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鋏を手にした理由

14 鋏を手にした理由


多大なる被害がでた東北地方。

故に歴史に刻まれた3月11日の日付。

それが東北大震災だった。

宮城県、死者数9541人、行方不明1236人。

命はあったものの、神鳥 切の妹、神鳥 美撫はその犠牲者の1人になってしまった。

そして、

植物人間状態になり数日が過ぎた頃、地元では町の復旧作業で何処もお店は営業をしていない為、ボランティア活動で東京にある美容師の人達がおもむき、体育館を使い、髪を切る機会があった。

神鳥 切は須堂 恵に誘われ、2人は避難場所でもあったその体育館に来て居た。


「俺にはお前に掛けてやる言葉が見つかんねーわ。」


「…。」


体育館の隅に腰掛け、ここ数日ほとんどの食事を口にしていないのか、やつれて気力が見受けられない神鳥 切を見兼ねて、須堂 恵が話しかけていた。しかし、彼からは言葉は帰ってこない。


「……はぁー…そりゃーそうなるよな。無理すんな。少しずつでいい。また笑い合える日を俺はゆっくり待ってるから。」


「…ごめん。」


神鳥 切も、体育館の空気も重かった。

ここにはいろんな人が居た。

家が流され、寝泊まりしている人や、物資を受け取りに来る人、髪を切りに来た人、そして不幸中の幸いで生きてると確認できた人。

生きていたという奇跡。

もう一度出会えたという奇跡。

お互いが生還したという奇跡。

涙ながらに喜び、感情から歓喜し、安心し、安堵してる者も居る。だが、ほとんどは…

大切な物、大切な人、友、思い出、そして心を全て震災に奪われた人も沢山いる。

未だに泣き、精神がすり減り、ただ思考を停止する者、神鳥 切もその1人であった。


「47番と48番の番号札をお持ちの方!ご案内出来ますので移動をお願いします!」


東京からの美容師と言う事もあり、話題やステータスがあった。

押し寄せて来た人も多く、番号札を配布し、その順番で髪を切ってもらっていた。

神鳥 切と須堂 恵は最後の方だった。


「47番と48番の方ですね?」


「はい。そうです。」


「…。」


「ではこちらにご案内します。」


同い年ぐらいだろうか。

その言葉をを発した女性は、綺麗な風貌だった。

黒の髪色、ヘアーアレンジでアップにしてあるが、頭のボリュームで髪は長いのがわかる。前髪がポンパドールされていて、風貌のイメージのまま顔立ちも綺麗め、可愛いと言うよりは素敵、綺麗などの言葉が当てはまりそうな女性が案内してくれた。

