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あの星を撃て 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 あれ、今、ポツンと来ませんでした?

 うわわ、やっぱりですよう! つぶらやさん、どこかお店に入りましょうよ! 雨宿りです、雨宿り。あそこの喫茶店はサンドイッチがおいしいんです。ゆっくり食べましょうよ。

 ――割り勘ならオッケー?

 ぬぬぬ、そこはきっちり取るんですね。まあ私はただの、いち後輩ですし、妥当なとこかもですね。おごってもらうこと、秘かな憧れなんですけどね〜。

 ――男はそういうオーラに敏感だから、ますますおごってくれなくなる?

 なるほど、貴重なご意見ありがとうございます。


 いやー、美味しかったですね。挟んであるトマトとチーズが、特によくからんでいいお味です。ひとくちひとくちに、舌を包む満足が詰まっている感じですよ。来て良かったあ。

 だいぶ、向こうの空も明るくなってきましたね。今夜は星が見えるといいなあ、確か流星群があるんでしたっけ?

 そういえば星をめぐって、この前、面白い話を聞いたんですよ……って、さっそくメモ帳の用意ですか。周到なようで何よりです。


 はるか昔から、この地上を照らし続けている星。これらを観測することで、吉凶を占い、生きていく上での判断材料として行こうと、考えられた技術があります。お察しの通り、「占星術」ですね。

 日本にも「宿曜道すくようどう」という名前の、仏教の教えのひとつとして、平安時代に確立されて研究が成されたとか。

 天体の観測を中心に、おめでたい日とそうでない日を確立。もしも大事な行事がおめでたくない日と重なったら、それをおめでたい日にするべく、祈祷を執り行う技術と知識がメインと聞いています。

 当時の暦は迷信を中心に、天体の動きを無視した人の都合で調整されることもあったらしく、宿曜道は大いに反発したのだとか。

 一時期は権力者たちをパトロンに、大いに研究がすすめられた宿曜道。それが室町時代に入り、南北朝が一緒になる頃には学問としての価値が下がり、後ろ盾を失っていました。規模も縮小し、今にも消えてしまいそうな存在だったとか。

 そんな宿曜道が見せた、まさに超新星のごとき輝きの話です。

 

 南北朝時代が終わり、北山文化が姿を見せ始めた頃。町には見目麗しい美女たちが訪れ、舞や占いをして、人々からお金を集めて回っていました。勧進を集める「歩き巫女」とほぼ同じ形態でお金を集める彼女たちこそ、今や途切れそうなくらい細くなってしまった、宿曜道の活動を支える、貴重な柱となっていたのです。

 彼女たちは昼間に踊りを、夜には星を使った占いを町のみんなに披露していました。特に夜に行われる占いは、宿曜道の中でも古代中国の「天文」寄りな内容だったとか。星の配置よりも、今日、この時の流星から新星、日食や月食の現われまで考慮。占う対象者の身の回りに起こったことも聴取し、照らし合わせながら、解決策を提案するという流れです。

 

 中には、思わぬ凶運を突きつけられる結果になり、腹立ちまぎれに巫女さんに乱暴しようとする輩もいましたが、そのことごとくがかわされてしまったらしいのです。

 私が調べたケースの一つを取り上げると、巫女さんの肩に手をかけただけでも、今の感覚でいう、静電気のような激しい痛みとしびれが、一瞬だけ走るのだとか。当の巫女さんは端正な顔を緩ませ、笑いかけながら「おいたはご遠慮くださいね」と返します。

 たいていの人はそれで怯み、謝りながら余計にお金を落としていくのですが、ごくまれに女と侮って強硬な手段に出た猛者もいたようです。もっとも、猛者だったのは、手段に出る前まででしたが。


 素手で掴みかかった場合、紙切れのように、軽く後ろへ吹き飛ばされ、地面に叩きつけられます。そして重りでも乗せられたように動けなくなってしまうのです。その間、巫女さんは微動だにしていません。

 得物を抜いてしまうと、得物を握った腕が痛み、思わず手放してしまいます。もちろん巫女さんは相手に触れていません。

 それでも非を認めない人は、けがをする場合もあったそうです。話によると、意思に反して手首がぐるりと一回転し、血が噴き出した者もいたとか。

 彼らの証言は、多くの人にとって、ほとんど妄言にしか聞こえなかったみたいです。分別をわきまえた客にとって、巫女さんたちは美しい女神にしか思えませんでしたから。

 

 数ヶ月後の、とある霊山の中腹。

 ここには宿曜道の拠点たる「北斗降臨院」という施設からの指示で、神社に近いたたずまいを持つ、天体観測所が建てられていました。

 まだ夜露の渇き切らない明け方。神棚を祭った道場には、今まで巫女の装束をまとって各地を回っていた麗しい乙女たちが、列を整えて正座していたのです。

 上座には平安時代より続く儀礼衣装たる、「衣冠」を身にまとった、老年の男。その顔の右半分は長く白い前髪に隠されていましたが、わずかにのぞく皮膚は、火であぶられたように、溶けかかっています。

