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いざ魔王退治(3)

 いぶかしむように、それでも確かに。


「ライラだよな?」


 もう一度呼んで。


「ゼノ……? なんでここに」


 メイド長が呆然としたような目で彼を見て、固まった。


「馬鹿野郎。ずっと探してたんだぞ」


「し、知らないわよそんなの」


「どうしたんだよその身体」


「あんたに教えるわけないじゃない」


「へえ、あんなに助けてやったのに? 雷が怖くて泣いてた可愛いライラちゃん?」


「黙れクソジジイ」


「言うようになったじゃねえか。お前こそ、もう五百歳ってとこだろうが。クソババア」


「なんですって! 一度殺す! いや、百回殺す!」


 ぎゃあぎゃあと言い合いを始めるゼノとメイド長にぽかんとしていると、魔王様は笑いをこらえきれないと言った様子で肩を揺らした。


「あの二人、昔契約してたんだよ。雪子みたいに」


「……それってもしかして」


 人間界から異世界に迷い込んだ赤毛の少女。生まれ変わった姿でも良いから会いたいとゼノが切望した、初めての契約者。

 ゼノの言うライラは、私の知っているライラと同名なだけじゃなくて、同一人物だったんだ。


「でも、メイド長って男性なんですよね?」


「ああ、その話は夜のおやつタイムにでも本人に聞けばいいよ。それよりも」


 魔王様が両手で私の頬を挟み、私の顔を魔王様に向かせる。


「ほんとに、人間の国に住まなくていいの?」


 その目は真剣で、私は思わずごくりと喉を鳴らす。

 最終試験の日、私は魔法に貫かれて意識を失って。気づけば家族が出来ていて。転生したんだなんて母さんに言われて。みんな優しくて。仲良しで。家族で。

 でもそれはきっと、偽物だったんだろう。

 私がティラミス王国に馴染めるように作られた、急ごしらえの仮装家族。

 きっとみんな知っていたんだ。私が魔王城のメイドであることも、私をさらえば魔王様が出てくるってことも。だから、私をダシにして魔王様を殺せるって考えて。そこまでいかなくても、私がティラミス王国で生きたいって言ったら、それを許す代わりに魔王様に何か要求する気だったんだろう。

 なんだかんだ一緒にいてくれたルシアンも、優しくしてくれたトムも、ヤギみたいな魔族から助けてくれたギムレットも。みんな、私が取引材料だから一緒にいただけで。仲間でもなんでもなくて。

 答えは決まっていた。


「私の雇い主は魔王様です」


 右手を下にして両手をおへその下で組む。背すじを伸ばしてメイド長仕込みの待機姿勢を取れば、魔王様は口角を上げた。


「お帰り、雪子」


「ただいま帰りました」


 カプチーノ家に帰宅した時には感じなかった感覚が胸に広がる。

 ああ。私は帰ってきたんだ。

 ここが私の帰る場所なんだ。

 そう実感して。なんだろう、また泣きそうになってきた。


「さてと、ここまで丁寧に雪子を運んできてくれた彼らにお礼をしなくっちゃ」


 魔王様が人差し指で宙を一撫ですると、倒れていたギムレットたちの姿が消えた。


「皮肉じゃないよ。ふわふわのベッドで目覚めたあとは魔王城の料理長お手製の軽食に魔王専属書記官主導での条約締結、それが終わればティラミス国の王都まで転移魔法で送ってあげるし……彼らにはもったいないくらいの待遇が待ってる」


 だから、泣きそうな顔しないで。

 そう言って、魔王様はもう一度私の頭を撫でた。


「ついでに、その全身の魔法を解除してもらえると有難いんだけどね」


「あ」


 そういえばさっきから魔王様に抱き着いたりしてるけどキャッチボール発動したままでしたね! 魔王様全然反応ないし魔力を吸い取った感じもないから忘れてました!


「無効化への対処法はあるからね。魔王討伐派の会長も対処した上で雪子を移動させたでしょ」


 そういえば。

 私を空中散歩に連れ出した球状の結界はどんなに触れてもびくともしなくて、吸収されたそばから取り戻してるみたいな声が聞こえて来たっけ。


「朝ごはん早かったから小腹がすいてきたな。朝のお茶の時間にしようか、雪子」


「では、着替えてきますね」


「んー、いや、ちょっと待って」


 魔王様が私の胸元に視線を移す。


「その服の方がやりやすそうだから、そのまま来て」


 やりやすそう?


「かしこまりました」


 去って行く魔王様の後ろ姿を見送れば、その姿はどこか悪夢の中の魔王様に似ているように見えた。あの燃え盛る悪夢の中で見た魔王様は本物だったのだろうか。

 さて、お仕事お仕事。

 いかにも玉座といった大きな椅子の前に脱ぎ捨てられたマントを片付けようと手に取れば、大きさの割に軽い鎧がくっついていて、その内側に袋のようなものが仕込まれていた。

 切れ込みの入った袋からぽたりと落ちる赤い液体。なんだか甘酸っぱい香り。

 魔王様の体から出てた赤い血の正体は鎧に仕込まれたクランベリーソースだったってわけね……。完全に騙されたわ。私の涙を返せ馬鹿魔王。

 とりあえずマントと鎧は洗濯担当に回して、ここのお掃除は魔王様のお茶が終わったら取りかかろう。

 段取りを立てながら魔王の間を出ようとすると、言い争いが終わったらしいゼノが手招きをする。


「アシュレイ、契約解除してもいい?」


 そんなゼノの隣には、笑みを浮かべるメイド長。好物のスパイシー小爆発ナントカを食べているときと同じくらいかそれ以上の目をしているメイド長に、何やらうまいこといったらしい、とわくわくする。


「いいよ。ありがとうね、ゼノ」


「いや、俺はほとんど動いてないから。こちらこそ魔力ご馳走様」


 ゼノが私のおでこに手をかざす。あたたかな気配が近寄って、消えて行った。

 そしてゼノはメイド長を見ると、すっと片膝を床につけた。

 求婚でもするかのようなポーズでゼノは右手を伸ばす。


「ライラ。あなたの命が尽きるまで、緋色の死神の名を私にも背負わせてください」


 メイド長の伸ばす指先がゼノの手の上に乗せられる。精霊には触れないはずなのに、まるでゼノに実体があるかのように乗せられた指先をゼノが握り返す。


「誓いなさい。死神の鎌が放たれるまで私を守り抜くと。さすれば私の魔力はあなたと共に」


「誓います」


 メイド長の指先に顔を近づけるゼノ。誓いのキスが落とされると、二人をオレンジ色の光が包んだ。ラメかスパンコールでも舞っているかのようにオレンジの光がキラキラと輝く。

 私とゼノとの契約の時はなかった現象にうっとりしていると、メイド長が私に顔を向けた。


「お帰り、雪子」


「ただいま帰りました。それと、おめでとうございます」


 いつもの挨拶に一言加えれば、メイド長は「そんなんじゃないわよ」と私の頭を撫でる。

 そんなんでもあるんだけどなあ、と呟くゼノが面白くて、久々に笑ってしまった。


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