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第百三話 祝賀会その三



 食堂で慎ましやかな乾杯が行われたあと。

 一足先にソーマ酒の味見をした大人たちに少し遅れて、スウとシャーロットがソーマ酒の入ったグラスに口を付ける。



「あ、これおいしい!」


「ほんと……」



 驚きで目を見張り、やがて陶酔の交じった息を吐く二人の少女。

 ソーマ酒の美味しさは、彼女たちにとっても思いがけないものだったか。

 どうやらこちらの二人は酒の味がわかるらしく、魅了されたように何度もグラスを傾けては、うっとりとした表情を見せていた。



 一方で、ディートとリーシャはと言えば、グラスに口を付けたあと、眉をひそめて首を左右にこっくりこっくり。



「なんか不思議な味だなー」


「そうですね。でも、葡萄酒のように酸っぱいというわけではないですね」


「やっぱり二人にはまだ早かったか」



 早いも何も、未成年であるため、男の世界基準では飲んではいけないのだが。

 口直しに果実水を渡そうとすると、リーシャは焦ったような顔を見せる。



「だ、大丈夫です兄様! もう一杯お願いします!」


「いや、やめとけって。無理するな」



 中身を干してもいないのに、次の一杯を予約する妹。兄の作ったものであるため頑張ろうとしてくれているのだろうが、さすがに無理に飲ませるわけにはいかない。

 なぜスウとシャーロットが大丈夫なのかは甚だ不思議なのだが。



「ほら、お菓子にしとこう? な? 酒は無理に飲むもんじゃないからさ」



 リーシャの意識をお菓子に誘導すると、彼女はすぐにそちらの方を向いた。

 もともとお菓子を食べたくて仕方がなかったのだろう。

 種類豊富であるため、リーシャが何を食べるか迷っていると、ディートが先ほどから目を付けていたカステラケーキを指差した。



「じゃあおれ! このふわふわなの食べたい!」


「わかった。カズィ」



 カズィに切り分けを頼むと、彼は頷いて円形のカステラケーキにナイフを入れる。

 上の面には美しいキャラメル色の焼き目が付き。

 断面はしっとりとしていてきめの細かいスポンジ。

 ミルクと卵を混ぜた甘い香りが漂ってくる。

 皿を前に出されたディートは、すぐにそれを口に運び、ひと噛みふた噛み咀嚼すると、



「ふぉおおおおお!?」



 立ち上がって、そんな驚きもかくやというような声を上げる。



「うまい! うまい! おれこんなの食ったことない!」


「そ、そうか……それはよかった」



 ディートの喜ぶ勢いに気圧されつつも、笑顔で頷く。

 これほど感動してもらえるなら、作った甲斐があるというものだ。



 一方でリーシャの方も、口に手を当てて驚いた顔を見せている。



「リーシャ、うまいか?」



 訊ねると、こくこくこくとものすごい勢いで頷く。

 やがて、口の中のカステラケーキを食べ切ると、やはりこちらも驚いたような表情を見せた。



「すごく美味しいです!」


「リーシャに喜んでもらえて嬉しいよ」


「はい!」



 リーシャは笑顔を見せてくれる。やはり、彼女に喜んでもらえるのは違う嬉しさがあった。



「なあアニキー。これもっと食べていい?」


 ディートがケーキのおかわりをねだって来る。



 どうやらふわふわとした軽い食感に魅了されてしまったらしい。



「ああ、まだあるから遠慮しなくてもいいぞ」



 そう言って、雇い入れた給仕に合図を出すと、さらに器を持ってくる。

 先ほどのものよりも焼き目の具合や、形が少しいびつだが、中身は一緒だ。

 それを見たディートとリーシャが顔をほころばせた。乗せられた皿が到着すると、一緒になって「おいしいよなー」「おいしいですね」などと笑顔で話し合っている。



「へー、アークスのお菓子ってそんなにおいしいんだー。今度私もいろいろ作ってもらおうかなー」


「ふふ、今度のお茶会はアークス君に来てもらおうかしら?」


「へっ?」



 二人の言葉を聞いて、そちらに振り返る。

 レパートリーが少ないのだからそういうのは本当に勘弁して欲しい。



