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誘拐の理由とメイド長の過去(2)


 冷蔵庫から出してきたタルトを持ち、こんこん、と二度ノック。


「失礼します、雪子です」


「入って」


 魔王様の声に執務室に入ると、ソファの上でリラックスムードでグラスを傾けていたサケルが顔を上げた。もう一つのソファでは優雅に紅茶を楽しむメイド長、そのわきで本を読んでいるゼノがいた。ゼノって物体に触ることができたのね……。でも、透き通っているせいで本が浮いてるように見えてさながらポルターガイストだ。


「雪子嬢は紅茶ですかな」


「お願いします。タルト持ってきました」


 壁際で紅茶を用意しているシェムさん。


「お待たせしましたッス」


 ドアを閉めようとしたら走ってきたであろう料理長が入ってきて、その手に乗る銀のトレイにはサンドイッチやクラッカーが綺麗にならんでいた。タマゴサンドとクリームチーズが美味しそう。


「これで全員かな」


 なんでこの場にサケルがいるんだろう。私はまだあのペット扱いや監禁セクハラを忘れてないんだけど。

 警戒しながらサケルからできるだけ離れるようにメイド長の隣に座る。


「そんなに警戒しなくても良いじゃあないか。取って喰おうなんてしないんだから。それとも、そうされたいのかい」


「お断りです! 魔王様、なんでサケルがここにいるんですか、私もうペット扱いされるの嫌です」


 泣きキレともいう勢いで魔王様に言い掛かれば、魔王様は「なんでって、サケルは今回の立役者だからだよ。ね、ケル兄?」と目を細める。

 サケルは「どう、感謝する気持ちはまだわかないのかな」とグラスの中の茶色の液体を飲み干す。ブランデーかウィスキーだろうか。


「まあ、その話はこれからするとして……約束のものはそれ?」


 魔王様に促されてリトルリトルと金で印字された箱を開ける。

 赤いイチゴに緑色の酸味のあるフルーツ、オレンジやベリーのたっぷり乗ったフルーツタルトは透明のジュレに覆われてキラキラと輝いている。

 魔王様から熱っぽいため息が漏れた。


「切りまッス」


 料理長がケーキナイフを振るい、タルトが八切れに分けられる。

 みんなに一切れずつ、ただし魔王様には二切れ配られれば、魔王様は無言でタルトにフォークを入れた。まずフルーツとクリームがその口に運ばれ、その後タルト地も一緒に咀嚼される。閉じられたまぶたがぴくりと揺れる。そしてもう一口。さらに一口。まるで神聖な時間が流れるように誰も何も言わず、魔王様がタルトを食べるのを見守る。

 沈黙が破られたのは一切れめがすべて口に運ばれ、シェムさんの入れた紅茶が魔王様の喉を通った時だった。


「美味しいね。落ち着いた味だ」


「ですよね! 甘ければなんでもいいっていう魔王様でも分かってくださると思ってました!」


 ガッツポーズをする私に魔王様が「言っとくけど僕、味覚音痴じゃないよ?」とティーカップをもう一度傾ける。

 横目で料理長を見れば、それはどうだか、とシェムさんと視線を交わしているところだった。専属書記官とシェフのトップにそう思われてるってことは言い逃れできないと思いますよ、魔王様。


「さて。じゃあ始めようか、今回の茶番劇の報告をね」


 魔王様の言葉にシェムさんが部屋の奥のスクリーンを操作する。スクリーンなんてハイテクなものが執務室にあったんだ……。


「まず、最初に動きがあったのは三か月前だ。人間が魔物の縄張りを荒らし始めて、それに対して魔物が反撃したという事件が数件。辺境は自治に任せてるから特に対応はしてなかったんだけど、そうこうしているうちにお散歩中の辺境伯の息女が人間に切り付けられたらしい。そのせいで辺境地区の魔族が怒って国境地帯に強度の魔素が充満してティラミス王国にも影響して作物の異常発生と変質が生じた」


 スクリーンに映し出される地図。

 それはティラミス王国立高等学園の歴史の授業で見たようなティラミス王国中心のものではなく、魔王城を中心とした配置になっている。それを見て、ティラミス王国は大陸の一番西の端に薄くあるだけなのだと改めてわかった。


