まさかの思い出を!?
以前、泉は誘拐にあった。
「あぁ、覚えてるぞ。それがどうした?」
俺は素っ気なく答える。
あの頃の記憶は出来る限り思い出したくないんだ。
泉にとってもトラウマだろうし、俺もあの頃を思い出すと何か気持の悪い感覚に襲われる。
「あのね、あの時に私ね、りゅー君に助けて貰って本当に嬉しかったの」
助けるのは当たり前だ。いやむしろ俺は助けられなかったんだ。
あの時も、今も。ずっと泉を助けられずにいる。
「俺が助けた訳じゃないだろ……」
「違うよ。りゅー君に助けてもらったんだよ。今も昔もずっとりゅー君に助けてもらっているんだよ」
泉の顔は優しくとても綺麗だった。
その笑顔を見ると凄く救われた気分になるし、言葉にできない感情が喉を駆け回る。
でもやっぱり泉が許してくれても俺が俺を許せない。
あの日はとても嬉しかった。確かに泉の熱、感触があって本当に安心した。
俺が近くに居ながら泉を救えず、泉は外に対して極度の恐怖を持ってしまった。
最初の一週間は車の音にも怯えるほどだった。
あの時こうしていれば、と思うことは何度もあった。
「あの時も助けてくれた。今日も……」
「助けようとするのは当たり前だろ」
助けようとする当たり前だ。当たり前なんだ。そんな事で俺に恩を感じないでくれ。だって俺はしただけで、助けることは出来なかったのだから。
「ううん、当たり前じゃないよ。りゅー君だから助けられただよ。だからお願い、りゅー君が苦しんだら私も苦しくなるの。だからもうあんな無茶はしないで。自分をそんなに責めないで」
怖い思いをさせ、悲しい思いもさせてしまっていたのか。でもな泉。
「次同じ事があっても、俺は何があっても何をされても泉を助ける」
泉の身を守るためなら俺は自分の身を投げ捨てる。
すまんな泉、これは俺の自己満足だ。
俺はお前が痛んでいたら悲しいから。お前が苦しんでいたら辛いから。
「ねぇりゅー君」
「ん?……っ!?」
泉の顔が俺の顔の近くまで迫っていた。
反射的に目を閉じてしまったが、何も起きない。
しばらくしてからゆっくりと目を開くと、ニヤリといたずら気に笑う泉がいた。
「ねぇりゅー君、急に目を閉じて何されると思ったの?」
「何って、いやお前こそ何しようと……!」
「りゅー君の傷大丈夫かなーって見ようとしただけだよー?」
そう言って、泉は立ち上がり手を俺に伸ばしてきた。
「さっ、気を取り直して買い物に行こっ」
「あぁ、そうだな。なぁ泉……」
俺は泉の手を取り立ち上がる。
「なーに?」
「……いや、何でもない」
「ふーん」
今口に出そうとしたものは、静かにしまっておこう。まだ俺がそれを知るには早い気がするから。
その後俺たちは家事道具やエプロン等予定通りの買い物をした。他にも喫茶店で軽く話したり、少し破けてしまった代わりの服も買ったりもした。
とりあえず今日はとても楽しかった。財布の中身が悲しくなったのは置いておいて。
「今日はありがとう」
帰り道、泉を家の前まで送り届ける。
「おう、またいつでも頼まれても良いからな。どうせ暇だし」
「うん分かった。あとあれも……ね」
気まずそうに笑う泉。
「あれってなんだ?」
「ナンパの」
あぁあれか。ずっと気にしてたのかな。
「すまんすまん。今日が楽しかったから忘れてた」
「そうだね!とっても楽しかった」
うんうんと頷く泉がなんだか面白くて頭に手をのせて撫でてしまった。
「じゃあな」
「えっ、急にはずるい……」
さて、俺も帰りますか。泉の前ではかっこつけていたけど、本当は体中が痛い。いやー今日は本当に大変だった。でもそれ以上に楽しかった。
のんびりと歩いて家に向かっていると携帯の通知が鳴る。
お、秋からだ。さてはお兄ちゃんが居なくて寂しくなってきたな!愛いやつめ!帰ったらわしゃわしゃしてやる!
『もうご飯できてるよ。あと明日は部活なんだから早く帰ってきてね。サボりはきらいです』
えっと、この怪我を言い訳にしたら部活休めるとか無いですか?
あと早く帰ってきてほしい理由が、部活さぼりそうだからお兄ちゃん悲しんじゃうよ?
俺は携帯をポケットに戻し、少し小走りに家に帰った。
今日の泉との思い出を大切に心に保存して……。




