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人形姫は何もしない。

「愛しの我が人形姫。笑って笑顔を見せて」


目の前の男の方が私に命じる。

私の好きな人だ。

命令に従って、なんとか口の端を上げる。

笑えているだろうか。


男の方も私を見て、やけにキラキラした青い目で笑った。

私の好きな煌めきだ。


私は安心する。

命令通りだ。

この男の方の命令に従わなくてはならない。


だって、この方は。


(だってこの王子様は婚約者だもん。ヒロインに取られるまでの)


ああ、また頭の中で声がする。

頭の中で声が。


私の体は私の物。

渡さない。

私の好きな人は、渡さない。


(王子様とお喋りしたい。せっかく異世界転生できたのだし)


頭の中の声が喋ろうとするのに抵抗する。

ぶくぶくと口の中が泡だらけになる。

体がうまく動かない。


「あっ、お嬢様!」


遠くで誰かの声がする。

床が目の前に迫っていた。


+++++


私は公爵の娘。

日がな一日ボンヤリとしている。


でも、今日は違う。


「お嬢様、本日は婚約者様との夜会になります。ドレスはこちらをお召しになりますか?」


目の前で揺れるレモン色のドレス。

明るい色ね。

いいと思う。


私はこっくりと頷こうとして、


(いや! 私は可愛いピンクのドレスがいい!)


首が勝手に動こうとするのをこらえた。


「ぐぎ、ぐぎぎ」


口からうめき声のような音が漏れた。


レモン色がいい、と強く気持ちを保つ。

すると、私の中の声は聞こえなくなっていった。


「お嬢様! 申し訳ありません! 私が質問したばかりに!」


私は女の人の言葉に、首を振った。

目の前のこの人、悪い気持ちで言ったんじゃないわ。


それに。

それに、好きな人と会う時の服くらい自分で選びたい。


+++++


「これはこれは私の人形姫は美しいね」


私の好きな人が目の前に立つ。

夜会へ行くのに迎えに来てくれたのだ。

小さい頃からそのキラキラした青い目が好き。

にっこりと笑ってくれたから、私も笑い返そうとして、


(きゃあー! 王子様、マジかっこいいー!)


私の中の声が、下品な言葉を吐こうとするのを押しとどめる。


「いいんだ。分かっている。体の中に魂が二つあるのは辛いだろう。無理はしなくていい」


私の好きな人は優しく肩に手を置いてくれた。

事情を知っているからだ。


13才の時、こんな風になってしまった時にありとあらゆる医者や占い師や魔術師に診てもらった。

その時に、ある外国の占い師が私の体の中に二つの魂があると言ったのだ。

そのせいで、口も聞けず自由に行動できないでしょう、と。

16才まで満足に貴族の学び舎にも行けていない。


13才の時、


(ここはオトメゲームの世界だわ!)


という内なる声を聞いてから、私は満足に喋れず体も時々自由が効かない。

意識さえも今のようにはっきりする時もあれば、ボンヤリとしか周りを認識できない時もある。


私は殿下に促されて馬車に乗った。


今日はどうしても外せない王主催の夜会。

なんでも新しく選ばれた聖女様が出席するとか。


どうか、このまませめて意識だけでも明確なままで。

私は祈るように外を見ようとして、


(王子様ー!)


殿下から視線を外せなかった。

体の主導権を握らせるものか。


プルプルと震える私に、殿下は、


「本当に無理をしないで」


そう言って手を重ねて下さった。


+++++


キラキラした場所に出た。

周りに人がいっぱいいる。


なんだかとても疲れている。

馬車の中で、私の中の私がうるさかった。

だからかもしれない。


でも。


私は隣の人を見上げた。

にっこりと微笑みが降ってくる。


私の好きな人が笑ってくれて安心した。


やがて音楽が始まる。


周りの人達が踊り出す。


私は踊れないので、好きな人と並んで踊りを眺めた。


やがて音楽が止み、好きな人の支えで椅子に座る。

口元に甘いものが少しずつ運ばれた。

少しずつ食べると、好きな人はまた笑ってくれた。


そんな中、遠くから強い足音が聞こえた。


体が思わずすくみ上る。

息が詰まった。


「大丈夫。私が居るからね」


好きな人が手の甲を撫でてくれた。


足音が目の前で止まった。


「これは、聖女マリーさん。正式な選定おめでとう」


好きな人が前に向かって喋った。


「ありがとうございますぅー」


甘ったるい声がした。

見上げると、目の前には綺麗な女の人がいる。


「ちょっとゲームでライバルなのに、学校出てこないってどういう事よ! そんなイレギュラーな事するんだから同じ転生者なんでしょ? 正々堂々と戦いなさいよ! ゲームの期間終わっちゃったじゃない」


女の人が全然分からない事をまくし立てる。


(ヒロイン! 早く負けないように何か言わないと!)


