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魔王は雪子を探してる


 近場で妙な転移魔法が使われたと気付いたのは午後のお茶の時間だった。

 アベルが扉のわきで控えるシェムシュに目を向けると、彼は心得たかのように上着の内ポケットから板を出す。最近手に入れたというその板はタブレットと言い、「色々見られる」のだそうだ。アベルの二倍以上の歳を重ねているくせに常に時代の最先端をいく魔王専属書記官はどこか自慢げな顔をしている。


「おや、いけませんな」


 シェムシュがタブレットを見せてくる。

 軍の研修施設にある中庭の監視魔法が記録していた映像を再生しているらしく、銀髪の女のもとに雪子が歩いていく姿が映し出される。そして何事か話していると、突然雪子が前のめりに倒れた。それに近づく銀髪の女と青い髪の男。城下町や世界の中心部にいるものたちにはあまり見られない髪の色に出身を推測していると、青い髪の男が地面に風呂敷のようなものを広げた。そこに描かれている模様は見づらいながらも魔法陣のようにも見える。男が雪子を抱きかかえ、若干重そうに風呂敷の上に乗る。すると、二人の姿が消えた。女が風呂敷を折りたたんで胸元に入れる。

 シェムシュが映像を停止させた。


「魔法陣を使うとなると魔力量の少ない者たちでしょうから、かなり田舎の出身者と言うことになりますな」


 魔法陣はあらかじめ魔力を注入しておくことで魔力のない者でも転移の魔法を発動できるようにした魔道具だ。魔力量は一定程度遺伝する。そのため、魔力量の少ない者は都市以外、すなわち魔素だまりや魔力だまりがない地域の出身者であると推測できる。さらに、珍しい鮮やかな髪の色。


「こんなに早くあれを使うことになるとはね」


 雪子に渡したヘアゴム。そこにつけた魔石はアベル特製の位置特定魔法が組み込まれている。他にも細工はしてあるが、今は必要ないだろう。

 地図を広げながら雪子の魔石の行き先を探す。魔法陣で直接転移することは出来なかったのか、城下町を経由し、いくつかの小都市を経由していく。やがてたどり着いたのは……


「人間の地か」


 魔界と言えど、この世界には人間が住む場所がある。魔王城のある中央大陸の西岸部と西の大陸、東の大陸の東岸部と、南東の小大陸。人間はそこに村を作り、街を興し、国を建て、そうして、この世界から魔物や魔族を排除して人間の世界を「取り戻す」ことに熱意を傾けている。

 雪子の魔石は、人間による「取り戻し」運動が特に激しい、この大陸の西岸部にあるティラミス王国の王都で動きを止めた。

 人間は雪子をどう利用しようとしているのか。


「シェムシュ、青髪の男と銀髪の女の素性と技能を洗って」


 そう言えばシェムシュはすぐさま姿を消す。

さて。

人間の地に魔王自ら行くとなると部下たちや市民が騒ぐだろうし、そもそも自分が行けば魔素量の乏しい地に魔素を放出することになってその地の生態系を崩すことにもなりかねない。それに、魔力に当たって人間が死んでいく可能性もある。やっと安定してきた秩序を自分の身勝手で乱すのは魔王という立場上、許されることではない。


「となると……あいつに頼むしかないか……」」


 体から放たれる魔素と魔力を完全に制御し、人間の地の方々で粗悪な魔道具を高く売りつける死の商人。

 雪子の誘拐騒ぎ以来連絡を取っていなかったが仕方がない。根は悪い奴ではないし、正当に取引すれば仕事はきちんとやってくれるだろう。

 目を閉じて義兄の魔力を探す。東の大陸の……吸血族の集落に近い人間の地にその反応はあった。

 少し迷いつつ便箋に文章をしたため、魔法で鳥の形にして飛び立たせる。


「まったく、なんでしょっちゅう誘拐されてるんだろうね。さらってくださいってプレートでも首にかけてるのかな」


 そう、この城に来て三日目には、ここで働いていた下働きが自分の小間使いにするために連れ帰り。数週間後には表敬訪問に来た竜族の若いのが動くおもちゃとしてお土産にしようとし。それから城の人事異動を徹底して、客が来るときは部屋に監禁して目くらましの結界まで張って。

ようやく落ち着いたかと思えば庭先でオオワシに掴まれてどこぞの森で雛鳥の餌にされかけ。メイドとして雇うことが決まって、城下町へ使いに出したら東の大陸からの冒険者に吸血されそうになり。ライラも使って散々教育し、メイド服に目くらましと守護魔法を組み込んだ魔石をつけて。

やっと安心できたかと思ったらケル兄に連れてかれるし、まああれは本気で雪子を傷つける気はなかっただろうから良いとして、あれからひと月もたたないうちに連れ去られるなんて、本当に勘弁してほしい。

 冷めきった紅茶を飲んでクッキーを口に放り込む。いくら食べても気持ちは落ち着かなかった。



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