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魔族の世界は危険がいっぱい(2)

「おい、そこの……つっ?!」


 肩を掴まれた瞬間、相手の手は離れる。そのすきに逃げる。

 そんなことを、腕を掴まれた瞬間、後ろから腕らしきものを回された瞬間、足に絡みついてくるよくわからないものに触れた瞬間に繰り返し、私は見事に迷子になっていた。

 城下町に入ってしばらく、やたらめったら魔族に絡まれ、疲労困憊だ。

 隣で一緒に逃げてくれていたゼノもそろそろ呆れ顔で、「アシュレイは魔族寄せのフェロモンでも出してるのか?」とまで言ってくる。私が聞きたい。

 そうやって裏道から大通りに出たり、大通りを歩いていたと思ったら裏道に出てしまったりと城下町の迷路に翻弄され、気づけばあたりは暗くなっていた。


「そろそろルシアンたちと合流したいんだけど……」


「俺、残念ながら人探しは向いてないからな」


 呟く私にゼノは苦笑して、すこし離れた場所を滑るように歩いてくる。

 私が急に方向を変えたとしても絶対に当たらない距離。それは私が『キャッチボール』を常時発動した状態で歩くようになってからゼノが見極めた距離感らしかった。


「アシュレイにとって魔王はどんなイメージなんだ?」


 ふいにそう聞かれて、教科書の挿絵を思い出す。そして、夢の中の映像。


「大きな鎧をつけて牛の角生やした化け物で、冷酷で残忍で、悪逆非道で、でも村を襲うときは鎧つけてなかったし人間っぽい姿だったような……」


 いまいち統一感のないイメージに混乱しながら言葉を重ねれば、ゼノは笑ったようだった。


「なら、魔王城は?」


 魔王城。怖い化け物がいるお城だからきっとお化け屋敷みたいな場所に違いない。暗くてコウモリが飛んでて、歩いているとゾンビとかが襲い掛かってきたり、シャンデリアが無意味に揺れてるかと思えば突然落ちてきたり、異臭がしたりするんだと思う。多分。

 そう答えた私に、ゼノは笑いがこらえきれないと言った様子で肩を揺らす。


「おっけー、わかった。でもアシュレイ、君がそんなところに飛び込んでいくつもりだとは知らなかったな」


「ってそういえば私、魔王討伐隊じゃん! どうしようゼノ!」


 そんなおどろおどろしい場所行きたくないよ、今からでも帰っていいかな。

 今更ながら嘆いていると、どこからか美味しいにおいが漂ってきた。

 匂いをたどれば、食堂のあたたかな灯りが誘うように道を照らしている。お腹の虫が鳴きはじめるけれど、魔族のお店で使えるお金なんて持ってないし、どこかに座って第五東区でギムレットがくれたパンを食べようか。

 そんなことを考えていたら。


「アシュレイ・カプチーノ」


 声と共に体が浮いて、球体のようなものに閉じ込められていることに気付いた。

 両手で触っても球体の壁は壊れない。


「魔力が吸収されるのと同時に取り返してるんだ、壊れるはずがない」


 声の主を探すも見つからず、球体の外にいるゼノを呼ぶ。ゼノは何かしらの魔法を放っているようだけれどすべてはじかれているようだった。


「さあ、パーティーへ行こう」


 球体の中に響く声と共に球体が浮かび上がる。球体の壁に両手両足を突っ張ってバランスを取っているうちに、私の体は屋根より高く浮かんで、そのまま夜空を突き進み始めた。

 今度こそ食われるんだろうか。

 眼下に広がる家々と食堂や飲み屋、それらから漏れる明かり。目線を上げれば遮るものなく広がる星空。今日は月は出ていないみたいだ。

 こんな状況でなければ夜空の中を散歩しているようで素敵だったんだけどな、と考えていると、球体は緩やかに下降し、庭の広いお屋敷の前に着地した。そして滑るように門を通り、自動扉のように開け放たれる玄関扉を通過し、廊下を滑り、そして開きっぱなしの観音扉を通り抜ける。

 そこはパーティー会場のようで、立食用の食事と共にたくさんの人が集まっていた。球体が外の音を通さないせいで何が話されているのかはわからないけれど、もしやこれが昼間に聞いた闇オークションだったりするんだろうか。

 売られたくない売られたくない売られたくない、とぶつぶつ呟いているうちに球体は会場の中心まで滑っていき、ぱちんとはじけた。

 その瞬間、音の嵐が耳を襲ってきてパニックになりそうになる。


「アシュレイ!」


 でも確かに耳に届いたのはルシアンの声で。走り寄ってくるルシアンとギムレット、そしてトムがほっとしたような顔で私に声をかけてくる。

 え、まさかこのメンバー全員闇オークションで売られちゃうオチなの?


「無事でよかった。今日一番のお友達に感謝しないとな」


 ギムレットはそう言ってロマンスグレーの男性を見やる。茶色のスーツに赤いネクタイをあわせた男性は私に右手を差し出した。


「アシュレイ嬢、ようこそ我が屋敷へ。使いの者に城下町でお声がけさせたのですが警戒されて逃げられてしまったようでね、手荒な方法での招待となったことをお詫びさせてください」


「あ……ごめんなさい、声をかけてくる人みんな誘拐犯だと思っちゃって。お招きいただきありがとうございます」


 とりあえず闇オークションの会場ではなさそうだけれど、お屋敷に招かれている理由はわからないまま男性の手を握る。彼は一瞬何かをこらえるようにしてから私の手を放した。どうしてそんな顔を……っていけない、素手で握手しちゃった!