髪を切ってくれる会場はまた別の部屋で用意されている為、体育館から続く渡り廊下を移動し部屋の中へと入る。すると…


「あははははっ!あんた面白いねぇ!」

「そう言って頂けると嬉しいです!」

「そうそう!それでねっ!あたしゃービックリしたのよぉー!」

「それ!凄いですね!」

「今日はよろしくお願いします!」

「お願いします。」


などと言葉が飛び交い、空気がまるで違った。

皆は笑い、喜び、そして楽しみ、体育館の空気が嘘の様だった。

体育館では被災した方々の重く苦しい空気だったのだが、今、目の前にあるのはなんなのか、神鳥 切は夢でも見ているのではないかと自分の目を疑った。

活気、町の人達は今、この時を、この瞬間を、目一杯楽しんでいた。

そして、

次々にカットが終わる人達は見違えるほど髪にツヤがあり、綺麗になり、そして、笑顔で帰っていく。

たかが髪を切るだけなのに、たかが髪を切っただけなのに、それでも町の人達はありがとうと帰っていく。


「…。なんで…?」


愛しい人を亡くした人も、思い出が消えた人も、大切な物を亡くした人も、同じ境遇の人は沢山いたはずだった。

神鳥 切には理解が出来なかった。


「では。こちらにお座りください。」


案内されるがまま2人は椅子に腰掛けた。すると、


「今日髪を切らせていただきます!駿我と申します!何か今日は希望の髪型はありますか?」


メガネをかけ、パーマがかかった様なクリクリ頭。

そして、会話から、表情から、仕草から、陽気のある印象の駿我 遊谷(スルガ ユウヤ)と名のる美容師がそう挨拶をした。


「いえ。特に…整えて貰えれば。」


神鳥 切本人も、凄く無愛想に発言してしまったと思ってはいたが、今の精神の状態ではとても人に気を使えなかった。だが、


「あっ!かしこまりました!今のイメージのまま整えていきますねっ!」


そう笑顔で答えた。

神鳥 切は少し驚いた。

嫌な顔1つせず、モチベーションも変えず、むしろ、喜び、任せてくださいと言わんばかりであった。

そして、カットが始まった。

気を使ってなのか、他の人を切っていた時に比べ会話はなかった。

髪を切る上で必要な事を聞かれただけだった。

神鳥 切自身もそろそろ髪を切らなければいけないと思っていた頃だったが、実際はそれどころではなかった。

須堂 恵に誘われ、気分転換に良いという事で今日、この場に来てはみたが…。


「はい!いかがですか?」


神鳥 切は笑顔で鏡を見せられ驚いた。


「…え…?なんで…僕のいつもの髪型がわかったんですか…?いや…むしろ前から気になってた所が凄く良くなってる…。」


神鳥 切はいつも任せていた美容師の人に切ってもらっていた時、安定を求めるばかりか、いつもと一緒でと伝えてしまう。だが、本当は気になっている所も少なからずあった。

それでも、自分の髪だと、これしかならないのだと、こんな物なのだと、そう何処かで思い込んでいた。

きっといつもの美容師の人が悪い訳ではない。

言わなかった、聞こうとしなかった、冒険心という考えが足りなかったのだ。


「んー……だいたい骨格や頭の形、それと、君が右利きなのと、顔の角度が少し下がっている所から、君が気にしてる部分と求める部分をなんとなくだけど理解した上で切ったんだよね。」


「骨格?顔の角度?」


「そう。それに前回のカットラインを辿れば、ある程度は一緒の髪型になる。後は…頭の形と骨格に合わせて髪の長さを作って、それと…例えば君、目つき悪いってよく言われない?」


「…あっ…言われます。」


「前髪を気にするからだと思うんだけど、顔の角度が自然と顎を下に入れこんじゃってるんじゃないかなって!だから前髪はちょっと長めにしてちょうど良い長さにしてみたんだけど違ったかな?」


