍となるだろう。実力は私も知っておかねばならぬ」
「殿下の近侍とは……」
「アークスについては殿下自らご所望だそうだ。それは間違いない」
パースの言葉にイアンは唸るが、彼が驚くのも無理はない。
アークスは、廃嫡された子弟。そんな、ほとんど平民と変わらない身分の者が、王太子の従者に望まれるなど、これまでなかったことだし、まず考えもしないような事柄だからだ。
「ポルク・ナダールの策謀にいち早く気付く聡さ。戦場での自らの犠牲を厭わぬ働き。殿下のアークスに対する信頼は殊の外厚いものだ」
「歳が近いからというのもあるのでしょうか? 確か殿下もアークス・レイセフトと同じくらいの年頃だったはず」
「そうだが、アークスが有能であるのは間違いない」
「それは……道場に来る日が楽しみですね」
「ああ。どのような剣を見せてくれるのか、見ておきたいものだ」
ふと、イアンが訊ねる。
「もともとシャルとは婚約者という間柄でしたが、やはりシャルは彼に?」
「私としてはそうであればよいと思うが、それに関しては陛下のご判断を仰ぐことになるだろう」
「……廃嫡した子息との婚姻に王家が口を出すのですか?」
「うむ。その理由に関してはいずれ知れよう。アークスは勲章を得る前にひとつ、魔導師として大業を成したのだ」
「それは……」
イアンが再び驚きを顔に出す一方で、パースは椅子から立ち上がる。
窓の外を見ると、ジョシュアが馬車に向かって歩いているところだった。
「…………」
アークスのその才は、疑うべくもない。
だが、ジョシュアは今後も、決してアークスを認めようとはしないだろう。
彼は魔力が多い者に叩き潰されると言っていた。
それは、おそらく。
――ジョシュア自身がそうだったから、アークスもそうでなければならないのか。
ジョシュアは魔力が多かったが、アークスは魔力が少ない。にもかかわらずアークスを認めれば、自分に才がないと自ら認めることになる。
だが、
「……ジョシュア。あの子は魔力が少ないからといって、上を見られなくなるような者ではないぞ」
アークスは、廃嫡されても、冷遇されても、決して卑屈にはならなかった。
魔力が少ないことを悲観せず、逆にそれをバネにして、伯父であるクレイブに師事を請い、魔法を会得していったという。
パースが初めて会ったときも、アークスは前を見ており、強い意志を宿していた。
魔導師ギルドで魔力計の発表をしたときもそう。
彼には上を見て、前に進む力があったのだ。
上を目指して歩く者は、たとえその道行きが結実しなくとも、自分の足で歩き続けるもの。
それに、きっとあの少年ならば、それすら解決する手段を見つけ出してしまうのではないか。そんな風に思えてしまう、そう思わされる何かが彼にはあった。