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彼女と彼の攻防戦  作者: 氷月
SIDE:N
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1.よっし、そろそろ行くか

 眠い。


 その心の声に忠実に、下がってきたまぶたをどうにか持ち上げて、わたしは深々とため息をついた。それが聞こえたらしい隣の友人が、眉をひそめてこちらを窺っている。

 現在時刻は午後二時十分過ぎ。ちょっと早いけど、まあいいや。


 「よっし、そろそろ行くか」


こちらを窺う友に聞こえるように呟くと、がしりと腕を掴まれた。


「どこに行く気?」


ひそめた声に、軽く笑ってみせて。


「眠いからちょっとベッド借りてくる」


正直に、そう告げる。だというのに、ちえの柳眉がつり上がる。


「いやいやいやいやいや、人魚、アンタの言ってるベッドって保健室だよね?あそこのベッドは病人のものであって、仮眠用じゃないから」

「大丈夫、大丈夫。わたし、今からちょっと具合が悪くなる予定だから」

「あのね、人魚。生徒会が主催でも、これ授業と同じ扱いだからね?!」

「だって、わたしクラブ入る気ないもん。そんな人間がクラブ紹介なんて見ても、意味ないでしょ。つーか、時間の無駄」

言って、わたしは目の前の舞台に目をやった。


 ここは、わたし、中原人魚の通う高校の学内ホール。全校生徒が収容できるキャパの立派なホールだが、そこで、新入生歓迎のクラブ紹介の真っ最中であったりする。今は軽音部の演奏中だが、興味のないわたしには何が良いのかさっぱりわからない。


「だからさ、ちょっと気分悪くて座ってられないから、保健室でお休みしてくるの。良いでしょ?」

「良いわけないでしょ!」

にっこりと首をかしげて見せたのに、ちえは間髪入れずに切って捨てた。ううん、やっぱり中学から一緒だと、この強固な外ヅラも通用しないか。


「何でそう、入学早々に先輩に目をつけられるようなことしようとするの?!」

うん、まあ、彼女がそう言ってくれるのもわたしが心配なせいであって、有り難いことではある。とはいえ、わたしがそれくらいの理由で引き下がるわけもないってことくらい、いい加減わかって良さそうなくらいの長い付き合いの筈なんだけど。


「目をつけられたりなんてしないよ?」

「どこから来るのよ、その自信」

「そうならないよう、相談に乗ってくれたのはアンタでしょ、ちえ」

「そりゃそうだけど……」


まだ不満げなちえの目に映っているわたしは、地味でイケてない真面目ちゃんの筈だ。


「こーんなにも『あ、これはないわ』て思われる女子が目をつけられるなんて、そうそうないでしょ」

「…………地味系女子になりたいんなら、今すぐその黒いオーラと悪どい笑みを消しなさい」

「おお、油断すると、ついうっかり」

「ていうか、眠いならここでこっそり寝てればいいじゃない」


寝ることに対しては文句言わないんだな、友よ。まあ、言っても無駄ってわかってるってことだろうけど。


「そうするには、通路に立ってる生徒会役員の目が邪魔。あと、熟睡できない」

「だから、授業扱いだって言ってるでしょ?!」

熟睡なんて、しなくて良いの!というちえの声はさすがにやや大きかったらしい。横から注意モードの担任の声がかかる。


「おい、お前たち。ちゃんと見てるのか?」

うわ、やべえ。とっさにそう思ったわたしは、目をそらしてうつむいた。その上で、小さな声で弱々しく囁いてみせる。

「す…すいません。ちょっと、気分が悪くて……。高里さんに保健室に行きなさいって言われたんですけど」

わたしの台詞にちえの方がぴくりと跳ねる。だが、そこで嘘つきなさいよ!とか言い出さない彼女はホントに良い奴だと思う。

「授業扱いだし、せっかくのクラブ紹介だし、先輩たちにも申し訳ないって言うんです」

真面目だけど、頭が固い訳じゃなく、機転も利く。素晴らしい友である。しみじみ、なんでわたしなんかの友人やってくれてんのかな、この子。


「何だ、それならさっさと保健室に行ってこい」

「はい、いや、でも……」


渡りに船、とばかりに立ち上がってはいけない。こういう小芝居をしておくと、あとから色々楽なのだ。特に担任に「真面目な子」というレッテルを貼ってもらうと、大変やりやすい。だが、そんなわたしの心中なんてちえはお見通しである。

「クラブのことは、あとであたしが話してあげるから、ね?」

うん、目が怒ってる。これは、あとで説教ってことですね。わかりました。

「…………じゃあ、先生、すいません」

「付き添いはいるか?」

「あ、一人で大丈夫です」


ホールの入り口まで付き添ってくれた担任にぺこりと頭を下げる。ラッキー、とは思うけど、立ち上がりしなのちえの目線はちょっと痛かった。あとから色々文句言われるんだろうなあ。


 暗いホールから出ると、廊下はちょっと眩しい。目の前にあるガラス窓に、うっとうしそうに目をしばたかせるわたしが映っている。

 そんな自分の姿を見て、わたしは会心の笑みを浮かべる。


 赤みがかった茶髪は、適当にまとめたオバサンくくり。

 目を覆うくらいの長い前髪と、ダサい黒縁の眼鏡。

 膝が隠れるくらいの中途半端な丈のスカートに、押し込まれた感満載のブラウス。

 ブラウスの第一ボタンは空いてるし、セットのリボンタイもややルーズな長さ。

 全体として、服装とかオシャレとかに欠片も興味のなさそうな、残念女子高生だ。


 よしよし、今日も完璧。


 これら全部、春休みの間に研究を重ねた擬態だ。全くもって自分らしい姿ではないんだが、わたしとしてはこちらの方が都合が良いのだ。

 わたしがどんな奴かなんて、知ってほしい人だけ知っていれば良い。

 それが、わたしの本音だ。


 今はとりあえず、快適な睡眠がわたしを待っている。そう思ったわたしは、足取りも軽く保健室へと向かった。

 そこで待ち受けている出会いがあるとも、知らずに。

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