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第百一話 祝賀会その一



 王城で盛大に執り行われた論功式典から、数日後。

 新居への引っ越しも終わり、片付けもいち段落着いたある日の夕刻。



 新しいアークスの部屋にて、ノアが机に向かったままのアークスに声を掛けた。



「アークスさま」


「…………」


「アークスさま、アークスさま」


「えへへ……」



 ノアはアークスに声を掛けるが、しかし机に向かうアークスは妙な笑い声を漏らすのみ。

 その声音はまるで、だらしない笑みを作ったときに出る声のよう。

 ノアは主人が一向に呼びかけに答えないことに、顔をしかめる。



 そんな中、カズィがドアから顔を覗かせた。



「どうだ? こっちはもろもろ準備できたぜ?」


「お疲れ様ですカズィさん。こちらは……見ての通りです」


「見ての通りって……なあ、なにしてんだ? あいつ」


「どうやら勲章を眺めて悦に入っているようでして」


「ああ……」



 カズィも、アークスが論功式典で勲章を貰ったことを知っているため、すぐにどういうことなのか理解できた。

 表彰されたのがよほど嬉しかったのだろう、と。



「初めはそうでもなかったのですが、見ているうちに段々自分の活躍が優れたものだという実感が湧いてきたのでしょう」


「これまであんまし褒められることもなかっただろうからな。それが国で一番偉い人間から褒められたんだ。そりゃ嬉しくもなるわな」


「ええ。アークスさまにとって、これ以上ない栄誉でしょうね」


「だが、そろそろやめてもらわねぇと困るな」


「そうですね。アークスさま、アークスさま。もういい加減にしていただけませんか?」



 ノアが強めに言葉を掛けると、アークスはやっと気付いたのか。一瞬背筋を伸ばし、振り向いた。



「あ? ああ、ノアとカズィか」


「ああ、ではありませんよ。いつまで勲章に夢中になっているのですか?」


「いいだろ? ちょっと浸るくらいさ。別にこれで満足するようなこともないし、誰かに見せびらかすようかこともないよ」


「そうあってください。冥利にとり憑かれると、碌なことにはなりませんので」


「ガストン侯爵とかナダール伯爵とかか」


「ええ」



 確かにアークスも、あんな風にはなりたくない。

 金や名誉に囚われて正道を見失えば、結局はあの二人のように破滅することになるのだ。

 それに、調子に乗って浮ついていれば、足下を掬われかねない。

 もちろんそれは男の人生を追体験したために、十二分にわかっているつもりだ。

 だが、それでも嬉しいものは嬉しい。

 なんといっても勲章なのだ。

 評価が形になって、しかも身につけられるというのは誇らしいし、なんというか格好いい。



「それで、どうしたんだ?」


「そろそろお客様がお見えになる頃ですとお伝えに参りました」


「あ! そっか、もうそんな時間か!」


「そっかって、お前な……」


「アークスさま。主として、客人をいつでも出迎えられるようにしておかないと、資質を問われます。アークスさまも爵位こそまだ有りませんが、国の軍事にかかわる一事業主なのですから」