 一方で大人たちの方はと言えば、酒のつまみに舌鼓を打っていた。



「食べたことのない味わいのものも多いが、どれも良い味だな」


「まさかこんなこともできるとはな。ほんと一体どこで覚えたんやら……」


「ははっ、こりゃガランガたちに恨まれるねぇ。あと、酒の肴と言えば、あれだね」


「あれ?」


「そう、あれだよ。あんたが今回もらったものだ」



 ルイーズが言うのは、国王シンルから直接授与された白銀十字勲章のことだろう。



「私のような若輩があのようなものをいただくなど、恐れ多いことです」


「謙遜するじゃないか」


「子細については私も聞いている。初陣でそれだけできたのなら、身の丈に見合わないということはあるまい」


「むしろあんたの活躍を鑑みれば少ない方だとは思うけどねぇ。陛下も論功については困ったと思うよ? 溶鉄殿はその辺り何か聞いてないのかい?」


「俺はちょっと呼ばれて聞き取りをされたくらいですよ」


「諸国の貴賓との会食でも、あんたの話題が多かったね。特に北部の使者はやたらと食いついていた印象だった。何をやったら論功であそこまで言及されるのかってさ」



 ルイーズがそう言うと、リサが口を挟む。



「閣下。アークス・レイセフトの活躍は公然の秘密です」


「ほう? 監察局の頭がそう言うってことは。やっぱりあのことが関係あるんだね」


「……閣下、いずれ正式に通達がなされます。いまは陛下も慎重になっているということをご理解ください」


「そうなんだろうねぇ。それを知るにはいっそ王国に組み込まれちまうことだが……それは陛下の望むところじゃないからね」


「……は」


「ただ、北の連中のあの態度だ。もう『(くろがね)の薔薇』辺りは勘付いてるかもしれないよ?」


「そちらに関しても監察局で動いております」



 監察局もそうらしいが、自身の方でも防諜の手は打ってある。魔導師ギルドの敷地内に作業所を分散させ、関連付けやすいところに付随させるように設置した。であれば、他の研究に付随した作業所と誤認するため、そうそう見破られることはないからだ。



 ルイーズとリサのやり取りの最中、ふとクレイブがこちらを向いた。



「いまのうちに俺からも言っとかなきゃならんな。まあ、お前ならわかっているとは思うが」


「伯父上、なんでしょうか?」


「今後は多くのことに気を配っておけってことだ。気を抜いていると、いつの間にか叛意があるなんてことにされないからな」



 それを聞いたリーシャが不思議そうに首を傾げる。



「兄様に叛意の疑い……伯父様、どういうことなのですか?」


「リーシャ。世の中ってのはな、なんでも上手くはいかねぇってことさ。本人の意思にかかわらず、そう思わせることができるんだ。お前はわかってるな?」



 クレイブはそんな風に試すような言葉を投げかけてくる。

 その質問を信頼と受け取り、深く頷いて答えた。



「はい。王家の了解を得ずに多額の金を贈ったり、あとは王家を無視して勲章や感状を送りつけたり、官職を与えたり。本人の知らないところで勝手にそういった話を進めてしまうだけで、弱味を作ることも可能でしょう。そしてそんな話が広まれば……」



 当然、不審に繋がる。些細なものが一つ二つなら、疑うにたり得ないだろうが、それが増えていけば、不信感も大きくなるというもの。国のトップとは、得てして用心深く、疑り深いものであるのだから。

 シンルがそうだとは言わないが、謀略いかんでは嫌でも処断せざるを得ない状況になってしまうということもあり得るのだ。

 用心しておくことに越したことはない。



「俺も気を付けておくし、他の国定魔導師にも声を掛けておく。ノア、カズィ、その辺は頼むぞ」


「はい。承知しております」


「できる限りのことはするさ。キヒヒッ」



 クレイブとそんな話をしていると、カステラケーキを頬張ったディートが難しそうな表情をする。



「なんかめんどくさいなー」


「それが成り上がるってことさ。金の匂いを嗅ぎつけて群がってきた連中なんて蝗みたいなもんだよ? 利用できると思われた瞬間、集団で押し寄せて、それこそ骨までむしゃぶり尽くして去って行く。あんたも人事じゃない」


