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センシビリティ 後編

19 センシビリティ後編



「…。」


話しかけられた人物は黙り込んだままだった。


「失格にしてもいいんだぞ。」


その時、周りは呆然とした。

沈黙し、その会場にいた全ての人の時が停まったかの様に静まり返った。


「すいません。」


口を開いたのはUBSの主将だった。

審査員に言われるがまま左手を開くとその手のひらは血で真っ赤に染まっていた。

彼の右手に持つ鋏の刃には、切り落とした直径2センチ弱の人差し指の皮膚が張り付いていた。


「すぐにでも医務室への移動をお願いします。UBSチームは残りの2人の中からサドンデス選手をお願いします。」


UBSチームに不穏な空気が流れる。


「嘘だ…ろ…?お前無しでどうやって勝てばいいんだよっ!」


きっと、白黒の男性は絶え間無い努力と練習、そして時間を費やし、仲間と共に頑張って歩んできたこの道のりで1番に期待をしていた友がいなくなる。

その現実にもう戦意が砕けていた。


「本当にすまない。」


UBS主将は仲間の思いを汲み取ってあげられない事と自分への怒りで左手の拳に震えるほど力が入り、血は更に滴った。

それを見た黒の男性は。


「おい。それ以上はやめよう。こいつの思いも汲み取ってやれ。負けた俺らだって不甲斐ねぇんだから。」


自分達のどちらかが勝ち点1点さえ取っていれば。

負けてさえいなければ。

こんな思いをする事はなかっただろう。


「気使ってくれて…ありがとうな。」


UBSに突然なトラブルがあったが、バトルは進行する。


「ではサドンデスに出る選手をお願いします。」


審査員からの案内があった。


「双葉。お前に任せようと思う。」


「え!?いいんですかぁ〜?こんな晴れ舞台で僕が美味しいところ貰っちゃってぇ〜。」


PBSの主将は1年生に全てを託した。


「お前の力は俺が認めてる。全力で行け。」


「アレをお披露目してもいい舞台ですかねぇ〜?」


「あぁ。頼む。」


「わかりましたぁ〜。僕に任せてください。ククククっ。」


PBSは人生で最後の大会にも関わらず、サドンデスに主将自らではなく1年生である選手を出してきた。


「おい…まじかよ…?あいつ…主将より強いって言うのかよ…。そんなの…俺が勝てるわけねぇ…。」


この局面で1年生を選択してきたPBSは本気で勝ちを取りに来ていた。

それについてここに居る誰もが理解したからこそ白黒の男性はこの状況に。


「クソっ!…俺らの…俺らの最後の大会なんだぞぉ!…こんな…こんな終わりかたってねぇよ!!」


男は只々嘆いた。

仲間と過ごした時間。

3人で高め合い、努力し、ようやく迎えた日。

この日の為に毎日が本気だった。

だが、目の前に突きつけられた現実。

もう結果が出ているこの状況に男は不満を我慢できなかった。


「まだ終わってねぇだろ!」


UBSの主将が激声を飛ばした。

そして溢れた悔しみの言葉が更に漏れた。


「まだ負けてねぇ!まだ何も終わってもねぇんだよ!…最後なんてそんなの分かり切ってる……頼む…頼むから…勝ってくれ…もう…お前にしか…。」


今にも崩れてしまいたいそんな感情のこもった声だった。


「…。」


UBS黒の男性は黙り込んだまま主将の力一杯握られた震える左手を見て、まだ止まらない滴る血を見て、自分の背中に何が乗ったのか、自分の右手に何が託されたのか…その重さを再確認し、大きく、とても大きく1回呼吸をした。そして、口を開いた。


「…お前が最後に繋げたチャンス…絶対に無駄にしない。」


そして、審査員が進行した。


「これより、PBS 双葉 断(フタバ ダン)対UBS 多壊 陽のバトルを始めます。両者準備をお願いします。」


両者、自分がこれから切るウィッグを間に向かい合う。


「ワイのとっておきの見してあげますよ。見て驚いてくださいね〜初公開やぁ!」


双葉 断が話しかける。


「とっておきってことはそれを出してくれる器ってことでいいんだよな?」


「言うてくれますね。」


司会のアナウンスが入った。


「サドンデスバトルを開始ます!!それでは…スタートです!!」


ブザー音と共にバトルが始まった。

その頃。


「いったい何があったんだろうね。主将は審査員に連れられてどっか行っちゃったし。」


神鳥 切達が見ている観客席からバトルの場所が遠かった為に、何が起きているのかわからなかった。


「まー何かしらトラブルがあったんだと思うけど…あの人達…これが最後なんだよな?」


「そうだろうね。」


「負けたら悔しいよな。」


「そうだね。」


須堂 恵は何故か当たり前の事を言った。


「いいなぁ。」


「え!?負けることが羨ましいの?」


須堂 恵の思わぬ言葉に驚きが出てしまった神鳥 切。


「いや、ごめん。負けることがじゃなくて…同じ時間、同じ練習、多分学園生活の中でほとんどあの3人は一緒に居て、共に過ごして必死に頑張って、そして、今日ここに来たって思うとさ…負けて欲しくないって思うんだよね。まぁUBSだけじゃなく、全てのチームに言えることなんだけど。でも、その年単位で頑張った仲間に背中を預けたり、頼ったり、頼られたり、託したり託されたりってさ。本当に信頼してる友にしかできないからそういうのって…凄くいいなぁって。」