「そうだよな。ごめん。すぐ用意する」



 アークスはノアに謝罪して、席を立つ。

 そう、これから屋敷で行われるのは、祝賀会だ。

 戦地から無事に帰ってきたこと。そのうえ活躍を表彰されて勲章を授与されたということで、小規模なものだが、ちょっとしたホームパーティーを行うことにしたのだ。

 自分で自分を祝う……というよりは、戦に参加したルイーズやディート、クレイブも呼ぶため、お疲れ様会のようなものにするといった方が正しいかもしれない。



 アークスは手早く身支度を調えたあと、カズィに残りの準備を任せ、ノアと玄関前で出迎えのため待機する。



 しばらくすると、門の前に一台の馬車が停まった。

 派手さはないが、金が注ぎ込まれていることを窺わせる、質のいいボディ。

 上部に掲げられているのは、ラスティネル家のエンブレムだ。



 やがて馬車から飛び出すように現れたのは、赤茶髪の少年、ラスティネル家の跡取りであるディートだった。

 以前は髪をぼさぼさにしていたが、いまは整えられており、まるでお坊ちゃんのよう。

 服はよそ行きの服装で、貴族の子弟がよく着る男女共用のものを着用している。

 今日は背中に断頭剣(ギロチン)はなく、鼻の上の絆創膏は取れており、やんちゃ坊主はだいぶ鳴りを潜めていた。



 そんなお坊ちゃんモードのディートは、嬉しそうな笑顔を見せながら、こちらに向かって突撃してくる。



「アーニキー」


「ディート、来てくれたか」


「もちろん! アニキが呼んでくれたんだ。行かないわけにはいかないよ」



 ディートは元気にそう言うと、すぐにかったるそうな顔を見せて、肩をぐるぐると回す。



「はー、やっと気が抜けるよ。式典のあともいろいろと参加したけどさ、そういうのは堅苦しい集まりばっかりでまともに息ができなかったし」


「今回の戦はラスティネル家が一番活躍したからな」


「そう。どこでもその話ばっかりでさ。最初は褒められて気分良かったけど、そればっかりだとなに考えてるのか透けて見えるっていうかさ」


「ああ……」



 ディートから話を聞くに、参加したパーティーでは、ディートと交流を深めたい貴族家の子弟たちに群がられていたらしい。

 当然そこでは、ご機嫌取りのおべんちゃらばかり並べ立てられ、直球タイプのディートは随分と辟易していたようだ。



 ディートはそんなことを掻い摘まんで話すと、屋敷を見上げる。



「にしても、自分の家かぁ。見てるとなんか羨ましくなってくるよ」


「ディートだって、いずれはこれとは比べものにならないくらいにでっかい城をもらい受けるだろ?」


「そうだけどさ。これはそういうのとはちょっと違うし」



 ディートがルイーズから譲り受ける屋敷や城は、この屋敷とは比べものにならないほど広くて大きいはずだ。

 それでも羨ましいということは、友達が秘密基地を持ったような気分なのかもしれない。

 ディートとそんなことを話していると、ルイーズが馬車から降りてきた。

 ディートと同じ赤茶髪の眼帯を付けた女傑。

 論功式典では軍服をきっちりと着こなしていたが、いまは以前のように着崩して着用。

 腰に剣を提げ、獣の一枚皮を羽織っており、彼女らしいワイルドな風体に戻っている。



「ルイーズ閣下、このたびはお誘いを受けていただき、感謝いたします」


「あたしらが一番かい?」


「はい」


「なんでも珍しい酒を用意してくれるって話だ。これは行かないわけにはいかないだろ?」


「ええ。味の方も期待していてください」


「ほう? 言うねぇ。不味かったら承知しないよ?」



 ルイーズはそんな冗談を口にして、不敵な笑顔を見せる。

 彼女ならばいろいろな酒を飲んでいるだろうが、ソーマ酒ならば、絶対に満足させられるだろう。



「閣下。今回のことは、改めてありがとうございます」


「なに、礼を言うのはこっちの方だよ。おかげさまで今回の戦はいいとこ取りだったからね。領地も増えて金ももらえたし、殿下の戦い振りってのも知れた。おまけにディートの戦歴まで付いたんだ。いいことづくめさ」


「アニキー」


「ああ」



 ディートと、ぱんと、ハイタッチのように手を叩き合う。



「あとそれと、閣下。例の銀の件ですが……」


「任せな。そっちは用意しておくよ。あたしとしては、早くその話も聞きたいんだけどねぇ」


「そ、それはご勘弁願いたく……」



 そう言うということは、やはり彼女も自分が銀をなんのために使っているのか、勘付いているのだろう。

 だが、魔力計の存在を地方君主たちに発表し、渡すのはまだもう少し先になる。

 シンルが言うには、地方君主たちに「下手な物を流せない」らしい。粗悪品を渡せば、彼らとの信頼に亀裂が入る可能性があるためだ。それゆえ、魔力計の調整はいま以上に気を遣っており、当然数も揃えなければならないため、そちらはまだしばしの時間がかかる。

