どうしてこうなった…。
10 どうしてこうなった…。
神鳥 切はソファーに座り、冷や汗を一粒垂らしながら俯いていた。
「…。」
部屋には時間を刻む時計の音と、お風呂場から聞こえるシャワーの音だけが良く鳴り響いていた。
『どうしてこうなった…。』
神鳥 切は心の中でそう呟く。
その時、テーブルに置いてあった携帯が音を鳴らした。
音の短さからしてRINEなのがわかり、送り主は須堂 恵であった。
ここに来る途中で神鳥 切は須堂 恵に助けを求め、連絡をしていた。
神鳥 切は助言があると思い、すがる気持ちで携帯を開いてみる。
『ちゃんとゴムはつけろよ!』
一言そう書いてあった。
「…。」
神鳥 切だけ一瞬、時が止まった。
助けを求めた相手を間違えてしまったと思い、静かに見なかったフリをし、携帯を戻した。
そして、神鳥 切また同じ言葉を心の中で呟く。
『はぁ…どうしてこうなった…。』
❇︎ ❇︎ ❇︎
「終電…行っちゃった。」
「みたいだね。」
二人は苦笑いし、顔を合わせた。
「どうしよー!切くーん!私帰れないよー!」
鷹柱 為心は自分に呆れ、焦っていた。
「…。」
神鳥 切は困惑していた。
一瞬ではあるが、自分の自宅が頭に過ぎる。が、男側から『うち来る?』と誘うことは、色々と勘違いな捉え方をされそうで、それはさすがにまずいと思ったのか、直ぐに頭から消去した。
「と、とりあえず俺も一緒に朝まで付き合うよ。俺のせいでもあるし。」
「切くんのせいじゃないよ。気にしないで!はぁ。自分のバカさに呆れてくる…。」
どうしたらいいかわからない状況に頭を悩ませ、そして、神鳥 切は考え、この後の限りある候補を上げてみた。
「とにかく…今浮かぶ候補としては…ここで朝までか、満喫か、カラオケか、サロンドドゥェーエとか…?」
「んー…そうだよねぇー候補してはそうなるよねー。でも私、金欠だしなー…。んーどうしよう…。」
「…。」
神鳥 切はこの際もう鷹柱 為心に委ねようと思い、もう何も言うまいとした。
すると、鷹柱 為心が閃いたかのように言葉を発した。
「…あ!」
「お!何かいい案思い付いたの?」
言葉を待つ神鳥 切に対し、鷹柱 為心が両手を合わせ、そして頭を下げて頼み込む。
「切くん家近くだったよね!?お願い!今日泊めて!」
「…え?」
その言葉に神鳥 切はコンマ数秒思考が停止した。
しかし、すぐに理解が追いつき驚きに襲われた。
「え!?…えぇぇぇぇえ!???」
1番避けていた候補が鷹柱 為心から上がり動揺してしまい、声を張り上げてしまった。
「え…やっぱり嫌かな…?」
「いや!為心がいいんなら俺は構わないんだけど…その…男の家に泊まるのって抵抗とかないのかなーって思って…。」
「うん!私、切くんなら大丈夫だよ!」
「…………。…ん?それどう言う意味?」
神鳥 切はフリーズした。
「あ!いや!な、なんでもない!」
鷹柱 為心が焦った為に神鳥 切はそれ以上聞くのをやめた。
その後、2人は会計を済ませ、神鳥 切の自宅へと脚を向け歩き始め、神鳥 切の自宅に着いた。
「ちょっと散らかってるけど。気にしないで欲しいかな。ソファーにでも座っててよ。」
「本当にごめん!本当にごめん!私なんか気にしないで!もう床でいいから床で!」
「床に座られると俺が悪い気するからソファーでお願いして良いかな?……後、女性を家に入れるの初めてでどうお持てなししていいかわからないけど、ごめんね。…あ!お茶でも出す?それともコーヒーがいい?」
神鳥 切はただ、ただ、焦っていた。
「本当に気にしなくていいからお気遣いなく…じゃーお茶で…。」
ワンルームのアパートに部屋の角にはテレビがあり、美容雑誌が並ぶ本棚、テーブルが真ん中にあり、そして近くにはソファーが設置されている。全体的にモノトーンでコーディネートされていて、何処にでもある男性の部屋という感じであった。
そしてテーブルには神鳥 切が持って来た取っ手のついたカップが2つ。そしてソファーで隣同志に座る神鳥 切と鷹柱 為心。
テレビも点いていないせいか、部屋の中は時計の音だけが聞こえていた。
二人は何か恥ずかしそうな、そして、何かを話始めなけれいけない顔しながらお互い、黙り込んだままでいた。しかし、鷹柱 為心が口を開いた。
「あの…泊まらせて頂く身で申し訳ないんだけど…。」
「う…うん。…どうしたの?」
「非常に言いにくいのですが…。」
