乙女ゲームの世界は救えますか(4)
毎朝、学校へ行くたびにクラスメートが減っていく。まるで何かとんでもない災厄が訪れているかのように、ひしひしと嫌な感情が募っていく。
妖精たちはこの空気の中で楽しそうに飛び回っていて、通りすがりにうっかり私の手に触れて、対処する間もなく消えてしまった子の魔力をゼノに渡せば、ゼノは「当たり前でしょ」と言った。
「妖精はこの世の悪意や憎悪や恐怖、そういった負の感情を魔素や魔力に代えて生きてるからね。この状況で元気にならない妖精がいたら見てみたいよ」
いやいや、あの可愛らしい妖精たちの食べ物が負の感情とかちょっとシリアスすぎるよ?
「でも妖精を使ってる人間たち見てごらんよ、妖精にゴホウビだって言って囁く内容、人を呪うような内容ばっかだよ」
そう言えば妖精を使う授業のときって、なんかみんな悪どい顔と言うか、人相悪くなってたっけ……。うわー知りたくなかった……。
「アシュレイ! また精霊と喋ってるのか」
駆け寄ってくるルシアンに頷けば、ルシアンは「朗報だ」と珍しく笑った。さらりと揺れる、人間界の真夏の空の色をした髪。
「俺ら、魔王討伐のメンバーに抜擢されたんだ」
魔王討伐?
「西の大陸のギムレットが伝説の剣を抜いた。勇者がいれば、俺らは勝てる」
伝説の剣に、勇者。まるでRPGみたいな言葉に戸惑えば、ルシアンは私の両手をぎゅっと握った。ルシアンは私の手に触れても妖精みたいに消えない。
「行こう。王様との謁見のために呼ばれてる」
右手を握られ、駆け出すルシアンに引っ張られる。待って、私足遅いから……! どんだけ頑張っても鈍足だからぁ……!!!
そんな泣き言を聞いているのかいないのか、ルシアンは私を学園長室まで連れて行き、そこの魔法陣に飛び込んだ。そして慣れた調子で歩いていくルシアンについて広い廊下を歩き、さらに魔法陣で飛び、赤い絨毯を何枚か越したとき、目の前には大きな観音開きの扉があった。
魔王城の大広間の入り口にちょっと似てるかもな、と思っていると、「いいか、入ったら頭下げとけよ。俺が上げていいって言うまで、誰に何言われても上げるんじゃないぞ」と小声で言われる。郷に入れば郷に従えだ、この世界二週間目の私にルシアンに逆らう気持ちは毛頭ない。
扉が開いて、ルシアンに言われるまま進み、言われるまま腰をくっきり曲げて頭を下げる。後ろから下着見えてないと良いけど。
「王様のおなりでございます」
声と共に衣擦れの音がして、やがて前方数メートルあたりの正面で止まる。意外と近い。
「そなたたちに魔王討伐の命を出す。良い報告を期待しておるぞ」
「はい! 必ずや魔王の首、討ち取ってまいります!」
渋いご老人の声は穏やかで、でも威厳があった。ルシアンのお腹から出した返事にこたえるように衣擦れの音がして王様らしき人は去って行く。音が完全に聞こえなくなってから優に一分はたって、ようやくルシアンから頭を上げるお許しが出た。
「明日の朝、広場で待ち合わせになってる。今日は家族と美味いもんでも食べるんだな」
そう言って乗った魔法陣は一直線で学園長室に繋がっていて、そこには爺やが来ていた。
「お迎えに上がりました、お嬢様」
そう言って誰かと話す時間もないまま馬車に乗せられ、なにがなんだかわからないまま家に着く。玄関を入れば母さんが抱き着いてくるし、父さんは泣いてるし、おめでとうだとかさみしいけど頑張ってだとか、私が言葉を挟む間もなく二人が声をかけてきて、もうしっちゃかめっちゃか。
そうして、やっと一人になれたのがお風呂の中だった。
「ゼノ、あそこに置いてっちゃったけど大丈夫だったかな……」
届かないことはわかっているけれど、ごめんと呟いてゆっくりとお湯につかる。
何かよくわからないけど魔王討伐隊のメンバーになった。ルシアンと一緒に。王様に会った。顔も見てないけど。ろくな準備もなく明日の朝出発。他のメンバーは不明。人数も不明。魔王城までの距離も不明。運動音痴、武術経験なし、ゼノにお願いして魔法を使えるかもしれないけどゼノの実力不明。というかゼノが魔法使ってるの見たことない。これで何をどう戦えというのか。体のいい王都追放じゃないのかこれ。
そうだ、これが乙女ゲームだとしたら、キャラメルの逆ハーレム大成功エンドだ。となるとこの場合、ライバルキャラはアイン王子との恋に破れてその後どうなったのか誰も知らないみたいな感じじゃなかったか。え、なにそれひどい。ひどいよアイン王子。アイン王子イチオシだった私のロマンス返してよキャラメル。ってか転生するなら記憶を戻すところをもうちょっと前段階にするとかしてよ神様。私だって生身のアイン王子ときゃっきゃうふふしたかった。甘い声でささやかれたかった。アシュレイってあの声で呼ばれたかった。神様ぁぁあああああああ。
「お嬢様、倒れていらっしゃいませんか」
扉の向こうでメアリーさんの声がする。びくりと跳ねた肩とドキドキする心臓をなだめながら無事であることを告げると、メアリーさんは去って行ったようだった。
久々に飲んだお酒のせいか、ちょっとテンションがおかしい。父さんが「少し早い成人祝いだ」と注いでくれたぶどう酒は渋くて美味しくなかったけれど、確かにお酒っぽい感じで。干したフルーツを少しと大好きなチーズをいっぱい食べれて、久々の夜のおやつ会みたいな雰囲気にお腹は大満足だった。生まれ変わって初めてつまみ的なものを食べた気がする。
立ちくらみしないようにゆっくりお湯を出て夜着でリビングに行けば、父さんと母さんはまだお酒を飲んでいるところだった。
「そういえば、こんなものが来てたぞ。いやー、父さん嬉しくてな。他の男にうちのお嬢はやらんって思ってたからな」
父さんがひらひらと見せる紙には婚約を破棄する旨の宣言書。王様の名前とアイン王子の名前が書かれていて、ご丁寧に大きなハンコまで押されている。
「うちのこは優秀だー、魔王まで倒せるしなー。父さん鼻が高いぞー」
「もう、あなたったら。飲みすぎよ」
楽しげな父さんと母さん。
あれ、王族との婚約破棄とかこんな軽い感じでいいもんだっけ? もっとこう、「お前との婚約を破棄する!」ドドーン!なんということだアシュレイ!おまえなど勘当だー!みたいな感じじゃないっけ。
「さあ、もうおやすみなさい。良い夢をね」
母さんが私の頭をやさしくなでる。父さんも私の背をとんと叩いた。
「おやすみなさい」
穏やかな顔をした美人な母さんと、丸顔の父さん。二人の顔をゆっくりと見つめれば、二人は笑顔を返してくれる。たった二週間だったけど、家族で過ごせてよかった。
ちょっぴり切なくなりながらリビングを出て扉を閉めた時だった。




