下校ルートは危険がいっぱい(1)
研修施設から魔王城までの足取りは毎日重い。
学校生活が始まって二週間。
一週間目で魔法の進歩が止まって以降、廊下の成績表は伸びずじまいだった。
成長可能性を表す青い棒は毎日短くなっていって最近は人差し指の長さくらいしかないし、かといって授業中に得点できるほど魔法を使えるわけでもないから得点を表す赤い棒も人差し指の長さくらい。
ダントツのビリっぷりに陰口を言う人がいなくなったのはいいけれど、話しかけてくれる人もいなくなってしまった。
最初の数日間は昼休みになるといつもあれやこれやと押しかけられていたけれど、今じゃ完全にぼっち飯。
中学校に行ってたときだってぼっち飯なんかしてなかったのに、なんか、魔界ってつらい。
気まぐれに、道端で咲いている花ひとつひとつに光を灯してみる。ついでにテントウムシっぽい虫も光らせてみれば、昔テレビでみた蛍のいる風景みたいになった。
「おや、妖精がいるのかな」
突然の声に振り向けば、和服に懐手をした男の人が立っていた。年は魔王様と同じくらいだけれど、雰囲気はずっと大人びている。
「彼女、名前は?」
「彼女」が示すのが二人称であることに気づくのに少し時間がかかったけれど、「雪子です」と答える。
「こういった服を見たことがあるようだね。嬉しいよ」
その人は自分の着物を示すように両手を少し広げる。
「握手しよう、出会った記念に」
差し出される右手に、戸惑いながら手を出せば、「手袋を外していただきたいな」と返ってくる。
「でも、これは」
「なに、たかが手袋じゃあないか」
強情な目。
優しい雰囲気なのに、なんだか怖い。
「外してあげようか」
「いえ、あの」
「ご婦人をあせらせるのは好きじゃあないんだけどね。魔王城の人間は挨拶もろくにできないのかい」
魔王城という言葉を出されると困る。
あそこで働いてる人間は駄目だなんて言われたら他の仲間に申し訳ないし、かといって雪子が名指しで批判されたら家と仕事を一度に失う可能性もある。困る。そういうのは困る。
意を決して右手の手袋を外せば、彼は雪子の右手をむんずとつかんだ。
「彼女、面白いね。気に入ったな」
ぐらぐらとしためまいが襲ってくる。
吐き気よりも先に目の前が黒く染まる。
離して、という言葉が喉から漏れる前に和服の胸に抱き寄せられた。まるで、声を出させないように。
「一緒に帰ろう、大事にしてあげないこともない」
右手にビリリと痛みが走る。
その瞬間、頭の中が焼けるように熱くなって、雪子はぐったりと彼の前に崩れ落ちた。
和服の男は雪子を物のように抱え上げると、先ほどまで光の灯っていた小道が真っ暗になっていることを確認する。
「落ちたな」
和服の男は無感動に一歩踏み出し、闇の中に紛れて消えた。




