4.いいこと思いついた
一週間後の放課後、わたしは生徒会室にいた。
わたしよりも遅れてやってきた生徒会長に、ぺこりと頭を下げる。愛想を振りまく気は当然ない。だが、そんな無愛想なわたしを気にする様子もなく、彼はにこりと笑う。
「こんにちは。二度目まして、だよね、中原さん?」
ああ、やっぱり覚えられてたか。派手な名前が悔しい。
「え、結城。もう後輩に手ぇ出しての?いくら何でも早すぎない?」
茶化すように割り込んできたのは、3年生だ。結城先輩は、その台詞に顔をしかめる。
「出してません。何言い出すんですか」
「でも、もう知ってますよ、て言い方が怪しいよね」
「中原ちゃんは覚えてるなんて意外、って顔してるし」
「そういうちょっとした出会いを覚えてるってのが、女子的にポイント高いってわかってるよねー」
すかさず、他の先輩たちがかしましく乗っかる。
嫌な流れに続きそうだったので、わたしは前触れもなく立ち上がった。
「内山先輩、帰っていいですか?」
無礼なのは百も承知。とりあえず、生意気な後輩路線、これで行こう。
「え、やだ、中原ちゃん。帰っちゃダメだよ!結城君が来たから、これで全員揃ったのに」
「何かもう、本格的に面倒くさそうなんで、今すぐ帰りたいです」
本音だだ漏れだが、その方が生意気に映るだろう。そう思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「ごめん、中原さん。君をからかうつもりはなかったんだけど」
何故かフォローされた。あれ、ここ、わたしにむかつくとこですよ?
「すいません。とばっちりが来そうな気がしたので」
さらに淡々と言いきったわたしの態度に、何故か結城先輩以下、複数の先輩が吹き出した。何でだ。
「彼女はクラブ紹介の最中に、保健室に来たんですよ。そこで会ったんです。今日は体調、大丈夫?」
最後のわたしへの問いかけに、わたしはにっこりと微笑んでみせる。
「いえ、本調子でないので帰らせていただきます。では」
いつもの猫をかなぐり捨てて、出て行きかけるわたしの腕を、内山先輩が掴む。
「いやいやいやいや。逃がすわけないじゃん、中原ちゃん!」
言って、そのまま元の席に座らされる。ちっ、甘かったか。
でも、わたしの本性を知ってる内山先輩ならともかく、他の先輩たちの心証は悪くなったはず……。
「まあまあ、お茶でもどう?」
え?
「あ、実はこっそりお菓子もあるんだ。食べる?」
うん?
「紅茶よりコーヒーがよかったら、そっちもあるよ」
えっと。
なんで、皆こんな歓待ムードなわけ?
にこにこと上機嫌な先輩たちに囲まれたわたしを、結城先輩が面白そうに見ている。あれ、何でこの人も楽しそうなの?
「何か自己紹介も済んじゃってるっぽいけど、改めて仕切直していいかな?まずはおれ、2年の結城遥斗。会長やってます。よろしく」
「え、よろしく、お願いします……?」
「じゃ、3年からね。そちらが菊川さん、副会長。隣の三橋さんは、会計ね。あと、向かいの鷹野さんも3年。3年はこの3人だけで、鷹野さんはクラブの体育会系担当で、アメフト部にも入ってるんだ。ぽいでしょ?」
「へ、はあ、まあ……」
「残りは全員2年ね。紅一点の内山はよく知ってるんだよね?こいつは風紀担当。内山の隣の井出と一緒にやってる。その隣の滝川は会計ね。あと、逆隣の斎藤が書記で、中原さんの目の前の清水がクラブの文科系担当。これが全員なんだけど、中原さんには斎藤と一緒に書記をやってもらうから、よろしくね」
「は、はい…………て!いやいやいやいやいや!ちょっと待って下さいよ!何でもう生徒会に入ること決定なんですか?!」
危なっ。何か勢いのまま肯くとこだった!何、今の丸め込まれ感!危険すぎる。
「申し訳ありませんが、わたし、生徒会に入る気はありませんから」
ここははっきりきっぱり断るべきだ。わたしの危険回避能力がそう言っている。このままいたら危ない!
「でも、中学の時はやってたんでしょ?好きじゃないの?」
「中学の時は内申のためです。別に好きでやってたわけじゃありません」
「高校では内申はいらない?」
「そうですね。高校受験ほど重要じゃないので」
無愛想なはずのわたしの答えに、結城先輩が何故か楽しそうになっていく。て言うかその笑顔、めっちゃ怖い気がするのは気のせいですかね?
「なるほど、内山から聞いたとおりだなあ」
何を言ったんだ、内山先輩!
