乙女ゲームの世界に転生しました?(3)
アシュレイと呼ばれるようになって三日、私はティラミス王国立高等学園なるところにきていた。
15歳から18歳までの男女が通学する学校で、要するに高校らしい。
爺やが御者をする馬車を降りればヨーロッパの学校っぽいオシャレ建築がそびえたっていて、ちょっと今すぐ帰りたいなー、なんて思ってしまう。
「アシュレイ!」
呼ばれて顔を向ければ、青い髪の男の子が走ってくるところだった。高2くらいだろうか。
「もう体は良いのか?」
そう聞いてくる男の子は理知的な顔をしているけれど、見覚えのない顔だ。それにしても偽物みたいな髪の色。ほんとにゲームの登場人物みたい。
「おはようございます、ルシアンさん。お嬢様をよろしくお願いいたします」
爺やは男の子にそう言って御者席に上がる。
「それではお嬢様、お帰りの際は風の精霊にてお知らせください!」
ハイヤッと声をかけて去って行く爺やに「この人がルシアンなの?」と聞く時間はなかった。
隣に目をやれば、さらりとした青い髪の彼は少女漫画に出てくる片思いの相手役みたいな顔つきで「どうした?」と聞いてくる。
これはもしかすると恋の予感かも!
「えっと……ルシアン?」
「なに?」
「私、目覚めたら記憶全部なくなっちゃってて、学校のことも魔法の使い方も全然わからないんです。だから」
とりあえず彼の名前はルシアンで確定だ、と思いながら助けを求めると、ルシアンは「任せて」と左手を握ってきた。
「授業が始まるまでに案内するし、今日は魔法の実技ないから授業後に教えるよ」
そう言って私の手を握ったまま歩き出すルシアン。
チャ、チャラい!
青い髪だしインテリ系かと思ったらめっちゃチャラいよルシアン!
「ちょっと、手」
「迷子になるじゃん。あと、デスマス調じゃなくていいから」
ずんずん歩いていくルシアン。
これはちょっと、いやかなり友達選びをミスった気がする。
後悔と共に早歩きで学校内を見学して教室に入れば、アイン王子がいた。金髪碧眼、アイドルのような甘い顔にしゅっとした体形。絶対にアイン王子で間違いない。だってその証拠に桜色に近いピンクの髪の女の子が彼にべったりへばりついていて。その横に黒髪メガネの男子生徒と日に焼けた赤毛の男子生徒がいるから、これはもう確実に逆ハーレムルートを邁進するヒロインと攻略キャラクターたちで間違いない。
「あのさ、ルシアン。もしかして、もしかしてなんだけどね」
いまだ私の手を握り続けているルシアンに小声で話しかければ、彼は少しだけ緊張したような面持ちになる。
「私って、アイン王子の婚約者だったりする?」
ライバルキャラが一番狙いのイケメンの婚約者だったりするのはゲームの定石だって聞いたことがあるから、念のため確認してみる。
「ああ……そんな話あったかな……アイン王子とは幼馴染だから、親同士でそういう話があったかもしれないな」
幼馴染。
一国の王子と幼馴染だからと言って婚約しちゃうのもどうかと思うけど、ここはゲームの世界だ。何があってもおかしくない。ってかもし婚約してたとしたら、婚約者がいるのに別の女の子といちゃいちゃするのはどうかと思うよ、王子様。イメージがた落ちだよ。
ルシアンにお礼を言って、ついでに無理やりその手から逃れて席に着けば鐘の音と共に現れた先生が出欠をとり始める。ジーク先生と呼ばれたこの先生はさすが乙女ゲームの登場人物だ。茶髪で白衣を着たこの先生、整った顔に左目の下の泣きぼくろ、さらに生徒を見回すときの無駄な流し目はかなりの破壊力。攻略キャラの立ち位置は伊達じゃなかった。
そしていつの間にか黒髪メガネの生徒と赤毛の生徒はいなくなっていて、金髪碧眼はやはりアイン王子、ピンクの髪はキャラメル・マキアートだった。そして私はアシュレイ・カプチーノ。ゲームの中でのライバルキャラはレイ・カプチーノで銀髪碧眼だけれど、私は黒髪黒目。でも周りはそういうことに全くつっこんでこない。
ということはやはり突然私がこの世界に吹っ飛んできたというわけではなく、ずっと前から私がこの姿でこの世界にいたということなんだろう。そしてきっと、何かのきっかけで異世界王国物語の世界が改変されてレイがアシュレイになって、その世界にアシュレイとして私が転生した。そう考えればすべての辻褄が合う。
じゃあ、私はもう魔王城には帰れないってことなのかな。
鬱々と考えている間に朝のホームルームが終わる。
周りを見ながら教科書を準備していて気づいたんだけど、誰も話しかけに来ない。学校内で階段から落ちて意識を失ったクラスメートが復帰してきたというのにだ。こう、普通だったら「ノートあるよ」とか「大丈夫だった?」とかって話しかけに来るもんじゃないのか。もしかしてアシュレイって友達いなかったのかな。私だってこの前の魔王様が作った学校で友達出来たのに二年生にもなって友達がいないとか、アシュレイってどんだけ人見知りが激しかったんだろう。もしくはめっちゃ性格悪いとか。
斜め前ではアイン王子とキャラメルちゃんの二人だけの世界が出来上がっている。
どうせ転生するならヒロインになりたかった。
恨むよ、神様。




