学校生活はスパルタでいっぱい(7)
雪子の朝は早い。
空が白むころに鳴く灰色の鳥に起こされ、もそもそと起きだす。
制服に着替えて食堂に行き、夜番の同僚と食事をとったところで、メイド長に「あなた、学校は?」と言われて慌てて思い出す。
そうだ、昨日から学校へ行ってるんだった。
慌てて制服を脱ぎ捨てて、昨日魔王様が置いていった袋の中からワンピースを一枚取り出して着る。
始業時間まであと1時間。
とりあえず「たのしいまほう」の索引から魔法の終わらせ方を調べてそこだけ読む。魔法が繋がった状態のまま他の魔法を発動させると、負担がかかるだけじゃなくて化学反応みたいなものが起きて爆発したりするらしい。こども向けの教科書なのにしれっと怖いことが書いてある。
始業20分前。
教科書を鞄に詰め込んで部屋を出たところで料理長と出会い頭に衝突した。
「これ、雪んこのお弁当ッス。学校はみんなで食事をとるのも仕事のうちだって、書記官さんから聞いたんスよ」
シェムさん、優しいな。
んー、なにか昨日大事なことを聞いた気がするけれど、まあいいや。
料理長にお礼を言ってピンク色の巾着袋を受け取る。ほんのり醤油っぽい香りがして、いかにもお弁当っていう感じ。
鞄の中で汁もれしないように紅茶を入れた水筒のわきにお弁当を配置して、出発。
魔王城から徒歩十分のところにある研修施設に入れば、引き締まった空気が充満しているのを感じる。
「おはよう」
昨日魔法を教えてくれた人の一人が挨拶をしてくれるけれど、名前がわからない。とりあえず挨拶を返すと、「あれ、見た?」と言われる。
「あれ」?
聞き返せば、廊下に成績表が貼られているのだという。
え、なにそれ見たくない。
っていうか私もう魔王城に就職してるから採用試験の成績とか無関係だし成績見る必要ないし! ……と言えるはずもなく引っ張られていくと、名前の横に赤い棒と青い棒が伸びている表がでかでかと張り出されていた。
人だかりにのまれそうになりがら自分の名前を探す。ユキコの名前は……、あった。でも赤い棒がない。その代わりに青い棒が表を突き抜けんばかりに伸びている。
隣の席に座っていたであろうお姉さんの名前の横には長々とした赤い棒と、短めの青い棒。
これはいったい……?
「あの子よ、ダントツ1位」「でも得点ゼロじゃないの」「魔法が使えない魔界人なんているわけ?」「きっと猫かぶってんのよ、どうせ攻撃すりゃすぐ反撃してくるわ」「なにそれサイアク。やっつけちゃおうよ」
後ろでざわざわと声がする。
さりげなく後ろを伺えば、敵意のような視線が刺さってくる。知ってる。この感覚。
――あの子が、魔王様の。
――新しいペット? どうせすぐ飽きられるんでしょ?
――ちょっとのことですぐ死ぬらしいわ。人間って非力ね。
――目障りね、魔王様のそばをうろちょろと。
魔界で純血を誇りに思う人たちがいることを知ったのは魔界に来たその日のうちだったし、人間を仲間と思う人もいれば、動物みたいに思う人がいることも、知った。
大丈夫。まだ大丈夫。
私が人間だっていうことはまだ誰にもバレていないし、今ならちょっとは魔法が使える。静かに無視してればいい。
「あんたたち、故意に人を傷つけるのは減点だよ」
隣から力強い声がする。
昨日魔法の練習に付き合ってくれた小学生くらいの元気な女の子。
背中に刺さる敵意が急に薄らいで、「イイコちゃんだ」「行こう」という言葉と共に敵意が完全に消える。
「雪子ちゃんは偉いねぇ。言い返したら喧嘩になっちゃうもんね」
彼女は笑って、教室に入ろう、と促してくる。
偉いっていうより、意気地なしなだけだよ。と呟くと、彼女は首を横に振って、何も言わなかった。
魔法学校二日目。
やることは一日目とほぼ同じで、物を動かしたり、水を作ったり火を出したり、風を起こしたり光を灯したり、怪我したウサギを治療してみたり、そんな感じ。
ただ、動かす対象や動かし方が指定されたりと昨日よりも確実にややこしいことになっている。
しかも、水を発生させている人に向かって「お湯に変えなさい」はまだしも、「氷を発生させなさい」とか無茶振りしてるし。水の温度を変えると氷になるって、言われてみれば確かにそうなんだけど、違う魔法のイメージだったからちょっとついていけない。
それ以前に私まだ水の出し方わからないし。
先生にばれないように机の下で「たのしいまほう」をめくっていると、斜め後ろからひそひそ声がする。たぶんなんか言われてるんだろうけど気にしない。隣のお姉さんが小声で「そこは読み飛ばしていい」とか教えてくれて、女神に思えてくる。美人で、優しくて、勉強もできるって、完璧だなぁ。
「では次、ユキコ・アッベール。前へ」
ああ、まだちゃんと読む前に順番が……。
デボラ先生の鬼畜……!
「ではユキコ、水を発生させなさい」
なんだっけなんだっけ、水、水、イメージして、手の中に水道の水が落ちてくるイメージをしながら、真剣に言う。
『水、出てきて。この手の中を潤して』
しん、と静まり返る教室。
何も起こらない。
『お願い、あふれんばかりの水、出てきて』
懇願してみても水は出てこない。
ああ、頼むよ、お願い、お願い。水道の蛇口をこう、じゃばーっと。
「大変です!」
声とともに教室のドアが開く。
「授業中です」
デボラ先生のつんとした声に、声の主は背筋を伸ばす。制服からみるに、かなり若手の軍の人だ。
「水道が壊れました。今すぐ対処しないと授業にも影響が出ると思われます」
水道。……もしかして…いや、まさかね。
「水の出現につき5点。発生ではない点につき3点減点。施設破損につき3点減点」
そのまさかだったらしい。
「破損修復で破損分の減点は取消すが、どうかね」
平淡な声とは裏腹に一瞬いたずらっぽく動く中性的な顔。
「やります」
というか、やらなきゃ得点がマイナスだし水漏れ修理代をお給料から引かれたら来月発売の漫画買えなくなっちゃうし。
心を落ち着けて蛇口を締めるイメージを浮かべる。確実に水を止めるように、『終了』としっかり口に出す。
「けっこう。水の出現につき5点、発生でない点につき3点減点で確定。戻ってよろしい」
とりあえず、点数ゲット。
そそくさと席に戻れば、隣の席のお姉さんが肩をすくめてウインクしてきて、嬉しいような恥ずかしいような。
なんにせよ、水の発生が出来ないことが確定したのは確かだった。




