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友の思い

5 友の思い



「おーい!切ー!」


突然遠くの左斜め後方の席から名前を呼ばれ、その声の主は須堂 恵なのがわかった。


「もう一人どうする?」


その一言に疑問を抱いた神鳥 切は主語がなくても須堂 恵が言わんしている事が分かってしまった。


「確かに、俺たちが求めるバトル祭には強力なスキルの持ち主が必要だな。だが俺はチームワークを考えると千場しか居ないと思う。」


「俺もそう思う。でも実はさぁ、隣のクラスに凄そうなのが居るんだよ。」


「お前がそこまで言うって事は結構できるんだな。でもそんな奴がいるなんて噂、聞いた事ないけど?」


「浦桐 啓多(ウラギリ ケイタ)って奴なんだけど髪長くて、ちょっと暗い奴…この間のカット授業でちょっと覗いた時、他の生徒はまだ切ってんのにアイツだけカットが終ってた。そうとう切るのが早いって事だ。」


「そんな奴がいるのか…隣のクラスと言えば千場も隣だろ?知ってるんじゃないのか?」


「そうだね!ゆくゆくの敵情視察も兼ねて放課後行ってみようか。」



❇︎ ❇︎ ❇︎



「…何あれ…見た事ない…」

「あれでどうしてできるの?」

「今まであんな切り方してたっけ?…」


放課後だと言うのに帰らない生徒達が教室のドア付近でざわついて溢れかえっているのを2人は目視する。


「恵?なんか千場のクラス溢れてない?」


「うん。溢れてるね…何でだろ?…聞いてみるか!」


「ねぇ。中で何かやってんのー?」


神鳥 切が教室のドア付近で溢れかえりながら中を伺っている男性に話しかけた。


「千場と浦桐がカットバトルしてんだよ!」


「え!?千場が!?浦桐って人と!?」


2人は驚き、顔を見合わせる。きっと思っている事は同じであろう。


「切…とりあえず中入るべ。」


「そうだね。」


教室に入ると…そこは静まり返っていた。聴き慣れないカットの音が空間には響いていた。そしてその音、リズムを奏でる男性が皆んなの目線の先には居た。髪がパーマでうねり、目元まであり、顔の認識がしに難く、耳まで隠れ、男にしては髪は長かった。そして片足に体重を乗せ、だるそうに、余裕そうに、そしてつまらなさそうな顔をしてウィッグの髪に鋏を何度も何度も開閉している「浦桐 啓多」(ウラギリ ケイタ)の姿があった。


「…。」


須堂 恵が浦桐を真剣な眼差しで観察する。

そして浦桐の隣でカットしている千場 流。

いつもはうるさく、声が大きく、元気で挑発的なはずなのだが何故か静かだった。

だがしかし…鋏の開閉は力強く、鼻息は荒く、眉間にしわを寄せている。

外から見ても心の中は煮えたぎるぐらい怒りがあるのが解る。


「……なぁ…切。あの浦桐って奴、シザー(髪を短くするときに使う一般的な鋏)一回も使ってない。」


「それセニング(毛量を減らす鋏)しか使ってないってことだよな?しかもセニングだけでスタイルを作るって…そんなことが可能なのか?」


「そうなるね。でも現に浦桐 啓多は…毛量調整しながら髪の長さも一緒に切ってやがる……。俺の実家美容室だろ?親父に聞いたことがあるんだが…俺らが使わせてもらってるセニングはスタンダードの15%〜25%が一般的だが、浦桐が使ってるセニングはきっと…50%だ。」


「50%!?そんなセニングがあるのか?」


「俺も聞いた事しかないがな。よく見るとセニングの目が少なくて大きくないか?」


「確かに…。でもそんな技術この学園で使ってたらすぐ噂広がるでしょ?なんで今まで…」


セニング。(すき鋏)

シザー。(普通の鋏)


