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第十話 お買い物が、一転



 外出準備が整ったアークスは、レイセフトの屋敷を出た。

 貴族の、それもまだ十にも満たない子供が外を一人で出歩くというのは推奨されない世界だが、アークスは廃嫡されているため、出入りに関して文句を言ってくるものはいない。



 出入りの際、時折父ジョシュアと出くわすこともあるが、睨みつけるだけでほとんど関わってくることはないゆえ、いないもの扱いされているのだろうと思われる。



 ……アークスの住む国はライノール王国といい、巨大な大陸の中ほどに位置する絶対王政の国家だ。他の国に比べて魔法の技術が発展しており、王都には魔導師の地位や権利の後ろ盾である魔導師ギルド、学術府である魔法院を設置している。



 そのため国土面積こそ大きくないものの、大陸北西の超大国であるギリス帝国の武力的圧力にも屈さず、生き残ることができている。

 王都の発展ぶりもなかなかのものだ。もちろん男の世界の都市とは比べ物にならないが、王都の道はほぼ石畳で舗装され、建物も平屋ではなく三階、四階建てが当たり前。石材、レンガ材が多く使われており、屋根も色とりどりで、見た目にも美しい。



 目抜き通り沿いの店先にはランプ代わりの【輝煌ガラス】が設置され、夜は思ったほど暗くはない。

 アークスは肩掛けのカバンを揺らしながら、貴族の住む地区を出て、大通りへと向かう。



 街は賑わい、人で溢れている。これも、王家が善政を敷いている証拠だ。男の世界の知識があるため、絶対王政と言えばどうにも聞こえは悪いのだが、むしろ共和制を取り入れている国よりも安定しているのだから、その辺りなんとも言えないところでもあった。



 通りには、宿屋、個人の雑貨屋、商会の大店、男の世界の読み物でおなじみ、武器屋などなど。道幅も広く取られているため、軽食をテイクアウトできる屋台などもそこかしこに出されている。

 もちろん中には本屋もあり、そこでは娯楽本や専門書の他に、呪文のテキストが書かれた雑誌、指南書、解説書なども売っている。中でも流行りの呪文構成が書かれたものは、ファッション雑誌もかくやというほどのバリエーションがあり、魔導師やその見習いがよく購入しているのだという。



 ……アークスにとっては、参考になりそうもないものがほとんどというのが、悲しいところなのだが。



 ふと店の中を覗くと、外套をまとった男が本を見つめてぶつぶつと独り言を呟いているのが見えた。寝不足なのか、顔色がひどく悪い。その様はまるで、男の世界にいた徹夜明けの浪人生のよう。テキストを穴の空くほど見つめているため、おそらくは魔法院の学生なのだろう。



 この世界、武官や文官などのお役所関連の官職はほぼ貴族特権であるため、貴族が独占している。だが、魔導師関連の官職は魔法の適性を持っていなければ就けないため、貴族だけに限定できず、平民からも魔導師を集めているのだ。



 それもあってライノール王国では資格制度を採用している。

 そして、魔導師が取得できる資格は二つ。



 【ギルド認定魔導師試験】と【国定魔導師国家試験】だ。



 ここライノール王国では、そのどちらかの資格を得て初めて、魔導師としての職に就くことができる。

 立ち読みをしていた男も、それらの資格を求めて勉強に励んでいるのだろう。



 ギルド認定か国定かどうかはわからないが、特に国定魔導師国家試験の方は相当の難関だと聞いている。資格制度ができてから二十年、【認定魔導師】は毎年百名以上の合格者を輩出しているのに対し、国定試験に合格し【国定魔導師】となった者は未だ十一名というのだから、その難度の高さが窺える。



 アークスも、いつか自分もと思いつつ、目的の店へと向かう。

 やがてたどり着いたのは、いつも利用する大店(おおだな)だ。一番初めにクレイブに連れて来てもらったときに、店の主人や番頭に紹介されているため、一人で訪れてもきちんと客として扱ってもらえている。



「ごめんください」



 敷居をくぐると、すぐに顔見知りの番頭が現れる。にこにことした笑顔を張り付けた、糸目の男。身体はふくよかで、丸っこいという印象を受ける。



「これはこれは……アークスさま。今日はどのようなご用件でしょうか?」



 子供に対し、あまりにへりくだった物言い。そして、独特な音調と揉み手。胡散臭さが先に立つが、伯父曰く、これは貴族の子弟への対応と、番頭のもともとの調子が合わさったものなのだとか。有能だそうなので、気にすることはないらしい。



