日常の疑問
「魔王様って、魔王っぽさがないですよね」
昼食前のお茶の時間。
書類を読む魔王様を前に呟く雪子に、魔王様は目を白黒させ、ごくん、となんとかお茶を飲みほした。
「危うく書類が紅茶色に染まるところだったよ? この書類の山が見えてないの? 馬鹿なの? できない子なの?」
「だって、高笑いとかしないし、魔法でドッカーンもしないし、人間をさらってきたりもないじゃないですか」
猫舌の雪子にも飲みやすい温度になった紅茶に口をつける。町の紅茶店で「無刺激 人間界スリランカ原産オリジナル」と表示されている紅茶は香りが高く、ほっとする味わいだ。
「高笑いしてほしいの?」
「そういうわけではないですが」
こう、なんというか権力っぽさとか威圧感がないんだよなぁ、と雪子は考える。
魔王様が日々何をしているか思い出すと、書類を見てサインをして、本を読んで、たまに軍の運動施設へエクササイズに行ったり、散歩とか言って行方不明になっている記憶しかない。これで普段からお城で従業員を恐怖におびえさせているとか気まぐれにどこかの村を消しているならまだしも、城下町では毎年魔王様写真集が作られ、年に一度の握手会、ライブ会場と化す視察と講演、そして味覚崩壊ともいえる甘党っぷり。これのどこが魔王だというのだろう。
「恐怖による統治は楽しくないでしょ、する側も、される側も」
まあ、ごもっともですが。
魔王様のコップが空になったのを見てお茶を注ぎ足す。砂糖をスプーン山盛り5杯とシロップ。それが魔王様のスタンダードだった。
「あ、でも一度、雪子の言う魔王っぽいことしたことあるよ」
「そうなんですか!」
知られざる魔王伝説? 聞きたい!
目を輝かせる雪子に魔王様は目を細めて、「さあ、そろそろ仕事しようか」と扉を見る。
すうっと開いた扉の外には書記官さんや軍の人たちがいた。もしかしてかなり待っていたのだろうか。
急いでお茶のセットを片付けて執務室を出る。
書記官さんたちはにこやかに挨拶をしてくれて、ちょっとほっとした。