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魔族の世界は危険がいっぱい(4)

 目が覚めれば外はほんのり白んでいて、ここ数週間聞いていなかった灰色の鳥の声が聞こえた。

 部屋の中ではギムレットとトムとルシアンがそれぞれ寝ていて、特にギムレットは布団を蹴飛ばしてルシアンを蹴りそうな勢いで大の字で寝ている。

 胸元の皮膚が引き攣れるように痛んで、目を落とせば昨日のことを思い出す。

 金色の目の鉤爪の化け物。明かりの下では普通に見えたのに、暗闇の中ではまったく別の何かに代わってしまった青年。

 みんなを起こさないように部屋を出て顔を洗って戻れば、トムが上半身を起こしたところだった。


「おはよう、アシュレイ」


 にっこり、と可愛らしく笑みを浮かべるトムの黄色い髪は盛大にはねていて、まるでいたずらっこな犬みたいだ。


「おはよう、トム。昨日はありがとう」


 トムは「どういたしまして」とだけ答えて、ルシアンをつつく。


「黙れ」


 不機嫌そうな声にトムは声を出さずにルシアンの体をつつき続ける。


「うるさい、黙れ」


 誰も声を出していないのに黙れと言い続けるルシアンに耐え切れずに吹きだせば、ルシアンは「んあ?!」と妙な声を出して起き上がった。


「おはよう、低血圧」


 トムがルシアンの脇腹を軽く殴ると、ルシアンはそのまま布団に倒れこむ。


「駄目みたい。アシュレイは着替えてきたら? 戻ってくるまでに二人をどうにかしておくから」


 トムの言葉に甘えて脱衣所に着替えに行けば、昨晩お風呂場まで案内してくれた高校生くらいのメイドさんに遭遇した。


「おはようございますっ。よくお休みになられましたか?」


 ミニスカメイドさんの甘さのある高い声が廊下に響く。


「おはようございます。はい、ぐっすりでした」


「それはよかったですっ。それにしても、今日は坊ちゃまから魔王城攻略について皆様にお話しする予定だったのですが、坊ちゃまったら見当たらないんですよねぇ。もしかして外泊かしら!? きゃあ!」


 ぺらぺらとお屋敷事情を喋ってしまうメイドさんに思わず「あんまり喋るとクビになりますよ! 機密だったら大変ですよ!」と小声で注意すると、メイドさんは首をかしげて「きみつってなんですか?」と返してきた。

 おお……なんという無知っぷり……。この世界ってこれくらいの情報ゆるふわ管理が普通なんだろうか……。

 唖然としながらも着替えて部屋に戻れば、赤青黄色の三人はしゃっきりと通常モードに戻っていた。それぞれ紋章のついた腕章をつけていて、なんだかイベントスタッフみたいだ。


「これはアシュレイの分だ。王国軍の紋章をいただけるのは非常に栄誉なことなんだ。心してつけるといい」


 ルシアンが私の左腕に紋章つきの腕章をつけてくれる。安全ピンらしきものでとめているあたり、やっぱり臨時のイベントスタッフにしか見えない。ちょっと恥ずかしい。


「さあ、朝飯いくぞ!」


 ギムレットの元気な号令に従って食堂に行けば、そこにはロマンスグレーの会長さんとメイドさんたち、そして屈強なお兄さんやおじさんたちが揃っていた。


「おはようございます、勇者様方。さあ、こちらへ」


 すすめられるまま座れば、クロワッサンやベーコンエッグ、フルールの盛り合わせがわんさか出てくる。そのどれもがビッグサイズだけれど、これがこの世界の標準というものなのだろうか。

 目玉焼きの黄身が握りこぶし大であることにどきどきしつつフォークを握れば、ギムレットたちはもりもり食を進めていた。


「人間の皆様は刺激物はお体に合わないと伺いましてね、味を平坦に、そして魔素よけを入れ込んで調理させております。お味はいかがですか」


 会長さんの言葉にみんなで「美味しいです!」と答えると、会長さんはにこにこと頷いてくれた。

 そのまま、会長さんが周りにいる人たちを紹介し始める。

 こちらが魔王討伐派ナントカ地区ナントカ支部長のナントカさん、そちらはナントカ地区ナントカ支部長のナントカさんで、こちらはナントカ特別区ナントカ団のナントカさんとナントカさん、そんな風に人の名前が延々と紹介されていくけれど、しょっぱなから聞き逃してしまって、なんとか聞こうと思っても地区名の発音も名前も聞き取りづらくて、「よろしくお願いします」と返すのが精いっぱい。

 屈強で頑強なお兄さんとおじさんたちはみんな私たち魔王討伐隊を応援してくれていて、魔王城では後方支援もしてくれるとのことだった。とても心強い。

 誰がどう強いかなどの血沸き肉躍る感じの英雄譚っぽい自慢を聞いているうちに朝ごはんは終わって、私たちは魔王城攻略の作戦会議をすることになった。


「本当は愚息にやらせるつもりだったのですが、どうも体調を崩したようでしてね。あれは肝心な時に体を壊すんです、情けないことです」


 そう会長さんが言って、綺麗に片づけられた机の上に大きな見取り図が広げられる。

愚息ってたぶんメイドさんが言っていた外泊坊ちゃまのことだよね。会長さんがこんなにイケメンなんだもん、きっと息子さんもイケメンなはずだ。今頃きっとどこかの可愛い女の子とキャッキャしてるんだろう。くそう、イケメン滅びろ!

そんな思いを胸の奥にしまいつつ見取り図を見れば、建物の見取り図であるはずなのに所々ぐにゃぐにゃと部屋が曲がっていたり、廊下が途中で切れていたりと変な図になっている。


「魔王城というのは不思議な建物でして、真っすぐに進んだのちに真っすぐ同じ道を戻ったとしても違う場所へ着くという、惑わしの城なのです」


 会長さんの指が魔王城の門から階段を伝って真っすぐに進んでいく。


「魔王の寝室や食堂にはどうやっても辿りつけません。しかし、外から入った者が辿り着ける場所が一つだけあるのです」


 会長さんの指が一点を指して止まる。そこは魔王城の最上階で、大きな広間になっている。そして、壁際には玉座らしき絵と黒い丸が描かれている。


「魔王の間と呼ばれている場所です。そして、ここでは必ず魔王と遭遇することができるのです」


「会長さん、質問」


「はい、勇者様」


「外から入った人が必ず魔王の間に行けて、必ず魔王と会えるっていうなら、なんで誰も魔王を倒してないんだ? 会長さんもここにいるみんなも、強いんだろ?」


 ギムレットの質問に周りがざわつく。会長さんは少しうつむいて首を左右に振った。


「それが、できないのです」


「どうして」


「魔王の間に行くためには、伝説の剣が必要だからです」


 みんなの目がギムレットの腰に向く。もちろん私もギムレットの腰に目をやって、そこに下げられた飾り細工が綺麗な太い剣を眺める。


「私どもでは魔王城で魔王とまみえることはかないません。しかし勇者様、あなたと一緒に行けば」


「魔王を倒せる!」「魔王をこの手に!」「魔王を倒せ!」「栄光をつかめ!」


 周りのお兄さんやおじさんたちの野太い声が飛び交う。


「勇者様、どうか私どもにお力をお貸しください」


 そう言って頭を下げる会長さんに、ギムレットは「わかった。確かにその期待に応えよう」と仰々しくうなずいた。

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