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違和感の正体

9 違和感の正体



「カラー頼んじゃって本当にごめんね。」


「気にしなくていいよ。練習には持ってこいの髪の長さだったからやりがいあったし。」


バイトしている美容室、サロン・ド・ドューエの営業が終わり、カラー練習で鷹柱 為心の髪を染める事になり、今は施術が終わって乾かしている最中である。


「本当にごめん!髪長くて本当にごめん!」


「いやいや!本当にそういうつもりで言ってないから安心して欲しい!」


何を言っても皮肉になってしまうのをどうにか出来ないのか必死で考えるが何も浮かばない神鳥 切。

もうこの際、話しかけなければ事は起きないのではと思い始めていた。


「大丈夫だよ!ちゃんと解ってるから。おかげでカラーすごくいい色になった!本当にありがとう!」


「いいえ。…はーい。髪乾かし終わったよー!練習させてもらってありがとうね。」


「いえいえ…こちらこそ!…切くんもう帰る?」


バトル際に向けてこの後、一人でカット練習をしようと思っていた。須堂 恵の事もあり、対策をねらなければならなかったのだが、


「んー…どうして?」


「この後、一緒にご飯でも食べに行かないかなって思ったんだけど…相談とかも…したいし…どう?」


鷹柱 為心の表情が少し暗くなった様に見えたが、神鳥 切は気づく事はなく何故か喜びに満ちていた。


神鳥 切。19歳。A型。12月産まれ山羊座。

ついに。

神鳥 切は初めて女性からご飯に誘われた。

今までそう言った出来事と縁が無かった為に、耐性がない。

喜びが高揚する。

そして、あまりにも予想になかった誘いなので戸惑ってしまいそうになる。が、そんなカッコ悪い所を見せられないと思い。

平然を装うと…


「あ、あ…うん!い、いいよ!」


「そんなに私からの誘い嫌かな?」


「違う違う!!そんな事は断じてない!むしろ嬉しいよ!」


神鳥 切は全然平然を装えていなかった。


「本当に!?じゃー時間も遅いし近くのファミレス行こっか!」


何故かいつも鷹柱 為心のペースにはまっている事に最後にならないと気づく事が出来ないが、それが不快では無い自分がいる事に不思議を感じながらも帰る支度を進める神鳥 切であった。


「いらっしゃませー!2名様ですか?」


西荻窪の駅近くにあるファミレス、ジョマサンに入り、女性定員が出迎えてくれた。


「はい。2名です。」


「ではお席にご案内します。2名様ご案内です!どうぞいらっしゃませ!」


そして案内された席に座りそれぞれ2人は注文を済ませた。


女性に誘われたご飯に浮かれ、心が踊っていたが、改めて神鳥 切は冷静になり、考えた。

鷹柱 為心が何故急にご飯などと誘ったのか。特に理由なく誘うこともきっとあるだろうと納得してはいたが、カラーをしてた時には全く見せていなかったのか…今、目の前に座る鷹柱 為心の顔を見るとそんな楽しい物では無いのが解った。

きっとこれから受ける相談は真剣な話なのだ。

神鳥 切は軽はずみな心から、相手の空気に自分のモチベーションを合わせるように切り替えた。


「で、…どうしたの?」


聞かなければ始まらないと思い、それを聞いてほしいから呼ばれたのだろうとも思い、遠回しにせず、素直に、率直に言葉をかけた。


「あ、ごめん。顔に…出てたよね。」


「きっとその顔を晴らす為に誘われたんだよね?」


「まぁ。そうっていえばそうなんだけども…。切くんにね相談したいなって思って。きっと…今の切くんにこんな事相談するのは間違ってると思うんだけど…でも…自分じゃ決められなくて…。」


