日常の朝
雪子の朝は早い。
空が白むころに鳴く灰色の鳥に起こされ、もそもそと起きだす。
髪を後ろでお団子にまとめ、メイド服に着替えて食堂に行き夜番の同僚と食事をとる。
よっぽどのことがなければ発生しない引継ぎを受け、料理長とメイド長に挨拶。魔王様専属の書記官にも挨拶。
そして魔王様の朝ごはんが乗ったカートをごろごろ押して、魔王様の部屋へ向かう。
「おはようございます、朝ごはんです」
「おいといて」
「おいといてどうするんですか」
「あとで食べる」
「あとっていつですか」
「そのうち」
「そのうちっていつですか」
そんなやりとりを五分ほどして、ドア越しに低血圧な魔王様を起こす。
「二度寝しないで」
……起こす。
「もしもし?」
起こす!!!
「はい、失礼しますよー」
重い扉をぐいっと開けて侵入、ベッドで団子のようになった物体から掛布団をひっぺがし、白い二本の腕をつかんで腰に重心をかけ、手前に一気に引く、ほい、起きた!
「おはようございます、魔王様。いい天気ですね」
「……いい天気ですね」
かすれた声の主に水を渡す。
寝癖をつけた青年は、素直に水を飲みほした。
質のいいパジャマを着た青年。大学生くらいにみえるその人は、雪子の雇用主だ。
「朝ごはん食べ終わったら出しておいてくださいね」
雪子の一日は忙しい。
これから城の中の掃除もしなければいけないし、庭師と雑談したり、お昼ごはんの味見もしないといけない。
昼になったら、もりもりご飯を食べないといけないし、姉御肌で優しい上司と昼ドラを見なくてはいけない。街へ出て今日のおやつタイムに良さそうな乾き物も手に入れたい。
夕方にかけては新作の漫画も読みたいし、ちょっと昼寝もしたいし、でも魔王様がちゃんと仕事をしているか確認しなきゃいけないし、夜になれば夜番の同僚と交代しなくてはいけない。
ああ、忙しい、忙しい。
「思ったんだけどさ」
後ろから青年の声がする。
「君、自由で良いよね」
青年は細めた目で雪子を見ている。まるでお年寄りが幼子を見るようなまなざし。
パーティーなんかではカッチリ開いた目でいるくせに、……実は近視なのだろうか。
「おかげさまで」
魔界に来て6年。
はじめのうちはぎこちなかった全ても、気づけばこのとおり。
まるで最初からここに住んでいた……とまでは言えないが、いまではすっかり魔界人。
雪子は順当に、ちょっと自堕落な社会人になっていた。