「う…うん。非常に改まってどうしたの?」
「あの…。」
「うん…。」
「お風呂を…お借りしてもいいですか?…あと…寝間着もついでにお借り出来たらなと思いまして…。」
「え!?…あ…うん!いいよ!」
神鳥 切は鷹柱 為心が余りにも改まっていた為に何か特別な事を言われるかと身構えていたが、些細な事で安心し、鷹柱 為心に快く許可をした。
そして、今に至る。
『よくよく考えてみれば…そうだよな。そうなるよな。はぁ…もしかしてと思ってしまう自分が情けない。』
改めて、女性が着いて真っ先に風呂を選択した事に、もしかしてを考えてしまい、心臓の音が跳ね上がってる神鳥 切。
悩めば悩むほど顔が赤くなる。
「あ!寝間着用意しないと。確か買ったばかりで開けてない服があったはず。」
神鳥 切は準備をする。そして、最大の難関が待っていることに気づいた。
『あ…これ…脱衣所に寝間着を置きに行かなきゃいけないやつだ…。え?どうしよう。いや…普通に置きに行けば大丈夫なはず…そんな漫画やアニメみたいなバットなタイミングで風呂から出て来て鉢合わせみたいな奴…。いやいや…そんなお決まりのシナリオとか1番今求めてないから。もし、この世界が仮に創作物だっとしても絶対にやめてね?作者さん?』
神鳥 切は妄想を膨らませ、何かに全力で抵抗していた。
そして、脱衣所の扉の前でタイミングを計る。
『シャワーの音はまだ聞こえる。ドアを開けてすぐに名前を呼べば向こうは出てこないはず。そうなると先手必勝だな。』
心に決意を固め、神鳥 切はドアノブに手をかけて、そして開ける。
迅速に鷹柱 為心の名前を呼んだ。
「為心!寝ま…き………え?」
「はぁー!気持ち…よ……え?」
まさに風呂上がりの鷹柱 為心とタイミングが被り2人の時間は止った。
「………ッうわわ!!!!ご!ごめん!!!」
「………ッきゃ!!え?あ!ご、ごめん!」
神鳥 切は慌てて後ろを向き、鷹柱 為心はバスドアを顔だけ出す形になった。
「切くん…今…見た…?」
「見てない!絶対見てない!ふ!服ここ置いとくから!じゃっ!!」
神鳥 切は大慌てで脱衣所から退出した。
お決まりの展開に心が持たずソファーにうつ伏せに埋もれるように倒れた。
「やってしまった…。いや、やられた。の方が正しいか…。クソ…どうすんだよ。」
神鳥 切はこの後の鷹柱 為心との修復方法を考えるが、何も浮かばない。
「もし設定があるなら…最悪だ。」
そう一言呟いた時に脱衣所のドアが開いた。
その音を聞いて神鳥 切は慌ててソファーの上に正座になり土下座する。
「やましい事はございません。本当に申し訳ございませんでした。」
誠意を持って、感情込めて、只々素直に謝った。
「うん…恥ずかしかったけど…怒ったところでもうしょうがないし…いいよ…。」
そう言って鷹柱 為心は神鳥 切が正座する隣に腰かけた。
微妙な空気の中沈黙が続き、時計の音が時間を過ぎることを知らせていた。
2人とも恥ずかしそうにソファーに座り、黙り込んでいた。そんな中、鷹柱 為心が口を開いた。
「切くんって、バトル祭でやってた技術ってどこで覚えてるの?」
「え?あーまぁ…そこの本棚見てくれれば解るけどカットの本とか、携帯でyoutubuとかで学んで、実際に人形使ってやって研究してる感じかなー。本当にそれで合ってるかはいつもわからないけどね。」
神鳥 切の本棚には美容師の本が数多くあった。
「そうなんだ。でも凄いよね。本当に凄いと思う。切くんはまだカラーの検定中なのに、私よりカットができるんだもん。本当に凄いと思う。」
「あ…ありがとう。」
神鳥 切は素直に照れていた。
今まで、須堂 恵に並べる様に、あの決意を忘れぬ様に、必死に、一生懸命に、精一杯に、死にもの狂いに、一心不乱に練習をしてきた。
だから、改めて褒められると素直に努力を認められた様で嬉しかったのだ。
「あの時の切くんかっこよかったよ!」
神鳥 切は赤面した。
「え…あ、ありがとう。」
お礼の言葉しか出なかった。
「でも…切くんて…なんでそんなに頑張るの?…いや…私には頑張らなきゃいけない様に見えてる。それはどうして?」
「あぁ…そうだね。それを説明するのにあたって俺の切っ掛けの話が必要なんだ。」
「そういば!切くんの美容師になろうって思った切っ掛け良かったら教えてくれる?」
「そうだね。話とこっか。ちょっと空気重くなるけど聞いてくれる?」