「え?」


「もしあたしやリヒトに突然なんかあったら、そういったヤツらがあんたを利用しようと群がってくるってことだ」



 ルイーズが注意を促すと、ディートは肩をすくめて首を横に振る。



「えー、トーチャンはともかくカーチャンに何かあるとか絶対あり得ないあり得ない」


「あ? なんだって? もう一度言ってみな?」


「いてえっ!?」



 真面目な話を茶化したため、ルイーズがディートの頭をすこんと小突く。

 まったくこの親子は相変わらずである。



 ふと、スウがソーマ酒の入った水差しを持って隣に座った。

 グラスが空になっていたのを目敏く見つけたのか。



「アークス。はい」



 スウはそう言って水差しを持ち、次を注ごうとする。

 身分の高い人間に注いでもらうなど恐れ多いことなのだが、そこは気が知れた仲ゆえか、いつもの調子で構わない。



 だが、



「いや、悪いけど俺はもういいかなって」


「え?」


「さすがに俺が飲み過ぎるとマズいだろうし」



 一応これでも主催者(ホスト)なのだ。酔い潰れるなどあってはならない。

 そんな風に二杯目を遠慮すると、スウはジト目を向けて口をとがらせた。



「ふーん。そっかー。アークスは私のお酒が飲めないっていうんだ? ふーん」


「どこぞの中間管理職のおっさんみたいな絡みをするな。そもそもそれは俺の造った酒だっての。お前のじゃない」



 調子が出てきたのか、いつものように無茶苦茶を言い始める友人と、わいわいぎゃあぎゃあ。ひとしきりそんなやり取りをしたあと、スウがテーブルを見回して、訊ねてくる。



「それはそうと、ちゃんとメインは用意してるの?」


「ん? ああ、用意してある」



 現在テーブルの上にあるのは、酒のつまみとお菓子だ。

 もちろん、がっつりしたものが食べたくなることも予想して、主食、主菜は準備している。

 雇った給仕に合図を出すと、やがてフードカバーか掛けられた皿と、包子が乗った籠を持ってくる。



 ……すでにお菓子なども供しているため、出す順番がごちゃごちゃと言えばごちゃごちゃなのだが。子供は味覚が未熟であるため、その辺りは気にしなくて構わないだろう。

 子供の頃は食べる順番など気にしないし、おいしいものが食べられればそれでいいのだ。

 リーシャは包子(パオズ)があることで、何が出されるかを察したらしい。



「もしかしてダックサンドですか? 確か下町の定番という……」


「リーシャは食べたことあるんだっけ?」


「はい。レストランで出てくるものなら食べたことはありますが、下町の屋台で直接……というのはないです」


「王都名物だよなー。おれも最近一回食べたっきりだよ」


「下町のものはあまり食べられる機会がありませんしね」


「なー」



 ディートとリーシャはそう言って、残念そうため息を吐いている。

 リーシャは下町には行きにくいだろうし、ディートはラスティネル住みのためにそもそも下町名物とは無縁だ。食べたいときに食べられないからだろう。



 すると、スウが喜色を浮かべながら言う。



「でも、今日はここで食べられるよ」


「そうですね!」


「アニキの作ったものは期待できる!」



 ご機嫌そうな三人だが、言わなければならないことがある。



「いや、悪いんだけど、今回のは少し違うんだ」


「え? 違うの?」


「……正直な話、俺はダックサンド(あれ)を認めることができない。いや、ブラウンソースが絡んだ鴨肉はうまいんだけどさ……」



 そんな風に、思い切った胸の内を打ち明けると、スウはあからさまに顔をしかめる。



「む、それは私にケンカを売ってるのかな? あれは私の大好物なんだよ?」


「知ってるよ。まあ、食べてみればわかるからさ」



 そう言って、具材が乗せられた皿のフードカバーを取った。

 皿からふわりと匂い立つ、濃厚な香り。

 その中身を見たスウが、目を白黒させた。



「――!?!?!?」


「お! 肉だ肉!」


「鴨……ではないですね。豚でしょうか?」



 ディートは分厚く切られた肉を見て興奮の声を上げ、リーシャは出てきたもの意外そうに見詰める。

 一方でスウを見ると、彼女はまるで想像上の生き物でも見たかのように、目を見開いていた。



「アークス、これ……これって……」


「おっと、これも知ってるのか。さすがだなぁ」



 彼女が知っているということは、先ほどの杏仁豆腐と同じく、似たような料理が佰連邦にあるのだろう。本当に共通点が多い。

 まあそれで言えば、こちらの文化も男の世界の西洋的な文化と似ていると言えるだろうが。

 スウが興奮した様子で詰め寄ってくる。



「どうしてアークスがこれを知ってるの!? おかしいよ!?」


「おかしいって言われてもな……」


「アークスは佰連邦に行ったことなんてないでしょ!? なら絶対これを知ってるはずないんだよ!?」


「もしかしたら行ったことあるかもしれないだろ?」


「……あるの?」


「……ないな」


「なら!」


「じょ、常識を疑え!」


「意味不明だよ!」



 あまりの非常識さだったためか、いつもとツッコミ役が逆転するという現象まで起こる。

 まあよく考えなくても、彼女の言う通りかなりおかしなことなのだが。

 ともあれ、フードカバーの下から出てきたのは、リーシャが口にした通り、豚肉だ。豚バラ肉を、東から取り寄せた肉醤などで煮込み、包子で挟んだいわゆる角煮まんじゅうである。

 要するに、中華街名物の東坡肉(トンポーロー)まんだ。



扣肉割包(コウロウグゥワバオ)……」



 スウが角煮まんを見詰めながら、そう呟く。

 これもおそらくは佰連邦(バイリャンバン)の言葉なのだろう。



「これ、私も佰連邦(バイリャンバン)に行ったときに、一度しか食べたことないんだよ……」


「へ、へぇ……公爵家のお姫様なら結構食べられそうなもんだけど」


「まず作り方もそうだけど、何を使ってるのかわからないから……」



 言っている間も、スウの目は角煮まん釘付けだ。

 いまにも涎が口の端から垂れてきそうな勢いである。



 ……男の世界では、スーパーに行けば豚バラ塊など簡単に手に入れることができるが、こちらではまだ男の世界ほど養豚場などの畜産業が発達しておらず、あっても鴨を飼育するところがせいぜい。そのため、豚肉を手に入れることはできても、特に『部位指定でいつでも』というのは、容易なものではないと言える。

