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誘拐の理由とメイド長の過去(3)


「いちゃつくならよそでやってくれない? それか僕はここで帰らせてもらうよ」


 魔王様との言い合いを遮ったのはサケルだった。


「いちゃついてないです!」


「ふうん。面白いね。もしかして僕と遊んでほしいのかい」


「結構です」


 サケルが立ち上がる。


「ベル、次に会うときはお祝いを用意した方がいいのかな」


「ケル兄の期待に応えられるかはわからないけど、努力するよ」


 二人の視線が意味深に絡み合う。そして二人は握手をすると笑った。


「じゃあね、僕の可愛い弟。みんな、ベルをよろしく頼むよ」


 サケルの視線がシェムさんとメイド長に移り、料理長を通って私で止まる。


「鈍感さは罪だよ」


 そう言って。窓を開けたサケルはバルコニーの柵を乗り越えて夜の闇の中に体を投じる。その体は紺色がかった紫の光に包まれて消えた。


「相変わらず自由な方ですね」


 窓を閉めたメイド長が宙に手を突っ込み、その腕が見えなくなる。やがて戻ってきた腕にはカタラーナの乗ったお盆があった。


「魔王様、こちらを」


「ありがとう。雪子、お茶がなくなった」


「はい、ただいま」


 執務室の隅の湯沸かし器を操作していると、ゼノが私の後ろに立つ。


「へえ、すごいな」


「湯沸かし器を見るのは初めて?」


「いや、何度も見たことがある。でもこんなのは初めて見た」


 茶葉を入れたティーポットにお湯を入れて茶葉が踊るのを待つ。


「これ、雪子が素手で触っても機能が壊れないように防御されてるんだ。いや、これだけじゃない。この城のかなりの場所がそうなってる。無効化を無効化するなんて、まるでからくり城だ」


 そういえば今まで考えたこともなかったけれど、魔界には電気がない。ガスもない。ってことは魔力ですべてが動いているってことなんだろう。でも私が触ったら魔力を全部吸い取ってしまうから、魔力をまとったものは動かなくなるはずだ。それでも動くっていうことは何らかの機能が働いているということで。

 それをあえてやろうとするのは魔王様しかいないと確信する。


「雪子、遅い」


「はい、ただいま!」


 ちょっと濃くなってしまったかもしれない紅茶を注ぎ、砂糖を大盛り5杯にシロップを垂らして渡す。

 それを自然に飲む魔王様を甘党という言葉で片づけていいものか。やっぱり味覚音痴と言った方が正確な気がする。

 そう思いつつソファに戻ってタルトの続きを食べる。サケルの使っていたお皿にはタルトくず以外残っていなくて、なんだかんだ言いつつ気に入ってもらえたのかな、と思う。私を拉致ったことはあんまり許せてないけど、私が帰ってこられるように動いてくれたし、悪人ではないのかもしれない。帰り際に悪口言われた気がするけど。


「そうそう、雪子の採用試験だけど、合格だって報告があったよ。どうする?」


「え?!」


「だから、採用試験。最終試験での実戦で急激に魔法が進歩したのと、全身での魔力吸収と解放が前線向きだって、機動隊が雪子を欲しがってる。軍部に所属したいなら転籍許可するよ」


 魔王軍でのお仕事。

 魔王城では全然役に立っていない私でも、軍でなら役に立てるのかもしれない。

 でも、軍って厳しそうだしなぁ……体育会系のところって体力がない人間が良く場所じゃないよね、絶対。


「いえ、私はメイドのままが良いです」


「そっか」


 魔王様が目を細めて笑う。カタラーナがお気に召したようだ。


「そういえば、私、メイド長の性別とかゼノとの関係とか気になるんですけど」


 ぐるりと首を向けると、隣り合って座るメイド長とゼノが照れたように笑った。


「良いわよ、あなたはゼノを見つけて連れてきてくれたから教えてあげる。緋色の死神の秘密をね」


 緋色の死神。実力派の魔族たちが怖れていた、周囲を焼き尽くす存在。メイド長はそんなおっかないものには見えないけれど、と思いながら座ると、料理長がお酒を出してくれた。イモのお湯割りだ。料理長はワインのようで、音が鳴らないようにグラスを触れ合わせる。


「私がこっちに来たのは8才のときだったわ。そして、前魔王軍の『金色の鎌』に出会った。黄色に輝く魔法は威力も凄かったけれどひたすら美しくて、頼み込んで彼の弟子になったのよ」


 メイド長の瞳が遠いものを見るように焦点を失う。

 肉感的な唇を紅茶で湿らせると、ライラは話し出した。



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