それは、神鳥 切自身も思う所だった。

妹の一件以来、神鳥 切は人という助力を改めて感じ、その連鎖からまた色々な人脈が広がった。そして、この世界に進むと決めたのも妹と、目の前にいる須堂 恵なのだから。

だからこそ、感謝や、恩を感じ、自分自身が今度は恩返しや、助力になる事をしたい。

須堂 恵に背中を預けてくれるような存在になりたいと強く願っていた。

いずれは自分達2人、そして、もう1人の信頼出来る仲間とこの舞台に足を運びたいとそう強く思った瞬間だった。


「その気持ち凄くわかる。俺らも…この舞台に想いを乗せて共に来れたらいいね。」


「だな。」


その頃会場では。


『一見変わった事はしてないようだが…いったい何があるって言うんだ。』


多壊 陽は双葉 断の様子を伺うが、変わった様子は今は無い。

さっきのバトルと同じように右を切っては左を切り何回も移動していた。

すると。


「頃合いや。」


ボソッと双葉 断がそう口にした。


『来るっ!!』


多壊 陽は目を凝らした。

どんな技術なのか、どんな物なのか、どんな考え方なのか、情報一つ無い状況で見逃してはならないからだ。

その秘策に対応する為に多壊 陽は双葉 断を警戒するしかなかった。

そして、

双葉 断の行動に多壊 陽の手は止まった。


『え…?』


多壊 陽は驚きのあまりその光景を自分の手を止めてでも見逃せなかった。


「カカカカカカっ!!」


双葉 断は笑っていた。

そして会場からは驚きの声で溢れた。


「なんだよあれ?!見たことねぇよっ!」

「あんなことする奴がいるのか!?」

「いや、そんなことが出来るのか!?」


神鳥 切、須堂 恵も驚きで興奮していた。


「なぁっ!恵!?あんな事って可能なのか!?」


「いや…可能とか不可能とかじゃなくて…そんなこと考えもしねぇよ…普通は…。す…げぇ…。」


双葉 断は右手に鋏。

そして、

左手にも鋏を持っていた。


「カカカカカカっ!やっぱりこれやねぇ〜!」


二刀流とでも言うのだろうか。

誰もがそう思った。

右、そして左、鋏が縦に同時に髪が密集する場所へ流れるように入っていく。

鋏の刃が髪の表面を滑べれば滑べるほど、床に髪は落ちていく。


「なるほどね。」


「なるほどってどう言うこと?」


須堂 恵の言葉に神鳥 切は聞き返した。


「スライドカットって知ってたっけ?」


「ごめん。スライドカットってなんだっけ…?」


「髪の毛の束を左手で取ってそれを右手に持つ鋏で撫でるように毛先に向かって切っていくカットなんだけど、それをすると毛束感を出すことが出来るのと必要以上にセニング、通称すきバサミがいらないんだ。俺なんかもそうだけど毛束感を出す為にセニングで軽くしてスタイリング剤で毛束を出すけど、それだと本当の毛束じゃないんだ。それに比べてスライドカットは本当の毛束を再現できるってこと。」


「へぇ〜そうなんだ…でもあれがスライドカットなのはわかるけどさ。二刀流にする必要はあるのか?」


「そこなんだよね。一般的に鋏は右利きが多いから右手に鋏で左手にコームでカットするけど、左利きの人もいるからその逆もいる。ちなみに左利き専用の鋏もあって右と左で使う鋏が違うんだけど。右と左、両方に鋏を持つメリットは同じ場所、同じタイミングでスライドカットを入れる事で、スライドカット位置が全て右と左で同じ場所にいれるシンメトリーの毛束感、それだけでクオリティが高いのに、さらに両方一緒に入れられるから右と左を比べる必要がない。例えば、右側片方だけで仮に13分かかると仮定としたら両方で26分かかる。でも、1回で済めば残り13分を使ってもうすでに高いクオリティがまたさらにクオリティが高い作り込みが可能って事だ。」


「すげぇ〜。恵が何言ってるか全然わからない!」


「おいっ!」


一方、呆気に取られてた多壊 陽は冷静さをなんとか取り戻しバトルを再スタートしていた。


『フリーハンドでのスライドカットだと……確かに左右同時に作業が行えれば完璧なシンメトリーや毛束の出すポジションも同じに出来る…でも、だからって両方に鋏を持つなんて普通考えない。むしろそんな事を可能にしてる奴が目の前にいるなんて…とんでもない。』


