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初めての夜遊びは過去の味(1)


 髪型よし、シャツよし、スカートよし、カーディガンよし、歩きやすい靴よし。誕生日にメイド長がくれた綺麗めな鞄よし!

 お出かけ準備ばっちりです、私!

 そう、今日は初めての夜遊びなのです。

 お仕事が終わってから仮眠を取ったから英気も十分。夕飯を少なめにしたからお腹の準備も万端です。

 外側の商業エリアのカフェはどんな風なんだろう。内側の商業エリアと雰囲気は違うのかな。価格帯とか、来てる人とかも気になる!

 待ち合わせは城下町の広場にある噴水の前。夜になると七色にライトアップされて綺麗だからついでに見ようってクラヴィスさんが言ってくれたんだ。うーん、楽しみ!

 おっと、そろそろメイド長のお部屋に行かないと。行く前に顔出しなさいねって言われてたんだった。

 自室を出て二つ隣の部屋をノックする。メイド長はすぐに出てきてくれた。


「その格好なら合格ね。楽しんでらっしゃい」


 どうやら私の服装に不安を感じていたらしいメイド長に「いくら楽しくてもお酒は駄目よ」と念押しされて笑顔で送りだされると、私は城下町噴水前へと吊り革で移動した。



 青、黄色、紫、緑、赤、白、橙。

 刻々と変化する色のシャワーの前で数組のカップルが語り合っている。

 邪魔をしてはいけない雰囲気の中でクラヴィスさんを探していると、七分丈のボーダーシャツを着た人が片手を上げた。

 その人に向かって歩いていけば、彼もこちらに歩いてきて。


「こんばんは、雪子ちゃん。今日の服も可愛いね」


 そう言って褒めてくれた。


「クラヴィスさんもオシャレです! 今日はよろしくお願いします」


 紺と白のボーダーシャツに同系色のスカーフっぽいマフラー。袖から伸びる腕が予想よりも筋肉質で、ちょっぴりときめく。

 周りの空気にあてられたのかも、と思いながら一緒に歩き出すと、クラヴィスさんは「んー、夜は危ないかな」と言って左手を出した。


「手貸して。はぐれるといけないから」


 男の人と手をつないで夜の街歩きですか! デートじゃないですか! 乙女ゲームみたいですね!

 内心わくわくが止まらないけれどそれを抑えて右手をクラヴィスさんの左手に乗せる。そのまま私の右手を包むように握られると、薄手の手袋越しに体温が伝わってきた。


「これから住宅街を抜けて外側の商業エリアに行くけど、歩くのは平気? 仕事終わりで疲れてるなら魔法使って楽しちゃうけど」


「大丈夫です。仮眠もとったし、歩きやすい靴はいてきたので、歩けます」


「準備万端で来てくれたんだね。じゃあお喋りしながら行こう」


 広場を出て、私が歩いたことのない道に入っていく。小物屋さんやバーっぽいお店、綺麗なお姉さんがいそうなお店を過ぎて歩いていくと、二階建ての家が乱立するようになった。

 さらに進んでいくといかにもお屋敷といった家が増えてくる。この中に魔王討伐派の会長さんの家もあるんだろう。

 クラヴィスさんは最近食べたものについて教えてくれた。パンケーキカフェへ行ったらフレンチトーストの方が美味しかったとか、焼きたてのシュー皮にその場でクリームを詰めてくれるお店が良かったとか、パウダーシュガーって良い仕事するよね、とか、美味しいものの話がいっぱいで、なんだかお腹が減ってきてしまう。