 そもそも、ロースやバラ肉などという部位の知識だって料理人くらいにしか浸透していないのだ。

 だからこそ、こうして彼女たちには物珍しく映るのだろう。



 リサの相手をしていたカズィが、奇妙な笑い声を上げる。



「キヒヒッ、これが作るのに一番時間かかったよなぁ」


「ええ。アークスさまが、味付けが気に食わないと言って、何度も鴨で試行錯誤してらっしゃいましたからね」


「最近じゃ魔法の勉強するよりも、コックと厨房にこもってる時間の方が長いくらいでな。まあ実際できたモンがこれまたうまいんだよ」


「ダックサンドはうまく作ってるけど、どう考えてもこれの真似なんだよな」


「そうだよ。三代前の国王陛下が、佰連邦(バイリャンバン)で食べたこれの味が忘れられなくて頑張って再現しようとしたのがダックサンドなんだもん」


「やっぱりなぁ」



 ダックサンドを初めて見たときから、なんとなくそうではないかと思っていたのだ。

 包子(パオズ)は東方由来なのにもかかわらず、中身は洋風。

 かけられているブラウンソースは、試行錯誤の末のものだったのだろう。

 給仕が、割目を入れた包子に肉を挟み、餡もしっかりと掛け、皿の端に辛子(マスタード)をのせて、彼女の前に置く。



 スウは皿の上に置かれた角煮まんを見詰めたまま。

 それはまるで、財宝を目の前にしたトレジャーハンターのよう。

 分厚く切った豚バラの塊に、濃い飴色のタレが掛かった見た目は、恐ろしく食欲をそそる。

 ごくりと唾を飲み込み、手で持って口へ運んで、上品さを保ったままかぶりついた。



 口の中で咀嚼して、テーブルに突っ伏すように項垂れる。



「っ、美味いな……佰連邦で食べたものとある程度の相違はあるが、同じ料理ということに間違いはない……うぐぅ」



 スウさん、あまりに美味しかったせいか、マジの言葉遣いになった挙げ句、低い唸りまで上げる。そして「これなら饗応で出せる域にある」「次の来賓に出させるべきか……」などなど、やたらと政治的に依っていることばかり呟き出した。



 一方で、早く食べたくて目を輝かせ、わんこ状態になっているディートくんに渡すと、



「じゅわっと……じゅわっと……うま……」



 かぶりついてすぐに、そんな言葉を何度も繰り返し始めた。

 濃い目の味付け、豚バラ肉の旨味、餡のねっとり感で脳内が幸せ物質で満たされ、語彙が死滅したらしい。

 一方で、角煮まんを一口食べたクレイブが懐かしむように言う。



「そうだよな。こんな味だよなぁ」


「伯父上も食べたことがあるんですか?」


「俺も佰連邦(バイリャンバン)には年で滞在してたことがあってな。そこそこ食う頻度は多かったぜ。ただ、向こうよりもこっちの方が上手く作ってあるな。肉がパサついてない」


「ええ、こっちもいろいろと手間を掛けましたので」



 こちらは、レシピ通りに一度蒸したりしているため肉質は柔らかいし、味付けもかなり日本風に寄せている。おそらくはそれが、上手く好みに合致したのだろう。

 改めて、あの世界の料理のレシピ本のすごさが窺えた。



 ルイーズやパースにも角煮まんを渡すと、二人はそれにかぶりつきながら、クレイブと話し始める。



「溶鉄殿は佰連邦には居付かなかったのかい?」


「お誘いは受けたんだがなぁ」


「ふむ。溶鉄殿ならば引く手数多だったろう」


「確かに条件が破格のものは多かったですけどね」


「なんだい? ということは、なにか問題でもあったってことかい?」



 ルイーズが訊ねると、クレイブは辟易としたため息を吐き出し、答える。



「向こうはこっちなんか比べものにならないくらい王宮がドロドロしてましてね。どこの氏族でも下手に腰を据えるとそれだけで身の危険が……ってくらいでして。王都にも帰りたかったし」


