成長過程
17 成長過程
須堂 恵のスランプを克服する為に2人は昭島へと向う為電車に揺られていた。
「そういえば、あの晩はどうだったの?」
ニヤニヤした怪しい笑みで神鳥 切の顔を覗き込み、須堂 恵が鷹柱 為心との夜を聞いてきた。
「あぁ。まず、お前に助けを求めた俺がバカだと思ったよ。」
そして、神鳥 切の話は続いた。
今まで隠してきた現実。
逃げてきた現実。
妹の現状。
あの時のボランティアの美容師。
自分が美容師を目指すと決めた理由。
今まで話せなかった内容を説明した。
「まじかよ…。そんなことって…。」
須堂 恵はそれ以外言葉が見つからなかった。
「今まで黙っててごめん。ずっと気使わせたね。」
「確かにそうだけどそれは簡単に話せないよな。…でも…」
「でも…?」
「お前が背負い過ぎてた物を俺も一緒に背負えるって事だろ?なら行くしかないなセンシビリティに。」
「そうだね。」
「それはそうと…」
須堂 恵がまた嫌らしい顔になった。
「その為心ちゃんはどうなの?一発?いや?二発?」
その時、バシンッ!!と電車内に音が響いた。
「イッテっ!!ちょっ!」
「アホかっ!!何もしてぇねぇよ!!お前じゃねぇんだから!!」
神鳥 切が須堂 恵の頭を叩いた音だった。
「え!?そうなの!?ついに男になったと思ったのに!!でも…好きになっちゃったでしょ?ん?ねぇ?」
「…。」
神鳥 切は頬を赤く火照らせ。
「少し…気になってる。」
須堂 恵の顔がまるで赤ちゃんをそっと眺めるかの様なとろけた笑みで。
「切にも春が来たんだね。」
そう言った。
バシンッ!!また車内に音が響いた。
恥ずかしさのあまり神鳥 切はまた手が出てしまっていた。
そして、目的地昭島駅に着き、お店がある場所へと来た。
「ここか?」
「ここだね。」
目の前にはマンションの階段を数段上がった1階にガラス張りのお店。
看板には「airily」(エアリー)の文字が書かれた美容室があった。
2人は中へ入り、
「いらっしゃいませー!」
女性のスタッフ2人に出迎えられた。
「すいません。咲ヵ元 広幸の紹介で来た神鳥 切です。」
「はい。伺ってます。少々お待ちください。」
2人のうちの凄く小柄で身長が低い女性が言葉を言い残し、フロアへと消えた。
すると、もう1人の女性が話しかけて来た。
「咲ヵ元さん元気してる?」
「え?咲ヵ元オーナーを知ってるんですか?」
「知ってるよ。このお店の系列店で働い出たからね」
「そうだったんですね!」
そんな何気無い会話をしてる中、フロントの奥に広がるフロアから1人の男性、ベレー帽を被り、上から靴まで、全て黒で統一された細身の男性が歩いて来た。
「どうも店長の多壊です。ごめんね?こんな遠くまで来てもらっちゃって。」
『あれ?…この人…どっかで見た事ある…?』
神鳥 切はそう思った。
「……いえ、こちらこそ、私情で手伝ってもらうことになってしまい本当にすいません。今回お世話になります。僕が神鳥 切と、こっちが須堂 恵です。」
「須堂 恵です。お世話になります。」
「じゃー早速始めようか。奥のブースに移動してもらってもいい?」
3人は挨拶を済ませ、そして、練習の準備へと移った。
「須堂くんは早急になんとかしなきゃならないとして、神鳥くんはどうする?見学してる?」
「いえ、こんな機会滅多にないので、是非練習見ていただきたいのですがいいですか?」
「もちろん。じゃー早速2人の状況を把握したいから、一度、得意なスタイルを切ってもらおうかな。まず、神鳥くんは何が得意?」
「僕はボブスタイルが得意です。」
「須堂くんは?」
「自分はレイヤースタイルが得意だったのですが、最近はもう全然うまくいかなくて…。」
「なるほどね。取り敢えず見てみようかな。準備はいい?」
「「はい。」」
2人は同時に返事をした。
「よーい。…スタート!」
神鳥 切、須堂 恵の2人は多壊 陽の合図に合わせて、ウィッグを切り始めた。
2人は黙々とカットする。
神鳥 切は足を肩幅から更に広げ、そして腰を落とし、上体を安定させカットをする。
そして反面、須堂 恵は対極的に腰を曲げ、顔を横にし、自分が切ったカットラインを何度も確認する。
多壊 陽は後ろで2人のカットを鋭い目つきで分析する。
見ている限り、2人とも全力で切っている様だった。