ものすごい強さで私の中の私が声を出そうとする。

今までにない強さに私も抵抗して、口に力を込める。


(ヒロインに王子様取られちゃう!)


取られちゃう?

誰を?

私の好きな人を?


誰にも渡さない。

私の婚約者なんだから!

聖女様にも、私の中の私にも!


手がブルブルと震えた。

体の奥が燃えるように熱くなる。


「いやー!」

(やめて押さないで飛んじゃ………)


何かが体の中から抜ける気がした。


久しぶりの声が喉から出た。

立ち上がって椅子の前にうずくまる。

涙が後から後から出てきた。


「大丈夫。大丈夫だから、聖女マリーさん、私たちはこれで」


殿下が手を添えて、私を立たせてくれた。

繰り返し「大丈夫」と言ってくれる。


殿下が手を引いて、王族専用の控え室まで連れて行ってくれた。


そこでソファに並んで腰を下ろす。

改めて落ち着くと、公衆の面前ではしたなくも叫んだ事が恥ずかしくなった。


「私、皆さんの前でなんて事を。申し訳ありません。………あっ」


殿下に向かって謝ってから、自分が喋れる事に気付いた。

自由に声が出せるし、内なる声も全然聞こえない。


「私の人形姫ドーリー。声が出せるようになったのだね」


殿下が驚いたように、私の肩を掴んだ。


「え、ええ。レイン様」


喉に手を当てるが、なんの引っかかりもない。

あまりに唐突に降って湧いた自由に戸惑う。


「良かった、ドーリー。聖女マリーさんの聖なる気に当てられて治ったのだろうか? だが、ドーリーは怯えていたし、そんな感じでもなかったな」


首を傾げるレイン様と共に私も首を傾げる。

考えている内に、不安が頭をよぎる。


「あの、レイン様。声が出せて自由になったとは言え、私はもうレイン様にふさわしくないですわね」


絞り出すように言葉を出す。


公衆の面前で叫んだ上に、貴族の学び舎にも通ってなかったのだ。

いくらレイン様が王太子様ではないとは言え、その妻として私は不適格だろう。


いくら、私がレイン様を好きでもだめだ。


レイン様の婚約者としてのプライドはボロボロだった。13才の時こうなる前までは確かにあった自信はもうない。

公爵令嬢としても不適格だろう。


私が弱々しく俯くと、レイン様の温かい手が頭にのってサラサラと撫でられた。


「ドーリー。私の人形姫。私はドーリーの事を小さい頃婚約者になった時から愛している。貴方が私を支えてくれようと努力していたように、私も貴方を支えよう」


レイン様の優しい言葉に顔を上げると、レイン様の青い瞳がやけにキラキラ輝いて私を見ていた。


私はレイン様の愛の言葉にうっとりとする。


「私も貴方をお慕いしております」


私も自由になった口で愛の言葉を告げる。


ふと、レイン様の顔が近づいてくる。

私は目をゆっくりと閉じて、その唇を受け入れた。


+++++


ドーリーとキスをしてから、私は優しく見えるように微笑んだ。

こうして弱々しくなったドーリーは実に私の好みだった。


私は第2王子レイン。

王太子と違い、国内の結びつきを強くするために公爵令嬢と婚約していた。

婚約者である公爵令嬢ドーリーは、美しく貴族らしく特に惹かれない女だった。

政略結婚だから結婚するであろうなんの変哲も無いただの貴族の女。


だが、ドーリーが13才の時、病にかかってから違った。

弱々しく口がきけなくなり、体も満足に動かせなくなった。貴族としては失格だ。

実際、ドーリーとの婚約破棄の話も出ていた。

私はそれに反対し、そんな婚約者を支える為と婚約を継続した。


私は弱々しくなったドーリーに興奮していたのだ。

私は王子であるにも関わらず、弱々しく何もできない女が好きだったのだ。


私が居ないとダメな人形姫に恋をしていた。

私だけを見て、弱々しく微笑んだり寄りかかってきたりする。


私はドーリーの元にマメに通い、せっせとドーリーの世話をした。

ドーリーの為を思うと公務も捗った。

ドーリーがこのままでは結婚しても仕事はできないだろう。

ダメな人形姫の分まで公務を頑張らなくてはならない。今までよりはるかに早く仕事を終わらせられるようになった。


………。

私は口がきけるようになってしまったドーリーを眺める。

キスをした後、ドーリーは顔を赤くして俯いている。


これはこれでいい。


私は多分、目をギラつかせてドーリーを見る。

聖女もだいぶ弱々しい可憐な容姿をしていたが、ドーリーの方が好みだ。


早く結婚したい。


私はドーリーを逃さないように、きつく抱きしめた。

人の好みは人それぞれですね。

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