兼ねての兆し
22 兼ねての兆し
午前にあったBブロックのバトルが終わり、丸いテーブルを囲い3人は昼食をとっていた。
「また今回も俺が主将だけど……もうそろそろ恵が主将でもいいんじゃないのか?」
「いや…ほら…そこは…まだ本調子じゃないからさ。頼むよ。」
須堂 恵は苦笑いを浮かべた。
「今回が最後だぞ?次からは恵が主将やれよ。双葉 沙切となんか絶対バトルしたくないかんな!」
「わかった。わかった。しかし…あれはまじでやばいよな…正直…笑えない。」
「実は…言うか言わないか迷ってたんだけどよ…。」
千場 流が突然口を開き、重苦しい表情で言葉を続けた。
「次の主将戦…切は負けるかもしれない。」
「どういうことだ?」
須堂 恵が聞き返す。
「次のチームの主将は京乃 十夜(キョウノ トウヤ)俺の高校の頃からの友達だ。」
「お前なら喜んでバトルしそうなのに、何故そんな不安な顔をしているんだ?友達なんだろ?」
「いや、友達だったと言った方が正しいのかもな…高校の頃は仲良くて十夜の親父さんが経営してるサロンに足を運んでは髪を切ってもらって、そこで俺も美容師になりたいって思ったんだけどよ。俺が…あいつの…」
千場 流はそれ以上言葉を続けられずにいた。
「無理に言わなくていい。」
須堂 恵が見兼ねて話を遮った。
そして言葉は続く。
「お前の過去に何があったのかは知らないけど、バトルには気持ちを切り替えてくれ。」
「そうだな。…さっきも言ったけど、十夜の実家も美容室を経営してるのもあって恵と同じぐらい優れてる。気をつけろ。」
「わかった。」
神鳥 切が頷いた。
その時、須堂 恵の携帯が鳴った。
「悪い、ちょっと行かなきゃいけない用事が入った。一瞬出てくるわ。」
須堂 恵そう言い、2人は頷いた。
須堂 恵がその場を立ち去り神鳥 切が口を開く。
「その京乃 十夜はなんのスタイルが得意なの?」
「十夜に得意なスタイルはないし、好きなスタイルもないんだよ。」
「え?どう言う事?」
千場 流は不思議な答えを言い放った。
それに神鳥 切は理解が出来なかった。
しかし、千場 流はそこに当てはまらない答えを放った。
「俺から見れば全てが得意に見えちまう。全てを簡単にやってのけちまう。十夜に得意や不得意もない。恵の様にな。だからこそ恵が壁にぶつかった時は本当に驚いたよ。」
神鳥 切は理解した。
そして口にした言葉は。
「それ、俺に勝ち目ないじゃん。」
そして、
神鳥 切、千場 流の2人は昼食を済ませ、午後のバトル祭へ向け地下一階に移動していた時だった。
「あ、恵の野郎。用事って女子とイチャコラしてるだけじゃねぇか。」
会場へ向かう途中でガラス張りの入り口を通過する際に千場 流は外に居た女性と話す須堂 恵を見つけた。
「誰と話してるんだろうね。」
神鳥 切は後ろ姿しか見えない女性にどこか見覚えがある気がした。
「彼女とか?」
「恵に彼女いたっけ?」
「確かに。」
「…。」
「とりあえず準備しに行くか。」
「そうだね。」
そう言って会場へ向け歩き出そうと神鳥 切が振り向こうとした時だった。
須堂 恵が会話する女性の顔が一瞬こちら側に向いた。
「え…。」
歩き出そうとした手前で神鳥 切は動けなくなった。
いや、動かなかったのだ。
その顔に見覚えがあるそんな所ではなかった。
むしろ知らないはずがなかった。
須堂 恵と楽しそうに話すその女性は綺麗な風貌で透明感ある明るくも無く、暗くも無い髪色。
可愛いと言うよりは綺麗などの言葉が当てはまりそうな女性は。
「い…為心…?」
自分自身が発言した言葉に驚き、慌てて目をそらした。
決して、鷹柱 為心と目は合っていない。
果たして、本当にあれは鷹柱 為心だったのかを疑ってしまう神鳥 切。
意を決し、もう一度振り向いた時にはもうそこに2人の姿は無かった。
「…。」
神鳥 切の中で、あの2人に接点は無いはずだった。
連絡先すら知らないはず。
きっと他人の空にだろうと、絶対そうだと、自分に言い聞かせる自分自身に改めて冷や汗が出た。
「嘘だろ…。」
そう思い込もうとしている自分が物語っていたからだ。
そうではない。
そうであるはずがない。
きっと違う。
可能性を否定している自分自身があの女性を鷹柱 為心と結び付けないよう言い訳を考えていた事が答えだった。
「なんで…。」
驚きでそう口にした時。
「切?こんなところで何してるんだ?」
後ろから声がかかった。
その正体は須堂 恵だった。
「いや…こ…これから千場と会場に向かう途中だけど…?」
「お…そうか。じゃー準備しに行こうぜ。」
「あ…うん。」