「今日は魔法銀を買いに来ました」


「そうですかそうですか。では、いまご用意いたします」


「あっ……と、そうだ。あと、緑の顔料も少しお願いします」


「かしこまりました」



 番頭はそう言うと、部下に指示を出して品を取りに行かせる。

 刻印には魔法銀もそうだが、顔料も重要だ。彫り込む呪文によって色との相性があり、顔料を使い分ける必要がある。金、辰砂(しんしゃ)、緑青等々、特に瑠璃は高価で、刻印に使用すると大きな効果を発揮するらしい。



(そう言えば、毒性ってどうなんだろ?)



 鉱物系の顔料と言えば、真っ先にその毒性が思い浮かぶ。カドミウムに水溶性の鉛、特に男の世界の中世では、ヒ素系を含む花緑青が猛威を奮ったと言われている。だが、刻印の説明を受けたときに、その辺りの話はなかったため、気にしていなかったのだが。



「……この世界の人間って意外と頑丈みたいだし、案外大丈夫なのかもね」



 そんなことを呟いていた折、ふと番頭が声をかけて来る。



「アークスさまアークスさま。お訊ねしてもよろしいでしょうか?」


「どうしました?」


「いえいえ、いまアークスさまに取り扱っていただいているのは細かな部品などですが、今後はどうなさるのかなと思いまして」


「といいますと?」


「ええ。単独の商品や、刻印武器などは手掛けるご予定などは……どうでしょう?」


「そうですね。いまはまだ無理でしょうけど、いずれは何かしら扱おうかなとは思っています」



 輝煌ガラスに、魔法ライターなどなど、王国では刻印技術を使用した便利なアイテムの開発競争が始まっている。自分が作る物は趣味の範囲で留まるだろうが、いずれは何か作ろうかと考えてはいたところだ。



「そうですかそうですか。では、そのときは是非とも私どもに卸していただければと思いまして……どうでしょう?」



 卸すのは一向に構わないが――



「そのときは報酬(これ)の方、お願いします」


「もちろんでございますとも!」



 意地汚いと言う者もいるだろうが、お金は大事だ。特に跡取りから外されている自分は、ある程度歳をとったら放逐されることが決まっている。がめついと思われようと、報酬の話はきちんとするべきだ。



 一方で商会としては、子供であろうとも技術を持っている人間に声をかけたいというところなのだろう。魔導師もそうだが刻印技師も少ないため、取引先は確保しておきたいのだと思われる。



 やがて、部下が品を持って戻ってくる。



「魔法銀と緑の顔料です。こちらになります」


「ではこれで」


「はいはい! 毎度ありがとうございます!」



 お代を支払うと、番頭はいい笑顔で元気よく返事をする。商売の愛想なのか、金が好きなのか一見しては判断が付かないところが曲者さを感じさせるが、この歳でそんなことを推し量っても仕方がない。



 ……その後、いくつか店を見て回り、さてそろそろ屋敷に帰ろうかと思い立ったときだった。



「――やめて! 来ないで!」



 どこからか、少女のものと思われる大きな声が聞こえてきた。

 声音からは、かなり切羽詰まっている様子が窺える。



 もしや事件か。そう思って周囲を探る。

 どうやら声の発生源は裏通りに近い場所にあるらしい。



 ――衛士を呼びに行くか。

 一瞬そう考えるが、ただの子供のケンカということも考えられる。子供は基本、ぎゃあぎゃあと金切り声で騒ぐものだ。王都下町の広場では、子供がよくこういった声を上げて騒いでいるものである。



 商業区画にほど近い場所の裏通りで聞こえるというのは、考えにくくはあるが――



(まあ、ぼくも子供なんだけどさ……)



 なまじ男の記憶があるせいで、微妙な心境になってしまう。

 ともあれ、一度様子を窺ってみるべきかと、裏通りに踏み込んだ。



(魔法もあるし、なんとかなるだろ)