「昔から人間たちはこの魔界を第二の人間界だと思って自分たちの土地を取り戻すと言って攻めてくるんだ。身体に魔力を持たない者が魔力にあふれた世界にいる時点でここの本来の住人ではないと気付くべきだと思うんだが、何度話しても理解してもらえないんだよ。保護しようと持ち掛けても断られるし」


 保護、という言葉はルシアンから聞いたことがあった。あのときルシアンは希少動物みたいに扱うなって怒ってたっけ。


「それで、魔物を操っている魔王を倒そうと王国軍主体で計画が立てられた。これについてはシェムシュの方が詳しい。信号色のお客人から直接聞き出してくれたからね」


 魔王様がシェムさんに目をやる。

 シェムさんは胸元から手帳を出して開いた。


「当初の計画内容としては、魔王が気に入って手元に置いている物を奪い、それを取引材料とするというものでした。しかし、魔王が気に入っているものについて調査をしたところ人間であることが判明、魔王に攫われ洗脳されたのだろうと推測した上で、その人間に心の隙をつかせて魔王を倒そうという計画になったようですな。臨死体験をさせて生まれ変わったと誤認させ、王国について学ばせた後軍属とし、魔王討伐隊に組み込もうとしたようです」


 魔王様は私を気に入ってるというよりは無理言ってもどうにかなるメイドとしてこき使ってるだけだと思うんだけどな……。でも、光の槍に貫かれる臨死体験も、生まれ変わったと勘違いさせるのも大成功だったよ王様。ほんとに信じちゃったし、私。


「僕は雪子が人間の地に行ったのがわかってからすぐにケル兄に来て貰って、人間の計画の内容自体はわからないにせよ、雪子を取引材料にしたいんだな、って予想した上で動くことにした。まあ、国王に一日三回手紙を送っただけだけどね」


「ベルの文章力は神がかってたよ。あれは呪いの手紙と言っていいと僕は思うんだけどねえ」


 どんな手紙を出したんだろう……。魔王様ってたまに腹黒いからえげつないこと書いたんだろうな。毎日国王の髪の毛が減る呪いとか。


「そんな中で辺境伯から『代々受け継いできた土地の端に百年前から人間が棲み始めたのが原因で事件が起こったと言える。父から継いだ地の所有権の確認をいただき、その上で不法占拠を続ける人間を排除させていただきたい』という申し入れがあってね。調べたら確かに王国が国土と主張する土地の一部が辺境伯の土地でね。所有権の確認をしたのが雪子が連れ去られてから一週間したときだったかな」


 私が向こうに行って一週間って、たしか魔物と魔族が人を襲い始めた時期じゃなかったか。


「で、辺境伯が実力行使に出たあたりで国王が焦って、急ピッチで雪子を洗脳して魔王討伐隊のメンバーにしたってわけ。人間の夢操作と洗脳ってすごいんだね。毎晩毎晩前魔王や僕の仕事を悪いところだけ切り取って見せつけるって中々えぐいことするなぁって感心しちゃったよ。やってることだけ見たら人間の方がよっぽど魔王ぽいよ」


 そして私、洗脳されてたんですね。たしかに悪夢は見た気がするけれど、でも毎晩ではなかったような。


「夢を起きるまで覚えてられるのは稀だからね。むしろ覚えていない方が潜在意識に浸み込む分強力なんじゃないかな」


「そういえば、魔王様夢で会いましたよね。あれって本物ですか?」


「本物だよ。雪子が知ってる概念だとなんだろう、テレパシーの応用みたいな感じ?」


 魔王様すごい。テレパシーあったら携帯電話要らないですね。こっちに来てから携帯電話自体見てないけど。


「あとは楽しかったなー。魔族の中の魔王討伐派の会話を盗聴したり、王国から城下町まで安全快適に来れるように人間の作った魔法陣を手当たり次第に改良してあげたりして。ま、この辺はぜんぶシェムシュがやってくれたんだけどね」


 音もなくお辞儀をするシェムさん。第五東区から城下町近くまで一気に飛んじゃったのはきっとシェムさんのおかげなんだろう。お礼を言うと、シェムさんは「仕事ですので」とタルトを一口。うう、渋い。渋カッコいいよシェムさん。