「確かにバトル祭では須堂 恵の事もあるし、立て込んではいるけど、為心のその様子を見ていると、一大事何じゃないのか?俺で役に立てるのなら話して見てくれないか?」


神鳥 切は水が入ったグラスを片手に次の言葉待った。


「うん…。実は…美容師をね…やめようと思ってるの。」


水を飲もうとする手が止まった。内心では驚いていたが、何故か気負いせず、言葉を続けられた。


「んーいろいろと伺いたい所は多いけど、どうして辞めようと思ったの?」


きっと鷹柱 為心もわかってはいるのだろう。

神鳥 切はこれから美容師を目指す者なのに、それに対し、美容師を辞めると言う鷹柱 為心。

美容師に夢を描き、期待し、約束をし、決意し、努力し、奮闘し、挫折し、悩み、それでも心に決めた神鳥 切。

その美容師の道を進む者に、美容師を辞めると相談を持ちかけた鷹柱 為心。その真相や心境など、神鳥 切の心の中は複雑であった。


「んー…私ね。美容師になった切っ掛けが、お母さんの夢だったからなんだよね…。お母さんが叶えられなかったから、代わりに私が美容師になろうって…。」


「…え…?」


その言葉に神鳥 切は驚いた。


「…どうした…の?」


驚いた神鳥 切を見て疑問に思った鷹柱 為心。だが、神鳥 切は言葉を濁し、話を続けようとした。


「いや。ごめん。何でもない。…為心の切っ掛け本当に素敵だと思う。…でもなんでそれだけ素敵な切っ掛けで、美容師を辞めようと思ったの?」


「…実はね…お母さんに…ガンが見つかったんだ。」


その言葉は鮮明に聞こえた。

まるで周りの雑音が消え、空間に響いた様に神鳥 切の耳にその言葉だけがしっかり入ってきた。


「…。」


予想していなかった内容。

驚きで脳が働かず、神鳥 切は返す言葉が出ないでいた。


「乳がんが見つかったんだけれども、わりと早期発見が出来たから、もしかしたら大丈夫らしいんだけど、抗ガン剤での治療法で進めていくみたい…。でも…本当に心配で。だから美容師辞めて家の近くで融通が利く仕事に変えようかなって。」


鷹柱 為心は美容師の切っ掛けである母を無くしては美容師になる意味も、美容師になったとしての達成感や、その全てが無くなるのを恐れ、決意に至った様であった。


「そ…そうなんだ…。ちなみに周りの人に相談した時は他の人はなんて?」


「みんな、お母さんの為に仕事を変えるべきだって…。私もそれがいいのかなって思ってきて。」


「そうか…。でも何でそこまで答えが出ててこの話を俺にしようって思ったの?」


神鳥 切は心の中でずっと疑問に残っていた問いをどうしても聞きたかった。


「切くんなら…切くんならどうする…?私…私自身、本当はもうどうしたらいいかわからなくて…。何が正解で、何が正しいのか。もう自分じゃ決められない…。」


この言葉を聞いた瞬間、この時点で、神鳥 切は全てを理解した。そして神鳥 切の中には自信を持って鷹柱 為心に対する答えが決まった。


「今の言葉に乗っかった感情が答えだと俺は思うよ。」


「…え…?どういう意味?」


神鳥 切が言葉を濁したことによって鷹柱 為心はその言葉の意味がわからずにいた。


「為心。本当は…もう自分の中で答えが出てるんじゃないのかな?…こんな形で俺をここに呼んだのも、他の人に相談したのも、きっと自分自身を肯定してくれる人を、無意識に待っているんだと俺は思う。」


その神鳥 切の言葉を聞き、鷹柱 為心は自分自身が今、悩んでいる事、行なっている事、意を決して、決心つけようとしている事、その気持ちが偽りではないかと否定された気がした。だから感情が入り、気付けば強気な発言になっていた。


「じゃぁ私はどうしたらいいの?もう…わからない…何が正しくて…何が正解なのか…色んな人に相談することが悪いことなの?…切くんは…どうしてそういう事を言うの?…何も知らないくせに…。切くんは…私の何を知ってるって言うの?」


「それ。その感情。その感情は何故出てきたのか。どこから来る物なのか。それを考えた事はある?俺が思うに多分、常識だったり、親を大切に思う人なら間違いなく、母を選ぶ。それは正しいし、正解だと俺も思う。でも為心は選べないでいる。それは…その天秤のもう片方に乗っている物が同じく、大切だからじゃないのか?失いたく無い物だからじゃ無いのか?それはいったい何か考えた事はあるのか?自分自身に聞いてみたか?」


