下校ルートは危険がいっぱい(7)
久しぶりの食事が体にしみる。
もりもりと朝ごはんを食べていると、魔王様と目があった。
「悪かったね」
魔王様らしからぬ言葉に、雪子は目を丸くする。
「あれは昔から僕が気に入ったものに興味を示すやつで、一応警戒はしてたんだけど」
「サケル…さんって、魔王様のお兄さまなんですか」
今まで呼び捨てだったけど一応さん付けにしてみる。
魔王様はフォークを置いた。
「魔界にも幼稚園があってね。その時から大学まで一緒だった。若気の至りで義兄弟の契りをしたから兄さんって呼んでるけど、血は繋がってないよ」
義兄弟の契りって漫画みたいですね、とは言わないでおく。魔界ならなんでもありな気がするし。
「今後気を付けて。だいぶ気に入られたみたいだから」
「あの人にペット扱いされるのはもうごめんです」
「首輪つけられてたしね。まさか従属契約しちゃうとは思わなかったよ。いくら世間知らずだって言ってもここまで馬鹿だとは思わなかった」
従属契約? そんなものした覚えないし馬鹿ってなんですか馬鹿って。
そんな私の心の声が聞こえたかのように魔王様が続ける。
「無詠唱での魔法契約でも、応答すれば成立するからね。だけど普通わかるはずなんだよ、直感っていうか本能で。サケルのは巧妙だったかもしれないけどね、魔界の経済界握っちゃったくらいには頭良いから」
思い出してみれば、名前を呼ばされてから逆らえなくなった気がする。あれか。
それより魔界の経済界っていうのが気になるけど……。
「雪子! 学校!」
疑問を口にする前にメイド長の声が飛び込む。気づけば執務室の扉が開いていて、メイド長の疲れた顔の中で目が光っていた。
「遅刻するわよ! 魔王様も、一応雪子は採用試験受験者なんですから、遅刻理由に『魔王様と朝ごはんを食べていたため』なんて書いたら問題になることくらいわかるでしょう」
時間を見れば、かなりぎりぎりだ。私走るの遅いのに……それに昨日の復習もできてない、あ、鞄どこいったんだろう。お弁当箱も出してない!
「ライラ、席を外してくれる」
魔王様の声にメイド長は反論しようとして、でも静かに扉を閉める。
それを合図にするように魔王様は立ち上がった。執務机の上に置かれた段ボール箱を開けて、取り出したのは……吊り革?
まさに電車の吊り革というべき、革ベルトと白い輪の複合体。
「てれれれってれー、吊り革~」
突然のダミ声! まさかこのメロディを魔界で聞くことになるとは思わなかったです魔王様!
「というわけで、はい。これを握って行き先言ったら着くようにしておいたから」
魔王様から渡される「吊り革」と駅名リストと書かれた紙。魔王城前から始まって、城下町噴水前、魔界百貨店城下町店前、魔王城食堂前といった場所の名前が数十個並んだ、便利でカオスな行き先リストとなっていた。
「使い方は雪子にしかわからないから、盗まれたり悪用されたりはないはずだよ。こっちには吊り革のある電車やバスはないからね」
なんだかとっても便利な感じ! これでもう走らなくていいってことね!
慌ててお礼を言うと、魔王様は「これでもう寄り道する必要はないでしょ。光の道作りたいなら城の敷地内にして」とお説教を続けた。飴かと思ったら鞭の一貫だった気分。
「じゃあ、行ってきます」
吊り革を右手で持って、右腕を挙げる。電車の中ならともかく普通の部屋の中でこれってちょっと恥ずかしい。魔王様なんか笑ってるし。
とりあえず行き先は……。
「自室前!」
ふぁーん、という警笛のような音が鳴る。世界が線状になって間もなく、しゅー、ごっとん、という音と共に視界がはっきりする。
ちゃんと雪子の部屋のドアの前に到着。さすが魔王様特製便利グッズ。
とりあえずどこで落としたか分からない鞄は諦めて筆記用具を抱え込み、「魔王城食堂前」へ。
始業まであと11分、頑張れ私!