 ある意味、自分の働きに掛かっていると言っても過言ではない。



 ルイーズに挨拶を終えた折、また一台の馬車が訪れる。

 そこから降りてきたのは、銀の髪を持った偉丈夫、クレイブ・アーベントだった。



「おっと、一番乗りは逃したか」


「伯父上! 来てくれたんですね!」


「おう。甥っ子が初めて開く集まりだからな。行かないわけにはいかないさ」



 そう言って笑顔を見せてくれるクレイブに、ルイーズが声をかける。



「これは溶鉄の魔導師殿。今回の戦じゃ、いろいろと世話になったね」


「いえ、そちらもお隣で面倒だったもので」


「いやまったく」



 一時はクレイブもルイーズも共に同じ戦場にいたのだ。苦労は分かち合えているのだろう。二人揃って、戦争の話で盛り上がりつつも苦笑している。



 ともあれ、クレイブと話をするため待っていると、



「おっとアークス、俺に構ってる余裕はないぜ?」


「と言うと?」


「ほら、あっちを見な」



 クレイブに言われて門を見ると、間を置かず馬車がもう一台現れる。

 馬車に取り付けられたエンブレムは、クレメリア家のものだ。

 それを見て、自然と背筋が伸びる。

 まず馬車から降りてきたのは、一人の男性だ。

 白髪が交じった黒髪が老齢を感じさせるが、足取りはかくしゃくとしたもの。

 胸には数々の勲章を付け、腰には先代国王から下賜された宝剣を提げており、服装は白を基調としたジャケットを着こなしているといった具合。厳格な雰囲気を身にまとうが、どちらかといえば精神的に段階を経た剣士の静謐さの方が強く感じられる。



 クレメリア家当主にして、王国の将軍の一人でもあるパース・クレメリアだ。

 アークスはすぐに彼の元へと馳せる。



「閣下。このたびはお誘いを受けていただき、感謝いたします」


「なに、娘が来たがっていたゆえだ。今日は私のことは気にせずに、会を楽しみなさい」



 パースがそう言葉を掛けてくれると、すぐに娘のシャーロットが前に出てくる。

 今夜の彼女は以前に見たときとは違い、美しい白のドレスに身を包んでおり、まったく貴族家の姫君の出で立ち。長いミルクティー色の髪には髪留めが添えられ、肩にはストールを掛けている。

 軽装に剣を合わせると勇ましく見えるが、それをドレスに変えると儚げな印象が際立つ。

 物憂げな表情でもすれば、紀言書にある【窓際に腰掛ける美女(ジャクリーン)】なのではないかというほど、ドレス姿がよく似合っていた。



 そんな彼女はスカートの端を摘まんで、優美な礼を見せる。



「アークス君。ごきげんよう」


「シャーロット様、ご無沙汰しております。今宵は白のドレスがよくお似合いですね」


「あらお上手。お世辞でも嬉しいわ」


「いえ、お世辞というわけでは……」



 そう言いかけるも、ちょっと発言がキザすぎたかと思い、恥ずかしくなってしまう。



「お父様から聞いたわ。西部ではご活躍だったそうね」


「いえ、私など殿下のおこぼれに与っただけです」


「あらそう? あなたが活躍しないということはないと思うけど?」



 上品に笑うシャーロットに、笑顔を返す。

 そんな朗らかな挨拶が終わると、パースの影からもう一人、少女が控えめな様子で前に出てきた。

 自分と同じ銀色の髪を、ポニーテールに結った少女だ。

 青を基調としたドレスを着用し、それを汚さないよう気を付けながらアプローチを歩いてくる。



 リーシャは自身の顔を見た瞬間、ぱあっと花のような笑顔を咲かせた。



「兄様!」


「リーシャ! 久しぶりだな」


「お久しぶりです。兄様、今回の表彰、本当におめでとうございます」


「ああ、ありがとう」



 リーシャから差し出すように伸ばされた手を取る。

 彼女と会うのは随分と久しぶりだ。以前に比べると会う機会が減ったのもそうだが、それに加え今回の西への旅だ。会っていない期間は数ヶ月程度だが、一年以上会っていなかったようにも思える。

 リーシャも、こうして気兼ねなく会うことができて嬉しそうだ。



 ともあれ今回リーシャがここにいるのは、パースへの招待の書状を認めた際、リーシャを連れてきてもらえないかという旨を記したためだ。

 彼女単独ではまだまだ動けないし、クレイブに連れてきてもらうとなると勘ぐられる可能性がある。そのため、シャーロットと会うというていを取って、レイセフトの屋敷から連れ出してもらったのだ。