思わず先輩をふり返ると、思いっきり目をそらされた。わたしの疑問に答えてくれたのは結城先輩だ。
「いやさ、中原さんって、たいていは大人しい猫かぶってるけど、自分の意志を曲げたくない時とかの頑固さは尋常じゃないって」
ちょ、内山先輩!貴女また、余計なことを!
「で、まあ、今日の様子を見て、生徒会に入りたくないんだなってのは、よくわかったよ」
「あ、じゃあ……」
「だから、生意気な後輩に見えてもいいやって思ったんだよね?」
えっ、と。何だろう、この人。思わず、座ってることも忘れて後ずさりしそうになった。寒々しいまでに、背後から漆黒のオーラが見える、よ……?
「でもね、残念ながら、その作戦、大失敗だから」
実に実に楽しそうに、結城先輩はそう言い放った。
「はい?」
全くもって、意味がわからない。そこへ、三年生たちがさらに不思議な質問を重ねてきた。
「時に中原さん、こいつの顔見て、イケメンだって思わなかった?」
意図のわからない唐突な質問に、わたしは考える余裕もなく肯いた。
「あ、はい。ジャ○ーズにいそうとか思いました」
「だよねえ。しかもこいつ、ただのイケメンじゃなく、勉強もスポーツもできるんだぜ。天は二物を与えずなんて嘘っぱちだよなあ」
一体、何が言いたいんだろう?曖昧に肯くわたしに、先輩は続ける。
「と言うことはさ、こいつがもてるのは当然だと思わない?」
「まあ、もてないって言われたら、光速で嘘つけ、とは思うでしょうね」
「素敵解答をありがとう。じゃあ、そんな中原さんに質問です。クラスや学年が違うイケメンの結城君に近づきたい女子は、どうすればいいと思う?」
結城先輩と接点を持つためにどうするか?同学年ならともかく、他学年だったら?
「えっと…………生徒会に、入る?」
「ハイ、正解。当然、そうやって入ってきた子が、真面目に仕事するかって言ったら、しないんだよな、これが」
うん、わかる。わかるけど、この流れ、すっごい嫌な感じする。
「というわけで、うちの生徒会に入る絶対の条件を、おれたちは設けることにしました。それはねえ『結城の外見にぽーっとしない』です」
言われて、血の気が引いた。
え、その条件って。
「というわけで、中原さんはその大変希少な条件に当てはまる1年女子な訳です。おめでとう!おれたち、そう言う子、喉から手が出るくらいほしい」
「自分で言うのもなんだけど、中原さんの反応、おれに対してめっちゃレアだから。しかもその打てば響くという反応、マジで生徒会向き」
て、くるよねえええ!!!
うわあ、マジで作戦ミスった!!!
「てわけで、あきらめて生徒会に入って?」
キラキラした笑顔で、結城先輩が言う。騙されるもんか!
「お断りです!」
「うーん、困ったなあ。それだと平行線だよね」
勝手に困っておけばいい。キラキラのイケメンだが、この人のお腹の中は真っ黒だ。
「こういう平行線の場合、わたしの意見の方に優先権があると思うんですが」
「優先権、ねえ。それを折れてほしいなあって」
「だからお断りします」
「どうしても?」
「どうしても!」
頑固に言い張るわたしを追い込んだのは、それまで黙っていた副会長の菊川さんだった。
「あ、良いこと思いついた」
ぽむ。打たれた両手の出す音が、大変に癪に障る。
「三顧の礼だよ、結城君」
「三顧の礼?」
「そう、あの三国志のアレだよ。劉備が孔明を軍師に引き入れるのに、三回も家を訪ねたって、アレ!」
唐突に出てきた話に、わたしは目をむいた。ちょっと、待って。それって。
「ああ、なるほど!うんって言ってくれるまで日参して説得するってことですね!」
「絶対、止めて下さい!!!」
立ち上がって、叫んだ。
当然だ。
目立ちたくないってこんな格好までしてんのに、このイケメン生徒会長が日参だと?
ふざけてんのか。
「でも、それくらいしないと、うんって言ってくれないでしょ?」
なんて、タチの悪い。これはもう、はっきりきっぱり脅迫じゃないか。
「………………今ここで、生徒会に入りますって言ったら、やらないですよね?」
「入ってくれる?」
キラキラキラキラ。イケメンの笑顔にこんなに腹が立つなんて、生まれて初めてだわ。
「っ!!わかりました!やりますよ!やれば良いんでしょう?!」
「じゃあ、決定!これからよろしくね、中原さん」
おお、という歓声と共に、わたしは拍手で迎えられた。
心の底から叫びたい。
何でこうなった!!!