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下校ルートは危険がいっぱい(3)

 見て見て! ねえ、雪!

 赤くなった手の中で丸く固まる雪うさぎ。

 雪子は自信たっぷりにそれを見せて、可愛いでしょ? と自慢する。


「よかったわね、早く中に入りなさい。」


 玄関に立つ彼女はそう言って、雪子の雪うさぎには目もくれない。

 ねえ、見てってば。

 駄々をこねる雪子に、彼女は「早く入りなさい」と繰り返す。

 もしかして大きさが足りないのかもしれない。それとも、可愛さか。

 待ってて、と言って足元の雪を集め直す雪子に、「じゃあ、そうやって遊んでなさい」と彼女はドアを閉める。

 慌てて雪うさぎを左手に持ってドアノブを引くが、ドアは開かない。ガタガタとドアノブを鳴らし、ドアチャイムを鳴らす。

 入れて、入れてよ。

 ドンドンとドアを叩くと、中から「うるさい」と聞こえてきた。

 びくりと手を引いた瞬間、コンクリートに雪うさぎが落ちる。真っ二つに割れたそれは醜く。

 これのせいで、これのせいで。

 がむしゃらに靴底で踏みつぶすほど、雪うさぎは茶色く汚れていく。汚い、汚い、汚い。

 なにもかわいくない。きれいでもなんでもない。みんな汚くなっちゃうんだ。すてきなものなんてどこにもないんだ。

 ごめんなさい、お母さんごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん――



 頭が痛い。それに、胸に重りをのせたように息苦しい。

 頭痛と共に目を覚ました雪子の目に入ってきたのは、ガラス張りの天井だった。

 白いものがはらはらと落ちてきては、ガラスに触れて消えていく。雪だろうか。

 ゆっくりと体を起こしてみればそこは知らない部屋で、壁紙から家具にいたるまで茶色と黒で占められていた。

 茶色いテーブルセットにタンス、黒いカーペット、今まで寝ていたソファも黒の布張りだ。

 そして、なぜか温泉旅館みたいな浴衣を着ている自分。

 なんだか胸元が心もとないと感じれば、下着もなしにそのまま浴衣を着ていた。いくら室内が暖かいからって、風邪ひくぞ私。


「おはよう、雪子」


 後ろか頭上から聞こえた声は低くてどきりとする。


「あの、ここは」


「別荘だよ。味気ない魔王城よりずっと良い場所だ」


 首をねじれば和服姿の男の人がいて、雪子は顎を掴まれた。覆いかぶさる顔と、唇に触れる生ぬるさ。


「僕はサケル。呼んで」


「ちょっと、何を」


「サケル。言えるかい」


 尋ねるような優しい口調と相反する強情な目。雪子に選択肢はなさそうだ。


「サケル」


「そう。これで僕のものになった」


 僕のもの?

 人をモノ扱いするなんて良い度胸だし、それ以前にこのサケルとかいう人のものになった覚えはない、断じて。


「ベルもけちになったもんだ。前はおもちゃもお菓子も、なんだって分けてくれたのにねぇ。新しいペットのお披露目があんまりにも遅いからわざわざ取りに行くはめになったじゃあないか」


「あなたは、いったいなんのつもりで私を拉致ってきたんですか」


 もしかしてこのうら若き乙女に口づけをするためだけに拉致ってきたんですか変態だなおまえ。

 目で訴えるもサケルは答えない。

 というか、聞こえていない様子だ。


「聞いてるんですか? ってか服返してください。私、帰ります」


 立ち上がれば、サケルは心底退屈そうに雪子を見下ろす。


「ペットの分際で無駄口が多いね。捨てられたいのかい」


 ペット!?

 そういえばさっきもペットのお披露目がどうとかいってたなこの人。人をペットにするとか趣味悪すぎ。そんな設定は本屋の片隅においやられたエロ本コーナーだけでじゅうぶんだよ。


「捨てるっていうんならむしろ大歓迎ですけど。帰ります」


 壁と同化しかかっている黒い扉に手をかける。ドアノブを掴んだ右手がちょっとしびれて、魔法がかかっていたんだろうと思わせる。でも、効かないんだけどね、魔法。

 ガチャリとドアノブを下げて外に出れば廊下も黒一色。サケルってどこもかしこも趣味悪いな。住みづらすぎるでしょこれ。


「止まれ、雪子」


 後ろで声がする。誰が従うか、と思ったのに、体が動かない。


「ベルの気持ちもわからなくはないな。面白い魔法を使う」


 声はもう真後ろまで来ていて、首筋や耳に息が当たる。


「おしおきしてあげようか」


 後ろからがしっと音が出そうなくらいに強く胸を鷲掴みにされ、痛みに逃げようとするも体が動かない。なんだこれ鬼畜か。やりたい放題的なエロ本か。しかも薄っぺらい浴衣一枚しか着てないからダイレクト感はんぱない! 変態め!

 首筋にかかる息が強くなる。腰のあたりから立ち上がる鳥肌が頭のてっぺんまできたとき、肩に近いところに鈍い痛みが走った。


『サケル吹っ飛べ!』


 思わず叫んだものの、あまり声が出ない。でも確かに発動はしたようで、サケルが離れたことを感じる。


「せっかく可愛がってあげたのに悪い子だ」


 かすかな舌打ちのあとにそう言った彼は言葉を続ける。


「雪子、寝ろ」


 ああ、なんだか突然の睡魔が。しかも猛烈な、日本史の授業なんか目じゃないくらいの睡魔が。


 膝から崩れ落ちる雪子をつまらなさそうに見てサケルは部屋を出る。

 そして扉の前に魔法で取り出した土嚢を積み、中から扉が開かないことを二度確かめた。


「そろそろ届くころか」


 口元にゆるい笑みを浮かべ、サケルは黒で塗られた廊下を一人歩いて行った。


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