「さっさと尻をまくって逃げたってわけか」



 クレイブはルイーズの言葉に頷いて、ため息を吐き出す。

 国定魔導師であり、戦闘能力も破格であるクレイブが身の危険について語るということは相当なことだ。



「おっさんでもか?」


「そりゃ正面からなら負ける気はしない。だがな、襲ってくるのはそういう連中だけじゃないんだよ」


「クレイブさまなら暗殺者がいようと魔力感知でどうとでもなりそうなものと思いますが」


「お前、向こうの凶手に毎日毎日こんばんはされてみろ? 寝不足で死ねるぜ?」



 ノアはその話を聞いて、察したというような顔を見せる。

 王宮が権謀術数でドロドロとか、いつでも暗殺の危険があるとか、その点を鑑みても、佰連邦(バイリャンバン)は古代中国という感じが満載だ。



 そんな話を小耳に挟みつつ、角煮まんをシャーロットに手渡そうとすると、ふいに彼女から声を掛けられた。



「……アークス君」


「はい。シャーロット様、いかがなさいましたか?」



 よく見れば、シャーロットの目が据わっている。

 先ほどまで歓談していたはずだが、いつの間に酒が回ってしまったのか。

 顔もほんのりと赤くなっており、尋常ではないことが窺える。

 その様子に嫌な予感に覚えるが、時すでに遅し。



「あなたに聞きたいことがあるわ!」


「……な、なんでしょうか?」


「どうして私のときは、そんな畏まった態度なの!?」


「それは……クレメリア家は家格も高く、そのご令嬢であるシャーロット様は私よりもずっと身分が高いからでして」


「でもスウシーア様とは打ち解けた会話をしてるじゃない! それはおかしいんじゃないかしら!?」


「えっと、スウとは初めからこんな話し方をしていたので、いまさら変えるのもなんかと言いますか」


「なら私ともそんな風に、話すことができるんじゃないの?」


「いえ、それはやはり恐れ多く……」


「なにそれ!? アークス君は私とは仲良くできないっていうの!?」


「そうではなくてですね」


「言い訳はしないで!」


「…………」



 一体どうしろというのか。角煮まんにお上品に口を付け、苛立ちをぶつけるようにもぐもぐしているシャーロット。睨み付けるようにこちらを見ており、絡み酒の様相を呈している。