そして、多壊 陽は迷っていた。


『カットの技術じゃぁ必ず負ける…今からでもスタイルチェンジをするか…いや…残り時間内で変えられるスタイルの選定にもよる…。クソっ!どうすればいい…このまま見す見す負けるのか…。あいつが最後に繋げたチャンスなのに!負けたなんて報告したくない!俺は…勝たなきゃいけないんだっ!』


多壊 陽はカット途中で手を止めた。


「戦意喪失って奴ですかぁ〜?」


その行動に双葉 断が言葉をかけた。


「いや…ここからだ。」


多壊 陽は鋏とコームしまった。

すると、手に取ったのはロールブラシとドライヤーだった。


「カカカカカカっ!おおっ!あんたおもろいでぇ!!」


双葉 断が多壊 陽の行動を見て興奮した。

だが、他の者に多壊 陽の行動は理解に苦しむものだった。


『これで勝てるかはわからない…でもやるしかないっ!!』


多壊 陽は左側のサイドを全て上に向かってブローを行い始め、そして、オデコから襟足まで全ての生え際をブローで上に向かせた。

そして、多壊 陽の思想に双葉 断以外でいち早く気づいた者がいた。


「それしかないよな…。」


須堂 恵だった。


「あの黒の人はスタイルチェンジをしたって事?」


多壊 陽の妙な動きに神鳥 切が須堂 恵に話しかけた。


「そうだね。推測に過ぎないけど、カットのクオリティでは勝負にならないと思ったんだと思う。あのスライドカットはダウンスタイルに対して莫大な効力を発揮するけど引力を無視したアップに作るスタイルなら勝負になると判断したんだろうね。技術とクオリティより意外性と感性の勝負になる。作るスタイルによってはこの勝負もしかしたら…。」


そして、双葉 断のカットが終わりセットに入る。それに対し、多壊 陽はセットが終わりカットに入る。

2人は相反する工程を一つ一つ進めていく。


『わいが負けるはずない!こんな所で負けて良いはずがないっ!勝つんやっ!勝ちしかありえへんっ!』


『これが…最後のチャンス。あいつらに託された思い。今、俺の背中に乗ってる全て…負けられないっ!絶対に負けちゃいけないっ!!』


2人は理解し合っていた。

声は聞こえなくとも目が合えば合うほど2人の思想は互いに届く。


『わいが負けることはありえへんっ!』

『俺が負けるなんて許されないっ!』


『勝つのはっ!』

『勝つのはっ!』



『わいやっ!』

『俺だぁ!!』



❇︎ ❇︎ ❇︎



静まり返った会場。


「勝者……」


審査員が口を開き、結果を発表する瞬間が来た。

この時、会場の全員が体験したとても長い秒コンマの世界で次に出る言葉を全員が期待する。

そして、結果は…


「双葉 断っ!!よってPBS勝利っ!!」


その瞬間、会場は人の声で溢れた。

喜ぶ者、興奮する者、そして、悲しむ者その会場には想像を絶する感情がいくつも溢れかえっていた。


「……ごめん…俺…勝てなかった…。本当にごめん…。」


多壊 陽は俯いたまま今はいない主将へ向け謝っていた。

受け入れ難い現実、頭では負けを理解しているが、心が反抗する。その矛盾した感情に多壊 陽は抵抗するが、頬を伝い床を濡らす事だけは止められなかった。


「これで…本当に終わりなのか…うっ…うぅ…。」


UBS白黒の男性も多壊 陽もここに持って来た心は大きかった。

その為に2人の涙は枯れる事を知らなかった。


「なぁ…恵…。」


「言わなくてもわかってる。」


神鳥 切は興奮、熱情、そして、感動に鳥肌が止まらなかった。それは須堂 恵も同じであった。


「俺は必ずUBSに必ず入る!なぁ!十夜!必ず入るよな?な?」


「うるさい、うるさい。流ちゃんわかったから耳元で叫ぶな。」


また隣に居る見ず知らずの金髪少年も興奮していた。

あの場所はどんな景色だろう、どんな気持ちになれるのだろう、ここからでは見えない何かがあそこにはきっとある。

少なからずこの場に居た人間が同じ感情を共有し、感動していた。


「切…必ずここに来よう。」


「お前は来れるだろうけど…初心者の俺とで本当に良いのか?」


「お前の才能は俺が1番よく知ってる!俺とお前なら必ずここに来れるっ!」


「……ありがとう。」


神鳥 切は少し照れくさそうに笑った。

そして2人は約束をした。

またここに必ず来ると…今度は出場者として。


東京都大会「センシビリティ」はPBSの優勝で終わった。

PBSに負けたUBSはその後3位決定戦で出場者2名だけで奇跡の勝利を獲得した。

この事は前代初の2名だけでの3位入りで大きく取り上げられ、UBSは瞬く間に有名になった。




❇︎ ❇︎ ❇︎




電車に揺られる神鳥 切と須堂 恵が驚いた様に顔を見合わせ


「「思い出したっ!」」


その一言が電車内に響いた。

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