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彼女と彼の攻防戦  作者: 氷月
SIDE:H
12/20

2.詐欺だろ、どう考えても

 うちの高校は、クラブ活動が盛んだ。

 なので、どの部も4月の新歓時期は目の色が変わっている。

 そして、そんな彼らが新入生にアピールする最大の場が、新入生歓迎会である。

 1年をホールに集めてクラブ紹介を行うのだが、ここでの出来が新入生の数を決めると言っても過言ではない。そのため、弱小部ほど死活問題なのだ。


 ちなみに、仕切っているのは生徒会。副会長の菊川先輩の滑らかな司会っぷりをおれは舞台袖から眺めている。


 え?そういうのは会長の仕事じゃないのかって?

 馬鹿言っちゃいけない。おれの露出が増えたら増えた分だけ、生徒会は余計な仕事に忙殺されることになるのだ。主に、女子がらみで。これは自惚れでも何でもない事実だ。そこの羨ましいとか言ってる奴、喜んで代わってやるぞ?


 そんなわけで、どうやら問題なく会が進んでいることを確認したおれは、そのまま保健室へ向かった。


「せんせー」

呑気な声をかけてドアを開けると、保険医の先生はにこりと笑う。

「あら、結城くん。また寝不足?」


……完璧、寝に来たとしか思われてない。いや、そりゃまあ、前科は山ほどありますが。


「違いますよ。今度、生徒会法でダイエット特集やらせてくれって保健委員が言ってきたんです。だから今日は、その参考文献を貸してもらおうと思って」


簡単に言うとパシリである。こんなことにおれを使うのは、菊川さん。あの人はおれに“生徒会長”の肩書だけ押しつけといて、影の女王として君臨する気満々だと思う。ま、菊川さんに限らず、うちの三年は皆そんなんだが。


「ダイエット特集か、良いわね。保健室にもダイエットしすぎの貧血で倒れるように来る子がいるもの。どうかしなきゃとは思ってたのよね。ダイエット関連の本なら、その辺りに集めてあるから好きに持って行きなさい」

「ありがとうございます。じゃあ、適当に物色します」

言って、おれが本棚を漁っていると、先生の手もとの内線が鳴った。続いて応じる先生の声がする。


 電話を置いた先生は、困ったようにおれを振り返る。

「ごめん、結城くん。ちょっと急用ができたから、留守番頼んで良い?」

「留守番?おれがいるので問題ないなら良いですけど。すぐに戻ってきますよね?」

「十分か十五分くらいだと思うわ。2・3年生は今日はいないし、1年はクラブ紹介の最中だから、誰も来ないと思うの」

「わかりました」


おれが頷くと、先生は部屋を後にする。つくづく、フランクと言うか、自由な学校だよなあ。


 ま、誰も来ないだろ。

 そう思ってたおれの(と、先生の)予想を裏切って、彼女が現れたのは、先生が出て行ってすぐのことだった。


 きい、と軽い音を立てて扉が開いた時、少なからず驚いた。誰か来るなんて想定外だし。


 だが、それ以上に驚いたのは彼女の方だっただろう。

 遠慮がちに扉を開き、おれの姿を見て、彼女はぎょっと固まった。――扉の、外で。


 保健室は校舎の北側にある。4月とは言え、廊下なんかは結構寒いのに、そんなとこで固まらんでも。


「いらっしゃい。どうかした?」

できるだけ、穏やかな声を出す。上履きの色から見ても、おそらく1年。きっと勇気を出して保健室に来たのに、怖がらせちゃ可哀想だ。


「あ…の……クラブ紹介の最中に、ちょっと、気分が悪くなって……」

しどろもどろに、彼女は言う。うわ、マジの病人だ。ヤバい。


「そりゃ大変。大丈夫?熱でも測る?」

とりあえず、体温計だよな。どこだっけなー。

「体温計、確かここにあったと思ったんだけどなあ」

言いつつ、目ぼしいところを漁るおれを、彼女は不審げに見ている。う…疑われてるっていうか、誰だお前って思ってるよなあ。


「とりあえず、座ったら?気分悪いんでしょ?」

うん、でもまあ、まずは手当てが先だよな。不審なのはわかるけどさ。


 ようやく探し当て体温計を手渡しながら、彼女とぽつぽつとやり取りをする。 よっぽどしんどいのか、彼女は全くと言っていいほどおれの方を見ず、うつむきながらの対応だが。


 でも、彼女の反応は新鮮だった。

 名前を名乗って、おれの顔を見て。それでも、特別なリアクションがない。

 そのことが何だか妙に嬉しかった。いや、まあ、体調が悪くってそれどころじゃなかったのかもしれないけど。


 でも、結城の名前にも、おれの顔にも反応しない子がいることが、ちょっと嬉しい。

 生まれた時から持ってるもので、それが人から羨ましがられるものだということも分かっている。

 でも、たまに息苦しくなることも、本当。

 贅沢と言われようと、その息苦しさはおれにしかわからないだろう。

 彼女の反応は、おれのそんな息苦しさを少しだけ和らげてくれる。それが、嬉しかった。


 だが、そんなおれのほんわかした気分など、彼女の名前を見たら吹き飛んだ。


 中原人魚。


 この子が?!!

 書かれた名前を見て、本人を見る。


 ……………………内山あ!聞いてた話と全然違うじゃねーか!!


 彼女は、大変失礼なことを承知で言えば「圏外」な女子だった。

 髪の色こそ赤みがかった茶色だが、手入れをするでもなく一つにまとめるだけ。それも理由は「邪魔だから」とでも言いたげな感じで。前髪だって中途半端に長くて鬱陶しそうだし、さらには「実用ですけど、何か?」とでも言わんばかりの黒縁眼鏡で顔がよく見えない。はっきり言って、大変ダサい。


 これが、“十人いれば十人が振り返る美少女”だと?


 詐欺だろ。どう考えても。

 ちょっと、いやかなり、期待してたのに。


 とはいえ、生徒会で使えるかどうかに、顔は関係ない。

 内心のがっかりを、おれは無理やり持ち直す。


 そうそう、おれの顔見て色めき立つような感じもしなかったし、これ重要だよな。その上で使えるっていうんだったら、ちゃんと大事にしないと。ここで好感度上げるのが、今は最優先!


 まあ、病人相手に何考えてんだって突っ込みも勿論自分でしたけど。とりあえず、にっこり笑って言ってみる。

「先生のことは気にしなくて大丈夫だから、ゆっくり休んでて良いよ、中原人魚さん」

自慢じゃないが、笑顔で接すれば女子の好感度を上げられる自信はある。


 だというのに。


 その瞬間、彼女はとても嫌そうな顔をして見せた。本当に一瞬のことで、見間違いかと思うくらいのものだったけど。


 今までされたことなかった反応、だった。

 そして、それを見たおれが思ったことと言えば。


「面白いかも、あの子」


純粋な、本当に純粋な、興味だった。

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