「いい? 今日から様付けはしないで。丁寧な言葉遣いもやめて」


「そうはおっしゃられましても、目上の方を蔑ろにする態度というのは本人の許可の有無にかかわらず、よろしくない行為だと思われますし」


「じゃあ咎める人がいないときは普通に話すこと! いいわね!」



 シャーロットお嬢様、お酒が入ると若干暴走気味になるらしい。

 これまで丁寧な言葉遣いで接してきた相手にすぐに砕けた言葉遣いするのは難しいが、ここで頑なにそれを説いたとしても、この話は終わらないだろう。



「わ、わかった。これで……いいかな?」


「……まだ態度が固いわ。及第点にもなってない」



 なるべく朗らかに、フレンドリーにしたつもりだが、まだお気に食わなかったらしい。

 言葉遣いならばともかく態度にまで言及するとは、お嬢様、無茶苦茶を言う。



「アニキー、頑張れー」


「兄様、たぶんもう少しです」



 一方で、ディートとリーシャ、こちらは二人並んで仲良く角煮まんをもぐもぐ頬張りながら、いかにも適当といったエールを送ってくる。



「くそ、他人事だと思いやがって……」



 二人に恨みがましい視線を送り、苦々しく毒づいていると、突然スウが話に加わって来た。



「アークス、そんなに無理しなくてもいいと思うよ?」


「え?」


「そうでしょ? 言葉遣いをすぐに変えるのは難しいもんね」



 そんな風にこちらの肩を持ってくれるが、そうするとシャーロットのターゲットが、スウの方に向くわけで。

 鋭い視線がスウの方に飛んでいく。



「スウシーア様。私と彼が話しているのです。口出しはしないでください」


「えー、でもなー。そうやって無理強いするのはよくないと思うよ? アークスは命令を聞かなきゃいけない立場なんだから、困ると思うし」


「う……」


「いやお前が無理強いとか言うのか……?」



 そんなことを呟く間も、スウとシャーロットの間に火花が散る。

 にわかに始まった修羅場に戦々恐々とする中、ノアに助けを求めるように視線を送ると。



「このような美しいご婦人方に取り合いをされるなど、まったくうらやましい限りですね」


「お前んなこと微塵も思ってねぇだろ!!」



 どの口でそんなことを言うのか。ノアにツッコミを入れるが、彼はいつものようにどこ吹く風で水差しを持って――逃げ出した。

 和らぎ水を注いで回るのを言い訳に、主人を見捨てるつもりだろう。



「ねえアークス。無理はよくないよねー?」



 そんなことを言いながら、しなだれかかってくるスウさん。



「お、おい!? ちょっと!?」



 肩に顎を乗せて、首に手を回し、不必要にベタベタ。

 別に、スウは酔っぱらっているわけではない。

 酔っぱらっているシャーロットで遊んでいるのだ。

 むしろほっぺたを触ってきているため、自分をからかっているという方が大部分を占めているのかもしれない。



「な! 何をしているのですか!」


「別にー。私とアークスはいつもこうだしー」


「いつもって、貴族の子弟には節度というものが! アークスくん!」


「いえ違います! こいつが勝手に言ってるだけでして!」


「普通に話してって言ってるでしょ! どうして敬語に戻すの!」


「ええ!? そっち!?」



 話のとっちらかり加減に困惑しているとディートとリーシャが、



「お? えろえろかー?」


「兄様、えろえろはいけません!」



 そんなことを言ってくる。

 ディートははやし立てるように手を叩き。

 リーシャは頬を膨らませてぷりぷり。

 よく見れば、二人のグラスにはソーマ酒が注がれており、顔もほんのり赤くなっている。



「おい誰だよ二人にあれ以上飲ませたのは!?」



 叫び声を上げると、意外な方面から声が返ってきた。



「私だー。なんだアークス・レイセフトー? 私に文句でもあるのかー?」


「ちょ、長官殿って……おいもうへべれけなのかこの人!」



 見ると、リサの顔はすでに真っ赤になっており、酔いの回りはシャーロットを凌ぐ勢いだ。

 スウの保護者としてここにいるはずだが、これではもうその役目を果たせないだろう。

 ともあれと、彼女の面倒を見ていた人間の方を向くと。



「カズィ」


「あー、こいつは酒が好きなくせに弱いんだよ。しかも酔っ払うと絡んでくるタチなんだ」


「だってー」


「…………」



 リサは子供じみた言い訳をするように、カズィに縋って訴えかける。

 一方で、カズィは「ほらな」と言って、肩をすくめてみせた。

 長官殿、どうやら酒を入れるとめんどくさくなる人らしい。

 そんなことを察していると、リサのターゲットが自分に移った。

 ギンっと、射貫くような視線がこちらに飛んでくる。



「アークス・レイセフト! 私はお前に言いたいことがある!」


「は、はい!? なんでしょうか?」


「私はお前が羨ましい!」


「え? は?」



 突然の言葉に戸惑うが、リサはそんなことお構いなしに話を続ける。



「あの戦でお前は殿下の盾になったのだ! それこそ王国貴族の本懐! すべての貴族がうらやむべきものだ!」



 脈絡もなく突然すぎる……が、要するにこれは玄関前でした話のことだろう。

 あのときの活躍がよほど彼女の琴線に触れたらしい、



「お前があのとき負った役目を! いや、功績を! どれほどの者が望むか! 私だって代われるなら代わりたい……」



 代わりたいというのは、「代わりにそこで死にたかった」というものなのだろう。

 まだまだ若いのにそんなことを言うとは随分なことだが。

 それも、リサの家、ラウゼイ家の厳格な貴族教育あってのものだと思われる。

 ともあれ、



「たまたまです。あれはたまたまあの場に私がいたからであって……」


「馬鹿を言うな! たまたまだと!? 覚悟がなければそんなことできはしない! 同じ戦場にいたボウ伯爵は、戦の終盤に何をした? バルグ・グルバの影に怯え、姿を見る前にその風聞に恐れをなして逃げ出したのだ! だがお前は殿下を守るため、最後まで戦い抜き、バルグ・グルバにも立ち向かったと、そう聞いているぞ!」