「うん!私の相談乗ってくれたんだから、今度は私の番な気がする。」
「そういうわけじゃ無いと思うけど…。」
だが、鷹柱 為心の顔はどこか真剣であった。
神鳥 切はその思いを察し、ちゃんと話そうと心に決めた。
あの話を。
苦い日でもあり、思いつめた日でもある。
だが、あの日があったからこそ、美容師に成ろうと思え、神鳥 切にとって最大の転機となったあの日。
「俺が美容師を目指した切っ掛けは…妹なんだ。」
❇︎ ❇︎ ❇︎
「うわっ!まじ寒い!」
「ほんとにそれっ!雪とかマジでやめてほしいわ…。」
「…そういえばさ…恵は高校卒業したらどうするの?」
「俺の家が美容室なの知ってるだろ?それを継ぐ為に東京の美容学校に通って将来は美容師だよ。なんで分かりきった事を聞いて来た? つか、逆に切はどうすんの?」
現在、2011年3月11日、金曜日、午後13時30分。
神鳥 切と須堂 恵は高校2年生最後の期末が終わり、宮城県塩釜市にある、高校からの帰りで、本塩釜駅近くの神鳥 切の地元にいた。
塩釜市は港が近く、神鳥 切の実家は海から徒歩10分程度のところにある。
須堂 恵は仙台に住んでいる為、本塩釜駅に向かう途中であった。
「そうだよなー。そうなんだよねー。どうすっかなー。期末やばかったしなー。まぁ後、一年もあるからまだ考えなくていいかなー。」
「そう言えば、切の妹の美撫ちゃんも美容師になりたいって言ってなかった?この間遊びに行った時も俺の行こうとしてるunited beauty schoolのパンフあったよね。この際、切も一緒に美容師になろうよ!俺、お前のカットの呑み込みの早さはセンスあると思うぜ!」
「嫌だよ!給料安いし、休み少ないし、重労働だし!…才能があるって母さんや妹にも同じ事言われたりしたけど、やっぱり美容師の噂聞くとね…嫌だよね。」
「そうかなー?切にはピッタリだと思うんだけどなー。頭そんなに良くないから。」
「おい!どさくさに紛れて今悪口言ったよな?」
「ん?気のせいじゃないか?…でも、本当に俺から見てもお前はセンスあると思うよ。あれから美撫ちゃんの髪はずっと切ってるんだろ?」
「いや。最近仲悪くてね。切ってないんだよ。まぁ。元々、小遣い稼ぎが目的だったし。でも、母さんの髪は切ってるよ!…なんだっけ?あの…髪型の名前……ボブだっけ?今じゃ母さんも同じ髪型だから!」
須堂 恵が父親から学んだボブスタイルの話を聞いた神鳥 切は、妹の神鳥 美撫(コウドリ ミナ)の髪型と一緒だった為に美容室代を自分のお小遣いに出来ると考え、その髪型だけ出来るように須堂自宅で死ぬほど練習した。
基礎も、理論も、一切何もない神鳥 切はどんな手を使ってでも完成させたスタイルが同じようであればそれで良いと須堂 恵に伝え、切り方もままならないが、切り終わった髪型がボブスタイルに似せられる事が出来るようになった。
その結果、母親までも同じ髪型になってしまったのである。
「え!?それやばくね!?」
神鳥 切、須堂 恵の2人は笑った。笑い合った。だが、
天気は悪かった。それでも、何も変わらないいつもと同じ日常。ただ、ただ、時間は進んでいく、どうでもいい1日、昨日も今日も明日も同じような、なんでもない日々が流れ、明日が来ることに感謝をせず、今を生きてる実感も無く、そして神鳥 切と須藤 恵はごくごく普通で、お互いが普通に笑って、それが当たり前で、楽しい高校生の会話をしていた。
「それより、明日暇だろ?この間のゲームの続きしない?」
須堂 恵が神鳥 切を自宅へ誘った。
「いいね〜!じゃぁ、明日起きたら連絡するわ!」
住宅街の十字路にさしかかり神鳥 切は自宅方向の右へ、須堂 恵は駅方向の左へ、と足を向ける。
「おう!じゃね!」
「また明日!」
2人は自宅へと足を向け、神鳥 切は自分の家に着いた。
「ただいまー。」
神鳥 切の母は仕事、父親はいない、もうずいぶん昔に他界していた。
そして、妹はテスト期間中なのでもう帰って来ているかも知れない。
そんな状況を把握しながら神鳥 切は言葉を一応発した。
玄関で靴を脱ぎ、家に一歩、足を踏み入れた時、家の奥から「チャカチャカチャカ」と豆を床に落とした時の様な軽い音が断続的に聞こえてきた。
その音はどんどん大きくなり、こちらに近づいてきてるのがわかる。
すると神鳥 切に向かってその音の正体は飛びついてきた。