「僕は通常の仕事があったし、体から出ちゃう魔素と魔力の制御が完全にはできないから、王国での仕事は全部ケル兄がやってくれたんだよ。雪子の様子を探ったり、雪子が僕に無断で契約したゼノと話したり、国王に手紙を届けたりね。もうめっちゃ働いてくれたんだから」


 魔王様の顔にお礼を言え、と書いてあって、ソファから立ち上がる。


「サケル…さま、今回は私のために沢山動いていただき有難うございました。感謝いたします」


 メイド服を着てきてよかった。メイド長仕込みの深々とした礼をする。


「いいよ、ベルの頼みだからね。もっとも、君が楽しませてくれるって言うんなら聞いてあげなくもない」


「ケル兄、それは駄目」


 私の顔が引きつったのに気づいたのか魔王様がとめてくれる。ありがとう魔王様。今なら本心からお礼が言える。


「それで、こっちでは雪子の誘拐に加担したレイ・カプチーノを王国に強制送還したり、雪子を襲った魔王討伐派会長のドラ息子を審判所に送ったりして雪子たちを待ってたわけ。洗脳された雪子のイメージに合わせて城を改装するのめっちゃ楽しかったよ」


 ね、ライラ? と魔王様がメイド長を見る。

 メイド長は「ええ、とっても。ほとんどは幻覚ですけどね」と言って手の上にミニサイズのゾンビを出現させる。


「人間界からゾンビの資料を取り寄せるのが一番大変だったわ。ゾンビだけは自由に動いてもらう必要があったから、軍部の若い子に仮装してもらったの。中々良い演技だったでしょう?」


「仮装とは思えないクオリティでした……眼球落ちそうになってたし皮膚溶けてたしめっちゃ怖かったですよあれ。しかもドブと血を混ぜたような異臭までするし」


「あ、異臭は俺がやったんスよ。あとは裏で身の程知らずな皆様に調理場の主が誰かを教えてあげたッス」


 身の程知らずな皆様って私とギムレットたちのことだろうか?


「雪子たちが魔王の間にいる間、一部の人が調理場に侵入してね。おおかた略奪と城内の食物汚染が目的だったんでしょうけど、料理長は強かったわよ。対象者を予備倉庫に閉じ込めて発生させる粉塵爆発も面白かったし、ダイラタンシー現象を使った底なし沼にハマった人たちの顔ったら。魔法じゃない分対処できなかったみたいね」


 あの筋肉ムキムキのおじさんたちを料理長が倒しただと……? この童顔で力なんてなさそうな小柄な料理長が? ほんとに?


「雪んこ、もしかして信じてないッスか? 料理は頭脳と体力のガチンコバトルッスよ?」


「残りの魔王様に殺意を向けている人たちは広い場所に移して遊んであげたけど、ほんっと最近の若い子って骨がないわよね。ピクニックでもしにきたのかしら」


 楽しげな料理長とメイド長。今までに見たことのない好戦的な目をする二人を前にし、このダブル長は絶対に敵に回さないようにしようと雪子は固く心に誓った。


「あ、そういえば、さっき魔王様レイ・カプチーノって言いましたよね? どんな人ですか? どうなったんですか?」


「魔王城採用試験にまぎれてた小娘だよ、銀髪碧眼で幻覚や洗脳が得意だ。去年から隣の町に留学に来てて、採用試験は力試しのために受けたらしい。最終試験の直前に国から指示があって、雪子の誘拐に手を貸したと言ってたかな。あと、ルシアンっていうずっと雪子のそばにいた魔術師も誘拐の共犯者だね。ただ、雪子を王国まで連れていくって言う任務で国に帰れたルシアンと違ってレイはこっちに残されたからね、国に捨てられたんだろうと思って強制送還直前まで慰めておいたよ。シェムシュが」


 あ、最後はシェムさんなんですね。でも、レイ・カプチーノはちゃんと存在していて、無事に家に帰れたのなら一安心だ。自称父さん母さんは良い人たちだったし、レイは魔族の中で暮らすより家族と暮らす方が絶対良いに決まってる。


「レイさんが家に帰れたならよかったです。カプチーノ家のみんな、良い人たちだったから」


 魔王様の顔が少し陰る。


「私も、帰ってこれてよかったです。やっぱり自分の家が一番です」


「ここは魔王城で君の家じゃないんだけどね」


 わかってる? 官舎だよここ? と続けられ、わかってますと答えるも「疑わしい」と返される。信用ないな私。



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