すき鋏は普通の鋏で切った時のブツ切り状態を自然な毛先にぼかす物だが、セニングには毛量を切り落とすおおよそのパーセント表記が存在する。

一般的には15%〜25%ブツ切りにした状態をぼかすのに少なくても10回〜15回は開閉が必要。

しかし、50%が本当なら、3回〜5回の開閉で毛量の調節がてき、早いカットが可能ということである。


「俺も浦桐があんなカットをするって噂すら入ってきてない。多分最近どっかで学んできたんだろうな。」


一般的なカットの技法はシザー(普通の鋏)でまず長さやレイヤーなどを切るとカットしたラインがブツ切りの状態になる。そして完成する前の土台ができる。それをベースカットという。そのベースカットにセニング(すき鋏)を入れることによって毛量を調整し、自然な質感、毛束、動きなどを再現することができる。

浦桐は本当は2丁使って行う行程を…セニング一本でやっている。


「すげーな、スピードが違いすぎる。」


千場 流は…バック(後ろ側)を切り終わったところだった。それに対し浦桐は後もう少しでカットが終わりに近いところまで進んでいる。


「あの速さは厄介だな…つか…そもそも事の発端はなんだったんだ?」


須堂 恵が隣の観覧者に何故カットバトルになったのかを聞いていた。


「俺も詳しくは知らないけど……確かホームルームが終わって…


❇︎ ❇︎ ❇︎


「千場君はバトル祭に出場するの?」


「もちっ!その為にバトル形式で色んな人とバトルさせてもらってるからさ!結構俺自信あるんだよねー!」


ホームルームが終わり、隣の席で仲のいい女の子とそんな会話をしてる時、通路を挟んだ席に座っている浦桐 啓多がボソッと言葉を発した。


「へぇー凄いねー君みたいなのが自信あるとか。」


「んぁ?今何つった…?」


千場 流は、浦桐 啓多を知ってはいるが、話したことはない。いつも暗く、反応は薄く、全てが冷めているかの様な印象が強い。

その浦桐 啓多の口から出た言葉は挑発であった。


「聞こえなかったかな?君みたいな実力が無い奴が出場する所じゃないって意味だよ?気づかなかったかい?」


「それ…俺に喧嘩売ってんのか?ぁあ?」


「はぁー…あのさー僕は優しさで教えてあげてるんだよ?もう一度言ってあげるよ、ザコは出てくんな…邪魔だ。」


その刹那、拳銃を鳴らしたような衝撃音が教室に鳴り響いた。

それは千場 流が机を足で蹴り飛ばし、倒れた音だった。

次に椅子が弾け飛んだ瞬間…


「てめぇぇぇぇ!調子こいてんじゃねぇぇぞぉぉ!!」


激声と同時に千場 流が浦桐 啓多の胸ぐらに掴みかかる。それでも浦桐 啓多は表情一つ変えなかった。


「本当なんだねぇ…弱い奴ほど良く吠えるとは。そんな人が居るなんて初めて見た。笑える…フフ…とても傑作だよ。」


「お前…それだけ言うからには自信あんだろぉぉな?」


「そうだね…少なくとも君には負ける気がしないね。」


千場 流は抑えてた。

右手に込めた力を振り上げかけた。

だが、浦桐 啓多は技術へ対しての挑発、だから抑えた。

だが煮えたぎる怒りは収まらない。

千場 流は今まで頑張らなかったことはないのだ。