「いえ…合ってます。」


「やっぱりっ?そうだと思ったっ!」


そして、自分が落ち込んでいた事を忘れていた、いや、一瞬でも、妹の自由を奪ってしまった罪の自分を忘れていた。

たかが、この一瞬の出来事だけで。

たかが髪を切ってもらっただけで。

ただ…それだけで。

罪の意識を絶やしてはいけないと思っていたのに。

罪悪を絶やしてはいけなかったのに。

それが、自分の背負う罪だと思っていたのに。

なのに…心が少し、喜びを感じていた。

妹はもう、喜びを感じる事さえ出来ないのに…夢や希望を抱く事さえ出来ないのに…自分だけが…自分だけが感じて良いものではないのに…。


「…あ…あのぉ…。」


「ん?どうしたの?」


「おね……いえ…やっぱり何でもないです。」


「…。そ…そっかっ!今日はありがとうございました!」


駿我 遊谷はその表情から違和感を感じ、いつもなら聞くのだが、今回は場所と事件の規模が違いすぎる。

その為、踏み込む事が出来ずにいた。


「いえ…こちらの方こそありがとうございました。」


「では私がお見送りさせて頂きます。こちらへどうぞ。」


「はい。」


最初に案内をしてくれた女性がお見送りまでする。

髪を散髪した部屋から体育館まで続く渡り廊下を歩く。

神鳥 切は下を向いたまま歩く。

罪悪感をひたすら感じながら歩く。だが、廊下の真ん中で脚を止めた。


「あっ…あのっ!」


神鳥 切は女性に話しかけた。


「…はい?どうかなさいましたか?」


「… … …。」


神鳥 切は話そうと、最初の一文字を口に出そうとするが、やめてはまた口に出そうと繰り返す。

その光景を隣で見ていた須堂 恵が…


「どうし……いや、何でもない。」


どうした?と聞こうとした須堂 恵だったが、神鳥 切の顔が思いつめた真剣の表情だった為、黙って見ている事にした。


「あっ…あのぉ…。こんな事…本当は頼んではいけないってわかってはいるのですが、聞いてみるだけ、聞いてみようと思いまして…。」


「はい。何でも言ってみてください。」


「病院で…病院に居る妹の髪を切って頂く事は可能でしょうか…?」


「病院…ですか?」


「は…い。震災で、寝たきりになってしまった妹が居るんです。妹は美容師になるのが夢でした。きっと今、もし、この場に妹がいたら…髪を切ってもらっていたら…とても喜んでいたと思うんです。…だから…だからダメ元で…お願いをして見ようと思ったんですが…。」


隣にいた須堂 恵は理解した。

責任感を感じ、罪を感じ、何も出来なかった、何もしてあげられていなかった、せめて、神鳥 切が妹に今、何かしてあげたいと思った瞬間だった。


「わかりました。聞いて参りますのでこの場で少々お待ちください。」


女性はこの場を後にした。


「じゃぁな切。俺はこの辺でおいとまするわ。」


「悪いな。恵。また今度な。」


「おう!次会う時はもっと元気になっててくれよ!」


そう言い残し、須堂 恵は立ち去った。すると…後ろから声がした。


「さっき言おうとしてたのはその事だったんだ?」


神鳥 切は振り返り、その人物が先程髪を切ってくれた駿我 遊谷なのに気づいた。


「すいませんでした。図々しい事言ってしまって。」


「いいよ。事情は理解した。妹さんの髪、切ってあげるよ。」


「え…?ほ…本当ですか…?」


「もちろん!…俺…思うんだよね…。君に…こんな事言うのも変なんだけど…美容師ってさ。今じゃお金貰って、人気があって、お客様に喜んで貰ってそして、結果という数字が出て。更に競い合って。会社大きくして…でも…それって本当の髪を切るって言う根本的な…大事な…とても大事な事が隠れちゃってるって思うんだ。本当の美容師としてのあり方って困ってる人を助ける事だと思う。今自分に出来る、自分にしか出来ない、今の自分の中にある物全てを使って、その人や周りの人、そして空気だったり、どんな些細なことでも自分の持ってる物で助けられる人が居るなら、俺は助ける。だからここへ来た。そして、君も助けたいと思ってる。」