 でも私、本当は甘いものよりつまみや肉の方が好きで、城下町でスイーツをあさっているのは雇い主のためなんです、と言えば、クラヴィスさんは「知ってたよ」と微笑んだ。


「雪子ちゃんが甘いものを食べるとき、いつも審査員みたいな顔をしてたからね」


「し、審査員みたいな顔ってどんな顔ですか」


「こんな顔」


 クラヴィスさんが眉根寄せて目を細める。真面目なんだかふざけてるんだかわからない顔に「からかわないでください」と言うと、ごめんごめんと謝られた。


「可愛いね、雪子ちゃんは」


 おまけにさらっとそんなことを言うクラヴィスさんは多分とてもモテるんだと思う。


「クラヴィスさん、モテますよね?」


「そう見える?」


「見えます。実は恋人いるんじゃないですか?」


 もしも本当に恋人がいたらこんな時間に二人で出歩いてちゃだめだよな、と思いつつおどけて聞く。


「いるって言ったら……、どうする?」


 ふいに向けられた色気のあるまなざしに握っていた手を離しそうになる。


「もしそうなら帰ります。彼女さんに悪いので」


「うん、雪子ちゃんならそう言うと思った。ちなみに恋人は常に募集中。応募してくれてもいいよ」


 いつもの空気に戻ったクラヴィスさんに「考えておきますね」と返して歩いていると、住宅街を抜けた。


「一軒目はそこの角を曲がったところだよ。おすすめはミネストローネとパンプディングかな」


「パンプディングって、パンが入ってるんですか?」


「どうだろうね? 食べてからのお楽しみ」


 ツタの絡まる壁の中、隠れるように存在した緑色のドアを開けてお店に入ると、女子会っぽい団体や二人組の女性客がスイーツを楽しんでいた。

 もうすぐ日付が変わる時間なのに、みんな元気だ。

 窓際のソファ席に案内されてクラヴィスさんと向かい合って座ると、店員さんからコラージュアルバムのようなメニューを渡された。

 生ハムにスモークサーモン、ローストビーフ……スイーツよりも肉系のおつまみを凝視してしまう私に気づいたのか、クラヴィスさんは「このあたりを盛り合わせで」と注文してくれた。神か。

 そしてミネストローネとパンプディングを二つずつ。クラヴィスさんはブラックコーヒー、私はストレートティーを頼むと、クラヴィスさんはゆったりとソファに体を沈めた。

 真似してソファに身をゆだねると、なんだか起き上がれなくなるようなしっくり加減で、思わず目を閉じそうになる。


「これ、人を駄目にするソファーですね。こんなのが自分の部屋にあったら引きこもりになっちゃいます」


「そうかもね」


 誘惑に負けないように体を起こして周りを見る。所々に絵本が飾ってあったり観葉植物があったりしてオシャレだ。魔王様の執務室にも観葉植物を置いてみたらどうだろうか。

 でもそういえば昔、魔王様宛に届いた観葉植物で痛い目を見た記憶がある。

 私の背よりも大きなそれはベンジャミンとツタ植物とウツボカズラを混ぜたような木だった。誰もいなかったからとりあえず水をやっていたらツタが伸びてきて腕や腰に絡んだかと思えば引っ張り始めて、そのままウツボカズラの餌になる間一髪のところで魔王様が執務室に戻ってきて、魔王様が観葉植物を火の魔法で燃やしてくれた。でもそのせいで前髪が焦げちゃって、焦げた分を切ったらなんかすごくダサくなっちゃって、魔王様は笑ってるしメイド長もシェムさんも笑いをこらえきれてなかったし、もう散々だったのだ。


「雪子ちゃん、今何考えてたの」


 クラヴィスさんが面白そうに聞いてくる。ちょっと迷ったけれど私の観葉植物事件をそのまま話すと、クラヴィスさんはお腹を抱えて笑い出した。


「その木知ってるよ、自分より弱そうなやつをね、捕食するって言う……あはは、そうか、雪子ちゃんは植物に弱い認定されたのかあ」


 わ、笑い事じゃないですよ! ってかあの木、私を自分より弱いって思って襲ってきたんですね? しかもそれを魔王様もメイド長もシェムさんもみんな分かってて、それで笑ってたんですね? みんなひどい。てっきり前髪のダサさで笑われてるんだと思ってたのに。


「でも大丈夫。雪子ちゃんはもう弱くない。お手紙の魔法も使えるしね」


 店員さんが前菜盛り合わせとスープ、パンプディングを運んできてくれる。

 パンプディングは器の中でパンと卵液がこんがり焼かれていて、耳付きで作ったフレンチトーストを器の中に押し込めたような感じだった。


「いただきます!」


 スモークサーモン、美味しい! 生ハム、しょっぱい! チーズ、大好き! ローストビーフにポテトサラダ! うわあ天国!