 魔法を使えるようになった。大人相手でも、後れを取ることはないだろう。

 しばらく周囲を探していると、突然横合いの路地から少女が飛び出してきた。



「おっと……」


「わわっ!?」



 飛び出してきた少女はぶつかりそうになってたたらを踏む。

 少女は少しバランスを崩すが――体幹がいいのか。その場でくるりと一回転して勢いを殺し、すぐに体勢を整えた。



 年齢はだいたい自分と同じくらい。長い黒髪はサラサラとしていて、顔立ちは可愛らしく、目には瑠璃が。子供用の白い外套を羽織っている。

 ふと、少女の後ろから、男の声が聞こえて来る。耳を澄ませば「どこに行った?」「あっちだ」そんなやり取り。



 どうやら、少女は彼らに追いかけられているらしい。



「ちょっと、あの、ええっと!」



 ふと、少女が話しかけて来る。だが、慌てていて言葉にならないらしい。

 おそらくは追われているということを伝えたいのだろう。



「こっちだ!」


「――!?」



 少女の腕を引っ張り、身を潜めていた路地に引き込む。角から顔を出して辺りを窺うと、やがて身なりのよくない――悪く言えば小汚い男たちが二人、現れた。



 少女を探しているのか、辺りに八方睨みを利かせている。

 しばらく探していたようだが、男たちは別の方向へと行ってしまった。

 その様子を見た少女が、ほっと息を吐く。



「ありがとう。助かったよ」


「どういたしまして。それはそうと、あいつらは?」


「それが私もわからないの。近くを歩いてたら突然取り囲まれて、隙を見て逃げ出したら、追っかけてきて……しかも裏通りまで追っかけてくるんだよ!? しつこいったらもう!」



 少女は話しているうちにそのときのことを思い出してきたのか、語気がエキサイトし始める。



「ということは、人攫いかなにかかな?」


「うん。たぶん、そうかも」


「じゃあ、いまのうちに表通りまで――」


「まって」



 突然少女が制止の声を上げる。彼女の方を見ると、唇に指を当て、静かにしてというようなジェスチャー。素直に従って息をひそめると、足音が近付いてきていることに気付いた。


 耳が良い。



「路地の奥に」



 行こう、と言うのだろう。彼女の言葉を聞いて、足音に気を付けながら、路地の奥へ進む。

 輝煌ガラスが仄めく薄暗いトンネル状の通路を通り、さらに裏通りの先へ。

 しかし、足音は迷わずこちらに近付いてくる。



 そのまま、路地の出口を探して更に奥に進むが――



「どうしよう。袋小路になってる……」



 行きついた先は、三方を高い石壁に囲まれていた。まさか行き止まりの路地だったとは。

 不用意に路地に引き込んだのがマズかったか。



「ごめん。ぼくのせいだ」


「ううん。あなたのせいじゃないよ」



 対処にまごついていると、やがて一人の男が現れる。

 先ほど探していた身なりの悪い男たちとはまた違う格好をした男。くすんだ茶色い外套を着込み、どこかくたびれた印象を受ける。



 人相は……あまり良くない。

 悪いことをしている人間は顔も悪いものになると、男の世界ではよく言われていたが、これはその典型だろう。



 少女が気丈にも、立ち向かうように一歩前に出る。



「……どうしてここにいるのがわかったの?」


「辺りを手当たり次第探したからなぁ。そりゃあ見つかるだろ?」



 人攫いの男は「キヒッ」っという不気味な笑い声を上げる。

 いくら人数を揃えているとはいえ、手分けをしたとしても、これほど早く探し当てることは難しい。

 おそらくは魔法を使った。身体能力を向上させ、周囲をしらみつぶしに探したのだろう。



 つまり、この人攫いの男は、



「魔導師……」


「そういうことだ。手間をかけさせてくれる」



 同じ答えに行きついたらしい少女がそう言うと、人攫いの男は苛立ち混じりに肯定する。

 すると少女が、



「子供にこんなことするなんて、一体なんのつもり?」


「金になるんだとよ。特にお前みたいな利発そうで可愛い顔をしたガキはな」


「下衆……」


「なんとでも言いやがれ。この世は金がすべてなのさ。金が得られるなら、下衆にだろうとなんだろうとなってやるよ」



 人攫いの男はそう言って、今度はアークスにも視線を向けて来る。



「キヒ、それにそっちの男のガキも可愛い顔してるな。お友達か? お前も持って行けば、それなりの金になりそうだな」



 人攫いの男は、そう言って下卑た笑い声を上げる。



「くっ……」



 ……正直なところ、状況はよろしくない。

 こっちは魔法が使えると言っても、実戦経験がまったくないし、そのうえ、自分一人でなく少女と二人で逃げなければならないという制限もある。



 相手が魔導師でなければ、立ちはだかられたところでどうにでもなったのだろうが。

 どうやってこの苦境を脱するべきか――





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