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刻まれた日 前編

11 刻まれた日 前編




「クゥーン、ウーン、ヘッヘッヘッヘッ。」


神鳥家で飼っている犬のプードル「プーちゃん」が神鳥 切の帰宅に喜び、出迎えてくれたのだ。


「プーちゃんただいまー!よしよし。」


ジャンプして飛びついてきた犬をキャッチし、赤子をあやすかの様に撫でてあげる神鳥 切。

犬も大喜びで、神鳥 切の顔舐める。

そして、犬と戯れた後、リビングにあるソファーに鞄を投げ、冷蔵庫の牛乳をパックのまま口を付け、喉を潤した。


「あ!お兄ちゃんまた口つけて飲んでる!いつもやめてって言ってるでしょ!?鞄も置きっ放しだし、本当に何度言っても聞いてくれないんだから!だらしないからやめて!」


黒い髪に顎から後ろまで同じ長さのおかっぱ頭、前髪はパッツンでセラー服姿の小柄な女の子、見たまんま中学生の神鳥 美撫(コウドリ ミナ)、神鳥 切の歳が4個下の妹が怒っていた。

神鳥 切は見つかってしまったと思い、舌打ちをした。


「チっ!なんだよ。帰ってたのか。…まーそう固いこと言いなさんな、お兄ちゃんもいろいろとあるんですよ。」


「そんなこと言って、はい。そうですか。なんてならないでしょ!?もう絶対やらないでね!」


「うるせぇな。わかったよ。約束すればいいんだろ。」


「簡単に約束なんて言わないで!約束なんて守った事無いくせに!」


「お前に!俺の何がわかるって言うんだよ!俺より4年も生きてないガキのくせに俺にケチ付けてんじゃねぇ!」


神鳥 切は我慢できず、いつの間にか強い発言になっていた。


「約束を守らないお兄ちゃんがいけないんでしょ?自分の事だけいつも棚に上げて。もう本当に大っ嫌い!」


2人は熱くなっていた。だが、この2人にとって最近はこの喧嘩はいつものことなのである。


「お前は俺の親か。いちいち文句付けてお袋みたいな事言いやがって。」


「お母さんに迷惑かけない様に私が頑張ってるんじゃない!何もしないあんたに言われる筋合いはない!」


そう怒鳴り散らかし、神鳥 美撫は2階にある自分の部屋へと戻って行った。


神鳥 切は牛乳を冷蔵庫に戻し、リビングのソファーに腰掛けた。

すると膝の上に犬が飛び乗ってきた。

頭を撫でてやると犬はうずくまって自分のお気に入りの体勢になり、落ち着いた。

そして神鳥 切は窓の外を眺めて一言呟いた。


「最近本当に仲悪いな…。」



約一年前。




❇︎ ❇︎ ❇︎



「ねぇ!お兄ちゃん!明日、みさと遊びに行くから髪切ってほしいんだよねぇー。」


「えーやだよ。めんどくせぇ。」


神鳥 切は目を輝かせる妹を見て拒否をした。


「お願いっ!友達の…えっと…恵さん?だっけ…?そのところで切ってる実力見して!お願い!」


「嫌だ。」


「お金払うから!」


「…。」


その一言に神鳥 切は弱かった。

いや、むしろその言葉が狙いであった。


「お願いっ!」


「しゃーねぇーな…いつものしか切れないぞ。」


「やったっ!!」


2人はお風呂場へ移動し神鳥 切は妹の髪を切り始めた。ハサミは須藤 恵のお古をもらっている為、そこそこ切る事は可能だった。


「でもお兄ちゃん凄いよね!最初の頃はお兄ちゃんが髪切るって言った時はびっくりしたけど、出来上がった髪型見て全然普通だった事が1番驚いちゃった!もしかしたら才能あるかもよ!」