努力して来たからこそ、自信があり、頑張ったからこそ結果がついて来た。

それを否定されたのだ、

許せる訳が無い。許してはいけない。

だからこそ…


「その言葉忘れんなよ。…やってやろぉじゃぇか…今からだ!…今!ここで、てめぇをバトルでぶちのめすっ!」


「ふふ…僕は構わないけど後悔すると思うよ。」



❇︎ ❇︎ ❇︎



「なるほどね。そんなことがあったんだ…。」


2人は事の発端をようやく知ったが。


「でも…その挑発…なんか不自然だな…憂さ晴らしにしては事が大きい気がする。」


須堂 恵が疑問を抱く。

浦桐 啓多にとって何か糸があるのならば…と考えたところで2人は理解する。


「恵…お前目当てじゃないか?」


神鳥 切が答えを導き出した。


「…やっぱり?」


須藤 恵は学園でもちょっとした有名人で、色んな生徒とカットバトルを数多く行っていてその戦歴は神鳥 切と千場 流に負けはあるものの、他の生徒に挑まれた勝負は全勝。

本人はたまたまと言うがそんなことはいつも信じられない神鳥 切であった。


「残り30分でーす。」


タイムの報告の声が上がる。


「…ありが…」

「終わりましたー。審査お願いします。」


千場 流がタイマー管理の報告に対し、美容師として基本の礼儀を言っている途中で浦桐 啓多のスタイルが完成した。


「なにあれ?どうなってるの?」


「わからないけどスタイリング(髪のセット)にはそんなに時間はかかってなかったはずだけど…なんで!?」


野次馬の声が瞬く間に広がる…。


浦桐 啓多の作ったスタイルは。

左側の横は広く刈り上がっていて、右側の横も刈り上がってはいるが左に比べて幅が狭い。

髪の毛が裏返しの傘を斜めに被ったようなヘアースタイルで、左側の目が隠れるぐらいである。

そして、表面にはとても細かい筋(無数の毛束)がつむじの回転に合わせて流れ、形成されている。

決して浦桐 啓多は筋を意識してセットはしていない。

…誰もが見ていた限りではワックスを繊細ではない手つきでセットしていた。

神鳥 切と須堂 恵は50%を使っただけで出来る芸当とはとても思えなかった。

浦桐 啓多は独特の感性と技術に見合った鋏の選択、自分を理解していて更に発想も兼ね備えているのが改めて解る。


「タイムアップです!ウィッグから手を離してください!」


カットタイムが終了した。


「審査お願いします!」


タイムアップぎりぎりまで使い、千場 流のカットも終わりを告げた。


「え?あれ、ボブスタイルだよね?」

「でも、なんか変わってない?」


周りが騒ぐ、須堂 恵と神鳥 切も一瞬理解が追いつかなかった。一見ただのボブスタイルだが、それにして違和感がある。

その違和感は、普通のボブに比べて後頭部が異常に大きかった。

襟足の生え際から15㎝ぐらいは後ろに膨らみがある。

更にカットラインが綺麗に床と平行に真っ直ぐ切られていてドライヤーセットでのブローで形成されている事が解る。そしてそれを一つ一つ確認していくからこそ改めて気づく…ウィッグが斜め25度ぐらい上に傾けられていることに。