 もりもりと食べて、野菜たっぷりのミネストローネを飲む。優しい味わいに更に前菜が進む。


「美味しいです」


「それはよかった」


 料理長のつくってくれるおつまみも美味しいけれど、こういうお外で食べるおつまみも美味しい。胃の中がかっと熱くなる感じはあるけど、でも美味しい。


「雪子ちゃん、前菜はそこまでね」


 急にとめられて顔を上げると、クラヴィスさんは「これは雪子ちゃんには刺激が強いから」と私から遠ざけてしまった。


「ひどいです、食べれます」


「まだ二軒残ってるからね、俺は雪子ちゃんを万全な状態で残りのお店に連れていきたいな」


 そう言ってフォークでチーズを刺すと、それを私の取り皿に入れてくれる。


「はい、これ食べて」


 ローストビーフは取り上げられたけど、チーズがあるから我慢しよう。お皿に入れられたチーズを咀嚼してスープを飲んでいると、段々と胃の中の熱がおさまってきた。

 そして初めてのパンプディング。

 もう、パーン!!! これ、こんど料理長に作ってもらおう。それか、休みの日に自分で作るのもいいかも。

 もりもりと食べ進め、店員さんに紅茶を持ってきてもらおうと店内を見回した時だった。

 見覚えのある人が扉から入ってきた。ショートカットで中性的な顔立ちをした女性。一か月間見続けた顔を見間違うはずがない。


「デボラ先生!」


 思わず声を上げると、デボラ先生はこちらに顔を向けて、クールな顔のまま近づいてきた。


「雪子ちゃん、知り合い?」


「はい、この前業務命令みたいな感じで魔王城採用試験を受けたんですけど、そのときの先生なんです」


 立ち上がってデボラ先生を迎えると、デボラ先生はまず先にクラヴィスさんを見て不思議そうな顔をした。


「先生、先月の採用試験では色々と教えていただきありがとうございました。最終日にお礼を言いたかったんですけれど、色々あって言えなくて。お会いできてよかったです」


 そう言って頭を下げると、デボラ先生は「わざわざお礼を言われるとは思わなかった」とはにかんだ。


「君は最後に良い成長を見せてくれた。合格通知は届いたかな」


「はい、届きました。でも……えっと、もう少し考えさせてください」


「そうか。覚悟が決まったら連絡をくれればいい。いつでも歓迎する」


 授業の時と変わらない口調のデボラ先生。でも、クラヴィスさんに話しかける瞬間、私に対するのとは違った、親しみがこもっているような、でも尊敬を含んでいるような声に変わった。


「久しぶりだな、白の鍵。まさかこんな若い子を連れまわしているとは思わなかった」


「言うね。まさか教師になっているとは思わなかったけど、健在のようで何よりだよ」


「教師は臨時だ。遊撃隊員も今じゃ立派な管理職さ。そっちこそ、変態さに拍車がかかっているようで何よりだ」


「彼女は大切な友人だよ。食べ歩きも仕事でね。来週新刊が出るんだ。デボラにも献本しよう」


「ああ、楽しみにしている」


 デボラ先生は私に15度の礼をすると二階席へと歩いて行く。

 その後ろ姿を目で追ってソファに座る。


「クラヴィスさんも知り合いだったんですね。それに新刊って、本を書かれてるんですか」


「そうだよ。大陸食べ歩きシリーズって知らない?」


 大陸食べ歩きシリーズ。

 それは食レポのようなコラムのような、たまに小説のような本で、いろんな場所の色んな食べ物とその時の情景、空気感を伝えてくるシリーズ本で、私の知らない町の私の知らない食材がたくさん載っている本だった。


「来週出るのは城下町スイーツ編でね、雪子ちゃんと行ったお店も取り上げてあるから本屋さんで見てみて」


「スイーツ編ですか! うちの雇い主が食いつきそうです。来週、楽しみにしています」


 店員さんが持ってきてくれた紅茶を口に含む。口の中に残っていたパンプディングの甘みがすっと消えていって、ああ美味しかったなぁ、と後味を追いかける。


「さあ、そろそろこの店も閉店時間だ。次のお店に行こうか」


 時計を見ればもうすぐ二時。

 途中でお手洗いに行っているうちにお会計が済まされていたらしく、お財布を出す私に「ここと次の分は俺が払うから、早朝カフェはお願いできる?」といたずらっぽい目で言うクラヴィスさんはやっぱり大人だ。

 そすして二人でお店を出て、どちらからともなく手を繋いで歩いていると、まるで恋人のような気分になってきてそわそわする。


「次はバーっぽいお店。雪子ちゃんはお酒飲めるんだったよね?」


 お酒、飲めます! 好きです!

 でも、魔王様の外泊許可条件のせいで飲めません。


「それが……雇い主からお酒を止められてまして」


「へえ、何かやらかしたの?」


「気付いたら雇い主のベッドの上で寝てました。しかもここ数か月で二回も」


「……雪子ちゃんは、その……」


「無罪です。何もしてません。私はただ酔ってただけなんですが、なぜかベッドに連れてかれてまして。でも何もされてないしむしろ介抱されてました」


 雇い主との危ない関係を疑われそうになって必死に弁解すれば、クラヴィスさんは肩を震わせた。


「雪子ちゃんの雇い主は、相当雪子ちゃんが大事なんだね」


 そうですかね? 大事にされるよりはいじめられてますけど。

 そんな私の考えが顔に出ていたのか、クラヴィスさんはもう一度肩を震わせた。


「じゃあ、今日は禁酒中の雪子ちゃんのためにノンアルコールカクテルをご馳走してあげよう」


 大通りから一本入って、もう一本入った先にあったのは、海賊船が放置された広場。

 陸の上の船は船底が土に埋まっていて、地面が海面のように見える。

 縄梯子を上がって甲板に立つと、船の本体と言うか、二階建ての建物のドアが開いてギャルソンらしき人が現れた。


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