風が強く吹いた。だが、神鳥 切は今、目の前に居る駿我 遊谷の瞳から目を離せなかった。


「あ…ありがとうございます。」


赤く染まった茜色の夕陽の所為なのか、瞳に溜まった涙の所為なのか、神鳥 切は目の前に居る駿河 悠也という人物がとても眩しく見えた。





そして、次の日。

駿我 遊谷とアシスタントの女性が妹の為に病室に来てくれた。


「無理言ってすいませんでした。」


「気にしないで!俺に出来る事は協力させてもらうよ。それより、今日妹さんどんな感じにする?」


「いつも僕がボブに切っていたのですが、他の髪型とか良く僕にはわからないのでおまかせしても良いですか…?」


「え!?そうなの?君凄いね!?…そっか…なるほどね!了解!可愛くしとこっか!」


駿我 遊谷のカットが始まった。

病院の人にも協力してもらい、上半身だけベットを起こし、周りには切った髪を簡単に掃除出来る様にもして貰った。

そして、1時間ぐらい経過してカットが終わった。


「はい!完成!」


その時、

風が吹き、カーテンが揺れ、陽射しが入り、光芒に照らされた。

自然が、景色が、光が、完成を告げている様だった。

それを見た神鳥 切は驚き、言葉を失った。

まるで今にでも妹が目を開けるのではと疑ってしまうほど、妹全体がとても…綺麗だった。


「…。」


「きっと…妹さん…とても喜んでくれてると思うよ。」


「え…?」


「都市伝説みたいなものだけど…髪が素直だと本人自身も素直って言うんだよね。それと一緒でかな?…なんか…切ってて喜んでる気がしたんだ。」


「…。」


神鳥 切は、気づかぬ間に涙が溢れていた。


「俺には…君に何があったかは知らない。けど、君がここに俺を連れて来た理由は少しわかった気がする。妹さんをこれからも大事に…次は君の手で。」


「…は…い。…ぅ…ぅぅ…。」


神鳥 切はその場に泣き崩れた。嗚咽が漏れてしまうほど泣いた。

そして、何かを見つけた気がした。

何も出来なかった自分にこれから出来ること。

空っぽな自分に、何かが足りない自分に、その何かすらわからない自分に、被害者側で何かを求める自分に、そして、許せなかった自分に、そんな力無き自分自身がこれから必要な事。


「彼が落ち着くまで外で一緒に居てあげてくれる?俺は片付けしとくから!」


「はい。」


駿我 遊谷はそうアシスタントの女性に指示を出し神鳥 切とその女性は病室を出て近くにあるベンチに座っていた。


「大丈夫ですか?」


「はい…少し…落ち着きました。ありがとうございます。…その…伺いたい事があるのですが…。」


「何でも聞いてください!」


「…あの人みたいになるには…僕は何を頑張ればいいですか…?」


「え…?」


質問に一瞬拍子抜けした女性だったが、神鳥 切の表情が真剣な眼差しなのを理解し、説明した。


「私もあの人はよくわからない人なんだけど…でも…言うなら…誰かに…いや、何かに必要とされる為に自分を磨き続ける。努力を惜しまない。知識欲を切らさない。そして常に子供の様な心を忘れない。そんなイメージがするな。」


「そうですか…ありがとうございます。」


「美容師…になるの…?」


「はい…。僕には必要なんです。あの手が…。」


女性は驚いた。

周りや、自分自身も含めて、美容師になりたい人はいくらでも居た。だが、理由があまりにも違い過ぎた。普通は憧れや、輝きや、興味、家系、楽しそう、などから美容師を目指す人が多いこの世の中に対し、神鳥 切はその中の根本的な本当の美容師に成ろうとしていることを理解した。


「きっと…君なら成れるよ…本当の美容師に。」


「はい…。」


「じゃーいつか…美容師になったら何処かで一緒に仕事出来たらいいね!」


「そうですね。」


すると、妹が眠る病室のドアが開いた。


「帰るよー!」


アシスタントの女性に帰り仕度が出来た事を告げに駿我 遊谷が出てきた。


「はいっ!」


そして、神鳥 切は感謝してもしきれないほどの恩を感じ、深々とお辞儀をした。


「今日は…本当に…本当にありがとうございましたっ!」


それを見た2人は、


「頑張ってね!」


「良い美容師になってね!約束!」


ただその言葉を残し、去って行った。

神鳥 切は1人病室に戻り、妹が寝るベットの横にある椅子に腰掛けた。


「美撫…本当に綺麗になったな…。」


しばらく沈黙が続いた。

そして、神鳥 切はまた口を開いた。


「ごめんな…都合のいい兄だと自分でも思う。でも、これからは俺がお前を綺麗にしてあげられるように頑張るから。お前の成りたかった美容師に成れるように俺が頑張るから…だから…美容師になる事を…許して欲しい。…本当に…都合のいい兄でごめん…。」


神鳥 切は何処かで妹の夢見る美容師に、神鳥 美撫ではなく、自分が成る事に罪悪感を感じていた。

きっと…怒っているのでないかと、恨んでいるのではないかと…だが、自分にはあの手が必要だと感じていた。


「お前はきっと俺を許さないだろう。」


すると突然、病室のドアからノックの音が鳴った。


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