『美容の専門学校より、学園の方が技術的にも学びが凄いと言うが…やっぱり筋がいいな。俺自身も…こんな風に思われてたのかな…。』
多壊 陽は専門と学園の違いを比べていた。
そして、1時間が経過した。
「終わりました!お願いします。」
神鳥 切が最初に終わり、多壊 陽はカットしたウィッグを確認する。
「…。」
「え…そんなにダメでしたか…?」
あまりの言葉の無さと、多壊 陽の険しい顔に神鳥 切は自信が持てなくなり思わず聞いてしまっていた。
「え?あ…うん。いや…悪くない。ただ…もっと良くできる所は沢山あるね。」
そう言った。
だが、神鳥 切の切ったウィッグを見て多壊 陽は…
『これが学園のレベル!?筋がいいなんてもんじゃない…こいつがずば抜けているだけなのか?プロのレベルに近過ぎる…いや、気になるところは確かにあるが、その他の部分に関して言えば完璧過ぎる…。センシビリティ主将レベルのクオリティだ…。』
「どういった所を改善すれば良いですか?」
「あ、ん…そうだなぁ…。ボブスタイルは元々、髪の量を多くして作るスタイルだけど、でも、もっと髪の量を軽くしても良さそうだね。ただ、軽くすればいいって問題じゃない。ボブ特有の内に入れやすい量の調整の仕方があるんだ。でも今は取りあえず素直に量を調整してみて。」
「はい。わかりました。」
神鳥 切はまた練習に戻った。
「終わりました!!」
須堂 恵もスタイルカットが終わった。
「チェックするね。」
多壊 陽が須堂 恵が切り終わったウィッグを確認する。
「やっぱりスランプなのか。どうも昔に比べて思い通りに切れないんですよね。親に教えてもらった通りに切ってはいるんですが…。どうしてですかね。」
須堂 恵は深刻そうにそう呟いた。
「…。」
多壊 陽が確認をする。
『おいおい…ちょっと待てよ…今のUBSはこんな化け物がゴロゴロいるのか?思い通りに切れないレベルの話じゃねぇぞ…。当時の俺のスキルを軽く超えてんじゃねぇのかこれ…。でも…この子のスランプってもしかしてもうこの領域に来てるって事だよな…。試して見るか…。』
「あの…僕はどうしたらもっとうまく切れるようになりますか…?」
「……うん。なるほどね。多分だけど…切くん!恵くんのウィッグ見て何処が悪いか見てみて。」
多壊 陽は急に理解出来ない事を言い出した。
「え!?僕が恵のをですか?」
「うん。」
「はい。わかりました。」
神鳥 切が須堂 恵のスタイルを確認する。
神鳥 切自身、須堂 恵が切ったウィッグを確認した所で、指摘できる技術や、知識、改善方法があるなら既に教えている。
それがわからないから、それが直せないから、何が原因なのかわからないからここへ来たのに多壊 陽は神鳥 切が確認しろと言う。
2人は頭を悩ませたまま多壊 陽に従った。
しかし、やはり。
「すいません。特に変な所が見当たらないのですが。むしろ、僕からはかなりレベルの高いカットだと思うぐらいなんですけど…。」
神鳥 切はそう言った。
わからなかった。
多壊 陽が神鳥 切に何を求めて、須堂 恵のウィッグを確認しろと言った言葉の答えが出せなかった。
改めて、須堂 恵の切ったウィッグはスランプどころか、悩む理由さえ謎な洗練されたカットだった。
そして、
多壊 陽は思わぬ言葉を口にした。
「正解!」
「「え?」」
2人は目が点になった。
「恵くんの切ったウィッグに何処も悪い点はないんだ。」
「原因がない?どう言う意味ですか?」
須堂 恵はその答えを待ち切れなかった。
「きっと、目が冴え過ぎてるんじゃないかな?…カットしたウィッグ自体に問題はない。でも、自分が切ったウィッグに対し、多分だけど…想像の中のウィッグが完成され過ぎていて、それと、今のレベルを比べてしまってる。言うなら意識の混乱、そして、自分から逃げている。そんな所かな。」
「それは僕の技術レベルが想像に対して追いついていないってことですか?」
「そう言われるとそうなんだけど…例えば、周りだったり、本だったり、色んな所から技術が高い物や、スタイルの正解を記憶していて、自分の切ったウィッグと重ねている。多分、昔より今の方が上手く切れてる。ただ、理想とちがうってだけでヘタになってる訳でも、ましてや、衰えてる訳でもない。ちゃんと成長はしているんだよ。恵くんが言った技術が理想に追いついてないって言うのは間違いない。けど今のままでも君のカットは正解なんだ。そして、君が求めようとしてる技術はもう美容師じゃなく、アーティストの領域に入ろうとしているって事だね。」
