荒ぶる魔王選定戦(2)
意識を失っても魔法は発動するんだろうか。
もし発動しなかったら魔王様を恨もう。化けて出よう。夜な夜な枕元に立ってクッキーの枚数を数えてやろう。
小声でキャッチボールを発動させると、首元にめりこんでいた黒い魔力が細まるのがわかった。
息が少し楽になる。
「な、なんだ?」
「よそ見している場合かな?」
後ろの人が戸惑った声を上げたのと、魔王様の巨大な魔力玉が放たれたのは同時だった。
目の前に迫ってくる赤紫色の魔法。
そういえば前にもこんなことがあったな。
サケルの代わりに着弾した時よりは小さいけど、顔で受けたらかなり熱そう。
って後ろの人逃げてるし!
無理。絶対無理!
周辺の空気を巻き込みながら突き進んでくる赤紫の光。
両方の手の平をまっすぐ伸ばして受け止めようとしたときだった。
「ホワイト・レディ」
クラヴィスさんの静かな声が耳に届くのと体の周りが白い光の壁で覆われたのは同時だった。
鈍い爆発音が斜め後ろで聞こえるけれど、周りが真っ白で何も見えない。
光の壁の外で何かが起きているのはわかるけれど音が小さすぎて把握できない。
この白い魔法は単なる結界にとどまらず防音壁の役割も果たしているんだろう。
しばらく待っていると白い光がゆっくり薄らいだ。
「雪子、無事?」
「俺の魔法だよ? 無事に決まってるでしょ」
目の前に立つ魔王様。と、見えないけれど近くにいるであろうクラヴィスさんの声。
ジャージ姿のお兄さんはいなくなっている。
「えっと、無事です。とっても無事です」
「それはよかった」
そう言うと突然魔王様が目の前にひざまずく。
握手会の時に見せるような開かれた眼差しにイケメン風スマイル完備だ。
「君を守れてよかった」
差し出された右手。
無言の圧力に誘われるように手を乗せると、魔王様はそれをうやうやしく掲げた。
う、うさんくさい。
週刊MAJOMの見開き特集を意識したとしか思えない。もしかしたらパパラッチがいるのかも。
「愛してる。君を生涯守る許しをくれないか」
真剣で綺麗な表情。
見慣れない顔のせいか心臓の音が早まってくる。
「はい」
魔王様に握られた指先にゆっくりと口づけが落ちてくる。
かすかに触れた熱はやがて離れ、魔王様が顔を上げる。
その顔にはもう胡散臭い笑みは残っていなかった。
「さっさと終わらせてくるから、その辺座ってて」
いつも通りのやる気のない顔に戻った魔王様は壁際の簡易椅子に視線をやる。
「えっと……」
「説明は後」
やる気のない顔から外交用の目を開いた顔に戻ると魔王様は戦闘エリアへと進んでいく。
シェムさんが候補者の名前を読み上げて、竜族の人が白い枠線の中に入っていった。
今のはなんだったんだろう。
簡易椅子に座って試合を観戦していると、クラヴィスさんが横に姿を現した。
「次の魔王は頭脳派になりそうだね」
「そうなんですか? あ、それよりさっきは結界ありがとうございました。クラヴィスさんの魔法ですよね」
「うん。いくら雪子ちゃんが無効化が使えるとは言っても、脅し用の魔法で意識消えかけてたでしょ。不発リスクがある場合は発動させてくれってベルちゃんから頼まれてたんだよ」
竜族の人は体が頑丈なのか魔王様の魔法を受けても平然と立っている。
竜族の人の口から放たれる青い炎はドラゴンブレスというやつだろうか。
魔王様は移動魔法でよけるのをやめて魔法で相殺することにしたようで、青色と赤紫色が戦闘エリアの中で拮抗する。
「襲ってきた候補者のこと、心配? 魔王選定戦では試合外問わず死亡者を出さないのがルールだから大丈夫だよ。今頃軍警の取調べを受けているんじゃないかな」
「そうなんですね。結界が消えた時にはいなくなってたのでどうなったかと思ってました」
「最初から何かやらかしそうな顔をしていたからね。今頃黒幕の名前を吐かされているはずだよ」
竜族の人を赤紫色の光が包み燃え上がる。
「そこまで!」
膝をつく竜族の人を軍の人たちが運び出し、魔王様の前にゴシックドレスの女の子が立つ。
最後の候補者である少女は色が白く、綺麗な顔立ちだ。
こんな小さい女の子に攻撃するとか駄目だと思う。
それなのに。
「用意、始め!」
魔王様は最初から全力だった。
見たことのない速さで魔法を撃ち出して、マシンガンを放つようなそれを女の子はスカートを揺らしてよけていく。
魔法が女の子を追跡するけれど、抜けるように白い腕が伸ばされただけでかき消えてしまう。
「さすが強いね。予選を担当した軍の若手が彼女につけたあだ名、知りたい?」
「候補者さんにあだ名があるんですか?」
「印象的な候補者は噂に上るからね」
ピンク色の光が女の子の身体を包む。
そして伸ばされた一筋が魔王様の首に巻き付いた。
女の子の可愛らしい声が高らかに響く。
「ああ、可愛い駄犬だこと。ピンクの首輪が似合うわ」
女の子の白い指がピンク色の光の筋を引くと魔王様の首が前のめりに引っ張られた。
クラヴィスさんがこらえきれないと言った様子で肩を震わせて笑う。
「人呼んで『合法ロリ女王様』。1500歳を越える吸血族だよ」
1500歳?!
魔王様の五倍以上生きてるとか、見た目を裏切るロリババァっぷりですね?!
「そこまで! 以上をもって魔王選定戦を終了する!」
シェムさんの落ち着いた声。
それと共に魔王様に巻き付いたピンクの首輪とそこから伸びるリードが消える。
うん、とっても残念でしたよ魔王様。
B級週刊誌とか特殊性癖な方たち用の雑誌では大人気になりそうですね。おめでとうございます。
「さ、変態はほっといて戻ろうか。お茶の用意はさっきライラが回収してくれたしね」
クラヴィスさんがにっこりと笑う。
その笑顔は私に向けているように見えて、明らかに魔王様を意識していた。