「報告を」と、男は静かに、しかし道場全体に響く重々しい声を出しました。

 対して、巫女たちの中から数人が立ち上がり、順番に述べていきます。


「北。病多くして、血気盛んなる者多し。三十日前より、『赤星』の存在を確認」

「南。雨少なくして、身を持ち崩す者多し。三十日前に関しては、北に同じ」


 西も東も、それぞれ簡潔に述べましたが、各地域に住む人々が病み、精神が不安定になっていること。そして「赤星」という星を観測したことはどれも一致したそうです。

 話を聞き、男は「大儀であった」と巫女たちを座らせると、今度は自分が立ち上がりました。


「我らの使命。果たす時は近い。近く、儀を執り行う。各々の『見えざる手』。直前までしっかり確かめておけ」


 男が道場中に響き渡るほどの拍手かしわでを打つと、巫女たちはいっせいに立ち上がります。その端正な顔には、いずれも凛々しさが満ちていました。

 男はその場にいる一人一人を見つめたのち、高らかに告げます。

「我らこれより、『赤星』を撃つ」と。


 数日後の夜。霊山の頂には、巫女たちが勢揃いしていました。

 みんな白い道着に紅い袴を身につけ、たすきをかけています。艶やかな長い黒髪は、いずれも首の後ろでひとまとめにされており、色気を感じさせるうなじがのぞいていました。

 男は衣冠に加えて、手にはお祓い棒である「大幣おおぬさ」を握り、彼女らの先頭に立って、空を仰ぎ見ていました。

 その日はかすかに雲が湧く、晴れの空。彼らの頭上には、他の星の光を圧し、毒々しい赤に染まった「赤星」が浮かんでいます。


「赤星」。それが天上に輝く時、すべての命がじょじょに吸われてゆくと、宿曜道を修めたごく一部の者にのみ伝わる、凶星。命を吸われた者は、身体を崩し、心を乱し、それらが大いに集まって、世を混乱へと導くとのこと。

 男は数十年前、今と同じように「赤星」に立ち向かいました。退けること自体はできたものの、一緒に立ち向かった当時の巫女たちは、もはや一人もこの世にいません。

 男は前髪に隠した、自分の顔の半分に手を当てます。これこそが、自分が「赤星」に立ち向かった証。乙女たちを死に追いやった、消せない罪の証……。


 しかし、なさねばなりません。たとえこの身と、この場に集った美しい乙女たちの命を張ってでも。

 巫女たちが騒ぎ始めました。先ほどまでは一つしかなかった「赤星」。そのわきに一つ。更にとなりにもう一つ。計三個に増えていたのです。

 ほどなく、もっとも経験の浅い巫女のうちの何人かが、急にえずいてその場に膝を折ってしまいます。その吐瀉物には、赤いものがふんだんに混ざっていました。他の面々の顔色も青白くなっていき、男も喉の奥からせり上がって来るものに耐えつつ、皆に告げます。

「これより、『赤星』を撃つ。構えよ。一気に仕留める」


 長期戦になれば、数十年前と同じく、多くの犠牲が出ます。様子など見ず、全力で挑む。それが男の出した結論でした。

 巫女たちは一斉に「赤星」たちに向けて、両手をかざします。暴漢を吹き飛ばし、その腕を使い物にできなくするのに、指一本も必要ない彼女たちが、全霊を込めるのです。

 赤星たちは、肉眼で見えるほどはっきり、ぶるぶると震え出しました。彼女たちの「見えざる手」たちが、赤星たちを万力のように締め上げているのです。

 不意に赤星が緑色になりました。それはまばたきのごとき一瞬のことでしたが、男は見逃がしません。

「全員、右に寄れ! 早く!」男が叫び、巫女たちが寄った刹那。彼女たちがいた場所を、光の柱が突き抜けていきました。柱が消えた場所は、もうもうと煙がたち、地面の一部は消え失せて、残った縁はドロドロに溶けています。

 猶予はありません。男の指示のもと、巫女たちは再び赤星へ向かって、腕を掲げました。


 東の空が白み始めた頃。

 穴だらけとなった山頂には、男と数名の巫女たちが残っているばかりでした。他の者たちは恐れをなして逃げたか、あるいは星の仲間入りを果たしたかのいずれか。

 男はもはや、お祓い棒を持っていませんでした。持っていた腕ごと、あの光の柱に持っていかれてしまったからです。不思議なくらい血は出ませんでしたが、傷から白い煙が未だに出ていました。

 赤星の姿はありません。先ほど、三つとも火花を散らすように砕け散ったのを、この目で見たのですから。生き残ったものたちは互いにかばい合うようにして、どうにか山頂を下り、観測所へと引き上げていきました。


 それから数十年後。「北斗降臨院」が火事で焼け落ちたことにより、宿曜道は最後の綱を絶たれて、歴史の表舞台から姿を消しました。

 最後に「赤星」のことです。つぶらやさんも知っての通り、星の光は何光年も離れて地球に届くもの。星が消えたからといって、一緒に消滅するものではありません。

 男と彼女たちは星そのものではなく、「赤星」の姿を騙って地球に降り立とうとしていた、招かれざる侵略者と戦ってくれたのではないか、と私は思っているんです。

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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                      近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[良い点]  読み切りにしておくにはもったいないですね。文庫本1冊程度の分量にふくらませてもよいくらい、設定が作りこんであるように感じます。2、3人の巫女に個性をもたせて、彼女らを主人公に据えた作品に…
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