 パースが、クレイブに労いの言葉を掛ける。



「溶鉄殿。この度はご苦労であったな」


「いやまさか西の端まで強行軍をやらされるとは思いませんでしたよ」


「それだけ陛下は溶鉄殿を信頼しているということだ。陛下の臣として私も羨ましく思う」


「単に使い勝手の良い駒と思われてるだけだと思うんですけどね」


「そう思われているということこそ、頼りにされているという証だろう。できるならば代わって欲しいものだ」


「……いえ、これは親父さんの頼みでも、譲れませんね」


「ははは! であろうな」



 愉快そうに笑うパースは、今度はルイーズの方を向き、



「ルイーズ殿も、このたびはご苦労であったな」


「いえいえ、アタシらとしては楽な戦いで稼がせてもらったので、労ってもらうほどじゃありませんよ」


「そうかな? 西部はこれからが大変であろう」


「まあ、そうなんですけどねぇ」



 ルイーズはそう言って肩をすくめる。

 確かに、これからルイーズがやらなければならない仕事は山積みだ。

 割譲された領地を部下にどう分配するかや、西の守りに関しても再度考える必要がある。

 王都から帰ったあとは、それこそ暇なしで働かなければならないだろう。



 そんな話をしていると、また馬車が現れる。

 その馬車には特にエンブレムなども付けられておらず、どこの家のものかもわからない。

 だが、招待している人物はこれで最後であるため、なんとなくだが誰が乗っているのか想像が付いた。



 やはりその馬車から降りてきたのは、友人であるスウだった。

 何故か監察局の長官であるリサ・ラウゼイが一緒に降りてきたが、それはともあれ。

 今夜はいつもの動きやすそうな服装ではなく、シャーロットやリーシャと同じドレスという出で立ち。

 色も白ではなく、赤。腰からスリットが入っており、なんとも大人びた風体だ。

 軽くではあるが化粧もしているため、印象がだいぶ違う。



 そんないつもとは違う彼女の姿に、ふと目を奪われてしまった。



「――――」



 迎えに出てもぼうっとしたままの自分に気付いた彼女は、意地悪そうな笑みを浮かべる。



「あれれ? もしかしてアークス、見とれちゃった?」


「え? あ、い、いや! 別にそんなことはないぞ!」


「ええー、ホントかなぁ?」



 ニヤニヤしながらにじり寄ってくる友人の少女。

 顔色を窺われないよう背けるが、追い駆けるように首を伸ばしてくる。

 この少女、完全にわかっていてやっている。

 失態を見せたことを悔しく思っていると、他方、シャーロットが驚いたような顔を見せた。



「もしかして、スウシーア様ですか?」


「これは……シャーロットさん。ごきげんよう」


「はい。ご機嫌麗しゅうございます……」



 スウに対して、シャーロットが礼を執る。

 他方こちらは、スウがいつもとはかけ離れた言葉遣いをしたため、一瞬別人かと混乱してしまうが。

 それはそうと、



「えっと、二人は知り合いなのか?」


「うーん、知り合いっていうか、顔見知りっていうか」


「スウシーア様とは何度か魔法院でお話をさせていただいたことがあるから。アークスくんはどうしてスウシーア様とお知り合いなの?」


「彼女とは一緒に魔法の勉強をしてるんです」


「あ、では兄様が一緒に勉強しているという方が……」


「ああ。そうなんだ」



 リーシャは以前から魔法の勉強を一緒にしている友人がいることを知っているため、納得したというような声を出す。

 ともあれだ。シャーロットがスウに対して『さん付け』ではなく『様付け』をしている、ということは、つまり。



「もしかしてスウって、伯爵家のご令嬢よりも身分が高いのか?」


「アークス君、知らなかったの?」


「えっと……」



 返事に詰まっていると、シャーロットがスウのことを紹介してくれる。



「アークス君。こちらはスウシーア・アルグシア様。アルグシア公爵家の姫君です」


「スウシーア・アルグシア」


「アルグシアというと確か……」



 アルグシア公爵家。王国においては王家との関わり合いが最も深いということで有名な貴族家だ。当主や一族はあまり公の場に出てこないため、かなり謎が多いことで知られているが、貴族の間では、この家に連なる者は王家に次ぐ権威を持っているという噂が囁かれているほど、力があるとみなされている。



「……あのアルグシア公爵家の人間なのか」


「えっと、まあ、ね?」



 平民ではないと思っていたが、まさか諸侯に並ぶ上級貴族の息女だったとは。

 だからこそ、伯爵であるリサがお付きとして侍っているのだろう。



 スウがリーシャに近づく。



「あなたが、アークスの妹?」


「は、はい、あの、その……」



 スウに……公爵家の息女に話しかけられたことで、リーシャが泡を食う。いくらシャーロットと交流しているとはいえ、こちらは下級貴族の娘だ。王家に近い身分の人間に声を掛けられれば、彼女でなくとも焦るというもの。