「あれはあの猛牛が怖かったからで」


「何故恐れるのに立ち向かったのだ。それは矛盾ではないか」


「いえ、あの場で倒さないと死ぬからと言いますか……なんと言いますか」



 あのときの気持ちは、自分でも上手く説明ができない。

 バルグ・グルバに強い恐怖を覚えたあと、気付いたときには前に飛び出していたのだ。

 そう、たどたどしくも説明すると、リサは納得がいかないのか「おかしい」「羨ましい」とぶつぶつ呟きながら、またソーマ酒を飲み始める。

 話が全然かみ合っていないのは、酔っ払いと話をするときの特徴か。



 きちんと和らぎ水を飲ませるように、カズィに指示を出した折、今度はリーシャが声を上げた。



「私も兄様に言いたいことがあります!」


「どうした?」



 訊ねると、リーシャは席から立って近づいてくる。

 言いたいことがあると言ったのに無言で近付いてくるのは不思議だが。



 リーシャは目の前にくると、



「ぎゅー」



 そう言って、抱きついてきた。



「お、おい……」



 頬ずりをしてくるリーシャに驚きながらも、彼女の身体を支える。

 すると、彼女はどこか安心したような声を出し、



「久しぶりの兄様です……」


「ああ、俺もリーシャに会えて嬉しいよ」


「はい……」



 猫なで声を出して甘えてくるリーシャ。そんな彼女の頭を優しく撫でる。



 というか、うちの妹可愛すぎか。



 ふとリーシャはどうしたのか、急に残念そうに目を伏せる。



「……本当はもっと兄様とお話がしたかったんです。兄様と会う機会も少なくなって、やっと会えたと思ったら、皆さまのお相手ばかりで……」


「そうだな。久しぶりだもんな……今日は難しいかもしれないから、今度時間作っていろいろ話そう」


「はい! 約束です!」



 そんな兄妹のやり取りが終わると、またシャーロットが声を上げた。



「私もアークスくんに言いたかったことがあります」



 こっちもか。というかまだなにかあるのか。



「ええと、なにかありまし……」



 ギロ。



「う、うん。なにかあったかな?」


「アークスくん。一度うちの道場に来てください」


「道場? 細剣術の道場のことか?」


「ええ。前々からアークスくんと手合わせしてみたいと思っていたの。勝負しましょう」


「しょ、勝負って……それは」


「いいわね?」


「えっと」


「アークス君」


「わ、わかった。時間が取れたら連絡するよ」


「お父様にはあとで許可を取っておくわね」



 なんか一方的に話がまとまってしまった。

 一方でそのお父さんはどうしているのかと言うと、クレイブやルイーズと飲み比べをしていて、先ほどからの騒ぎはまったく聞いていない様子。おい保護者たちよ。

 あのペースでは今晩中にひと樽干されるだろう。

 それで酔った素振りはほとんどないのだから、酒飲み共というのはやはり恐ろしいものだ。



 そんな感じで大人たちの方はまだ大丈夫そうなので、隙を見てそちらに向かうと。



「逃げてきたのか。へたれめ」


「さすがに酔っ払い相手は無理です。かないません」



 このまま話をしていると、いろいろなことが勝手に決まってしまいそうだ。

 クレイブとそんな話をしていると、パースがこちらを向いた。



「アークス。訊きたいことがある」



 こっちもか。



「は……閣下、なんでありましょうか?」


「祝いの席でこんなことを訊くのは無粋だが――以前、訊ねたことだ」


「以前に閣下が私に……ということは、これからどうするのか、というあの話でしょうか?」



 パースは「そうだ」と言って頷く。



「あれの活躍だけなら、まだ時間にも余裕があっただろう。だが、今回は式典で十字勲章まで叙勲までされた」


「は」


「貴族の子弟の活躍としては、あまりに早すぎるものだ。もはや余裕はなくなったと言えるだろう。一生の指針を見据え、必要ならばそれに向かって謀も進めなければならない。難しいことだとは理解できるが、理解できるからといって待つことはできないし、周りも待ってはくれない」



 確かにそうだ。今回のことで、国王から直接勲章を下賜され、各方面に名が知られることになった。

 それは激流に身を投げ出したのも同然なのだ。

 先ほどのクレイブの話ではないが、周囲が自分に対し、謀を進めてくる可能性がある。

 潰す。味方に引き入れる。どちらかはわからないが、それにただ流されるだけでは、身の破滅は必定である。



 だからこその、このパースの言葉なのだ。

 これから怒濤のように押し寄せる波に、流されないようにするために。



「閣下のお心遣いに深く感謝いたします」


「よい。聞かせてもらえるか?」



 吟味するような視線を向けて来るパースに、出した答えは。



「私は……セイラン殿下のために働こうかと思います」


「ほう?」


「私は今回の戦の前に、殿下に呼ばれ、殿下のもとで働いて欲しいと誘われました。ですが、そのとき殿下は功名をさらに高めるためにと付け加えられたので、私はどうすればいいのか迷ってしまったのです。果たしてそれが、正道なのかと」



 パースはまだ話が続くことを察しているのか。



「続けなさい」


「戦の時点でも、私の考えは定まっていませんでした。先ほど話しにあったバルグ・グルバのときも、殿下をお守りしたというのは結果であって、恐怖に駆られて飛び出したに過ぎません」



 そう、だが――



「ですが、黒豹騎たちとの戦いのとき。殿下が私や近衛の方々を守ってくださったとき、あの方は「民を守るために」と確かに口にされました。それから、あのときのことを改めて考えたのです。私は、民のことを考え「守る」と、あの場で言い切ったあの方だからこそ、あのとき守ろうと強く思えたのではないかと」



 そう、あのとき自分が身を挺したのは、セイランが正道を行かんとするから、ではないのだ。あのときあの場で、あの窮地にあって、それでも「守る」とそう口にした。その意志が何よりも尊く思えたからこそ、あのときセイランを守ろうという思いが生まれたのだ。



「だから、殿下のために働こうと言うのだな?」


「はい。もともと私には、閣下のおっしゃられた通り、目的を達したあとのことは考えておりませんでした。しかし、もし誰かのために働くのであれば、殿下しかいないと、そう思います」