「え?」
須堂 恵は無意識のうちに自分の技術力と頭の中で描く理想とで、勝手にスランプだと履き違えていた。
他人から見れば凄く綺麗に切れているのに、自分自身の理想が高すぎて衰えてると、間違えていると、切れば切るほど違うスタイルなのだと、錯覚してしまい、その混乱から抜け出せず、1人で困惑し、スランプだと勝手に決めつけていたのだ。
誰もが須堂 恵の領域に達していない為に、須堂 恵の外れかけた技術力に気づけていなかったのだ。
「君は美容師の限界を越えようとしているのかもね。でも…ただ…」
「ただ…?」
「俺の伝えた事を間違えてとらえると、これ以上成長しなくていいって言い方にとらえられるけど、けしてそうじゃない。今の恵くんの技術をもっと近づけられる方法はある。」
「え?ほ、本当ですか!?」
「まず、見てて思ったのが、切ってる時の姿勢かな?基礎から自分流に変わってる部分が何個かあったから、そこをまた基準に戻せば今より正確なカットが出来るはずだよ。」
「姿勢ですか?自分ではそんなに変わってないと思ってるのですが…。」
「んー…切くんとベースは一緒って言ってたよね?」
「え?はい。そのはずです。」
「なら、切くんの切り方と、恵くんの切り方が違ったんだよね。多分だけど、姿勢を正しくしなくても、恵君は切れるんだと思う。それは正しいカットのラインを知ってるから。でも、切くんは脳じゃなく、体でカットラインを覚えてる人で、恵はイメージに合わせて切ってるから、脳で切ってるだよね。なら、そこに体を足してあげる。必然的に安定したカットが勝手にプラスされるとしたら?恵君はやる?やらない?」
「やりますっ!」
「よろしい!じゃぁ、次はそれを意識してやってみようか。」
「はい。」
須堂 恵は自分の練習を開始した。
神鳥 切も更に自分の技術を向上させる為、2人は多壊 陽の元で練習に没頭した。
「今日はこの辺にしとこうか。」
多壊 陽そう口にした。
「「はいっ!ありがとうございました。」」
2人は深々とお辞儀をした。
「今日見てた限りでは2人とも凄く良くなった。後は反復だね。」
「「本当にありがとうございました。」」
「また、何かあれば頼ってくれていいからね。」
「はいっ!」
そして、2人はairily昭島店を後にし、帰りの電車に揺られていた。
「多壊 陽さんってどっかで見た事ない?」
神鳥 切は初めて多壊 陽と出会った違和感が消えず、須堂 恵に確認していた。
「そうか?もしかして有名な人とかじゃないの?」
「いや、雑誌とかで見た感じじゃないんだよね……あぁだめだ。思い出せない。」
神鳥 切は思い出そうとすが、諦めた。
「それよりも、迷惑かけたな。」
須堂 恵が改めて謝った。
「気にすんなよ。でも、まさか、スランプはスランプでもお前の場合レベルが違うスランプだったな。」
「全然実感ないけどな。」
須堂 恵は軽く笑って見せた。
「でも気づけて良かったな。俺らがセンシビリティへ観戦しに行った時に2人で決めたあの時の目標に確実に近づけてる気がする。」
神鳥 切は何処か遠くを見ていた。
「確かに。あれは興奮したな。今でも思い出すよ。」
須堂 恵も遠くを見つめるように自分達の記憶を思い返していた。
❇︎ ❇︎ ❇︎
高校3年。
須堂 恵と神鳥 切の2人はunited beauty schoolに通うことを決めた為、東京都大会センシビリティに観戦しに、ライブ、スポーツ、イベントなどで使われる川崎市にある多目的ホールのアリーナへ来ていた。
「おいっ!切っ!てめぇのせいで大遅刻じゃねぇかよ!!こういうイベントの時に限って寝坊とか漫画じゃあるまいし、どんな設定してんだよ!」
「だから悪かったってっ!さっきから謝ってるだろっ!それと!もし設定があるならこの後お前は絶対トイレにこもることになるぞ!」
「冗談言ってないで、ほらっ!急げっ!」
「見てわかんねぇのかっ!急いでるだろっ!」
2人は受付を済ませ、二階に上がり、観戦フロアの扉を開けた。
「うぁぁあ!!!」
「頑張れっ!!」
「頼むっ!勝ってくれ!!」
会場は人々の歓声で溢れかえっていた。