「落ち着いて。大丈夫だから」


「はい、申し訳ありません」


「うん、よろしくね?」


「リーシャ・レイセフトと申します。スウシーア様、よろしくお願いします」



 リーシャは緊張しながらも、きちんと挨拶を行う。

 そんな中、クレイブが妙な表情を浮かべていることに気付いた。

 眉をひそめて、何かしらを考えているかのような顔だ。



「伯父上?」


「あー、まあ、そうか。つまりはそういうことなのか……」



 やがてそう言って一人納得し、後ろ頭を掻き始める。

 そして何故かこちらをじいっと見て、大きなため息を吐いた。

 まるで、これからの自身の苦労を見通しているというような、そんな風にも見えてしまう。

 はて、一体なんなのか。



 そんな中、ふとパースがスウの方を向いて、目線を合わせるように腰を落とした。



「――では、スウシーア様とお呼びすればよろしいでしょうか?」


「ええ、伯爵。よろしくお願いします」


「……???」



 いくら公爵家の娘だとはいえ、国王シンルから将軍の位をいただく伯爵家の、それも東部貴族のまとめ役とも言えるパースが、下手に出る。

 確かに家格の上下はあるだろうが、爵位を頂いていない子弟に対してここまで遜るというのは不思議でならない。



 一方でスウは、先ほどの朗らかな態度から一転、澄ましたご令嬢という雰囲気で、パースに声を掛けた。

 二人のやり取りに困惑しているのは自分だけではなく、顔見知りであるシャーロットもだ。

 ルイーズも視線を細めているということは、この理由はわかっていない様子。

 そんな妙なやり取りが気になり、それを当人に訊ねようとすると、



「スウ?」


「えっと、まあ、あはは……」



 そんな風に、誤魔化し笑い。

 それをさらに訝しんでいると、リサ・ラウゼイが割って入った。



「――アークス・レイセフト、詮索は不要だ。控えろ」


「え? は、はい。承知いたしました」



 彼女が釘を刺してくるということは、いろいろとデリケートな事情なのだろう。

 立ち入ってはいけないことと察して、すぐに引き下がった。



 すると、リサが改めて声を掛けてくる。



「久しぶりだな。アークス・レイセフト」


「ご無沙汰しております。長官殿」


「お前の腕のことは私も聞いている。殿下への忠義、見事だ。同じ殿下の臣として、私も羨ましく思う」


「はい。王国貴族の本懐を遂げることができて、私も嬉しく思います」


「ああ」



 リサが満足したように頷く一方で、リーシャとディートが首を傾げる。



「羨ましい、ですか?」


「あー、おれもその辺よくわかんないよなぁ」


「貴族にとって王家のために死ぬことこそが栄誉なのだ。ディートリア様は大領を抱える君主のお家柄ですので、わからないのも無理はありません」



 リサが、リーシャとディートに貴族の在り方を説く。

 考え方がガチガチの封建主義だ。なんとなくだが、男の世界の武士というものを思い出してしまう。



 リサはそう言って、こちらに向き直った。



「私はお前を誤解していたようだ」


「誤解、ですか?」


「そうだ」



 一体なんのことなのかはわからないが、ふと、横からスウが口を挟む。



「そうだよ? アークスは問題ないって私が何回言っても聞かないんだから」


「それはその……私は王家の臣としてですね」


「ふーん。リサは私の話が信頼できないって言うんだ。そっかー」


「そ、そういうわけではなくてですね……」



 スウがジト目を向けると、リサはたじたじといった風に追い込まれていく。

 どことなくリサに怯えが混じっているような気もするが、どうやら二人の力関係にはかなりの差があるらしい。

 そんな様子を見ていたクレイブが、にやにやしながら言う。



「監察局の長官さんは大変だな」


「よ、溶鉄の魔導師様……」



 やはり、クレイブは何か知っているような素振りである。

 ともあれ、身分的なもの。

 図式としては大領主であるルイーズが一番上で、次いで東部閥をまとめるパース、そしてクレイブときて、一番若輩であるリサ・ラウゼイなのだろう。

 これに、私的な場と年功的なものを加味して、ルイーズがパースを目の上の人間と扱い、ルイーズとクレイブは対等に近い関係でオーケー、クレイブよりもパースの方が上……のような妙な塩梅になっているのだと思われる。



 そこに、スウという別格がいる……ということになるのだろうか。



 そんなことを思いながら、集まった客人たちを屋敷に案内するのだった。




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