「え…?」


また理解が出来ないでいた。

いや、鷹柱 為心は理解しようとしていなかったのだ。

無意識内で解かろうとしていなかったのだ。

目を背けていただけだったのだ。

常識のある人間になろうとしていただけだったのだ。

しかし、感情は正直であった。

少し間を置いて鷹柱 為心の左頬に1つ、雫が流れた。その雫に気づき、手で拭い、更に理解が追いつかなくなっていた。


「え…?どうして…?」


自分自身では理解出来ない自分の感情が表に出てきたのだ。

親を大切に思う常識、皆の賛同の意見、そうしなければならない周りからの目、それが普通でそれが常識で、そう思い、実行するのが親を思う子供の行為である。

だが、鷹柱 為心は自覚が薄かったのだ。

美容師になると言う夢、切っ掛けは母親だが、今では本当に成し遂げたい目標になっていることに。

自分が、自分自身が、感情が、常識と戦っていたのだ。

だからこそ、色んな人に相談した。

しかし帰ってくる言葉は皆、常識ばかり。

親を心配する気持ちが、常識を守る事が、決して悪いはずが無い。

それが当たり前で、普通の事で、自分のわがままを我慢するという事が物事としては正しいのだ。

だが、無意識の内に納得出来ていないもう1人の自分が拒絶していた。

感情と言う本心を訴えていたのだ。

常識の言葉を口にした中に隠れてた、言葉に出来ず無意識の内に出たもう1人の鷹柱 為心の感情を神鳥 切は見つけたのだった。


「それが答えなんじゃないかな?…ちなみに俺なら…美容師になって、お母さんの髪を整えてあげるかな?ちゃんと戻って来てくれるって意味を込めてね。」


神鳥 切は遠回しに抗ガン剤の副作用で無くなってしまった髪を美容師になったことで整えてあげられると伝えたのである。

伝えた言葉は足りないが今の鷹柱 為心には理解が出来た。


「…あ…。」


迷っていた二つの道、その1つの道を暗く染めていた雲が割れ、光芒が指した様に感じた。

ここで鷹柱 為心はもう1人の自分と初めて出会えたのだろう。

ずっと心中で背を向けて来たもう1人の自分に、何かと理由をつけ、目を合わせず、言葉も聞かず、自分の本心から逃げていたが、神鳥 切との会話で気づいてしまったのである。

報われたのか、安堵したのか、気づいたからなのか、それはわからない。が、鷹柱 為心は拭い切れないほどの雫で頬を濡らした。


そして、少し落ち着いてから神鳥 切は言葉をかけた。


「どう?少し、気は楽になった?」


「うん。ありがとう。本当にありがとう。私、頑張るね。切くんが見つけてくれた私を大切にする。本当にありがとう。」


「残念だけど、俺は何もしてないよ。為心自身が気づき、自分で自分を助けたと俺は思うよ。」


「そうだよね。」


鷹柱 為心は口角を少し上げ、笑って見せた。顔にはやっぱり、ありがとうと書いてある様にも見えた。

場の空気は明るさを少し取り戻し、鷹柱 為心が言葉を掛けた。


「ごめんね。バトル祭で立て込んでるのに。」


「いいよ。気にしなくて。為心には必要な話だったと俺も思うしさ。でも、お母さんの夢で、代わりに美容師に成ろうって素敵な切っ掛けだね。」


「ありがとう。でもまさか、こんなに自分が美容師になりたがってたとは思わなかったけどね。中途半端な位置に居たから、切くんにもお店のスタッフにも悪いなって思ってた。でもきっともう大丈夫!私…頑張る!」


「うん。頑張って。」


「そういえば。切くんの美容師に成ろうって思った切っ掛けはなんだったの?」


「…。」


神鳥 切は以前、美容師に成ろうと決めた切っ掛けの話を須堂 恵と千場 流に問い詰められたが、結局答えないで濁していた。

その話は決して良いものでは無かったからだ。

だが…神鳥 切は迷った結果。


「話…長くなるけど構わない?」


神鳥 切は話す事を決めた。

何故なら、鷹柱 為心は打ち明けてくれたからだ。

涙を流し、自分と向き合い、意を決したからだ。

そんな鷹柱 為心に対し、神鳥 切はしっかり伝えようと思ったのだった。


「んーと…え?あ!うそ?!」


鷹柱 為心が驚きの声を上げた。

神鳥 切の話が長くなる為、ここに来て、初めて時計を確認した鷹柱 為心は、今、現在が夜12時30分を回っていることに気づいた。


「…え、…どうしたの?…あ!…もしかして…。」


その声に驚いた神鳥 切も時計を確認した。

そして予想は当たってしまう。


「終電…行っちゃった。」


鷹柱 為心は焦りを見せながらも、可愛く笑っていた。


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