「王家に従うのが貴族の務めだ。それに迷いを抱くのは決して許されぬことだが…………この場は聞かなかったことにしよう」



 パースがそう言う一方で、ルイーズの方も苦笑しながら、



「くくくっ……冷や冷やすることを言うねぇ。あっちの苦労人さんがベロベロでよかったんじゃないかい?」



 その苦労人さんはと言えば、いまはカズィに絡んでおり「先輩のばかー!」などと叫んでいるわけだが。

 ともあれ、



「私の目的が達せられたあとは、殿下を支えるため、力を尽くそうと思います」


「……答えが出たのならば、私がこれ以上言うことはない。殿下のために働くというのであれば、殿下の名を汚さぬよう、より一層励むがよい」


「はい」



 パースとの話が終わると、ふとクレイブが天井を見え上げながら、グラスを傾ける。



「殿下も、あいつの子ってことだな」


「伯父上?」


「いや、あいつの意思をきちんと継いでるんだなと思ってな。あいつは、表向きは気のなさそうなふりをしていても、内側は熱い男なんだ。ライノールの民を決して帝国の食い物にはさせないんだ……ってな。昔からずっとそれさ」



 それは、友人としての付き合いがあるからこその言葉だろう。

 クレイブがしみじみとした態度でそんなことを言うと、パースが真面目そうな顔で苦言を呈する。



「溶鉄殿、いくら貴殿が陛下のご友人とはいえ、陛下をあいつ呼ばわりは問題があるのではないか?」


「ぱ、パースの親父さん。酒の席なんですから勘弁してくださいよ」


「溶鉄殿はそういうところがだな……」


「あー、あー。聞こえねー聞こえねー」


「ははははは! さすがの国定魔導師様も形無しだねぇ」



 ルイーズはクレイブの様子がよほど面白かったのか、腹を抱えて大笑いしている。



 そんな中、ふと横を向くと、スウが真っ赤になって俯いていた。



「スウ?」


「え? あ、あはははは? あついなー、うーん、ちょっと飲みすぎちゃったかなぁー?」



 それほど酒に弱いようには思えなかったが、あとから急に効いてきたのか。にしても突然だ。

 その後も彼女に声を掛けるが、そっぽを向いてソーマ酒と和らぎ水を交互にぐびぐび。一向に話を聞いてくれない。

 そんなスウの態度を不思議に思っていると、声が上がった。



「先輩! 卒業の日に、これから王国のために一緒に頑張ろうって言ったじゃないですか! うわぁあああああああん!」


「わかったわかった、俺が悪かったって……」


「…………」


「…………」



 どうやらこっちはまだ絡み酒が続いているらしい。長官殿、普段からよほどストレスが溜まっているのだろう。



「スウさ。長官さんに結構無茶振りしてるんじゃ」


「そ、そんなことはないと思うよ? ……たぶん」



 そう言いながらも「少し仕事を投げすぎたか……」などと、ぶつぶつぶつぶつ言っている。

 やはりか。



「……ノア、お酒を少し、伯爵のお土産用に取っといてあげてくれ」


「かしこまりました」


「カズィ、時々酒に付き合ってあげたらどうだ?」


「いやいやいや、こいつこれでも一応上級貴族さまなんだぜ? 俺みたいな庶民が一緒に呑んでいいわけ……」


「先輩は私を見捨てるんですか! うわぁあああああああああん!」


「ああもう面倒くせぇなほんと!」



 そんなこんなで、みな酒も良い具合に入り、宴もたけなわ。

 酔っぱらいたちの相手をしていると、時間はすぐに過ぎて行ったのだった。



 ●



 酒宴も終わり、客人たちは帰っていった。

 みな立場がある者たちだったので、テーブルの上が荒れているということはない。

 片付けの方も、手分けをすればすぐ済むだろう。

 寂しくなった食堂で、テーブルの上を眺めていると、ノアが声をかけて来る。



「お疲れ様です。どうでしたか?」


「うん。なんだかんだ楽しかったよ。俺もこういうのは初めてだったからさ」



 これまで、パーティーの参加など、した記憶がない。

 男の人生を追体験する前、六歳以前のおぼろげで断片的な記憶のみだ。

 みんなで卓を囲んで食事をしたり、騒いだりするのは、やはり楽しかった。


 席を外していたカズィが、食堂に戻って来る。



「酒宴は主役様の満足に足るものだったか?」


「ああ。上手くもてなせたと思うよ」


「そいつはよかった――ほら」



 カズィはそう言って、何かを取り出す。

 それは、白銀十字勲章が入れられた小振りの化粧箱だ。

 カズィはそれを開けて、中身を差し出すようにしてかがむ。



 二人の顔を交互に見ると、ノアが頷き、



「それは、アークスさまの胸にあるべきものです」


「そうだぜ? 折角貰ったんだ。箱の中で腐らせとくのも勿体ねぇだろ?」



 ノアが化粧箱から勲章を取り出して、胸に付けてくれる。

 小綬(リボン)から吊り下げられた、白銀の輝きを放つ十字のバッジ。

 微笑んでくれる二人の従者。



「……俺は、失格なんかじゃないさ」



 それを示すためには、まだまだ進み続けねばならないだろう。




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