いつも通りの須堂 恵だった。
いや、いつも通りの須堂 恵だから神鳥 切は怖かったのだ。
あの女性の事を聞きたい。
いや、聞きたくない。
傷つくのが怖い。
だが、そんな思いの中、口は最初の一文字の形になっていた。
「…あれは鷹柱 為心だったのか?」
「せっーつ!!けーいっ!!何やってんだ!準備するぞ!!」
千場 流と言葉が揃い、神鳥 切の声は須堂 恵には届かなかった。
「今行く!先行っててくれ!」
須堂 恵は千場 流に言葉を返した。
「全く流の声でけぇんだよな。…で?切は今何言おうとしたんだ?」
「え?…あ…うん。」
変な緊張が神鳥 切を襲った。
心臓の音が耳元にでもあるのではないかと思うほど、自分の鼓動が大きく鳴る。
「いや、次の主将の京乃 十夜…強いらしい。」
「…俺じゃ勝てないって言いたいのか?」
「…うん。」
「大丈夫だ。自信を持て。お前は今やあの多壊 陽の教え子であり、そして、俺の1番弟子みたいなもんだ。後悔だけはしないバトルをすれば必ず勝てる。」
「あ…ありがとう。」
「なら行くぞ。気持ちを切り替えろ。」
「そ…そうだね。」
そうだ。
今はバトルに集中するべきだ。
そう自分に言い聞かせ、神鳥 切は須堂 恵の背中を追った。
そして、
2人は会場へ着いた。
準備をする為に向かった自分たちのバトルポジション手前で異様な空気なのに気づいた。
「やぁ!流ちゃん。久しぶり。」
そう千場 流に笑顔で言葉をかけていたのは。
身長は低く、白髪で無造作にうねった髪、鋏を中指で回し続け、可愛さがある中性的な男性。
京乃 十夜だった。
「忘れたわけではないよね?いや、忘れるわけないよね?僕は流ちゃんを絶対許さないから。」
京乃 十夜は明るく振舞ってはいるが出てくる言葉全て重かった。
そして、千場 流は目を合わせられずに言葉を並る。
「許されるとも思ってないし、俺には謝り続けることしか出来ないのもわかってる。」
その言葉に京乃 十夜は笑顔を絶やさず。
「そうだよね?じゃー負けてくれないかな?罪滅ぼしとしてさ。」
「悪りぃな。そいつわ出来ないわ。」
「は?謝ることしか出来ないんだろ?」
「俺は俺のやり方で償うんだよ。」
「主将戦に出てこれない時点で負けてる流ちゃんが言えるセリフじゃないよね?」
その言葉に罪の重さと、自分自身への無力さ故に千場 流は顔を俯いた。
「そんなこと…わかってる。けど…お前は…何一つわかってない。」
「は?負けてる流ちゃんが僕に何を教えてくれるって言うのさ。」
俯いてた千場 流の顔が上った。
「俺はお前に何一つ勝つ事は出来ない。けど俺だけがお前と戦うわけじゃない。俺達が戦うんだ。」
ずっと目を背けてた千場 流の眼差しは京乃 十夜の瞳を捉えていた。
罪の枷に囚われることなく、自分の枷に逃げるのではなく、全てを背負ったまま1人では立ち上がれない重さを仲間と一緒だからこそ立ち上がる。
千場 流から出た思いは仲間を信頼しいるからこその言葉だった。
すると、千場 流の肩に誰かの手が乗った。
「流よく言った。へぇーこのちっこいのが京乃 十夜か弱そうだな。俺が主将じゃなくて良かったな。けど、切でも負けないけどな。」
千場 流が振り返ると須堂 恵の手だった。
「そんなこと言うなら変わってくれよ。こっちだって自信無いんだからさ。」
神鳥 切は須堂 恵に言葉を返し、そして続ける。
「けど、悩んでる場合じゃ無いね。友達が困ってるんだから。俺も頑張らないと。」
そう。
今は千場 流の為に切り替える。
あの千場 流ですら感情に呑まれず、仲間を頼り、プライドを託し、過去の自分自身とそして現在の要因と戦っている。
神鳥 切は千場 流を通して自分自身にも切り替えるとそう思っていた。
「被害者は僕なんだけどな。まるで悪者だ。」
京乃 十夜は笑みを浮かべそう語る。
だが、目だけは笑っていなかった。
京乃 十夜からすれば悲劇だった。
悪いのは千場 流なのに。
その思いから、千場 流への怒りが漏れる。
「やっぱり流ちゃんは僕の手で潰すしかないみたいだね。」
そこに京乃 十夜の笑みはなかった。
『それでは!united beauty schoolバトル祭を開始します!皆さん準備はよろしいですか?」
司会者のアナウンスが流れると同時にバトル出場者はそれぞれ配置に着く。
『千場の為にここは全力で飛ばす。京乃 十夜が強かろうと、関係ない。俺は…ただ今ある力を出し切るだけだ。』
神鳥 切の思考は目の前にいる京乃 十夜に集中していた。
しかし、それも対角線上にある1階フロアにぼやけて見えていた人物を見るまでは。




