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誘拐の理由とメイド長の過去(1)

 人生二度目の魔王の間への入室に、クランベリーソースの掃除。ついでに玉座を磨き上げた私は部屋に戻ってクローゼットをあさる。

 最近日差しが強くなってきたから涼しい服が良いな、と半袖シャツとスカートを取り出す。服を買ったときに魔王様が「今はカーディガンを合わせて、もう少し気温が上がったら上着なしで着ればいいよ」と言っていたのを思い出して、これなら文句を言われないだろうと着替える。

 リトルリトルの開店時間まであと30分、開店を狙うならちょうどいい時間だろう。

 財布にお金を入れて、髪をポニーテールにまとめ直して吊り革を握る。

 行き先は……。


「城下町仕立屋前」


 リトルリトルは仕立屋さんから歩いて五分。歩いていけば開店前のその店の行列はさほど長くなく、5人待ちだ。

 今日は前回買わなかったクッキーも買っていこうかなと考えつつ、ゲーム機の電源を入れる。起動した異世界物語のオープニングではアイン王子が微笑み、ジーク先生もオトナな笑顔で過ぎていく。天使のように微笑むピンクの髪のヒロイン。切り替わっていく画像の中にには登校初日にキャラメルを囲んでいた男の子たちもいる。私がこの前までいた学園の人たちにそっくりの外見をした同名のキャラクターがいることや、国の名前や学園名が共通なことは何度考えても奇妙で、まるで私をゲームの世界にいると勘違いさせるために仕組まれた罠だったんじゃないかとまで思えてくる。

 ただ一つ違ったのはヒロインが王子を毒牙にかける、もとい攻略するのを防止しようと動く王子の婚約者レイ・カプチーノの存在。ゲームの中ではドリルのような銀髪に青い目をしている彼女の代わりに私がアシュレイ・カプチーノとして配置されていたこと。

 二週間過ごした限りティラミス王国の技術よりこっちの方が進んでいるから、ゲーム異世界物語はきっと何らかの理由でティラミス王国の様子を見た魔族がお遊びで作ったゲームなんだろう。

 そうだとしたら、レイ・カプチーノはどこへ行ったんだろう。私がティラミス王国で存在する代わりにはじき出されたであろう存在。

 平気で人を誘拐してきちゃうような国だし、それどころか仲間に命を狙わせようとする鬼畜だし、酷い目にあってないといいんだけど。今晩魔王様に聞いたらわかるだろうか。

 カランコロン、とカウベルの音と共にお店のドアが開く。水色とピンクのロマンティックなワンピースを着たお姉さんがお店のドアを中から全開にして「開店いたします」と声を上げた瞬間、行列は一気にお店の中に流れ込んだ。




 右手にはフルーツタルトがワンホール入った箱。左肩にかかる鞄の中には焼きたてのクッキー。

 甘い香りに包まれながら城下町に繰り出した私は本屋さんで週刊漫画のバックナンバーを取り寄せたり新刊書籍コーナーを物色したりしつつ魔界ライフを堪能する。

 ティラミス王国にいる間は移動はすべて馬車で学園と家の往復しかさせてもらえなかったから、気付かないうちに自由時間に飢えてたんだと思う。

 重くなった鞄を肩にかけなおしてうろつきつつ、どこでランチをしようか考えあぐねているときだった。


「雪子ちゃん、久しぶり」


 斜め前から進んでくる人々の中でクラヴィスさんが右手を上げた。


「あれ、クラヴィスさん! 偶然ですね」


「俺たちが会うのはいつも偶然だけどね」


「そういえば確かに。でも偶然のわりに週に一度はお会いしている気がします」


 むしろ、私が城下町へ行くたびにお会いしている気がします。


「運命かな?」


 口元を緩めつつも目元は緩めず、何かを試すような口ぶりで言うクラヴィスさん。ここで恥ずかしがったら思うつぼなんでしょうね、任せてください。


「もしそうなら素敵なのに」


 前に読んだ、貴族令嬢と王子様の舞踏会ロマンスに出てきた台詞をそのまま口に出す。クラヴィスさんはちょっと驚いたようだった。


「へえ、言葉に感情が乗ってないってことは何かの受け売り?」


 あらら、お見通しでしたか。さすが大人。一筋縄ではいかないみたいだ。曖昧に笑う私にクラヴィスさんは納得したように顎に手をやった。


「ところで、昼はもう済ませた? まだなら近くに良い店があるけど一緒にどう」


「本当ですか? いまちょうどお店を探してたところだったんです」


 それなら良かった、と言うクラヴィスさんの横に並んで城下町を歩いていく。私が知っている城下町はお店がいっぱいあるエリアだけで、それを囲むようにある住宅街には行ったことがない。

 クラヴィスさんはそれを知っていて、いつも住宅街に入る手前まででお店を選んでくれる。

 一度住宅街やその外にあるお店に行ってみたいとお願いしたことがあるけれど、なぜか断られてしまった。私の足では時間がかかるし行くにも帰るにも疲れてしまうから、という理由だったけれど、今の私には吊り革があって帰りの心配は要らないからお願いしてみようか。


「あの、クラヴィスさん」


「なに? お腹が減りすぎて歩けない?」


「違います! えっと、商業エリアの外のお店にも行ってみたいなって思って」


「急にどうしたの? このエリア内でも雪子ちゃんが行ったことのないお店はまだまだ沢山あると思うけど」


 確かにそう言われるとそうかもしれないけれど。


「私、偶然というか事故というか、色々あって、つい最近、城下町の外とか、城下町の一番外側を歩いたんです。あと、あんまり見てないけど住宅街も。その時、住宅街の外側にもたくさん食堂があることを知って、でも私その時はお店に入れなくて」


 住宅街の外側の商業エリアに行ってみたいんです、と懇願の気持ちをにじませてクラヴィスさんの顔を見上げる。

 クラヴィスさんは首の後ろをかきながら「うーん」と思案顔だ。んー、もうひと押し!


「お願いします、クラヴィスさん」


 もう一度「お願い」を強調してクラヴィスさんの目を見る。

 クラヴィスさんの金色まじりの茶色の瞳は綺麗で、真っすぐに私を見つめる。


「また今度ね」


 う。失敗か。


「今度っていつですか」


 食い下がった私に返ってきたのは「それは雪子ちゃんの都合次第かな」だった。


「今度、翌日がお休みの日を教えて。夜カフェと深夜カフェと早朝カフェをハシゴするツアーを組んであげよう」


「夜、ですか」


「そう。君の雇い主から夜遊びの許可が出たら連れてってあげるよ」


 さあ着いたよ、とガラス扉が開けられ、トマトの香りが広がる。大きな窯から取り出されるマルゲリータピザはトマトの赤とバジルの緑が鮮やかで食欲をそそる。

 手慣れた様子で注文をするクラヴィスさんに促され、赤いオレンジジュースやスパイスのきいたスープにピザやパスタを口にして確信した。

 クラヴィスさんは甘いものに限らず美味しいお店を見つける達人だ、と。



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