「そう言ってくれると嬉しいね。美容院代が浮くし!家族のお金の負担も減るし!そして俺のお小遣いも増えるし!こんないいこと他にはないよねー。」


「そのいやらしさがなければもっといいんだけどねぇー。」


「美撫さん?…何かを得る為には何かを支払わなければいけないのがこの世の中ですよ。」


「なにそれ。」


「等価交換です。」


一旦話は終わり、沈黙の後に神鳥 美撫が口を開いた。


「お兄ちゃんそこまで髪切ることができるんだから、もういっその事、美容師になったらいいのに。」


それを聞いた神鳥 切もそれはそれで悪くないと、むしろ、楽しいのではないかと、何処かでそう思った。

しかし。


「んー…まぁこれに関して言えば金が欲しいから始まったし、まだそこまでは意欲は湧かないかなぁ。」


「そうなんだ…。」


何故か、落ち込む妹、それに疑問を感じたが、


「あ!私、次の髪型新しいの提案するから練習しといてね!」


「ん?え?それは…ほら…また話が違うような…?」


「うわー!逃げたー!」


そして、神鳥 切は数ヶ月がだった頃まで、美容師について色々と調べた結果。

将来の夢に美容師という言葉は無くなっていた。




❇︎ ❇︎ ❇︎





「…。」


神鳥 切は記憶を思い返していた。

あの頃までは仲が良かったと。


「本当に仲が悪くなったよな。」


「…はぁー…。…はぁー…。」


ため息を1つき、思い出に浸りながら、そして素直ではない自分が、もどかしさを感じ、自分にまたイラつき、もう1つため息をついた。


「クゥーン。」


犬が神鳥 切の顔を伺い、寂しそうに鳴いた。

そして、撫でるのを辞めてしまっていた右手を鼻で持ち上げようとする。


「なんだよ。頭撫でて欲しいのか?…しゃーねぇな。」


犬の要望に答えて、頭を撫でたり、顎下を掻いたりしてあげる。


「…お前が来てもう…1年がたつのか…。」


神鳥 切は改めて思い返す。家族が増えた日の事を。

それは今から1年前になる。



❇︎ ❇︎ ❇︎



「美撫!こんな時間までどこ言ってたの!?危ないって言ったじゃない!!何かあってからじゃ遅いだよ!いったい何してたの!?」


突然玄関の方から母親の怒鳴り声が聞こえて来た。


「ご、ご…ごまんなざぁい…ごめだざぁい…。わんぢゃんが…ヒックッ!ね…ヒクッ!…わんぢゃんがね…づ…イッグッ!…ついでぐるの…。」


神鳥 美撫は母の激声に泣いてしまった。

事情がわからない状態だったのだが、神鳥 美撫の後ろに尻尾を振る犬がいたのにすぐに気づき事情が飲み込めた母親の感情は止まらなかった。


「ダメに決まってるでしょ!?元の場所に戻して来なさい!!」


それを見ていられなかった神鳥 切が行動を起こした。


『はぁ…結局俺が尻拭いするんだよな…ほんと。』


「なぁ。お袋…俺がバイトするって言ったらどうする?」


神鳥 切は妹の涙に弱かった。


「こんな時にあんたは何急に言い出すの?後にしてちょうだいっ!」


「こんな時だからだよっ!…母さんにとって犬が飼えない理由って何?」


「そんなの犬の世話のお金だって、時間だって、あなた達だけでも大変なのに犬何て飼う余裕はうちにはありません。……あっ…。」


そこまで言い切ったところで母親も察しがついた。


「…犬の世話を一切母さんに負担をかけない事が出来たら?それに俺や美撫にとって生き物を育てるってことは母さんが大事にしてる成長って部分に繋がるんじゃないの?それは親にとってもわりかし良いことはずだと思うだけど。」


