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魔族の世界は危険がいっぱい(1)

 公園らしき場所のベンチに四人で腰かけると、ルシアンは地図を広げて目を細めた。誰かのお宅から出てここに来るまでの道の名前や看板、この公園の名前を頼りに今いる場所を探しているらしい。

 三人が真剣に地図を見ている横で私はちょっとお腹が減って、爺やが入れておいてくれた干し肉をかじった。ジャーキーな味がする。お酒が飲みたい。炭酸入ってるやつ。


「それにしてもかなり飛んだな。人間が作った魔法陣とは思えない威力だ」


 面白そうに笑うゼノにルシアンが顔を上げる。


「ここがどこだかわかるのか」


 眉間にしわを寄せるルシアンに「もちろん」と地図を指さすゼノ。透明度の高いガラス棒のような指先が地図の一点を示せば、ルシアンは目を見開いた。


「そんな……城下町まで一時間も歩けば着くじゃないか」


「そうなのか? すごいなルシアン! さすが魔術師様だ。魔素避け足さねーと」


 うめくルシアンの背をギムレットはばしばしと叩く。

 トムが黒い丸薬を2粒出すのを見て倣えば、ゼノは「薬が足りなくなったら俺が吸い取るからケチらず呑めばいい」と呟く。そういえば、ゼノのライラが魔素で苦しんでいるときに魔素を吸い取ってあげたって言ってたっけ。いざという時はやってもらおう。

 ルシアンを囲む妖精たちは魔素の強さを感じ取っているのかさっきからずっとハイテンションだ。魔素を取りこんで生きている妖精にとってはご馳走に囲まれた状態と同じなのかもしれない。

 ルシアンは首を左右に振って、「とりあえず行こう」と立ち上がる。


「おう、目指すは城下町! 魔族の料理って旨いのかな?」


 能天気な声で言うギムレットに、トムが「美味しくなかったら困るね」と笑う。

 そうして楽しい気分で歩きだして数十分。

 橋を越えれば城下町、というところで私はもう我慢できなかった。


「ごめん、お手洗い」


 有難いことに公衆トイレがそこにあって、喫煙所みたいな場所まで作ってあるのはさながら観光地。

 じゃあ俺も、と続くギムレットの声に安心しつつトイレを済ませ、みんなと合流しようとした時だった。


「おまえ、人間だな」


 肩を掴まれて振り向けば、ヤギの顔に黒いローブを身に着けた背の高い生き物に見下ろされていた。


「魔力持ちの人間」


 肩に乗っている蹄が固い。


「食べると美味しいかな?」


 草食動物の顔をして、開かれた口は大きく、肉食動物のような牙が生えている。


「い、いや」


 誰か! こいつの口めっちゃ臭いし食べられたら死ぬ!

 なにこの蹄、ホールド力高すぎて動かないし! 無理! 誰か!!!


「アシュレイから離れろ」


 ヤギの首元に突き付けられた剣の持ち主は……ギムレット。

 さすが勇者。やるときはやるのね!


「その剣で切れるとでも言うのか」


 ギムレットを見てヤギの横一文字の瞳孔がさらに細まる。

 これは魔族……それなら。


『キャッチボール!』それと「ゼノ来て!」


 私の両肩を押さえる脚を両手でぎゅっとつかむと、じわりとした熱が手のひらから伝わってくる。ヤギ魔族がびくりと飛びのき、その瞬間蹄が肩から離れる。


「ギムレット、逃げよう!」


言うが早いか、私は全力でルシアンたちのいるところへ向かった。並走するゼノの「おい、勇者サマがあそこで戦いたそうに立ってるけどいいのか」に、「風とか出してギムレットにこっち来させて」と息切れしそうになりながら言えば、ゼノはそうしてくれたようだった。

 風にあおられるように私に追いついたギムレットは「俺の剣の見せどころだったのに」と不機嫌そうに言う。

 ヤギ魔族が追ってきていないのを確認して、私たちは早歩きでルシアンたちと合流した。


「生きてる、から。かんたんに、切ったり、とか、駄目」


 息も切れ切れに言えば、ギムレットは「あいつらは敵だろ」と呟く。ゼノにヤギ魔族から吸い取った魔力を渡すと「濃いな」とだけ返ってきた。

 そうして城下町に入ることになったのだけれど、私はまだ知らなかった。こういった魔族との遭遇はまだ序の口だということを。

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