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下校ルートは危険がいっぱい(6)

「涼しいじゃないでしょ!」


 早朝の魔王城にメイド長の声が響く。

 ここは魔王城の執務室。夜勤の警備係の者らしき足音が近づき、何かを察したのか遠ざかってゆく。

 時は数秒前。

 魔王城に帰ってきた雪子がまず思ったのが、「暑い!」だった。

 よく考えたら魔王城近辺はここ数日初夏の陽気で、雪の降っていたサケルの家の方が異常だったのである。

 そんなわけで魔王様のマントをはぎとった雪子の第一声は「はー、浴衣涼しー」で、やきもきしながら待っていたライラは思わず怒りをぶつけたのである。

 魔王様がくつくつと笑うのを恨めしそうに見る雪子を見下ろしながら、ライラはふぅっと長い息を吐いた。

 その手には雪子の手袋。

 魔王様から渡された右手のものと、濃紺の箱の中から出てきた左手のもの。


「両手出しなさい」


 戸惑う雪子に手を出させ、滑らせるように手袋をつけさせると、ライラは何も言わずに雪子を抱きしめた。


「あ、あの、メイド長」


 雪子が戸惑ったようにするのを無視して腕に力を込める。雪子がちゃんとここにいることを確かめるように、ライラは雪子の髪に顔をうずめた。


「お馬鹿。知らない人についていっちゃいけないって言ったでしょう」


「えっと、ついていったというか……」


「話しかけられたら?」


「答えない。……あ」


「お馬鹿」


 ごめんなさいと小さく呟く雪子をもう一度強く抱きしめ、雪子を解放する。普段は後ろで結われている髪が今は無造作に下ろされていて、彼女が初めて魔王城に来た日の姿に重なった。

 知らない人に話しかけられたら答えない。

 魔王様が雪子を連れて来たと聞いて、誘拐じゃないかと散々罵った後に、雪子に初めて教えたこと。

 まさか再び同じやりとりをすることになるとは思わなかった。

 でも、あの時と違うのは、ここは彼女の家で、私たちは同じ家の仲間だということだ。


「おかえりなさい」


 そう言えば、雪子はふっと目を細めた。


「ただいま帰りました」


 安心したような、嬉しそうな笑顔。

 可愛いわね、このお子様は。もう。

 雪子の頭を軽く撫でると、魔王様が「もう良いでしょ」と声を上げる。


「朝ごはんの時間が過ぎてる」


 すぐさま時間を確認すると、まもなく夜勤組との交代時間だった。


「今お持ちします。雪子、行くわよ」


「ライラ、悪いけど雪子の朝食も持ってきてくれないかな。雪子は10分以内にシャワー浴びて来て」


 彼からも何か話があるのだろう。一瞬雪子がすがるような目をしたが仕方がない。

 執務室を出ようとすると、雪子が濃紺の箱を渡されて「くれるんですか?」と嬉しそうな声を上げるのが聞こえた。でもね、雪子。それはプレゼントじゃないと思うわよ。

 案の定、「これ私のー! あの変態に取られた服!」という叫び声に「そろそろお腹すっぽりの綿パンはやめた方が良いんじゃない? いい歳なんだし」という静かな魔王様の声が重なり、雪子の叫び声が加速する。南無。

 雪子に泣きつかれる前に執務室の扉を閉める。朝の活気が漂いだした廊下に、ライラは背筋をすっと伸ばした。徹夜明けの顔をリフトアップする時間はなさそうだ。

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