「それは…そうだけど…。」


「じゃー決まりだね。良かったな美撫。母さん犬飼って良いって!」


「ッヒグっ…ほっ…ほんどに?…いいど?」


「うん。本当に良いって。良かったな。」


「まま…ありがどう…。」


母親ももう何も言えなかった。

神鳥 切は母親が実は犬好きなのを知っており、それ相当の理由さえあれば自分の力で丸め込めると思い実行した。

妹の為に、そして、妹の涙を神鳥 切は見ていられなかったからだ。



❇︎ ❇︎ ❇︎




『うちの家族になれて良かったか?いや…きっとよかったはずだよな?美撫があんなに可愛がってんだから。』


しばらく犬の頭を撫でてあげていると、少し間を置いて、自宅のインターホンが鳴り、神鳥 切は玄関へと足を向けた。


「…はい。」


ドアを開くとそこには、知っている女の子がいた。


「あ!お兄さんお久しぶりです。」


「…。」


「…えっと…私のこと覚えてます…か?」


「あ!覚えてる!覚えてる!確か…黒ちゃん?だよね?」


「はい!そうです!」


「おっきくなったね!?一瞬誰かわからなかった。」


玄関のドアを開けた先には、髪を左側で一本に結んだ小柄な女の子、黒駄 未沙(クロダ ミサ)がそこには居た。神鳥 美撫の小学校からの幼馴染で親友である。

黒駄 未沙はよく家には遊びに来るので、少しばかり神鳥 切とも親しみがあった。


「美撫だよね?ちょっと待っててね。…美撫!友達来たよ!」


玄関から2階に向かって大きい声で妹を呼んだ。


「今行くー!」


「もうちょっと待っててね。ちなみに今日はどこに遊びに行くの?」


「これから2人でリオンモールに行く予定です!」


「あ、そうなん…」


「ごめん!お待たせー!じゃ…いこっか!」


神鳥 美撫の支度が終わった。


「あんまし晩くなるなよ?母さんが心配するから。」


「うるさい。あんたに言われたくない。」


「こっちは心配して言ってやってんのに!なんだよ!その態度!」


「あんたに心配させる筋合いはない。」


「あぁ!そうですか!もう帰ってくんな!」


「そうさせてもらいます!バカ兄貴!!」


バタン!と激しく玄関のドアが閉められた。


「ねぇ?お兄さんと喧嘩中なの?」


黒駄 未沙が心配そうに神鳥 美撫に聞いた。


「いつものことだから大丈夫だよ。気にしなくて平気平気!」


「そうなんだ…。」


扉を閉められて神鳥 切はイラつきが収まらなかった。

玄関に置かれている時計が14時44分なのを確認し、昼寝でもしようかと思い、リビングのソファーに腰掛けた。

すると突然…。


「ワン!ワン!…ワォーン!」


犬が突然窓に向かって吠え始めた。


「おい!うるさいぞ!」


一度怒れば鳴き止むのだが、それでも吠えるのをやめない。

普段はいつもおとなしく、人懐っこいのが売りのプードルなのだが、今は何故か吠え続けている。


「おい!昼寝もできねーじゃねーか!コラッ!」


さらに、こちら側を向き、神鳥 切に向かい吠え続ける。


「ワン!ワン!」


神鳥 切が座るソファーに飛び乗り、制服の裾を口で引っ張るプードル。

その行動に初めて違和感に気付いた。が、

バンッ!と音をたてて、リビングに掛けていた時計が床に落ちた。


「…!え?地震?!」


神鳥 切は家が揺れていることに気付いた。

プードルはいつの間にか鳴き止み、膝の上でブルブル震えていた。

神鳥 切はいつもみたいにすぐに静まると思い、その場で様子をみた。だが…


「やばいっ!」


揺れは終わらず、さらに激しさをました。

家のテレビは倒れ、飾ってあった花瓶は割れ、座っているソファーまでもが右へ、左へ揺れる。

犬を抱え、その場から床をはいつくばり、テーブルの下へと移動する。が、足がすくみ、手は震え、思うように移動ができない。

そして、更に地震の揺れは激しさを増した。

食器棚が倒れ、中のガラスが割れ、その破片が右手に刺さる。

血だらけになりながらもなんとかテーブルの下に入り込みはしたものの、テーブルは右へ、左へ動き、意の味がなさないぐらいであった。

神鳥 切はあまりの揺れに、初めて、本気で、心から、「死」に直面した気がした。

だが、何もできない。

犬を抱え、うずくまろうとするが、地震はその行為さえさせてはくれないほど揺れる。態勢が崩れる、そして、リビングのテーブルが揺れに耐え切れず、倒れた。


そこで…


「…?止まったのか?」


地震は止んだ。

部屋中は足の踏み場が無いぐらい色んなものが倒れ、割れ、収集のつかない状態になっていた。

神鳥 切はもう大丈夫と思い、とりあえず犬を家に残し、外へと出た。

外ではまだ電線が揺れ、周りの近所の方々も家から出てきていた。


そして、また…地面は揺れた。

その瞬間…数分前の妹を思い出した。


『 「あぁ!そうですか!もう帰ってくんな!」「そうさせてもらいます!バカ兄貴!!」 』



「…美撫!」


神鳥 切は焦った。

胸騒ぎが止まらなかった。

その場から全速力で走り出した。


『まだそう遠くには行ってないはず…頼む…無事でいてくれ…。』


神鳥 切は走った。ただひたすらに走った。

息が苦しいとか、さっきまで死の怖さで足がすくんでいたとか、今はそれどころではなかった。

万が一、妹の存在が消えてしまう可能性があるのであれば、自分の足が引きちぎれようが、心臓がパンクしようが、神鳥 切は関係なく全力で走った。

そして、2分ほど走り、一つ目の角、十字路の交差点を曲がった。


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