「かなりの発想力を持ってきたね。」


そう、斜め25度に下ろした状態で切る事によってウィッグを角度25度で顔を上げると、カットラインが床と真っ直ぐ平行になる。

このスタイルはウィッグを上に向ける状態だからこそ完成されたスタイルなのだ。

この発想力は千場が本気を出した時に見られる突発的な独創性である。


「千場本気出したね。」


「あぁ…だが。」


神鳥 切は千場 流の意外性を高く評価したが、2人共結果は目に見えていた。

須堂 恵が言葉を発したすぐ後だった。


「…勝者…浦桐 啓多!!」


審査員からは浦桐の名前が上がった…。


千場 流のスタイルは…発想は良かった、意外性はかなりあった…でも浦桐 啓多に対してインパクト、完成度が欠けていた。

残念だが、千場 流の悪いクセ、一個の感性の縛り、一つの感性に対し、繋がる2つ目の感性がいつも足りず、完成度が欠けてしまうのだ。


神鳥 切はやるせない気持ちになる。

まるで自分が負けた時と同じ気持ちのようで、何故か…悔しいという感情がでてきたのを感じた。

それは千場 流を最初の方から知っているからなのか、絶え間ない努力を知っているからなのか、あの時流した涙を知っているからなのか、それは神鳥 切にもわからない。


千場 流は下を向き、その場から動けないでいた。

そして浦桐 啓多が、負けた千場 流に対して言葉を掛けた。


「千場くん…君……はっきり言って弱いね。」


「…。」


神鳥 切にも、須藤 恵にも屈辱……その言葉が頭をよぎった。

煮えたぎる悔しさ、浅はかだった感情、結果という後悔。その心を抑えきれない。千場 流本人はそれを遥かに上回る感情を体感しているのだろう。

そして…追い討ちのように来る敗者への言葉…


「この程度で僕に勝負挑んできたの?ダサ過ぎる。」


千場 流はまだ俯いたまま何も言葉を返せないでいた。


『…やめろ。』


神鳥 切は心の中で浦桐 啓多に殺意に似た、感情を抑え込んではいるが、いつ爆発しても可笑しくは無い心境であった。


「残念極りないとは良く言ったものだよ。対して実力もないザコなのに調子にのってる感じとか死んだ方がマシだと僕は思うよ?」


『…やめろ…それ以上言うな…。』


神鳥 切は必死で感情を抑えていた。


「君…恥ずかしくないの?そのたいしたことのない技術で自意識過剰な自分に…笑えてくるね…フフ」


『やめろ…それ以上…千場の努力を笑うんじゃねぇ…。』


「クク…最初の威勢はどこにいったのかなぁぁ?ねぇぇ?せんじょょょくぅぅんん?」


「許せねぇぇっ!」


神鳥 切は激怒した。

激声を飛ばした。

許せなかった。

千場の努力や、悲しみや、あの時の涙を何も知らない奴が千場 流を侮辱する事が許せなかった。

許してはならなかった。

本気で浦桐 啓多を殴ろうと、右手に込めた怒りを構え、一歩、脚を前に強く踏み込んだ。だが、それとほぼ同時の出来事が起きた。

とてつもない衝撃音と共に目の前にあった机が勢いよく倒れたのだ。


「その辺にしとけ。それ以上、流に何か言うならマジで殴るぞ。」


須堂 恵だった…。

この場の空気を自分に向けて納める為に机を蹴ることで注目を集めたのだ。

そして須堂 恵の言葉は神鳥 切自身にも頭を冷やせと言っているようにも聞こえた。もし机を蹴らなければ間違いなく、神鳥 切は浦桐 啓多を殴っていただろう。


「ふーん。僕そう言う馴れ合い見てて嫌いなんだよねぇ…しらけたし僕はおいとまするよ。じゃね。けーいくん。」


浦桐 啓多が帰ろうとしている所で須堂 恵が呼び止めた。


「浦桐。…もちろんバトル祭出るんだよな?」


「…その為に宣戦布告したんだよ…けーいくん。」


「…必ずお前をぶちのめすからな…。」


浦桐 啓多が微笑を残し、歩き去る…まんまと思惑通りになったのだろう…。そして須堂 恵に助けられた神鳥 切がお礼を言った。


「恵…ありがとう。…これで…メンバー決まったな…。」


「あぁ。そうだな。」


その時、須堂 恵の拳を握る手が震えていた…。

そして気づく。

悔しさの余り腕に筋が深く入るほど我慢していた。

それを見て神鳥 切は心の中で答える…そして誓う…

『必ず。俺が優勝まで連れてってやる。』


「流…お前の今回の敗因わかるか?」


俯く千場 流に対し、決して優しくはしない須堂 恵。

それはこの3人の中で、今この状況に優しさは侮辱に値するからだ。


「…あぁ。次は…絶対負けない。」


千場 流が俯いて言葉を発した瞬間、小さく光る物が1つ落ちた気がした。



❇︎ ❇︎ ❇︎



「おいッ!切!」


威勢の良い声で教室に奴が入って来た…


「…あぁ…めんどくさいのが来たわ…」


「今日も時間ある限りバトルするぞぉ!!」


「あーうるさいうるさい…わかったわかった。」


神鳥 切の耳にタコが出来るのではないかと思うおきまりのパターンでのやり取り、浦桐バトル事件以来、放課後になると毎日のように現れる千場 流。

あの時の敗北を引きずる事なく、前に進んだ事はとてもいい事なのだが、千場 流の場合『絶対勝つ欲』とでも言うのか…今は凄く経験値に貪欲なのだ。


「あんたら良く飽きないよねぇー。」


隣で同じくおきまりのパターンを毎回のように見守っている上条 灯が間に入ってきた。


「もちろん!もうバトル祭も近いし、居ても立っても居られないじゃん!…それよりあかりんところは順調?」


「まぁーねぇ。為心も応援来るし、私も本気出さないと!…あ!初戦のオーダー提出した?確か…今日締め切りだよ?」


「 …。」


神鳥 切と千場 流の目が合いそして目の白い部分をむき出しにしながら…


「「 ヤベッ!! 」」


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