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最終試験は危険が少ない(6)

「勝者、ユキコ・アッベール」


 審判員の声と共に雪子の勝利が決まる。

 キャッチボール&リリースは万能だった。とにかく自分に攻撃が効かないというのが大きい。最終試験の場で「勝って成果を出さないといけない」と意気込んでいる人たちにとって放った魔法が一切効かないという状況は精神的に打撃を与えるらしく、威力を高めれば突破できるはずだと打ち込まれた魔法は数知れず。ため込んだそれを一気に放出すれば、相手は一様になすすべなく負けて行った。ドラゴンが放った破壊光線を受け止めても無事だった雪子だ。普通の人がどんな魔法を放ってこようと負けるはずがなかった。


 そうして迎えた次の試合は、シルバーブロンドのお姉さんが相手だった。魔界では金髪はいても銀髪は珍しい。綺麗な髪、それに青色の目がとても綺麗。見とれていると、試合開始の合図が聞こえた。

 聞こえたはずだった。

 まばたきの間に目の前にいたのは魔王様。でもその顔には表情がなく、近寄りがたい空気を漂わせている。思わず後ずされば何かを踏んでしまい、慌てて足を退ける。そこにあったのは人間の腕だった。赤い液体で汚れた腕、その持ち主はうつ伏せに倒れていて顔は見えない。

 あたり一帯から聞こえるうめき声。黒く濡れた地面。

 魔王様の背後から短刀をもった男の人たちが襲い掛かるけれど、魔王様は振り返りもせずに紫色の光と共に打ちのめす。ばたばたと倒れていく人たちの体から赤い液体が染み出して地面を染めてゆく。倒れた人たちのうめき声が、「この魔王が」という恨めしそうな声が空気を揺らす。

 魔王様、どうして。

 近くの小屋から火が上がる。それを合図とするように、家から、木々から、炎と黒煙が上がる。頬をじりつかせる熱に、吐き気のする煙、やまないうめき声。


「そこまで!」


 声と共に視界が開ける。目の前に広がるペールグリーンの結界とここ数日見慣れた試合会場。あたりを見回して、どこにも異常はなく、火事だって起こっていないことを知る。もちろん、魔王様だっていない。夢を見ていたらしいと気づけば、シルバーブロンドのお姉さんはうつむいて去って行くところだった。


「おい、大丈夫か。次の試合棄権するか」


 補助審判員の人が声をかけてくる。私は首を横に振って、指示に従って次の試合に向かう。幻想を見てしまっただけだ。きっとあのお姉さんは悪夢を見せる名人だったんだろう。

 魔王様が虐殺なんてするはずがないし、と気を取り直す。

 次の試合以降もキャッチボール&リリースで勝ち進み、最終実技試験は終わった。


「試験結果の発表及び総合成績発表は二時間後に行う。その後の懇親会で採用交渉を行い、随時城下町での二次会となるから、心づもりをしておくように」


 デボラ先生がそう言って試合会場を出て行くと、試合会場はいっせいにざわめきに包まれた。


「懇親会で採用交渉ってどういうことだと思う? 上位5人しか採用されないんでしょ?」

「優秀な人は色んな所から引き抜かれるってことなんじゃないの」

「引き抜かれない人は?」

「見込み枠に入れるようにごり押しでお願いするとか」

「……化粧直そうかな」

「あ、あたしも!」


 ざわざわと人が動いていく。

 二時間って長いなぁ、と会場を出れば、授業を受けるために使っていた研修施設との間に庭があるのが見えた。

 知り合いの軍の人に会ったりするかなぁ、と思いつつ歩いていけば、そこにいたのはさっきの試合相手だったシルバーブロンドのお姉さんだった。


「あの、さっきは試合ありがとうございました」


 離れたところから話しかければ、芝生に座っていたお姉さんが顔を上げる。


「びっくりしました。発動も早いし……、悪夢を見せるのが得意なんですか」


 近づきながら聞くと、お姉さんは青色の目を私に向けて、「いいえ」と答える。


「あれは記憶です。それは……ある意味では悪夢なのかもしれませんが」


「記憶?」


「ええ。ある方の記憶です」


 記憶。

 じゃあ、あの魔王様は、本当にいたということ?

 以前魔王様が言っていた「恐怖による統治は楽しくないでしょ」という言葉が頭の中で回る。でも、一度魔王っぽいことをしたことがあると言っていた。そのときのことなのか。


「危ない!」


 お姉さんの目が揺れる。

 その瞬間、私の体を光の槍が貫いた。かっとする熱さに、頭の奥が焼き切れるような痛み。ああ、これ、死ぬかも。

 意識が薄らぐ中、浮かぶのはシェムさんからのお願いと魔王様の細めた目。

 魔王様、ごめんなさい。お約束の城下町のタルト……買っていけそうにありません。

 膝から崩れ落ちるように雪子は意識を失った。

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