乙女ゲームの世界は救えますか(1)
アシュレイとして過ごす日々も一週間がすぎて、私はかなりアシュレイになっていた。フリルの多い服は可愛いし、「アシュレイは頑張り屋さんだな」と褒めてくれる自称父さんの大きな手も嫌いじゃない。テンションの高い自称母さんの扱いにはまだ慣れないけれど、「ケーキを買ってきたから一緒に食べましょう!」とか、「新しいお洋服着てみない?」と部屋に飛び込んでくるところなんかは、女友達みたいで面白いなって思う。
もしお父さんが家にいたらきっとこんな感じだったんだろうし、お母さんだって、お父さんがいたときみたいに楽しそうに笑ってくれたはず。
もしかしたらこの世界に生まれ変わったのは神様からのご褒美なのかもしれない。娘に甘い父親、女友達みたいな母親、それをたしなめるおじいちゃんとしての執事。家族でわいわいするなんてもう十年以上経験していなかったから、こそばゆくて、楽しい。
あとは友達が出来れば完璧なんだけどな。
「ねえルシアン。なんで私って友達出来ないんだろうね」
昼休み。食堂でルシアンと対面してカレーを食べながら聞く。
ルシアンは一瞬顔を上げて、でもすぐ丼に視線を戻した。
「カプチーノ家はそこそこ力があるし父親が過保護だって有名だ。あと、アシュレイが前にキャラメル・マキアートに対してアイン王子から離れるように言ったのがきっかけで、アシュレイと関わると面倒事になるぞって二人が根回しした。だからみんなアシュレイとは関わらないようにしてる」
「なにそれ父親は関係ないし、キャラメルと王子が根回ししたってそれいじめじゃん」
道理で話しかけようとするとみんないなくなると思ったよ。廊下で道を聞いた人がそわそわびくびくしながら教えてくれたのは王子の差し金だったわけね。そりゃ怯えるわ。
納得しつつ憤る私に答えず、ルシアンは黙々と丼を食べ進めていく。
「でも、なんでルシアンは私と一緒にいてくれるの?」
「おもりを頼まれたから」
即答。
頼んだのはきっと自称両親と爺やだろう。
親が頼んでくれないと話し相手すら作れない私って、哀れ。
ほんのり泣きそうになりながら食べるカレーはしゃびっとした薄味だった。
コウモリの歌う場所。東の大陸にはそう呼ばれる場所がある。
そこに住む吸血族は人間に比べて色白で美しいものが多く、漂う色香に誘われる人間は数知れず。そうして、血を吸われることに快楽を覚え依存し廃人となった者もまた数知れず。だから人間は言う。コウモリの歌う場所には近づくな。人でありたいなら惑わされるなと。
そんなコウモリの歌う場所からほど近く。廃人が時折出現する人間の町で、サケルは吸血族の女たちと酒杯を交わしていた。彼女たちは自分よりも強い者の血は吸わない。自分よりも強い者の血から魔力を得れば、体が耐え切れずに崩壊することを知っているから。けれど強い者はいつだって魅力的で、そのそばにいられるだけで楽しいのだと女たちは言う。
可愛いものだ、とサケルは侮蔑に近い笑みを浮かべて彼女たちを見る。
馬鹿で、弱くて。退屈。
つい最近遊んだベルのペットを思い出す。あれは馬鹿だし弱かった。でも、反抗的で僕の従属契約に抗ってさえみせた。それに触れたものから魔力を奪うあの手。奪われた瞬間の妙な喪失感と心地よさ。あの手から魔力を奪い返せば、一度あれに取り込まれたせいで変質した魔力が高純度の酒か何かのように心を酔わせる。何度も繰り返せばまだ見ぬ楽園さえ見えるような気がして、もっと試そうと思ったのに。
そんなことを思い出していたからだろうか。
窓を打ち破る勢いでやってきた魔力の鳥に手を伸ばせば、それはひらりと紙の姿になった。読まなくてもわかる、ベルからの助けを求める手紙。
「親愛なるケル兄
お元気ですか。先日は僕の雪子を連れ去っていただきご挨拶だったね。
こんどケル兄のたからものを貰いに行くね。
ところで、一つお願いがあります。
報酬は僕の個人的な財布から出すから、考えてもらえないかな。
良い返事を待っています。
あなたの栄光のもとに、アベル」
ここに細かい内容を書けないということは、内密であるか、緊急であるということ。
きっとあの面白いペット絡みだろう。
さあ、ベルに貸しを作りに行こうじゃあないか。
サケルは退屈そうな顔から一転、悪戯っ子のような笑みで立ち上がる。
「じゃあね、綺麗なお姉さんたち。僕は素敵な仕事の時間だ」
そう言って酒場を出れば、空がもうすぐ白むころ。
夜明けを告げる灰色の鳥が鳴きだして、コウモリが一斉に西の空へと飛んで行った。