「ごめんなさい、大丈夫ですか?」


「知ってはおりましたが、中々に強力でいらっしゃいますね。いやはや、魔力を身に宿す者にとってそれは脅威。是非とも魔王を討ち取っていただきたい」


 ロマンスグレーのおじさんは怒るでもなく「今宵は存分にお楽しみください」と言って去っていく。彼の背を目で追えば、すぐに色んな人に囲まれていた。


「あの人は魔族だけど魔王討伐のための会の会長をしていて、僕たちに協力してくれてるんだよ。今日明日とこのお屋敷に泊まらせてくれて、食事から魔王上攻略方法まで全部世話をしてくれる。アシュレイの力のことも最初から知っていたみたいだよ」


 トムが耳元でそう言ってコリンズグラスを渡してくる。細長い円柱型のグラスに満たされたオレンジ色の液体に口をつければ、果汁の酸味と甘みが口いっぱいに広がった。


「俺らが泊まるのは2階だ。荷物だけ置きに行くぞ」


 いつも通りルシアンに右手を引かれるけれど、やっぱりルシアンは怯んだりしない。ルシアンはさっきロマンスグレーの会長さんが言っていた「魔力を身に宿す者」でないからなんだろうか。

 広間を出て階段を上がってすぐの扉の鍵をルシアンが開ける。

 そこは毛足の短い緑の絨毯が敷かれた部屋で、10畳ほどの部屋に布団が四組敷いてあった。ベッドを使わないのはこっちに来て初めてだ。ってあれ、布団が四組?


「会長が相部屋の方が作戦会議に便利だろうって言ってね。それに、俺としても安全面から相部屋の方が良いと思ってる。協力してくれるって言っても魔族の屋敷だしな」


 いくら安全とか便利とか言ったってお年頃の女子を男子三人と相部屋にさせるとかおかしいよ! 私これでもお嬢様なのに!


「男と同じ部屋で寝たら襲われるとかっていう自意識過剰な思考回路してるなら別の部屋を用意してもらうよう頼むけど、どうする?」


 自意識過剰という言葉が胸に刺さる。

 確かに考えてみれば生まれてこのかた物理的な意味で食べられそうになっても性的な意味で襲われそうになったことはなかった気がする。グレーゾーンなのはサケルだけど完全におもちゃっていうかペット扱いだったし。そうだよ、地味でオタクで干物な私が襲われるのを心配するなんて自称モテる女っていうか、だめだ、痛い、痛すぎる。


「このままで大丈夫。顔洗ってから行くよ」


 答えながら部屋の隅にリュックサックを置けば、ルシアンは洗面所の場所の案内と共に鍵を渡してくれた。部屋を出るときは必ず施錠するようにと念を押して部屋を出ていく。ルシアンは前に学食で自分のことを私のおもり役だと言っていたけれど、学園の外でもその役割は続行しているらしい。

 緑の絨毯の上にべたりと座って一息つくと、しばらく忘れていた空腹がいきおい主張し始める。パーティーの料理、残ってるかな。でもその前に。


「ゼノ、来て」


 会長さんから奪ってしまった魔力をゼノに渡そうと呼びかけると、窓の外に陽炎のようなゆらめきが見えた。

 よいしょ、と立ち上がって窓に近づけば、戸惑ったように窓の外に浮かぶゼノがいて。ネジのような金具を緩めて窓を押し下げると、その隙間から風と一緒にゼノが入り込んできた。


「こんなところにいるとはなあ。でも開けてくれてよかった。外側の結界が予想以上に強固でね」


 慣れない窓をなんとか閉めなおそうとする私に「少し話したらここから出るからそのままでいい」と言って、ゼノは布団の上に座る。


「ごめん、心配した? 私も状況がよくわからないんだけど、このお屋敷の魔族さんが魔王討伐に協力してくれるんだって」


 これがこのお屋敷の魔族さんの魔力、と言ってゼノに魔力を渡せば、彼は「うわぁ」と毛虫でも踏んだかのような声を上げた。


「えぐいなあ。奥に感じる濃縮された魔素の素がすごい。魔王討伐派の筆頭ってこんなんなんだな」


 まるで自分自身に確認するようにつぶやいたゼノはしばらくその魔力を堪能して、ひとつうなずくと私と目線を合わせた。


「アシュレイに伝えなきゃいけないことがある」


 いかにもこれから大事な話をするという空気に思わず正座すると、ゼノは声のトーンを落とした。


「一つは伝言。それが手元にある限り周りを疑え、だって。もう一つは俺から人の子である君に。俺は君と契約した。君が何であろうと、君は俺の契約者だ。君が信じることをすればいい。俺は君を助ける」


 ゼノがすっと立ち上がる。「全身を守るやつ解除して」という言葉にキャッチボールを解除して見上げれば、光の屈折が彼が腰を曲げたことを伝えて、おでこに温かさを感じる。


「契約の印に名前は要らない。印がある限り、俺は君を見つける」


 耳元でささやかれる言葉がなぜか甘くて、胃のあたりがきゅうっとなる。そんな私を知ってか知らずか、次に呼ぶときは魔王城の中にして、と言い置いてゼノは窓から出ていった。

 立ち上がったときにはゼノの姿は窓の外のどこにもなくて、その素早さにさみしくなる。

 ガタガタと滑りの悪い窓を押し上げながら、伝言が誰からのものなのかを聞かなかったことに気が付いた。単に言い忘れか、それともあえて言わなかったのか。

 それが手元にある限り周りを疑え。

 ゼノの言葉だけでは「それ」が何を意味しているのか、私にはわからなかった。


 でも、数時間後にはその意味がわかることになる。

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